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13.森の妖精
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ああそうだ、あのときも緑が綺麗だった。夏は終わりかけていたけど、紅葉がやってくるのはまだ随分と先の時期。世界を知るのも勉強だって言って、博士がQPとおいらをキャンプに連れて行ってくれたんだ。おいらはとってもとっても楽しみで、前の日の晩は全然眠れなかったなあ。
山のキャンプ場に着いて、テントを張って、薪を集めて。初めてやることばっかりで、楽しくて時間の過ぎるのも忘れてた。
「火を使うのは大丈夫なんだよね」
「ここは直火OKだよ。安心して薪を集めろ。僕は落ち葉を集める」
QPは以前にも来たことがあるらしくて、慣れた手つきで乾いた落ち葉を集めていた。その日は他のキャンパーは誰もいなかったし、薪も落ち葉も拾い放題だった。そんなとき。おいらの耳にはそれが聞こえたんだ。
「歌が聞こえる」
遠くてかすかな声だったけど、たしかに歌だった。
「なに言ってんだ、おまえ」
QPは落ち葉を探す手を止めて、おいらを不思議そうに見ていた。
「歌だよ、ほら、この歌」
「いや、何も聞こえないぞ」
QPにはあの歌が聞こえないようだった。おいらは何故か、いても立ってもいられなくなって、森の中を走り出した。
「ちょっと探してくる」
「あ、待て、おい、こら、夕飯の準備があるんだぞ!」
後ろから聞こえたQPの声を放っておいて、おいらは薄暗い森の中を突っ切った。歌の聞こえる方に向かって。
どれくらい走ったろうか、森が急に開けた。空が青かった。そこには、校舎が建っていた。でも人影はない。誰の気配もない。それはもう随分と前に廃校になった学校らしかった。二階建てで赤い屋根の木造校舎。窓ガラスは全部割れてしまって、中が丸見え。そんなボロボロの校舎の二階から、歌声は聞こえてくる。おいらは扉の壊れた玄関から入って、階段を上った。
二階に上がったとき、歌声は止まった。でも声が聞こえた大体の場所はわかっている。おいらはゆっくり廊下を歩いた。ボロボロにささくれ立った廊下の板がきしむ。歩くたび、あちこちから音が響く。教室の窓ガラスも全部割れてなくなっている。階段から数えて三つ目の教室、音楽室って書いてある室名札が残ってた。その教室の中、倒れた机の上に、あの子は座っていたんだ。
顔以外は全身緑色で、背中まである長い髪は真っ赤。背中にはトンボみたいな透明な羽根が生えていて、そしてその身体は、おいらの手に乗るほどの大きさだった。
おいらは教室の外から声をかけた。
「さっきの歌は君が歌ったの?」
緑と赤の子は、おいらを睨みつけて言った。
「何で聞こえるのよ。あたしの声は人間には聞こえないはずなのに」
「おいら人間じゃないよ。ロボットのロボ之助」
「ロボットって何」
おいらはちょっと困ってしまった。そう言われてみると、ロボットって何なんだろう。
「何って言われても。何でもできるよ。掃除、洗濯、犬のお散歩。空だって飛べるんだ」
そこでトンボの羽根の子は、やっとわかってくれたみたいだった。
「……そうか、あんた機械なのね」
「そう! 機械だよ、機械のロボット。君は人間なの?」
「あたしが人間な訳ないでしょ。馬鹿じゃないの」
自分のことを棚に上げて、手に乗るような小さな子は不満そうな顔をした。おいらはこう返事したっけ。
「んーとね、よくわかんないんだ。本で読んだ妖精に似てるな、って思うんだけど、おいらまだ生まれたばっかりだし、世界中の人間に会ったわけじゃないから、君みたいな人間もいるって言われたら、そうかな、って思うし」
すると妖精みたいな子は、今度はちょっと感心したような顔を見せた。
「へえ、己の足らぬを知っているの。存外に高性能の機械ね」
「えへへ、ありがと」
おいら褒められると弱いんだ。
「君、名前は?」
「そんなものはない」
「え、そうなんだ。名前ないのか」
「個体の識別は必ずしも言語による必要はない。名前なんてものがあるのが当然だなんて思わないでちょうだい」
ああ、そうか。これか。だからあのとき、イプちゃんの言葉をどこかで聞いた気がしたんだ。
「それよりさ、さっきの歌は君が作ったの。いい歌だねえ、おいらホレボレしちゃったよ」
嘘じゃないよ。おいら本当にそう思ったんだから。そうしたら、あの子はちょっと寂しそうな顔で、こう言ったんだ。
「あたしが作ったのかどうかはもう記憶にない。ただ星の間を巡るうちに、いつの間にか覚えてた」
「ねえねえ、もう一度聞かせてよ」
おいらがお願いすると、妖精の子は目をつり上げて怒った顔をした。
「何言ってるの、馬鹿じゃない。何のためにそんなことをしなきゃいけないの」
「だっておいら感動しちゃったから。遠くで聞いてあんなに感動したんだから、近くで聞いてみたいって思うじゃない」
「知らないわよ、そんなの」
「そこを何とか」
「いやよ」
それでもおいらがしつこくお願いすると、しばらくためらった後、あの子は歌い始めたんだ。
世界の果て 流されて一人
宇宙の果て 泣き濡れて一人
一人立つ浜辺 砂に指を埋めて
一人歌う歌 暮れる空に消え行く
けれど
緑なす大地 雲遊ぶ大空
風走る海原 降るような星の夜
光満ち 朝な夕な 私を誘う
歌に満ち 朝な夕な 心揺らすこの惑星
でも一人 私は一人
天を指し 涙を数える
