アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

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35.花は咲く

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「そんなこと言わずに、すぐ逃げてください」
「ドリスを、ドリスを連れて逃げてくれ!」

 頭に止まったカラス型ツーラーのカー吉から、イオタ666とジョセフ・カッパーバンドの声が響く。ロボ之助はゆっくりと宇宙樹に近づきながら、両腕を広げて見せた。

「みんなも危ないって言ってる。三人で山を下りよう」
「そんなことが、できるものか」

 妖精は力ない言葉で抗う。

「できるよ。みんないい人だよ。それにもし、誰かが君をいじめるっていうのなら、おいらが守ってあげるよ。だから、ね」
「あたしは、人類のかたきなんだぞ。許されるはずがない。受け入れられるはずがない」

「じゃあ、人間の居ないところで暮らそうよ。おいらと一緒に」

 妖精は完全にうつむいてしまった。

「おまえは……どれだけ……どれだけあたしを」
「ねえ、この樹に花は咲くの?」

 場の空気をまったく読まないロボ之助の脳天気な問いに、妖精は顔を上げた。

「……花?」
「そう。花は咲くの」

「花は……花は咲くけど」

 ロボ之助は満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、サクちゃんでいいんじゃないかな、君の名前」

 妖精は呆気に取られたようにロボ之助の顔を見つめた。

「名前」
「うん。やっぱり名前がないと呼びにくいよ。サクちゃんっていい名前だと思うよ。可愛いし」

「おまえは、そんなことを考えていたのか」
「そうだよ。山を登ってくる間、ずっと考えてたんだ。で、思ったの。もしこの樹に花が咲くなら、サクちゃんて名前がいいなって」

 そのとき、フジヤマが鳴動した。


 地鳴りが吼え、大地が揺れた。体感震度は七を計測、人はもちろんロボットも立っていられない。クエピコが声を上げた。

「警告する、警告する、フジヤマ直下のマグマ圧は限界点を突破した。フジヤマは噴火する」
「ドリス!」

 ジョセフが叫ぶ。

「神さま逃げて!」

 イプシロン7408も叫んだ。

 しかし。


 宇宙樹が伸びた。幹が伸び、枝が伸びた。もくもくと雲の峰の如く伸び行き、葉はざわざわと音を立てて茂り行く。その姿はみるみるうちに巨大化した。


「宇宙樹が成長してる」

 イオタ666が声を震わせる。アルファ501はクエピコに問う。

「いったい何が起きている」
「回答する。地下のマグマ圧が急速に低下している。噴火のエネルギーを宇宙樹が吸収した蓋然性が高い」

「見て!」

 イプシロン7408がモニター画面を指さした。そこに見えたのは点。白い点。いや、白ではない。正確には淡いピンク色だ。宇宙樹に、花が咲いていた。


 それは小さな、桜を思わせる花。しかし花弁は七枚。最初に一つ開き、それが四つになり、十数個を数え、百、数百、数千数万と弾けるように咲いていった。まるで宇宙樹の全身をピンクのベールで覆い隠すかの如く、しんしんと静かに咲き誇った。それを呆然と見上げながら、ロボ之助は問いかけた。

「サクちゃん、君はどうして」
「あたしはそんな名前じゃない」

 無数の花々の後ろに恥ずかしげに身を隠しながら、妖精は言った。

「自分の名前は自分で決める」

 そして笑った。

「おまえには名前をつけるセンスが絶望的にない」
「ええー、それはひどいな」

 ロボ之助は頭を掻いた。その手の近く、ロボ之助の頭に止まったカラス型ツーラーから、アルファ501の声が響いた。

「ロボ之助さま、正体不明機アンノウンです!」
「見つけたぞ」

 その声にロボ之助は振り返り、目のサーチライトがブラウンの革のコートを照らし出す。闇の中に光り輝かんばかりの金色の髪。キルビナント・キルビナが立っていた。
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