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理由
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ココアは早速その日の内に台湾に向けて旅立ち、『龍のお宿 みなかみ』には数日ぶりに静寂が戻った。とは言え、まだ問い合わせの未読メールは着々と増え続けている。これに里親は無事見つかりました、と一々返信しなくてはならない。里親が見つかった旨はサイトでも告知してるし、もう後は無視してもよさそうなものなのだが、どうしても八大さんがウンと言わない。だからもうしばらくはバタバタするだろう。
久しぶりにアパートで眠った。寝心地は相変わらず良くなかったが、疲れていた為だろう、よく眠れた。そして翌朝八時、ちょっと早めに出勤すると、門の前に誰か居る。こっちを見た。手を振っている。
「おはようございまーす」
ユミコ・エバンスが満面の笑みで僕を迎えた。
「あれ、どうしたんですか」
「ごめんなさい、早く来過ぎちゃったみたいで、インターホン押しても誰も出ないし、どうしようかと思ってたんです」
インターホンは事務所と当直室に繋がっている。八大さんはどちらかで寝ているはずだから、誰も居ないという事は無いはずだが、出ないという事はまあそういう事なのだろう。
「何か御用でしょうか」
「はい、オーナーにお会いしたいんですが」
「うーん」
「駄目ですか?」
いや、駄目という事は無い。何せ相手はこちらの上から目線のメールに対して怒りもせずに、わざわざアメリカからやって来てくれた人である。例えアポなしの訪問であっても断るなどとんでもない話だ。ただし営業時間中ならば。こんな朝早い時間に八大さんの了承無しで、僕が勝手な判断で迎え入れて良いのかどうか。僕がそう悩んでいる時である。
ぱこーん。僕の後頭部が軽い音を立てた。
「やあ、キミ達は朝っぱらから何をしているんだい」
僕の背後に、八大さんがメガホン片手に立っていた。
「八大さんこそ何やってるんです。寝てたんじゃないんですか」
「気持ちの良い朝だったからね、ちょっと散歩をしてただけだよ」
「おはようございます!昨日はありがとうございました」
ユミコ・エバンスが割って入って来た。八大さんに会いたいと言っていたが何の用だろう。
「いやいやこちらこそ。それで何の用かね。飛行機の時間は良いのかい」
「飛行機はお昼です。それで、あの」
と言いながら鞄をまさぐった。そしてA⒋サイズの封筒を取り出した。
「これ読んでください」
「ほう、ラブレターにしては随分大きいな」
「履歴書です」
「履歴書?」
僕と八大さんは顔を見合わせた。
「はい、今日一旦アメリカに戻りますが、準備してまたすぐに日本に来れるようにします。だから、私を雇ってください」
「ふうむ、雇えと言われてもな」
さすがの八大さんも困惑気味である。しかしユミコ・エバンスは、目をキラキラ輝かせながら己の熱意を表明した。
「私ついこの間まで、ドラゴンのペットホテルがあるなんて知りませんでした。それで、昨日こちらに伺って、お二人の仕事ぶりを拝見して、なんて素晴らしい職場なんだろうって。こんな職場で働きたい、そしてできれば将来アメリカでこんな職場を作りたいって思ったんです。だから、ここで修業させてください。お願いします」
はて、素晴らしいと思われるような何かを昨日披露したっけ、と思ったりもしたが、八大さんは満更でもない様子である。
「見るとやるとでは大違いだがな」
「わかっているつもりです」
「日本とアメリカでは文化が違うからな、理不尽に感じる事も多いかも知れんぞ」
「覚悟してます」
「ご両親が反対するのではないかね」
「両親には電話で話しました。私の選択を応援してくれるそうです」
「キミはどう思うかね」
突然僕に振って来た。
「え、いやあ、仲間が増えるのは嬉しいですけど、仕事どうするんですか、僕一人でもやる事無い日があるのに」
「つまり基本的には賛成という事だね」
「良かったー」
何だこの茶番は。
「良いだろう、君を採用しよう」
「ありがとうございます!」
「給料やシフトについてはまた後日追って考えるとして」
「はい、よろしくお願いします」
「今の内に聞いておく事は無いかね」
「お仕事に関しては今の段階では特に……でも、一つ気になる事があるんですけど、いいですか」
「良いとも。なんでも聞いてみたまえ」
ユミコ・エバンスは上を指差した。
「ここって天井高いじゃないですか。どうしてこんなに高いんですか」
どうして、ってそりゃドラゴンみたいなデカい生き物預かるんだから、低いより高い方が良いに決まってるじゃないか。と、僕は思った。しかし、八大さんは横目で僕を見ながらこう言った。
「良い所に気が付いた。この彼などは何年も働きながら一度も疑問に思った事がないのだが、ちなみに君は何をそんなに疑問に思ったのかね」
「だってドラゴンは飛べません。ならばドラゴンを預かる施設に、ここまでの高さは必要ないと思うんです」
「必要さ」
八大さんは即答した。
「ドラゴンを預かる施設なら、この高さは必要なのだ」
「何故必要なんです?」
「合縁奇縁、縁は異なもの味なもの、とにかくこの世界には縁というものがある。今回君がうちで働くことになったのも縁だ。縁というのは何処に転がっているか解らない。何時誰と縁で結ばれるか解らないのだ。ならば、備えておくしかあるまい」
