バックホー・ヒーロー!

柚緒駆

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第30話 意味

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 二時間半のドライブの後、キャンプ・デービッドの山荘へと黒塗りの大型セダンで到着したリリア王一行を、アメリカ史上何人目かの女性副大統領、ミネラ・コールらが出迎えた。空は晴れやかだが、気分まで同様とはなかなか行かない。

 笑顔のまぶしいミネラ副大統領は公平な仲裁者であるかの如く振る舞っているが、彼女の考えていることはアメリカの利益が第一であり、それはすなわちハイエンベスタに有利な交渉を意味する。決して気を許して良い相手ではない。

 そう考えて緊張していた保岡大阪府知事だったが、現状の厳しさを誰より理解しているはずのリリア王と摂政サーマインに、見ている限り固さは感じられない。これは生まれながらに背負った物の差なのか、それとも踏んだ場数が違うのだろうか。

 昨夜ハイエンベスタの皇帝がワシントン入りしたというニュースは目にしなかったように思っていたのだが、どうやら少し遅れて来るらしい。それも直接この山荘へと。なるほど、リリア王には飛行機と車を使わせて『普通』を印象づけ、ハイエンベスタの皇帝には『特別』をイメージさせる訳だ。セコいと言えばセコいが、わかりやすい印象操作だと保岡は感心した。

 それから三十分ほど待っただろうか、突然窓の外が暗くなったかと思うと、黒雲の中から四頂部にドラゴンの羽を模した飾りが付いた黒い大きな立方体が降りてきた。サンリーハムの魔法に慣れている者なら飛行駕籠かごを転移させたのだろうと察しが付くが、そうでない大衆は「これこそが魔法だ」と感じるに違いない。

 黒い立方体の中からは、まず緑色の肌の巨漢ガドラメルとネコ耳娘が現れ周囲を見回す。そして安全が確認されたのだろう、立方体の内側に声をかけると、黒いフードつきのローブをまとった小柄な人物に手を引かれて姿を見せたのは、ストライプのスーツを着た十五歳くらいの物憂げな瞳の少年。その後ろに撫で付けられた髪の色は鮮烈な濃紺。これが皇帝なのか。

「ヒュードルの姿が見えない」

 窓の外を見つめながらつぶやいたのはレオミス。事前に交わされた参加人員表ではヒュードルの名前があったのだ。

「何か仕掛けてくるつもりだろうな」

 ゼバーマンは室内に注意を払っている。魔槍バザラスは見えないものの、いざとなればその手に飛んでくるだろう。

 部屋の中央のソファでは眉間に僅かな不安を浮かべてリリア王が目を閉じ、その傍らにはサーマインが立つ。それを部屋の隅で見つめながら、保岡は自身の右肩を気にした。コウは昨日から姿を見せていない。まさかこの後に及んで姿を消したとも思えないが、何を企んでいるにせよ相談もなしというのは困ったものだ。

 と、ドアがノックされた。保岡が開くとどこの所属なのか黒いスーツの男女が二人。

「お迎えに上がりました。会議室までご案内致します」

 そう流暢りゅうちょうな英語で述べた。なのにすべて理解できる。自分は英語の成績が悪かったはずなのにな、保岡は苦笑しながら振り返った。



 会議室に入ったのはリリア王と摂政サーマインの二人だけ。他は隣の控え室で待機となった。控え室にはすでにガドラメルと蛇革鎧のネコ耳娘が座っている。そこにレオミスとゼバーマンが入ったのだ、尋常ではない殺気が放たれたのは想像に難くない。保岡など部屋の入り口で気圧の差を感じたほどである。

 殺気に殺気で対抗するゼバーマンを横目に、レオミスは涼しい顔で椅子に座った。それを振り返りもせず、ネコ耳娘が笑う。

「勘違いするんじゃにゃ~いよ」

 しかし無言のレオミスは視線すら向けようとしない。ネコ耳娘は肩越しに振り返り、目の端でにらみつけた。

「二対一や三対一ならともかく、二対二じゃおまえらなんぞ一瞬でぶっ殺せるんにゃからにゃ」

 するとようやく目を向けたレオミスが静かにこう答える

「ご忠告痛み入る。ではいずれ三対二のときに殲滅せんめつしてやろう」

「この小娘ぇ!」

 椅子の上に立ち上がり向き直ったネコ耳娘だったが、それ以上攻撃的になることはなかった。一方のレオミスも聖剣ソロンシードを指一本分だけ鞘から抜いたが、そのまま動かない。両者とも今回の会談を台無しにしようとは考えていないのだ。

 片や殺気を飛ばし合うガドラメルとゼバーマンもこの点は同様、延々とにらみ合っていてもキリがない。ゼバーマンはレオミスの横、椅子を挟んだ二つ隣に座ると、保岡に声をかけた。

