妖銃TT-33

柚緒駆

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17 不幸の拳銃

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 タクシーが支部教会の前に到着すると、すぐにエビス顔の土蔵部たちが駆け出してきた。

「いやあ、皆さんご無事で、よかった。何か事件に巻き込まれたかと思いましたよ」

 本当に心配だったのならスマホに確認の連絡を入れるくらいしても良かったようにも思うのだが、そんな十歳の子供でも思いつくことが、いい歳をした大人たちに思いつかないとは驚きだ。

 もちろん小丸久志はそれを言葉にも顔にも出さない。縞緒有希恵も釜鳴佐平も笑顔で沈黙している。そして最後にタクシーから降り立ったのは、真っ白いマルチーズを胸に抱いた、全身黒づくめの少女。

「“りこりん”です。よろしくお願いしまぁす」

「……こちらは?」

 キョトンとしている土蔵部に、縞緒が笑顔で説明した。

「入信希望者です。イロイロお話しするより、連れてきた方が話が早いと思いまして」

 これにはさしもの土蔵部の顔にも不快感が走る。

「困りますね、そういうことは私を通していただきませんと」

「ごめんなさぁい!」

 カラーコンタクトを入れているのだろう、真っ黒で大きな瞳をキラキラさせながら“りこりん”は土蔵部に詰め寄った。

「“りこりん”がぁ、どーぉしても入信させて欲しいってお願いしてぇ、連れてきてもらったんですぅ! ご迷惑でしたかぁ? 怒るんなら、“りこりん”を怒ってくださいねぇ?」

 勢いに圧倒された土蔵部だが、それでも入信担当の責任者らしく簡単には了承しない。

「し、しかしですね、何故そこまで入信したいのですか」

「だってぇ」

 少女の大きな瞳には妖しい光が浮かぶ。

「“りこりん”、お金持ちになりたいですからぁ」

 これはもしかしたら本当に本心なのかも知れない、と久志は思った。しばらくの間、土蔵部の顔には疑う内心が映っていたが、やがて一つため息をつく。

「いいでしょう。基本的には我が奉賛会は来る者拒まずです。ただし内々の決まり事は守って頂きますよ、ええと、お名前は」

「“りこりん”でーぇす」

「いや、そうではなくて」

「じゃあ花房はなぶさ璃々子りりこでいいですぅ」

 何故かプンと頬を膨らませた“りこりん”に、土蔵部は仕方ないという風にうなずいた。

「わかりました。では花房さん、よろしくお願いします」

「はーい、おねがいしまーす」

 黒いフリルのワンピースの少女は嬉しそうに返事をした。しかし彼女がいったい何を考えているのか、あの貞目医院の診察室で縞緒と何を話したのか、久志はまだ聞いていない。さてどうしたものやら。出たとこ勝負以外の選択肢はないのだろうか。



 ショッピングモールの発砲現場で、捜査一課の連中が動揺している。何かあったのだ。鮫村は横目でそれを見ながら、知らぬ顔を装っていた。そこに入る無線。

「……中学校前にて死体発見との通報あり。近隣各車は直ちに急行せよ。繰り返す……」

 すると一課の捜査員が一人、こちらに駆け寄ってくる。

「鮫村課長」

「何かあった」

 本間と言ったか、一課のまだ若い刑事は少し躊躇したものの、隠しても意味などないことを理解しているのだろう、静かにうなずいた。

「無線をお聞きかと思いますが、近くの中学校の前で死体が二つ発見されました。作業服の男と緑色のライダースーツの女です」

「射殺?」

「まだそこまでは。所轄がもう手一杯なので、我々は中学校前に移動します。ここの捜査、お願いできますか」

「お願いされなくてもやらないとね。詳細はあとで一課長に聞くから、報告上げといて」

「ありがとうございます。助かります」

 そう言って頭を下げると、すぐ背を向けて走り去って行った。近くにいた鮫村の部下が首をかしげる。

「どういうことでしょう。犯人ホシが死んだ?」

「被疑者死亡はさして珍しいことじゃないけどね」

 鮫村は不服げなため息をついた。

「珍しくはないけど、どうだろう。まだ見つかってないだけで、ネットカフェの事件を起こした中東系の男、アレも死んでるかも知れないよ。で、拳銃だけドンドン移動してる」

「何ですかそりゃ。拳銃が持ち主を殺しながら勝手に歩き回ってると」

「歩き回りはしないよね。拳銃だもの。そう、所詮は拳銃。歩き回ったりするはずはない。なのに人から人へと渡っている。そして前の持ち主は死ぬ」

「不幸の手紙じゃあるまいし」

 これに鮫村はちょっと笑った。

「面白いこと言うね。私は伝染病みたいって思ったんだけど。でもそうか。不幸の手紙か。……不幸の拳銃ねえ」

 何か違う。鮫村の直感が違和感を告げている。方向性として大ハズレはしていないように思うが、おそらくそうではないのだ。何かが欠けている。本質を見通すには何かが足りていない。いったい何が足りないのだろう。

 鮫村は空を見上げた。西の方角から闇が近付いている。鑑識の仕事は一通り終わっているはずだが、投光器は必要だろうか。光。何とかこの頭の中にも光が差してくれるといいのだけれど。そんなことを考えながら、また一つため息をついた。
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