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11.小さな願い
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ロボ之助見たさに集まっていたロボットの民衆は、彼らが火の神殿に入った後、三々五々散らばっていった。皆にも仕事があるのだ。やがてほとんど人影もなくなった火の神殿前に、九月の日差しの下、ブラウンの革コート姿が一人立っていた。正門は固く閉じている。キルビナント・キルビナは、じっと背の高い門扉を見つめていた。少なくとも他の者からはそう見えた。その視線が、不意に落ちた。
「おじさん」
少女が見上げている。キルビナント・キルビナのセンサが告げる。七歳に満たない人間の子供であると。
「神さまはもう居ないの?」
門扉とキルビナント・キルビナの間に立ち、黒髪の少女は彼を見上げていた。
「神さまに何か用かい」
キルビナント・キルビナは微笑みもせず問いかけた。少女はうなずく。
「みんなが神さまがここに居るって言ってたから。お願いに来たの」
「どんなお願いかな」
「パパとママをロボットにしてくださいって」
しばしの沈黙。キルビナント・キルビナは息を呑んだようにも見えたが、彼の表情は変わらなかった。
「なぜ……どうしてパパとママをロボットにしてほしいのかな」
「だってみんなのパパとママはロボットだから。わたしのパパとママだけ人間だなんて嫌なの」
「そう。神さまなら中に居ると思うよ。お願いが叶うといいね」
そう言うと、キルビナント・キルビナは背を向けて足早に遠ざかって行った。
歌え歌えや歌祭
小鳥が歌い草木が歌う
機械の歌と人間の歌を
命の祈りを歌声に乗せて
歌え歌えや歌祭
「あれって何の歌?」
火の神殿を出たロボ之助の耳に、かすかな歌声が届いた。
「ああ、今は歌祭の季節ですから」
意に介さないイプシロン7408に対し、イオタ666は小首を傾げた。
「音程が随分外れています。歌っているのは人間のようですね」
しかしロボ之助は、そんな話は聞いていなかった。
「へえ、お祭があるんだ。縁日は? 屋台は出るの? おいらも行っていい?」
そう言って走り出そうとするのを、イプシロン7408が腕を取って止める。
「ダメです! 車に乗ってください!」
だがロボ之助は止まらない。フルパワーのイプシロン7408を引きずって、どんどん歩いて行ってしまう
「いいじゃん、少しだけ少しだけ」
「ちょっと、何この馬鹿力。イオタ666、あんたも止めなさいよ!」
イオタ666は走ってロボ之助の前に回り込むと、両手を広げた。
「残念ですが、ロボ之助さま、いまは縁日も屋台も何もありません」
その言葉にロボ之助の足は止まった。
「え、何もないの?」
「はい、何もありません。歌祭はただ皆が口々に歌うだけの祭です」
「歌うだけ。それだけなのにお祭なの?」
「ただしロボットには祭の期間中、楽しさを喚起するプログラムが与えられます」
「プログラム……じゃ人間は。人間も歌うだけなの」
イオタ666は、はっとした。
「人間は……そうですね、人間も歌うだけです。それは変、でしょうか。いや、変ですね。どうして気づかなかったんだろう。僕は人間も歌祭を楽しんでいるとばかり」
「楽しんでいますよ」
力を使い果たしたのか、イプシロン7408はへたり込んでいる。
「人間だって歌祭を楽しんでます。順応性だけは高いんですから」
ロボ之助はようやくそれに気づいた。
「あれ、大丈夫?」
「大丈夫じゃありません! バッテリー空になっちゃったでしょう。靴の底も減っちゃったし。あーあ」
「うにゃあ、ごめんね。お腹すいちゃった?」
「お腹はすきません。人間じゃないんですから」
イプシロン7408は埃をはたきながら立ち上がった。
「バッテリーは放っておけば満タンになります。ご心配には及びません」
「でも、充電とかしなくていいの」
それでも心配げなロボ之助に、イプシロン7408は面倒臭そうな顔を見せた。
「ですから、地面の下や建物の壁の中を電線のネットワークが走っていて、そこから非接触充電するんです。つまり、地面の上に立つなり歩くなり寝転ぶなりしていれば、バッテリーは勝手に満充電になる訳です」
「あ、いいなあ、それ。お腹すかないんだもんねえ」
そう笑うロボ之助に、イオタ666は興味深そうな顔でたずねた。
「ちなみに、ロボ之助さまの動力源は何なのでしょうか」
「おいら? おいらはガソリンで動くんだよ」
「ガソリンですか。内燃機関搭載なのですね」
「え、そうなんですか」イプシロン7408は驚いた。「それで、ガソリンはまだもつんですか」
「ああ、そう言えばそろそろペコペコだね。この辺にガソリンスタンドある?」
「そんなもんある訳ないでしょうが!」
ロボットも切れるんだなあ、とロボ之助はイプシロン7408を見ながら思わず感心した。
「呆れた、何考えてるの、アルファ501もクエピコも、こんな大事なこと教えないなんてあり得ない!」
怒り狂うイプシロン7408を横目に、イオタ666はロボ之助に笑顔を向けた。