とっても綺麗な声だったよ。おいら涙が出ないのに、泣きそうになっちゃった。おいらたちは、それからいろんなことを話したんだ。何を話したのかはもう覚えてないや。でも、日が暮れるまで話し合ってたことは覚えてる。
山のキャンプ場に着いて、テントを張って、薪を集めて。初めてやることばっかりで、楽しくて時間の過ぎるのも忘れてた。
「火を使うのは大丈夫なんだよね」
「ここは直火OKだよ。安心して薪を集めろ。僕は落ち葉を集める」
QPは以前にも来たことがあるらしくて、慣れた手つきで乾いた落ち葉を集めていた。その日は他のキャンパーは誰もいなかったし、薪も落ち葉も拾い放題だった。そんなとき。おいらの耳にはそれが聞こえたんだ。
「歌が聞こえる」
遠くてかすかな声だったけど、たしかに歌だった。
「なに言ってんだ、おまえ」
QPは落ち葉を探す手を止めて、おいらを不思議そうに見ていた。
「歌だよ、ほら、この歌」
「いや、何も聞こえないぞ」
QPにはあの歌が聞こえないようだった。おいらは何故か、いても立ってもいられなくなって、森の中を走り出した。
「ちょっと探してくる」
「あ、待て、おい、こら、夕飯の準備があるんだぞ!」
後ろから聞こえたQPの声を放っておいて、おいらは薄暗い森の中を突っ切った。歌の聞こえる方に向かって。
どれくらい走ったろうか、森が急に開けた。空が青かった。そこには、校舎が建っていた。でも人影はない。誰の気配もない。それはもう随分と前に廃校になった学校らしかった。二階建てで赤い屋根の木造校舎。窓ガラスは全部割れてしまって、中が丸見え。そんなボロボロの校舎の二階から、歌声は聞こえてくる。おいらは扉の壊れた玄関から入って、階段を上った。
二階に上がったとき、歌声は止まった。でも声が聞こえた大体の場所はわかっている。おいらはゆっくり廊下を歩いた。ボロボロにささくれ立った廊下の板がきしむ。歩くたび、あちこちから音が響く。教室の窓ガラスも全部割れてなくなっている。階段から数えて三つ目の教室、音楽室って書いてある室名札が残ってた。その教室の中、倒れた机の上に、あの子は座っていたんだ。
顔以外は全身緑色で、背中まである長い髪は真っ赤。背中にはトンボみたいな透明な羽根が生えていて、そしてその身体は、おいらの手に乗るほどの大きさだった。
おいらは教室の外から声をかけた。
「さっきの歌は君が歌ったの?」
緑と赤の子は、おいらを睨みつけて言った。
「何で聞こえるのよ。あたしの声は人間には聞こえないはずなのに」
「おいら人間じゃないよ。ロボットのロボ之助」
「ロボットって何」
おいらはちょっと困ってしまった。そう言われてみると、ロボットって何なんだろう。
「何って言われても。何でもできるよ。掃除、洗濯、犬のお散歩。空だって飛べるんだ」
そこでトンボの羽根の子は、やっとわかってくれたみたいだった。
「……そうか、あんた機械なのね」
「そう! 機械だよ、機械のロボット。君は人間なの?」
「あたしが人間な訳ないでしょ。馬鹿じゃないの」
自分のことを棚に上げて、手に乗るような小さな子は不満そうな顔をした。おいらはこう返事したっけ。
「んーとね、よくわかんないんだ。本で読んだ妖精に似てるな、って思うんだけど、おいらまだ生まれたばっかりだし、世界中の人間に会ったわけじゃないから、君みたいな人間もいるって言われたら、そうかな、って思うし」
すると妖精みたいな子は、今度はちょっと感心したような顔を見せた。
「へえ、己の足らぬを知っているの。存外に高性能の機械ね」
「えへへ、ありがと」
おいら褒められると弱いんだ。
「君、名前は?」
「そんなものはない」
「え、そうなんだ。名前ないのか」
「個体の識別は必ずしも言語による必要はない。名前なんてものがあるのが当然だなんて思わないでちょうだい」
ああ、そうか。これか。だからあのとき、イプちゃんの言葉をどこかで聞いた気がしたんだ。
「それよりさ、さっきの歌は君が作ったの。いい歌だねえ、おいらホレボレしちゃったよ」
嘘じゃないよ。おいら本当にそう思ったんだから。そうしたら、あの子はちょっと寂しそうな顔で、こう言ったんだ。
「あたしが作ったのかどうかはもう記憶にない。ただ星の間を巡るうちに、いつの間にか覚えてた」
「ねえねえ、もう一度聞かせてよ」
おいらがお願いすると、妖精の子は目をつり上げて怒った顔をした。
「何言ってるの、馬鹿じゃない。何のためにそんなことをしなきゃいけないの」
「だっておいら感動しちゃったから。遠くで聞いてあんなに感動したんだから、近くで聞いてみたいって思うじゃない」
「知らないわよ、そんなの」
「そこを何とか」
「いやよ」
それでもおいらがしつこくお願いすると、しばらくためらった後、あの子は歌い始めたんだ。
世界の果て 流されて一人
宇宙の果て 泣き濡れて一人
一人立つ浜辺 砂に指を埋めて
一人歌う歌 暮れる空に消え行く
けれど
緑なす大地 雲遊ぶ大空
風走る海原 降るような星の夜
光満ち 朝な夕な 私を誘う
歌に満ち 朝な夕な 心揺らすこの惑星
でも一人 私は一人
天を指し 涙を数える
とっても綺麗な声だったよ。おいら涙が出ないのに、泣きそうになっちゃった。おいらたちは、それからいろんなことを話したんだ。何を話したのかはもう覚えてないや。でも、日が暮れるまで話し合ってたことは覚えてる。
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