アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

文字の大きさ
25 / 38

24.後継者として

しおりを挟む
 卵形の明るい部屋。その真ん中にロボ之助は立っていた。ごうごうと風の音がしている。しばらくして、水分がすべて飛んだのだろう、温風乾燥機が停止した。丸いドアが開いて、イプシロン7408が顔をのぞかせた。その手にポリタンクを持って。

「早く出て来てください。ガソリン補給するのでしょう」
「うん、ありがと、イプちゃん」

「その呼び方やめてください」

 真顔でそう言うイプシロン7408に、ロボ之助は手を差し出した。

「何ですか」

 その手には、黒いメモリーチップがあった。

 胸のハッチを開ける。燃料タンクのキャップを外し、ポリタンクのノズルを給油口に差し込むと、一気にガソリンを流し込む。

「……という訳なんだけど」

 ロボ之助はカールとミカエラの件をイプシロン7408に話した。

「証拠物件じゃないですか。セキュリティに渡してもらわなければ困ります」
「そこを何とか。何が書いてあるのかだけでも教えてよ」

 イプシロン7408は困った顔をしていたが、それでもちょっと興味が引かれたらしい。

「仕方ないですねえ。今回だけですよ」

 栗色の髪を掻き分け、こめかみを軽く押すと、そこに小さな四角い溝が現れた。メモリーチップを押し込む。

 しばし目を閉じていたイプシロン7408は、突如カッと目を見開いた。

「まあ、何てこと」
「何が書いてあったの」

 燃料タンクのキャップを閉め、ハッチを閉じると、ロボ之助はポリタンクを置いた。何と説明したものか、イプシロン7408は少し迷ったが、自分が見たものをそのまま口にすることにした。

「ベータ型の彼女、一緒に居たツーラーと愛し合っていると言っています」
「じゃ、カールとミカエラは恋人同士ってことなんだね」

「あり得ません」

 しかしイプシロン7408は即座に否定した。

「ベータ型はポリスの上級市民です。対してツーラーはタダの道具です。人型に近いのもAIが搭載されているのも、単にその方が道具として便利だったからそうなったにすぎません。ロボットとは本質的に違う存在です」

「でも人型の機械なんでしょ。だったらロボットじゃないか」

 それはロボ之助のどうしても譲ることの出来ない点だった。けれどイプシロン7408は重ねて否定する。

「違います。HEARTシステムを搭載されていない機械はロボットではありません」
「そんなの肌の色が違うから人間扱いできないって言ってるのと同じだよ。合理的じゃないよ。納得できないよ」

 イプシロン7408の表情がこわばった。人間なら顔色が変わっているところである。

「ロボットが人間と同じだと言うのですか」
「やってることは同じだよ」

「信じられません。それはロボットに対する冒涜です。神さまといえど許されるものではありません」

「おいらは神さまじゃないよ。ロボットだよ。おいらから見れば、QPだってツーラーだって同じロボットなんだよ。どうしてわかってくれないの。部品の数が違ったってロボットはロボットじゃないか」

 イプシロン7408はよろめいた。

「そんな。あなたはロボット憲章に挑戦するのですか。この秩序を揺るがせるつもりなのですか」
「ロボット憲章だろうと何だろうと、間違ってるものは間違ってる!」

 ロボ之助が怒りの声を上げた途端、突如部屋の照明が消え、赤い非常灯に切り替わった。サイレンが鳴り響き、クエピコとは別の合成音声が非常事態を告げる。

「治安案件発生。セキュリティが急行します。治安案件発生。セキュリティが急行します」
「神さま、あなたの身柄を確保します」

 イプシロン7408の声が虚ろに響いた。


 時計は深夜零時を回った。知恵の神殿の終業時刻である。アルファ501は中央司令室でクエピコに確認した。

「本日の業務は終了した。全自動モードに移行する」
「全自動モード移行了解。移行完了」

「明日の予定に変更はあるか」
「回答する。変更はない」

「申し送り事項はあるか」
「回答する。申し送り事項はない」

「ではクエピコ」少し声のトーンを落とした。「QPについて、何か知っていることはないか」

 一瞬間があった。

「回答する。特にこれといった情報はない」
「では質問を変える。我々に伝えるべきではないと評議会が決定した事柄の中に、QPの情報はあるのか」

 クエピコは即答した。

「回答できない。アルファ501、何を知りたがっているのだ」

 まさかとは思うが、苛立っているのか。インターフェイスにあるまじきことだが、アルファ501にはそう感じられた。

「私ではない。ロボ之助さまが知りたがっている」

「回答する。ならば伝えよ。そんな情報は、既にないのだと。とうに失われているのだと。HEARTシステムを持たない旧式機械の情報など、ライブラリに収容する価値はなかった蓋然性が極めて高いのだから」

 クエピコの口調に変化はない。だがその機械的な言葉の中に、アルファ501は感情の波を感じ取っていた。


 ベッドだけで床面積の半分を占める、何もない狭い部屋。窓は小さく、ガラスははめ殺しで、ブラインドもカーテンもかかっていない。禁錮室。ここに連れてきたセキュリティの話では、反社会的行為を行ったロボットを隔離するための部屋だという。

 だが床も壁もピカピカで、ほとんど使われた様子はない。そりゃロボットだもん、人間に比べたら犯罪も滅多に起きないよな。あ、これは人間差別になるのかな。ロボ之助はそんなことを思いながら、ベッドから天井を見つめていた。

 と、そのとき。扉を軽くノックする音が響いた。

 静かに禁錮室の扉が開いた。逆光の中、アルファ501が立っている。ガソリン入りのポリタンクを持って。

「お疲れ様です。お腹がすいたのではありませんか」

 ロボ之助は哀しそうに笑った。

「そうだね。何もしなくてもお腹はすくんだよね。変なの」
「イプシロン7408が落ち込んでいました。セキュリティを呼んだのはやり過ぎだったと。ですが、彼女はルールを守っただけです。許してやってください」

「うん」
「出来れば今すぐここからお出ししたいのですが、ロボット憲章への反逆的行為は三日以上の拘禁と決まっています。これもルールですので、ご勘弁ください」

「おいらは大丈夫。ガソリンさえあれば、何日だって我慢できるよ」

 ロボ之助は胸部ハッチを開け、給油口にポリタンクのガソリンを注いだ。アルファ501は視線をそらし、話題を変えた。

「人間がなぜ人型ロボットを作ったのか、ロボ之助さまはご存知ですか」
「ううん、知らない」

 それは本当だった。ロボット技術が人類の繁栄のために開発されたことは知っている。しかし人型に限定して、その開発理由を考えたことはなかったし、だから博士に質問したこともなかった。アルファ501は言う。

「当時、人間は生物種として限界を迎えつつありました。故に自らの後継者を欲したのです。しかし生物学的後継種は現れず、やむなく人間は人型ロボットを創造した。これが現在我々の中で一般的とされる学説です」

 静かな口調に、少しずつ熱がこもってくる。

「ならば我々ロボットは人類の後継者として、この文明を後世に伝えなければならない。それが使命であると私は考えています。そのためには、厳格な法と秩序を守り、社会を維持せねばなりません。ですから」

「そうかなあ」

 胸のハッチを閉じ、ロボ之助はつぶやいた。

「おいら、人間は寂しかっただけなんじゃないかな、って思うんだけど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...