アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

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19.森の声

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「ようやくお出ましか。サイキック、捕まえろ」

 コマンダーに命令されて、サイキックは手を伸ばす。空中で何かを捕まえた仕草をした。でも、妖精の子はびくともしなかった。

「だめだ、動かない」

 額に脂汗を浮かべるサイキックを見て、ビーストが妖精の子に向かって何かを投げつけた。細い糸のような物。小さな体に絡みついたのは、おいらの体を縛っているのと同じものだった。ビーストはその大きな体を屈めるように、下に向けて引っ張った。

「うおおおおっ」

 唸り声が夜の闇に響いた。でも妖精の子はやっぱりびくともしない。

 三発目の銃声が響いた。おいらの左肘が撃ち抜かれた。

「まどろっこしいのは嫌いでね。いい加減言うことをきいてくれないかな、お嬢ちゃん」

 コマンダーの言葉に、妖精の子は少し目を細くした。ざわざわざわ。空気がざわめく。聴覚センサに聞こえてくるのは音なのか、それとも声。

「何だ、何をしている」

 コマンダーは妖精の子に銃を向けた。その耳に、あの声はハッキリ聞こえたはずだ。

――何がコマンダーだ豚野郎

「何だと」

 コマンダーはビーストを振り返った。いまのは確かにビーストの声。でも、ビーストは目を丸くしている。彼は何も言っていなかったから。

 それは、後ろの森から聞こえてくる。

――くず野郎 ゲス野郎 クソ野郎

――借金を返すんだ

――軍に復帰できる 俺は復帰できる

――白人は死ね 白人は死ね

「待て、やめろ、俺は何も言っていない」

 ビーストは明らかに取り乱していた。

――金のためだ 金のためなんだ

 今度はサイキックが絶句した。それはサイキックの声。

――金が入ったら家を買う

――女房と息子を呼び戻す

――そして殺し屋を雇う

――ロンを殺してやる

「よせ、何のつもりだ」

 サイキックも慌てている。そこでやっとおいらは気づいた。声は森の向こうから聞こえてくる訳じゃない。森の木が喋っているんだ。

「おまえの仕業か。いますぐやめろ」

 妖精の子に銃を向けるコマンダーの声が上ずっていた。だって次に誰の声が聞こえるのか、わかっていたから。

――国に戻るつもりはない

 それはコマンダーの声。

――この妖精もどきを売りつける先は見つけてある

――金は独り占めだ

――西側も東側も知ったことか

――軍の犬なんぞやってられねえ

「コマンダー、あんた軍を裏切るつもりか」

 ビーストは詰め寄った。サイキックも怒っている。

「金を独り占めにするって、どういうことだ」
「うるせえ!」

 コマンダーは銃を仲間の二人に向けた。

「敵の手にまんまと引っかかりやがって、間抜けが!」

 と、そのとき。

「うわあああああああっ!」

 森の下の茂みの中から何かが飛び出した。闇の中に光る電子回路基板、QPだ。QPはイノシシみたいに真っ直ぐコマンダーに飛びかかった。

「うおっ、貴様」

 QPだって鉄の塊、体重は二百キロくらいはある。コマンダーは押し倒された。QPはすかさず拳銃を奪うと立ち上がった。

「ロボ之助、大丈夫か」
「うん、おいらは大丈夫」

「そうか、良かった……って、全然大丈夫じゃない! ボロボロじゃないか!」
「いや、修理したら治るところだし」

「誰が修理すると思ってるんだよ、て、ああ、関節三カ所、予算が、予算が消えていく」

 がっかりするQPを見て、コマンダーは立ち上がろうとした。でも。

「動くな」QPは銃を向けた。「いま博士が警察を呼んでここに向かってる。あんたたちの身柄は警察に渡す。それまでじっとしていろ」
「くそ、機械の分際で」

「あな愚か」

 おいらたちの視線は、妖精の子に向かった。

「あな醜し」

 妖精の子の声は、闇を凍り付かせるように響いた。どうしたんだろう、口調が変わっている。

「これまで数多あまたの星を巡りたれど、機械のそれを下回る、知的生命体のこれほどの愚かさ醜さ、他に類を見ず。もはや観察に値せぬことは明白なり」
「何を言ってるんだ、こいつ」

 三人組は顔を見合わせた。妖精の子は一瞬悲しそうな顔でおいらを見ると、キッと顔を上げてこう宣言した。

「汚らわしき欲望にとらわれし、醜き下等生命よ。大宇宙の摂理の名の下に、そなたらを誅す。滅びよ」

 緩やかな風が吹いた。下から上に。地面から空へ。そして一瞬の後、三人組の体が金色に光った。同時に、言葉で言い表せないほどの轟音が響き渡った。おいらの鉄の体を震わせるほどの震動。三人組に雷が落ちたんだとおいらが理解するには、数秒かかった。倒れ込んだ三人の体からは、ぶすぶすと音を立てて煙が上がっていた。

「……なんてことを」

 QPは手に持った拳銃を落とした。

「君がやったの?」

 おいらの言葉に、でも妖精の子は返事をしない。

「どうしてこんなことを。おいらの体なら、修理すれば治ったのに」

 妖精の子は、音もなく上昇した。

「あ、おい、どこに行くんだ、戻ってこい」

 呼び止めようとするQPに向かって、妖精の子はこう言ったんだ。

「託宣は下された。この惑星は、終わる」

 そしてどこへともなく姿を消してしまった。
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