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12.カッパーバンド邸
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何か変だな、とは目覚めたときから感じていた。その違和感の正体に、ロボ之助はようやく気づいた。静かすぎるんだ。鳥の声が聞こえない。どうしてだろう。どうして。ロボ之助の中に、記憶の断片が闇の中から浮かび上がった。
ああ、そうだ、鳥なんて居る訳がない。だって。
「――助さま」
だってあのとき。
「ロボ之助さま!」
肩を揺するイオタ666に、ロボ之助は驚いたような顔を見せた。
「え、何」
「大丈夫ですか、しばらく反応がありませんでしたが」
「まさか空腹で目眩でも起こしてたなんて言わないでくださいよ、人間じゃあるまいし」
からかうようなイプシロン7408に、ロボ之助は思い切り作り笑顔を返した。
「まあ、気持ちの悪い」
ムッとするイプシロン7408を横目に、イオタ666はロボ之助の隣にしゃがみ込んだ。
「自動車博物館に納入するガソリンを、少し分けてもらえることになりました。もうすぐ燃料輸送車がこちらに到着します」
「そう。迷惑かけてごめんね」
「と、とんでもない。もったいないです」
「ねえ、自動車博物館って、昔の自動車があるの?」
「はい、新創世以前の自動車も展示されています」
「アマテル自動車の車もある?」
「はい、あります。一度ご覧になってください。きっと懐かしい物がたくさん見つかりますよ……あ、もう燃料輸送車が到着したようです」
イオタ666が正門の方を向いた。
背の高い正門の向こう側に、もっと背の高い大型のトレーラーが姿を見せている。正門が開く。トレーラーも電気自動車なのだろう、ほぼ無音で滑るように動き始めた。そこに。少女が立っていた。左折で門に入ってくるトレーラーの内輪に巻き込まれる、ロボ之助の目にはそう見えた。
「危ない!」
その声を発したときにはもう、ロボ之助の脚は格納され、タイヤが姿を現していた。三六〇馬力のエンジンが唸る。猛スピードでトレーラーに突進するロボ之助。しかし、トレーラーは少女を巻き込むことなく、ピタリと止まった。なのにロボ之助は加速しすぎて止まらない。
「ああーっ!!」
ロボ之助の体はトレーラーの隅にぶつかると、その勢いで中天高く跳び上がってしまった。
一瞬の静寂、そしてその後にやってきた轟音と衝撃。くらくらする頭で、それでもなんとかロボ之助は、自分が地面に落ちたのだと理解した。視覚センサは正常に機能している。さすが博士の作った体、頑丈だ。
ロボ之助の周囲には土が盛り上がっているが、その周りには緑の濃い芝が広がっている。向こうには小さな花畑も見える。視線を上げると、木漏れ日が見えた。何本か樹が生えているようだ。公園みたいな所だな、とロボ之助は思った。
体を動かしてみる。動きそうだ。右腕は使える。だが左腕に力が入らない。両足は格納していたから多分大丈夫。ロボ之助は脚を出し、体を起こそうとした。そのとき。
「誰だ貴様!」
ロボ之助が振り仰ぐと、ガウンを着た立派な体格の七十歳代くらいに見える男が、猟銃を手に立っていた。男はロボ之助の頭にその猟銃を突きつけた。
「ここは私有地だ。ロボットが勝手に立ち入って良い場所ではない」
「あー、そう言われても、その」
猟銃を突きつけられたままでは、立つに立てないじゃないか、と言いたかったが、それすらも許さない雰囲気が男にはあった。
「今すぐに出て行け。さもなければ評議会にねじ込むぞ。それとも頭をぶち抜かれた方がいいか」
「待って、お爺さま」
その声は、男の背後から聞こえてきた。静かに姿を現したのは、白いつば広の帽子をかぶった、白いワンピースの、絵から抜け出たような十五、六歳の少女だった。少女はロボ之助の側にかがむと、左腕に触れた。
「この人、怪我をしている」
「ドリス、触るな。服が汚れる」
しかし男の言葉に耳を貸さず、ドリスと呼ばれた少女はロボ之助の体に手を回した。
「大丈夫? 立てる?」
「うん、おいらは大丈夫だよ。ほらね」
ロボ之助は立ち上がった。体の正面にはトレーラーとの衝突で出来たこすり傷がついていたし、左腕は肘の関節が壊れたのかプラプラしていたが、それだけだった。
「おいらの頑丈さは普通じゃないから。心配してくれてありがとう、ドリちゃん」
ドリスはしばし呆気に取られていた。
「……ドリちゃん?」
「うん、君のこと」
「私はドリス・カッパーバンド」
「だからドリちゃん」
ドリスは不意に吹き出すと、声を上げて笑った。お腹を押さえて涙を浮かべながら笑い転げる様子を見て、ああ、この子は人間なんだ、とロボ之助は思った。
