妖銃TT-33

柚緒駆

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24 昔の話

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 マリアはいつもこう言っていた。

「あなたは神の子。だから私はあなたの最初の信者となったのです」

 自分の名前がマリアだからか、と思ったことはあるのだが、直接それを問い質したことはない。何がきっかけでこうなったのかもよく覚えていない。ただ物心がついたときには、マリアはもはや私の母ではなく、私の敬虔な信者だった。

 まあ考えてみれば娘に教会で洗礼を受けさせることもなく、周囲に自分の娘は神の子であると言いふらしたばかりか、お節介にも信者となることを勧めていた彼女が、名前負けしないほどの真剣さで信仰に向き合うクリスチャンであったとも思えないのだが、母親としてはともかく、私の「弟子」としては最後まで優秀であったのは間違いない。

 マリアが身ごもったのは、フィリピンを出て日本に来た後だ。父親が誰であるのかなどわからない。それでも彼女は私を献身的に支えた。自分の食べ物を減らしても優先的に食事を与え、あくどい高利貸しに借金をしてまで様々な本を買い揃えた。自分の産んだ子供が神の子であるとの確信があったのだろうが、傍目にはそれがどう映っていたか。もしかしたら愛情豊かな母親に見えたかも知れないけれど。

 もちろん私も自分が普通ではないことに早くから気付いていた。だがそれでも子供である、愛情と信仰を天秤にかけるような真似を親に対してすべきかどうか、子供なりの葛藤はあった。ただしその点において、結果的に私はマリアの心を、あるいは人生を、信仰の力でねじ曲げることはしなかった。親としての愛情を強要することはなかったのだ。

 それは諦念であったのかも知れない。だからこそ、あのとき勇作にこう言ったのだろう。「私はつくづく親に縁がない」と。実の親に信仰の対象とされたのは、これが初めてではなかったから。親という存在がいかなるものなのかを理解する機会が与えられない自分に、コンプレックスがないと言えば正直なところ嘘になる。

 だが結論としては、おそらく私に親は必要ないのだろう。親子という縛りをかけて人間を見てはいけないのだ。私はいずれ人を導かねばならない。「教え導く者」としての目と意識を養うためには、親子の縛りは知らない方がいいのかも知れない。親だから子だからではなく、人間は一人一人がまるで違う別の存在なのだから。

 ただ、それでも。何を見てどんな体験をしても、どれだけ同じ時間を過ごしても、私を徹底的に神の子として扱わない者の存在は、少し心地良いのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「細かい事情は抜きにして簡単に言えば、この四人はそれぞれ散場大黒奉賛会の秘密を探りに潜入しています。地豪さんがそれに協力してくれるのであれば、我々も可能な限りあなたをサポートしましょう、ということですね」

 縞緒有希恵の解説に、“りこりん”はマルチーズのボタンを抱いたまま大きくうなずいた。

「さぁっすが、お姉様。よくわかってらっしゃるぅ」

「話としちゃ理解はできる」

 しかし地豪勇作はまだ疑う姿勢を崩してはいない。

「けど協力って何だ。サポートって何だ。俺に何ができる。アンタらに何ができる」

 これに釜鳴佐平が上着のポケットからコルト・パイソンを取り出し、ニヤリと笑ってみせる。

「援護射撃くらいですかねえ」

 縞緒はこう付け加える。

「この支部教会の中を探すことができれば、拳銃の弾くらいなら見つかる可能性もありますし、比較的安全な場所を確保できる時点で、あなた方にも損はないかと」

 勇作はしばらく表情を変えずに話を聞いていたが、やがて少し呆れたようにため息をついた。

「ヤバい宗教たぁ聞いてたが、マジにヤバいじゃねえか」

「そりゃヤバいですよ、あんな物を出してくるんですから」

 小丸久志の視線の先には箱膳に乗った銀色のベレッタM92。

「まあ、あれはオモチャでやすがね」

 笑う釜鳴の言葉に久志は反論する。

「でもガスのバルブ穴がないんですよ。もしかしたら」

「本物なら私たちに触らせたりしないですし、ここに放置したりもしません」

 と、縞緒は素っ気ない。

 勇作は立ち上がって箱膳に近付くと、ベレッタを持ち上げた。重い。実銃と言われても信じる程度の重さはある。逆さにしてみれば、なるほど、ガスを注入するバルブ穴がない。マガジンキャッチのボタンを押し込みマガジンを引き抜けば、それは本物のベレッタのマガジンだった。