「発電所用の燃料精製施設にガソリンが作れるか確認してみます。しばらくもちますか」
「うん、まだしばらくは大丈夫」
「では連絡しますので、少しお待ちください」
「じゃ待ってるね」
ロボ之助は玄関の脇に膝を抱えて座り込んだ。
「おじさん」
少女が見上げている。キルビナント・キルビナのセンサが告げる。七歳に満たない人間の子供であると。
「神さまはもう居ないの?」
門扉とキルビナント・キルビナの間に立ち、黒髪の少女は彼を見上げていた。
「神さまに何か用かい」
キルビナント・キルビナは微笑みもせず問いかけた。少女はうなずく。
「みんなが神さまがここに居るって言ってたから。お願いに来たの」
「どんなお願いかな」
「パパとママをロボットにしてくださいって」
しばしの沈黙。キルビナント・キルビナは息を呑んだようにも見えたが、彼の表情は変わらなかった。
「なぜ……どうしてパパとママをロボットにしてほしいのかな」
「だってみんなのパパとママはロボットだから。わたしのパパとママだけ人間だなんて嫌なの」
「そう。神さまなら中に居ると思うよ。お願いが叶うといいね」
そう言うと、キルビナント・キルビナは背を向けて足早に遠ざかって行った。
歌え歌えや歌祭
小鳥が歌い草木が歌う
機械の歌と人間の歌を
命の祈りを歌声に乗せて
歌え歌えや歌祭
「あれって何の歌?」
火の神殿を出たロボ之助の耳に、かすかな歌声が届いた。
「ああ、今は歌祭の季節ですから」
意に介さないイプシロン7408に対し、イオタ666は小首を傾げた。
「音程が随分外れています。歌っているのは人間のようですね」
しかしロボ之助は、そんな話は聞いていなかった。
「へえ、お祭があるんだ。縁日は? 屋台は出るの? おいらも行っていい?」
そう言って走り出そうとするのを、イプシロン7408が腕を取って止める。
「ダメです! 車に乗ってください!」
だがロボ之助は止まらない。フルパワーのイプシロン7408を引きずって、どんどん歩いて行ってしまう
「いいじゃん、少しだけ少しだけ」
「ちょっと、何この馬鹿力。イオタ666、あんたも止めなさいよ!」
イオタ666は走ってロボ之助の前に回り込むと、両手を広げた。
「残念ですが、ロボ之助さま、いまは縁日も屋台も何もありません」
その言葉にロボ之助の足は止まった。
「え、何もないの?」
「はい、何もありません。歌祭はただ皆が口々に歌うだけの祭です」
「歌うだけ。それだけなのにお祭なの?」
「ただしロボットには祭の期間中、楽しさを喚起するプログラムが与えられます」
「プログラム……じゃ人間は。人間も歌うだけなの」
イオタ666は、はっとした。
「人間は……そうですね、人間も歌うだけです。それは変、でしょうか。いや、変ですね。どうして気づかなかったんだろう。僕は人間も歌祭を楽しんでいるとばかり」
「楽しんでいますよ」
力を使い果たしたのか、イプシロン7408はへたり込んでいる。
「人間だって歌祭を楽しんでます。順応性だけは高いんですから」
ロボ之助はようやくそれに気づいた。
「あれ、大丈夫?」
「大丈夫じゃありません! バッテリー空になっちゃったでしょう。靴の底も減っちゃったし。あーあ」
「うにゃあ、ごめんね。お腹すいちゃった?」
「お腹はすきません。人間じゃないんですから」
イプシロン7408は埃をはたきながら立ち上がった。
「バッテリーは放っておけば満タンになります。ご心配には及びません」
「でも、充電とかしなくていいの」
それでも心配げなロボ之助に、イプシロン7408は面倒臭そうな顔を見せた。
「ですから、地面の下や建物の壁の中を電線のネットワークが走っていて、そこから非接触充電するんです。つまり、地面の上に立つなり歩くなり寝転ぶなりしていれば、バッテリーは勝手に満充電になる訳です」
「あ、いいなあ、それ。お腹すかないんだもんねえ」
そう笑うロボ之助に、イオタ666は興味深そうな顔でたずねた。
「ちなみに、ロボ之助さまの動力源は何なのでしょうか」
「おいら? おいらはガソリンで動くんだよ」
「ガソリンですか。内燃機関搭載なのですね」
「え、そうなんですか」イプシロン7408は驚いた。「それで、ガソリンはまだもつんですか」
「ああ、そう言えばそろそろペコペコだね。この辺にガソリンスタンドある?」
「そんなもんある訳ないでしょうが!」
ロボットも切れるんだなあ、とロボ之助はイプシロン7408を見ながら思わず感心した。
「呆れた、何考えてるの、アルファ501もクエピコも、こんな大事なこと教えないなんてあり得ない!」
怒り狂うイプシロン7408を横目に、イオタ666はロボ之助に笑顔を向けた。
「発電所用の燃料精製施設にガソリンが作れるか確認してみます。しばらくもちますか」
「うん、まだしばらくは大丈夫」
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「じゃ待ってるね」
ロボ之助は玄関の脇に膝を抱えて座り込んだ。
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