しばらく笑った後、上気した顔を押さえながら、ドリスははにかんだ笑顔を見せた。
「ごめんなさい、こんなにおかしかったの久しぶりだったから。ねえ、あなたのお名前は?」
「おいらロボ之助。助っ人ロボットのロボ之助。何かあったら言ってね、何でも手伝うよ」
「ええ、きっとお願いするわ」
そのとき、広がる芝生の向こう側にある建物の一階から、メイド服姿が現れた。
「旦那様」
「何だ」
男は猟銃を下ろし、複雑な表情を浮かべている。
「評議会から来られたという方がお二人、お連れさまを回収したいと仰っていますが」
「そうか、通せ」
メイドにそう答えると、男はドリスとロボ之助に背中を向けた。
「現代の自動車はセンサの塊です。巻き込み事故なんて絶対に起こしません」
イプシロン7408に叱られて、横たわるロボ之助はしゅんとした。
「だって知らなかったから」
「知らないからって、トレーラーに突っ込んでいく馬鹿がありますか。死ぬところだったんですよ」
「いや、おいらは頑丈だから」
「言い訳をしない!」
知恵の神殿の修理マシンで左腕を修理しながら、ロボ之助は小さくなってしまった。
「それくらいにしないか。こうして無事に戻って来られたんだ、それで十分だろう」
すました顔で割って入るアルファ501に、イプシロン7408は怒りの矛先を向けた。
「何言ってるの、これのどこが無事なのよ。そもそもあんたたちが、ガソリンのことを私に黙ってたのが悪いんでしょうが」
「黙っていた訳ではない。確認と連絡のミスだ」
「ロボットにとっては致命的なレベルのミスね。あんたたちこそ調整が必要なんじゃないの」
「口調が乱暴だぞ。そこまで怒ることはないだろう」
「だったら勝手になさい!」
イプシロン7408は叩きつけるようにそう怒鳴ると、部屋を出て行ってしまった。アルファ501は苦笑する。
「ああ見えて、心配性な奴なのです。許してやってください」
「ごめんね、おいら迷惑ばっかりかけちゃって」
「いえ、ロボ之助さまはまだこの時代のことをご存じないのですから仕方ありません。それに、良い偶然もありました」
「良い偶然?」
アルファ501はうなずいた。
「今日ロボ之助さまが落ちた邸宅の持ち主はジョセフ・カッパーバンド、いまは世捨て人のようになっていますが、元々人間社会ではかなり名の通った人物です。彼と面識が出来たというのは、今後のことを考えれば有利に働くでしょう」
そのときロボ之助の脳裏に、あのカッパーバンド邸で見た木漏れ日が浮かんだ。キラキラと光る緑。ロボ之助の記憶がまた一つよみがえった。
ああ、そうだ、鳥なんて居る訳がない。だって。
「――助さま」
だってあのとき。
「ロボ之助さま!」
肩を揺するイオタ666に、ロボ之助は驚いたような顔を見せた。
「え、何」
「大丈夫ですか、しばらく反応がありませんでしたが」
「まさか空腹で目眩でも起こしてたなんて言わないでくださいよ、人間じゃあるまいし」
からかうようなイプシロン7408に、ロボ之助は思い切り作り笑顔を返した。
「まあ、気持ちの悪い」
ムッとするイプシロン7408を横目に、イオタ666はロボ之助の隣にしゃがみ込んだ。
「自動車博物館に納入するガソリンを、少し分けてもらえることになりました。もうすぐ燃料輸送車がこちらに到着します」
「そう。迷惑かけてごめんね」
「と、とんでもない。もったいないです」
「ねえ、自動車博物館って、昔の自動車があるの?」
「はい、新創世以前の自動車も展示されています」
「アマテル自動車の車もある?」
「はい、あります。一度ご覧になってください。きっと懐かしい物がたくさん見つかりますよ……あ、もう燃料輸送車が到着したようです」
イオタ666が正門の方を向いた。
背の高い正門の向こう側に、もっと背の高い大型のトレーラーが姿を見せている。正門が開く。トレーラーも電気自動車なのだろう、ほぼ無音で滑るように動き始めた。そこに。少女が立っていた。左折で門に入ってくるトレーラーの内輪に巻き込まれる、ロボ之助の目にはそう見えた。
「危ない!」
その声を発したときにはもう、ロボ之助の脚は格納され、タイヤが姿を現していた。三六〇馬力のエンジンが唸る。猛スピードでトレーラーに突進するロボ之助。しかし、トレーラーは少女を巻き込むことなく、ピタリと止まった。なのにロボ之助は加速しすぎて止まらない。
「ああーっ!!」
ロボ之助の体はトレーラーの隅にぶつかると、その勢いで中天高く跳び上がってしまった。
一瞬の静寂、そしてその後にやってきた轟音と衝撃。くらくらする頭で、それでもなんとかロボ之助は、自分が地面に落ちたのだと理解した。視覚センサは正常に機能している。さすが博士の作った体、頑丈だ。