「本物……ですか」

 恐る恐るたずねる久志に、勇作は振り返ってこう言った。

「本物だよ。マガジンだけはな」

「マガジンだけ?」

「たぶんグリップの中も削ってるんだろうが、本物のマガジンをはめ込めるように改造してある。タチの悪いジョークグッズだ」

 それを聞いて久志の全身からは、へなへなと力が抜ける。

「なんだ、良かった」

「あんまり良かあねえだろう」

 勇作はマガジンをベレッタに戻すと箱膳に置き、またマーニーの隣に座った。

「日本じゃ公務員用の装備を除けば、実銃は基本的に部品レベルで輸入禁止だ。つまりあのベレッタのマガジンは九分九厘、密輸品に決まってる。てことは、だ」

 その後を縞緒が続ける。

「マガジンを密輸できるルートがあるのに、本体を密輸しないバカはいない」

「確かに。そいつは道理だ」

 釜鳴もうなずいた。これに久志が難しい顔を見せる。

「つまり、このマガジンを持ち出せれば証拠になる。……持ち出せますかね」

「やめといた方がいい」

 勇作の言葉の真意を探るような目で久志は見つめた。

「どうしてですか」

「連中だってそこまで間抜けじゃねえだろ。マガジンがなくなりゃ気付くし、誰の仕業かも見当くらい付けるだろうさ。アンタ家族はいるのか」

「両親と娘が」

「だったらやめとけ。悪いこたぁ言わねえ」

「でも……」

 思い詰めた様子の久志を、縞緒は不思議そうな顔でのぞき込む。

「スマホで写真撮って送ればいいのでは?」

「あ」

 口をポカンと開けた久志を見て、釜鳴はさすがに苦笑した。

「あ、じゃねえですぜ、旦那」

 と、そのとき。

「えぇっ!」

 突然上がった声に一同が目をやれば、部屋の隅で立っていた“りこりん”がスカートを押さえている。

「何で」

「どうかした?」

 声をかけた縞緒には目を向けず、“りこりん”は愕然とマーニーを見つめた。

「蝶断丸が……震えてる。どういうこと」

 そこに聞こえる、かすれた小さな声。

「勇作」

 名を呼ばれた勇作がのぞき込めば、マーニーはうっすら目を開けていた。

「まだ生きているようだな」

 その憎まれ口に、勇作はホッとした顔を見せる。

「おう、生きてるぞ。おまえも俺もな」

「おまえ言うな」

 マーニーはゆっくりと頭を動かし、眠そうな目で他の面々の顔も見ていった。

「何とも賑やかなところに来たものだな」

「ああ、ちょっと予想外の展開になってる。それで、腹はもう痛まないのか」

「食い過ぎた小学生みたいに言うな。もう痛みはほとんど……」

 そう言いかけた顔が、小丸久志に向いた。

「あ。ああ、何だお主か」

「え。何、かな」

 久志が動揺するのも無理はない。どう考えても初対面の女の子なのだから。しかしマーニーは当たり前のような顔でこう言う。

「恵の父親であろ」

「えっ、恵の知り合い?」

「うむ、よく会っているからな。まあ夢でだが」

「夢で……」

 この子は何を言っているのだろうと、しばし不可解な顔をしていた久志だったが、じきにあることを思い出した。

――あの子の夢を見たの

 それは恵の言葉。

――あの子が私に会いたいって。父さん、あの子を私に会わせて

 そしてグリーンのライダースーツの女。

――あのこどもにあわせろ

「君、まさか、その『あのこども』って」

 思うように言葉が出て来ない久志を見ながら、勇作は不思議そうにマーニーにたずねた。

「何だ、おまえこの人知ってるのか」

 マーニーは静かに目を閉じて答える。

「だからおまえ言うな。この人物は小丸恵の父親だ」

「いや、その子のことを俺は知らんが」

「何を言っている。黄野幸の娘だぞ」

「へえ……ん? え、えぇっ!」

「つまりこの人物は彼女の前の前の夫だな」

 目を丸くしている勇作を見つめる久志も目が丸い。

「あの、もしかして幸……さんのお知り合いとか」

 久志の言葉に、勇作の額には変な汗がどっと噴き出す。

「あ、いや、その、むかーしイロイロありまして」

「ああ、イロイロと。そうですか」

「はは、ははは、ははは」

「アハハハハハ」

 微妙な空気を醸し出す二人を横目に、退屈げな顔でスマホを確認した縞緒は、ブラウザの中に燃え上がる炎を確認した。その画面を勇作と久志に向ける。

「笑ってる場合ではないみたいですね」
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