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第6話 親善使節
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真っ白な天井。知らない部屋。レオミスは自分が寝台に寝かされているようだと気付いた。何かよくわからない透明な管が一本左腕に繋がっているが、とりあえず毒ではないらしい。気分は最悪だが、それより気になるのは、あの大型歩兵竜はどうなったかだ。
「アレは死んだよ」
誰もいないのに声が聞こえる。顔の近くに小さな気配。精霊リュッテだ。
「君が指名したあの男が、例の鉄の腕を使って大型歩兵竜を倒したんだ。もちろん、僕の手助けがあってのことだけどね」
「……子供たちに被害は」
「なかったさ。それが君の希望だったろ、言葉にはできなかったようだけど」
「……礼を言う」
「フン、まったくさ。いっぱいお礼を言ってほしいね。君の血を全部抜き取ってやろうかと思ったけど、そうしなかったんだから」
レオミスの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「おまえがこんなに優しいヤツだとは思わなかった」
「何をいまさら。僕は優しさと善性の塊に決まってるじゃないか」
「だといいんだが」
そうつぶやいて顔を左右に動かしてみた。カーテンに仕切られて何も見えないが、とりあえず他人の気配は感じない。
「ここはいったいどこなのだろう」
リュッテが答える。
「この国の治療施設だよ。病院と呼んでいたっけかな」
「なるほど、私は病人扱いという訳だ」
「大量の血を君の中に流し込んでいたよ。さすがに人間の血液だと思うけどね」
これにはレオミスも目を丸くした。
「血を流し込んだ? そんなことをして大丈夫なのか」
「大丈夫かどうかは自分の体に聞いてみることだね。しかし驚いたよ、この国には回復術士すらいない。信じられないほど魔法が未発達だ。過去に魔法があった痕跡は僅かに見つかるけど、ほとんど魔法というものを使わずに文明を築いたとしか考えられない」
「そんなことが可能なのだろうか」
「あの建物の群れを見ただろう。ここでは可能なんだろうさ」
レオミスはため息をついて目を閉じた。
「いったい、ここは何なのだ。私たちはどこへ来てしまったのだろう」
その問いに対するリュッテの返答はない。レオミスはまた眠りに落ちていた。
前後に飛行術士を置いた王国サンリーハムの王宮専用飛行駕籠が、大勢の人の行き交う通りに空から降り立ったのは、日の暮れかけた夕刻。目の前にはサンリーハムの王宮ほどではないにせよ、確かに城に見える建物がある。
駕籠から降り立ったのは国防大臣サヘエ・サヘエと外務大臣ケネット、あとは文官と武官が二名ずつ。周囲には人だかりができ、何やら小さな四角い板を手にかざしている。
サヘエ・サヘエが城を見上げた。
「ここがこの国の王宮なのか」
これに文官の一人が答える。
「王宮らしきところは二箇所ございまして、千里眼が申しますにはこちらの方が賑わっているとのことでございます」
ケネットは親書の入った長細い箱を抱えていた。
「まあとにかく入り口に向かいましょう。行けば何かわかるでしょうから」
そう言ったところに、後ろから話しかける声が。
「失礼します、お客様」
見れば若い女が笑顔で立っている。
「こちらのアトラクションをご利用でございますか」
「アトラク……ション?」
サヘエ・サヘエが首をかしげると、女は飛行駕籠に目をやり困った表情を浮かべる。
「あまり大きなお荷物の持ち込みは制限させていただいておりまして、大変に申し訳ございませんが、チケットを拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
ケネットが細い眉を寄せる。
「チケットとは何かね。我々はこちらの王宮に用があって参ったのだが」
女は目が点になっている。
「王宮……でございますか。あの、こちらはテーマパークのアトラクションでございまして、誰かが住んでいる訳ではございませんが」
サヘエ・サヘエとケネットは顔を見合わせる。
「どうやら王宮ではないようですな」
「そうとわかれば長居は無用、次に参りましょう」
二人は文官・武官を引き連れて飛行駕籠に戻る。やがて飛行駕籠は浮き上がり、音もなく上昇を始めた。目を丸くして唖然と見上げるテーマパークのクルーと客たちをそこに残したまま。
二つ目の王宮らしき場所に着いた頃にはもう日が落ちていたが、建物は明るい照明に映えていた。サンリーハムの王宮とは異質な文化の建築物ではあったが、要塞としての規模は大きく、古の歩兵陸戦主体の戦争を考えるならば、かなり頑強な構造を持っていると思われる。