「あんたも座れ。立ってたら疲れるだろう」

 この空間にいることが一番疲れるのだが、と言いたかったものの、そんな言葉を口にできる雰囲気ではない。保岡は諦めて一番出口近くの椅子に座った。



 会議室に入ったリリア王とサーマインを、先に入室していたミネラ副大統領とハイエンベスタ皇帝、そしてフードの人物が立ち上がって迎えた。いかにも事前の打ち合わせをしていましたと言わんばかりの空気。サンリーハム側は完全にアウェーである。

 しかしリリア王はそんな空気など感じないかのように、笑顔でハイエンベスタ皇帝の前に進み出た。

「初めまして、皇帝陛下。サンリーハム国王リリア・グラン・サンリーハムです」

 これを受けて、若きハイエンベスタ皇帝も小さく笑みを浮かべた。

「ハイエンベスタ皇帝ランドリオ・ハイエンシーです。ご丁寧な挨拶をどうも、女王陛下」

 とは言え双方共に右手を差し出す訳でもなく、二つの笑顔の間には火花さえ散って見える。場数を踏んでいるはずのミネラ副大統領も圧倒されてしばし言葉がなく、何かを言おうとしたときには二人とも自らの席に着いていた。

 そして気を取り直したミネラ副大統領が会談を進行すべく改めて言葉を発しようとしたとき。

「まずこちらの要望をお伝えします」

 リリア王の言葉に、ランドリオ皇帝は小さくうなずいた。王は続けてこう言う。

「私とサンリーハム使節団のハイエンベスタ皇宮訪問をお許し願えませんでしょうか」

 ランドリオ皇帝は意外そうな顔すら見せず見つめている。動いたのは脇に立つフードの人物。

僭越せんえつながら女王陛下、それは要望というより戦勝国が敗戦国に指示をしているかの如き振る舞いにございます」

「そう受け止められることを承知で申し上げております」

 リリア王は一歩も引かない。フードの人物が息を呑むと、ランドリオ皇帝はまた小さく物憂げな笑みを浮かべた。

「サクシエル、彼女の勇気を過小評価するものではないよ」

「差し出がましいことを致しました。申し訳ございません、皇帝陛下」

 フードのサクシエルが頭を下げると、ランドリオ皇帝は少し前に身を乗り出した。

「その要望への返答をする前に、我々の要望をお聞き願えるでしょうか、女王陛下」

 リリア王はほんの一瞬表情に緊張を浮かべただけでうなずいた。

「うかがいましょう、皇帝陛下」

「リリア王陛下は私の妃に、サンリーハムはハイエンベスタの属国となっていただく。それを呑んでいただければ、先ほどの要望は許諾致しましょう」

 一瞬で凍り付く空気。それでもリリア王は折れなかった。

「もしその条件を呑めば、サンリーハムの住人の命を一つたりとも奪わないとお約束いただけますか」

 決意のこもったこの言葉に、ランドリオ皇帝は小首をかしげる。

「そんな戯言たわごとのような約束は致しかねます。皇帝とはそれほど軽い立場ではないのでね」

「それは理解致しましょう。ただしサンリーハムはここに徹底抗戦を宣言します」

「おやおや、そんな無意味な選択をなさいますか」

 鼻先で笑うランドリオ皇帝に、リリア王は決然とこう言い放った。

「我らサンリーハムの民は意味などというものに縛られる存在ではありません。たとえ意味などなくとも、私と私の国民は決してあなたを許さないでしょう。あなたは一人、意味に縛られて沈んで行けばいい」

 部屋には沈黙のとばりが降りた。もはや手に負えぬと傍観していたミネラ副大統領だったが、さすがにこの状況が最悪なことには気が付いた。このままならアメリカの利益を確保するどころの話ではなくなってしまうからだ。

「ちょっとお待ちくださいお二方、あまりに性急に過ぎます。ここはもう少し冷静に」

「面白い」

 しかしランドリオ皇帝はもう副大統領など眼中にない。

「なかなかどうして立派な鼻っ柱の強さだ。ツガイにしてやるつもりだったが、やめた。生きたまま喰らうとしよう。サクシエル、小娘を捕らえよ」

「はい陛下」

 サクシエルがリリア王に手をかざすと、王の周りに黒い炎が輪を描く。が、それは一瞬でかき消された。そして王は命じる。

「サーマイン、ランドリオ皇帝の首をはねなさい」

「御意」

 一歩前に出るサーマインに対し、サクシエルはランドリオ皇帝をかばうように前に立った。

「陛下には指一本触れさせはしません」

「触れる必要などない」

 サーマインが指をパチンと鳴らすと、その前方に投影されたおよそ直径三メートル、奥行き五メートルの円柱の範囲内にある物は、見えない刃にランダムに切り刻まれた。サクシエルの体も、そしてランドリオ皇帝も例外ではなく。

 だが。

 首を切断されて落ちようとしたランドリオ皇帝の頭を、寸前で抑えた手があった。誰でもない、ランドリオ本人の手。そして頭の位置を元に戻すと、口元に楽しげな笑みを浮かべる。

「たいした力だ。これは四方神一人では分が悪いな」

 その目には憂いを漂わせて。
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