「何に備えるのですか?」
ユミコ・エバンスは首を傾げた。そして僕も首を傾げた。
「決まっているではないか」
八大さんは高い高い屋根を見上げ、そして僕らに視線を下ろし、ニッと笑った。
「いつか本物のドラゴンを預かる事にだよ」
久しぶりにアパートで眠った。寝心地は相変わらず良くなかったが、疲れていた為だろう、よく眠れた。そして翌朝八時、ちょっと早めに出勤すると、門の前に誰か居る。こっちを見た。手を振っている。
「おはようございまーす」
ユミコ・エバンスが満面の笑みで僕を迎えた。
「あれ、どうしたんですか」
「ごめんなさい、早く来過ぎちゃったみたいで、インターホン押しても誰も出ないし、どうしようかと思ってたんです」
インターホンは事務所と当直室に繋がっている。八大さんはどちらかで寝ているはずだから、誰も居ないという事は無いはずだが、出ないという事はまあそういう事なのだろう。
「何か御用でしょうか」
「はい、オーナーにお会いしたいんですが」
「うーん」
「駄目ですか?」
いや、駄目という事は無い。何せ相手はこちらの上から目線のメールに対して怒りもせずに、わざわざアメリカからやって来てくれた人である。例えアポなしの訪問であっても断るなどとんでもない話だ。ただし営業時間中ならば。こんな朝早い時間に八大さんの了承無しで、僕が勝手な判断で迎え入れて良いのかどうか。僕がそう悩んでいる時である。
ぱこーん。僕の後頭部が軽い音を立てた。
「やあ、キミ達は朝っぱらから何をしているんだい」
僕の背後に、八大さんがメガホン片手に立っていた。
「八大さんこそ何やってるんです。寝てたんじゃないんですか」
「気持ちの良い朝だったからね、ちょっと散歩をしてただけだよ」
「おはようございます!昨日はありがとうございました」
ユミコ・エバンスが割って入って来た。八大さんに会いたいと言っていたが何の用だろう。
「いやいやこちらこそ。それで何の用かね。飛行機の時間は良いのかい」
「飛行機はお昼です。それで、あの」
と言いながら鞄をまさぐった。そしてA⒋サイズの封筒を取り出した。
「これ読んでください」
「ほう、ラブレターにしては随分大きいな」
「履歴書です」
「履歴書?」
僕と八大さんは顔を見合わせた。
「はい、今日一旦アメリカに戻りますが、準備してまたすぐに日本に来れるようにします。だから、私を雇ってください」
「ふうむ、雇えと言われてもな」
さすがの八大さんも困惑気味である。しかしユミコ・エバンスは、目をキラキラ輝かせながら己の熱意を表明した。
「私ついこの間まで、ドラゴンのペットホテルがあるなんて知りませんでした。それで、昨日こちらに伺って、お二人の仕事ぶりを拝見して、なんて素晴らしい職場なんだろうって。こんな職場で働きたい、そしてできれば将来アメリカでこんな職場を作りたいって思ったんです。だから、ここで修業させてください。お願いします」
はて、素晴らしいと思われるような何かを昨日披露したっけ、と思ったりもしたが、八大さんは満更でもない様子である。
「見るとやるとでは大違いだがな」
「わかっているつもりです」
「日本とアメリカでは文化が違うからな、理不尽に感じる事も多いかも知れんぞ」
「覚悟してます」
「ご両親が反対するのではないかね」
「両親には電話で話しました。私の選択を応援してくれるそうです」
「キミはどう思うかね」
突然僕に振って来た。
「え、いやあ、仲間が増えるのは嬉しいですけど、仕事どうするんですか、僕一人でもやる事無い日があるのに」
「つまり基本的には賛成という事だね」
「良かったー」
何だこの茶番は。
「良いだろう、君を採用しよう」
「ありがとうございます!」
「給料やシフトについてはまた後日追って考えるとして」
「はい、よろしくお願いします」
「今の内に聞いておく事は無いかね」
「お仕事に関しては今の段階では特に……でも、一つ気になる事があるんですけど、いいですか」
「良いとも。なんでも聞いてみたまえ」
ユミコ・エバンスは上を指差した。
「ここって天井高いじゃないですか。どうしてこんなに高いんですか」
どうして、ってそりゃドラゴンみたいなデカい生き物預かるんだから、低いより高い方が良いに決まってるじゃないか。と、僕は思った。しかし、八大さんは横目で僕を見ながらこう言った。
「良い所に気が付いた。この彼などは何年も働きながら一度も疑問に思った事がないのだが、ちなみに君は何をそんなに疑問に思ったのかね」
「だってドラゴンは飛べません。ならばドラゴンを預かる施設に、ここまでの高さは必要ないと思うんです」
「必要さ」
八大さんは即答した。
「ドラゴンを預かる施設なら、この高さは必要なのだ」
「何故必要なんです?」
「合縁奇縁、縁は異なもの味なもの、とにかくこの世界には縁というものがある。今回君がうちで働くことになったのも縁だ。縁というのは何処に転がっているか解らない。何時誰と縁で結ばれるか解らないのだ。ならば、備えておくしかあるまい」
「何に備えるのですか?」
ユミコ・エバンスは首を傾げた。そして僕も首を傾げた。
「決まっているではないか」
八大さんは高い高い屋根を見上げ、そして僕らに視線を下ろし、ニッと笑った。
「いつか本物のドラゴンを預かる事にだよ」
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