飛行駕籠から降りたサヘエ・サヘエとケネットは、目の前を歩いていた老人に話しかけた。
「失礼、ここは王宮ですかな」
「へ? 大阪城やけど」
「……つまり王宮ではない」
「太閤さんのお城やから王宮とは言わへんわな」
どうやらまた違ったようだ。サヘエ・サヘエとケネットは顔を見合わせ、どうしたものかと相談していると。
「王国サンリーハムの皆さんでしょうか」
かけられた声に振り返ってみれば、しょぼくれたスーツ姿の中年男が一人。
「初めまして、内閣情報調査室の中ノ郷と申します」
何でや、こんなもん知事の仕事やないやろ。保岡大阪府知事は勤務時間外だというのに走り回る府庁職員を見ながら、不満を顔に浮かべていた。
若さとハンサムフェイスと決断力。それを期待されて府知事となった彼であり、その府民の期待には曲がりなりにも応えてきたと自負している。だが突然巨大な城塞が大阪上空に出現し、その親善使節団と日本政府の交渉の場を府庁内に用意しろと外務省に言われても、正直なところ「はぁ?」である。
そんなものは外務省が外務省の責任において用意すべきであろう。百歩譲っても自衛隊駐屯地とか、使節団を迎えられる場所は他にあるはずだ。
政府は大阪府民を始めとする国民に対して、この事態をまだ説明していない。大阪府には内密に党のチャンネルを通じて最低限の説明はあったものの、だからといって府知事の頭を飛び越える形で府庁職員を動かすに近い真似を受け入れろというのは無理な話だ。
知事としては受け入れたくない。しかし彼の所属党が国政与党との交渉で受け入れを承諾してしまった。党としては与党に貸しを作ったつもりなのだろうが、府庁職員にも生活はあるし体力だって無尽蔵ではないのだ、そうそうお気楽に使われてはたまらない。
ましてやその外交交渉の場に知事も立ち会えなど、ふざけるなと言いたいところ。都道府県知事は都道府県民の代表として地方行政を担う立場であって、政府の小間使いではない。何で政府の言うがままに従わねばならんのか。
などと思いはするけれど、力尽くで撥ね付ける訳にも行かないのが大人の世界である。やれやれ、まったく。何でこんなことせなあかんねん。保岡府知事が何度目かのため息をついたとき。
「知事、サンリーハムの親善使節の方々がお見えになりました」
ついさっき保岡府知事から突然この厄介な仕事の担当を命じられて、即答で了承した課長が額に汗をかきながら報告する。少なからぬ罪悪感を覚えながら、保岡府知事は笑顔で「わかりました」と言葉を返した。
「アレは死んだよ」
誰もいないのに声が聞こえる。顔の近くに小さな気配。精霊リュッテだ。
「君が指名したあの男が、例の鉄の腕を使って大型歩兵竜を倒したんだ。もちろん、僕の手助けがあってのことだけどね」
「……子供たちに被害は」
「なかったさ。それが君の希望だったろ、言葉にはできなかったようだけど」
「……礼を言う」
「フン、まったくさ。いっぱいお礼を言ってほしいね。君の血を全部抜き取ってやろうかと思ったけど、そうしなかったんだから」
レオミスの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「おまえがこんなに優しいヤツだとは思わなかった」
「何をいまさら。僕は優しさと善性の塊に決まってるじゃないか」
「だといいんだが」
そうつぶやいて顔を左右に動かしてみた。カーテンに仕切られて何も見えないが、とりあえず他人の気配は感じない。
「ここはいったいどこなのだろう」
リュッテが答える。
「この国の治療施設だよ。病院と呼んでいたっけかな」
「なるほど、私は病人扱いという訳だ」
「大量の血を君の中に流し込んでいたよ。さすがに人間の血液だと思うけどね」
これにはレオミスも目を丸くした。
「血を流し込んだ? そんなことをして大丈夫なのか」
「大丈夫かどうかは自分の体に聞いてみることだね。しかし驚いたよ、この国には回復術士すらいない。信じられないほど魔法が未発達だ。過去に魔法があった痕跡は僅かに見つかるけど、ほとんど魔法というものを使わずに文明を築いたとしか考えられない」
「そんなことが可能なのだろうか」
「あの建物の群れを見ただろう。ここでは可能なんだろうさ」
レオミスはため息をついて目を閉じた。
「いったい、ここは何なのだ。私たちはどこへ来てしまったのだろう」
その問いに対するリュッテの返答はない。レオミスはまた眠りに落ちていた。
前後に飛行術士を置いた王国サンリーハムの王宮専用飛行駕籠が、大勢の人の行き交う通りに空から降り立ったのは、日の暮れかけた夕刻。目の前にはサンリーハムの王宮ほどではないにせよ、確かに城に見える建物がある。