ロボ之助の周囲には土が盛り上がっているが、その周りには緑の濃い芝が広がっている。向こうには小さな花畑も見える。視線を上げると、木漏れ日が見えた。何本か樹が生えているようだ。公園みたいな所だな、とロボ之助は思った。
体を動かしてみる。動きそうだ。右腕は使える。だが左腕に力が入らない。両足は格納していたから多分大丈夫。ロボ之助は脚を出し、体を起こそうとした。そのとき。
「誰だ貴様!」
ロボ之助が振り仰ぐと、ガウンを着た立派な体格の七十歳代くらいに見える男が、猟銃を手に立っていた。男はロボ之助の頭にその猟銃を突きつけた。
「ここは私有地だ。ロボットが勝手に立ち入って良い場所ではない」
「あー、そう言われても、その」
猟銃を突きつけられたままでは、立つに立てないじゃないか、と言いたかったが、それすらも許さない雰囲気が男にはあった。
「今すぐに出て行け。さもなければ評議会にねじ込むぞ。それとも頭をぶち抜かれた方がいいか」
「待って、お爺さま」
その声は、男の背後から聞こえてきた。静かに姿を現したのは、白いつば広の帽子をかぶった、白いワンピースの、絵から抜け出たような十五、六歳の少女だった。少女はロボ之助の側にかがむと、左腕に触れた。
「この人、怪我をしている」
「ドリス、触るな。服が汚れる」
しかし男の言葉に耳を貸さず、ドリスと呼ばれた少女はロボ之助の体に手を回した。
「大丈夫? 立てる?」
「うん、おいらは大丈夫だよ。ほらね」
ロボ之助は立ち上がった。体の正面にはトレーラーとの衝突で出来たこすり傷がついていたし、左腕は肘の関節が壊れたのかプラプラしていたが、それだけだった。
「おいらの頑丈さは普通じゃないから。心配してくれてありがとう、ドリちゃん」
ドリスはしばし呆気に取られていた。
「……ドリちゃん?」
「うん、君のこと」
「私はドリス・カッパーバンド」
「だからドリちゃん」
ドリスは不意に吹き出すと、声を上げて笑った。お腹を押さえて涙を浮かべながら笑い転げる様子を見て、ああ、この子は人間なんだ、とロボ之助は思った。
しばらく笑った後、上気した顔を押さえながら、ドリスははにかんだ笑顔を見せた。
「ごめんなさい、こんなにおかしかったの久しぶりだったから。ねえ、あなたのお名前は?」
「おいらロボ之助。助っ人ロボットのロボ之助。何かあったら言ってね、何でも手伝うよ」
「ええ、きっとお願いするわ」
そのとき、広がる芝生の向こう側にある建物の一階から、メイド服姿が現れた。
「旦那様」
「何だ」
男は猟銃を下ろし、複雑な表情を浮かべている。
「評議会から来られたという方がお二人、お連れさまを回収したいと仰っていますが」
「そうか、通せ」
メイドにそう答えると、男はドリスとロボ之助に背中を向けた。
「現代の自動車はセンサの塊です。巻き込み事故なんて絶対に起こしません」
イプシロン7408に叱られて、横たわるロボ之助はしゅんとした。
「だって知らなかったから」
「知らないからって、トレーラーに突っ込んでいく馬鹿がありますか。死ぬところだったんですよ」
「いや、おいらは頑丈だから」
「言い訳をしない!」
知恵の神殿の修理マシンで左腕を修理しながら、ロボ之助は小さくなってしまった。
「それくらいにしないか。こうして無事に戻って来られたんだ、それで十分だろう」
すました顔で割って入るアルファ501に、イプシロン7408は怒りの矛先を向けた。
「何言ってるの、これのどこが無事なのよ。そもそもあんたたちが、ガソリンのことを私に黙ってたのが悪いんでしょうが」
「黙っていた訳ではない。確認と連絡のミスだ」
「ロボットにとっては致命的なレベルのミスね。あんたたちこそ調整が必要なんじゃないの」
「口調が乱暴だぞ。そこまで怒ることはないだろう」
「だったら勝手になさい!」
イプシロン7408は叩きつけるようにそう怒鳴ると、部屋を出て行ってしまった。アルファ501は苦笑する。
「ああ見えて、心配性な奴なのです。許してやってください」
「ごめんね、おいら迷惑ばっかりかけちゃって」
「いえ、ロボ之助さまはまだこの時代のことをご存じないのですから仕方ありません。それに、良い偶然もありました」
「良い偶然?」
アルファ501はうなずいた。
「今日ロボ之助さまが落ちた邸宅の持ち主はジョセフ・カッパーバンド、いまは世捨て人のようになっていますが、元々人間社会ではかなり名の通った人物です。彼と面識が出来たというのは、今後のことを考えれば有利に働くでしょう」
そのときロボ之助の脳裏に、あのカッパーバンド邸で見た木漏れ日が浮かんだ。キラキラと光る緑。ロボ之助の記憶がまた一つよみがえった。
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