アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

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34.震源直上

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 世界の果て 流されて一人
 宇宙の果て 泣き濡れて一人
 一人立つ浜辺 砂に指を埋めて
 一人歌う歌 暮れる空に消え行く
 けれど
 緑なす大地 雲遊ぶ大空 
 風走る海原 降るような星の
 光満ち 朝な夕な 私をいざな
 歌に満ち 朝な夕な 心揺らすこの惑星ほし
 でも一人 私は一人
 天を指し 涙を数える

 酷い声で歌い終わると、ロボ之助は両腕を広げた。

「おいらも一人だよ。きっとみんな一人だよ。人間もロボットも。一人だから、家族に憧れるんだ。一人だから、友達が大切なんだ」
「おまえに我の何がわかる」

 妖精の顔は歪んでいる。まるで痛みを感じているかのように。

「わからない。でもわかりたいんだよ」
「なぜそんな事が言える」

「だっておいらたちは友達じゃないか」
「ふざけるな。おまえの家族も、仲間も、みんな我が殺したのだぞ」

 妖精の怒りは爆発寸前のところまで来ている。それは誰の目にも明らかだった。そして、ロボ之助は火に油を注いだ。

「うん、知ってる。それはすっごくすっごく悲しい。だけど」

 ロボ之助は微笑んだ。

「それが君の全部じゃないってことも、おいらは知ってるから」

 空間に亀裂の走る気配がした。視界が歪む。宇宙樹の怒りが、世界を曲げていく。

「いい加減にしろ! おまえは何もわかっていない。憤怒を知らないだけだ。憎悪を知らないだけだ。心の闇を教え込まれていないだけだ。無垢ではない。ただ無知な機械であるに過ぎない。おまえには……あたしのことなんか永遠に理解できない!」

 大地が揺れた。それは知恵の神殿も揺るがした。

「地震!」

 イプシロン7408が声を上げると同時に、中央司令室を囲むすべてのモニターにアラート表示が赤く点灯する。体感震度は地域によって五から三、マグニチュードは六・〇。

「クエピコ、震源地は」

 アルファ501の問いにクエピコは即答した。

「回答する。震源地はフジヤマ直下二五キロ」
「宇宙樹が関係しているのか」

「回答する。地殻監視モニターの数値から判断できるのは、何かがフジヤマの地下から地殻を掘り進んでいる蓋然性が高いということだけだ」
「根か」ジョセフが言う。「宇宙樹の根が地下のマグマだまりに達したのではないのか」

「もしや、フジヤマが噴火するのでは」

 と、イオタ666。しかしクエピコは断言を避ける。

「回答する。現時点において噴火の蓋然性については確証あるデータがない」
「だが可能性はあるのだろう」

 アルファ501の言葉は、否定されない。

「可能性は常にある」

 一瞬、アルファ501は目を閉じた。そして再び目を見開くと、指示を下した。

「指揮権の発動。噴火を前提とした被害区域を策定、関係各所に避難指示を出せ。評議会には事後報告する」
「指揮権の発動を確認。この指示は評議会のそれを除くあらゆる指示命令に優先する。ただちに被害区域を策定し、避難指示を発令する」

 クエピコの言葉とともに中央司令室の照明はすべて赤色灯となり、数多あまたあるモニター画面は皆テキストで埋まった。



 世界の果て、流されて一人。長い長い夜の記憶。その合間に火花のように一瞬ともる、光の記憶。しかし光は闇へと変わる。変えるのはあたし。すべてを破壊し、塗りつぶす。何故なら、いてはいけないから。暴力に囚われ、欲望に引きずり回されるような知的生物は、宇宙に害を為すから。見つけ次第、あたしが審判を下す。それが与えられた使命。誰から与えられたのかはもう覚えていないけれど、それこそが、長い長い暗闇の旅の果てに巡り会った文明の灯火を消し去ることこそが、あたしの存在理由。

 けれど。

 それは機械人形。あたしの髪と同じ、真っ赤な色をした鉄の塊。知的生命ですらない、文明の生み出した道具の一つ。でも似ていた。大地に、空に、海に、そして誰より、あたしに。同じ何かを感じた。そして初めての感覚を覚えた。嫌だと。この文明を滅ぼしたくはないと。この惑星を滅ぼしたくはないと。

 でも一人。あたしは一人。すべてはまやかし。気の迷い。やはり滅ぼすべきだと知った。それこそが正義。それこそが恩寵。それこそが愛。それこそが宇宙の摂理なのだから。

 なのに。

 この震える胸は何故。揺れる思いは何故。溢れる涙は何故。いったい何が起きているのか。あたしはどうしてしまったのだろう。あたしはどうすれば良かったのだろう。

――だって

 やめろ。

――だっておいらたちは

 やめて。

――だっておいらたちは友達じゃないか



 知恵の神殿が再び揺れた。さっきよりかなり大きい。ジョセフは立っていられなくなった。各モニターでは体感震度六を示している。

「フジヤマか」
「回答する。震源はフジヤマ直下十五キロ」

 クエピコがアルファ501に告げる。

「噴火は」
「回答する。地殻監視モニターによればフジヤマ直下のマグマ圧が急速に高まっている。噴火の蓋然性は高い」

「まだ噴火はしていないのだな」
「現時点ではまだ兆候は見られない」

 中央司令室で一番大きなモニターに向かって、アルファ501は叫んだ。

「ロボ之助さま!」その視界の中では妖精がうなだれている。「聞こえますか、間もなくフジヤマは噴火します。山頂に居ては危険です。すぐに下山を。聞こえますか!」
「聞こえてるよ」

 モニターの向こうから、落ち着いた声が聞こえてきた。

「落ち着いてる場合じゃありません、すぐ逃げて!」

 イプシロン7408の声にも余裕がない。しかし。

「ありがとう。だけど、いまはダメだよ。いまこの二人を置いて、おいらだけ逃げられない」

 その言葉には頑とした、テコでも動かない決意が満ちていた
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