駕籠から降り立ったのは国防大臣サヘエ・サヘエと外務大臣ケネット、あとは文官と武官が二名ずつ。周囲には人だかりができ、何やら小さな四角い板を手にかざしている。
サヘエ・サヘエが城を見上げた。
「ここがこの国の王宮なのか」
これに文官の一人が答える。
「王宮らしきところは二箇所ございまして、千里眼が申しますにはこちらの方が賑わっているとのことでございます」
ケネットは親書の入った長細い箱を抱えていた。
「まあとにかく入り口に向かいましょう。行けば何かわかるでしょうから」
そう言ったところに、後ろから話しかける声が。
「失礼します、お客様」
見れば若い女が笑顔で立っている。
「こちらのアトラクションをご利用でございますか」
「アトラク……ション?」
サヘエ・サヘエが首をかしげると、女は飛行駕籠に目をやり困った表情を浮かべる。
「あまり大きなお荷物の持ち込みは制限させていただいておりまして、大変に申し訳ございませんが、チケットを拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
ケネットが細い眉を寄せる。
「チケットとは何かね。我々はこちらの王宮に用があって参ったのだが」
女は目が点になっている。
「王宮……でございますか。あの、こちらはテーマパークのアトラクションでございまして、誰かが住んでいる訳ではございませんが」
サヘエ・サヘエとケネットは顔を見合わせる。
「どうやら王宮ではないようですな」
「そうとわかれば長居は無用、次に参りましょう」
二人は文官・武官を引き連れて飛行駕籠に戻る。やがて飛行駕籠は浮き上がり、音もなく上昇を始めた。目を丸くして唖然と見上げるテーマパークのクルーと客たちをそこに残したまま。
二つ目の王宮らしき場所に着いた頃にはもう日が落ちていたが、建物は明るい照明に映えていた。サンリーハムの王宮とは異質な文化の建築物ではあったが、要塞としての規模は大きく、古の歩兵陸戦主体の戦争を考えるならば、かなり頑強な構造を持っていると思われる。
飛行駕籠から降りたサヘエ・サヘエとケネットは、目の前を歩いていた老人に話しかけた。
「失礼、ここは王宮ですかな」
「へ? 大阪城やけど」
「……つまり王宮ではない」
「太閤さんのお城やから王宮とは言わへんわな」
どうやらまた違ったようだ。サヘエ・サヘエとケネットは顔を見合わせ、どうしたものかと相談していると。
「王国サンリーハムの皆さんでしょうか」
かけられた声に振り返ってみれば、しょぼくれたスーツ姿の中年男が一人。
「初めまして、内閣情報調査室の中ノ郷と申します」
何でや、こんなもん知事の仕事やないやろ。保岡大阪府知事は勤務時間外だというのに走り回る府庁職員を見ながら、不満を顔に浮かべていた。
若さとハンサムフェイスと決断力。それを期待されて府知事となった彼であり、その府民の期待には曲がりなりにも応えてきたと自負している。だが突然巨大な城塞が大阪上空に出現し、その親善使節団と日本政府の交渉の場を府庁内に用意しろと外務省に言われても、正直なところ「はぁ?」である。
そんなものは外務省が外務省の責任において用意すべきであろう。百歩譲っても自衛隊駐屯地とか、使節団を迎えられる場所は他にあるはずだ。
政府は大阪府民を始めとする国民に対して、この事態をまだ説明していない。大阪府には内密に党のチャンネルを通じて最低限の説明はあったものの、だからといって府知事の頭を飛び越える形で府庁職員を動かすに近い真似を受け入れろというのは無理な話だ。
知事としては受け入れたくない。しかし彼の所属党が国政与党との交渉で受け入れを承諾してしまった。党としては与党に貸しを作ったつもりなのだろうが、府庁職員にも生活はあるし体力だって無尽蔵ではないのだ、そうそうお気楽に使われてはたまらない。
ましてやその外交交渉の場に知事も立ち会えなど、ふざけるなと言いたいところ。都道府県知事は都道府県民の代表として地方行政を担う立場であって、政府の小間使いではない。何で政府の言うがままに従わねばならんのか。
などと思いはするけれど、力尽くで撥ね付ける訳にも行かないのが大人の世界である。やれやれ、まったく。何でこんなことせなあかんねん。保岡府知事が何度目かのため息をついたとき。
「知事、サンリーハムの親善使節の方々がお見えになりました」
ついさっき保岡府知事から突然この厄介な仕事の担当を命じられて、即答で了承した課長が額に汗をかきながら報告する。少なからぬ罪悪感を覚えながら、保岡府知事は笑顔で「わかりました」と言葉を返した。
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