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5話 実験体
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巨大な嵐の発生により都市部に大規模な停電の発生した夜、脱走した実験体T型4号は闇の中を北上していた。
研究所のセキュリティはヘリを駆使し、武装した回収部隊を先回りさせているものの、相手はタイムウォッチャー、すなわち過去を読み取り未来に起こる出来事を察知する能力を持っている。どれだけ先回りしたところで、どこに何人現れるのかがあらかじめわかっているなら回避することは可能だ。
結局、私が出るしかないのだろう。たとえどれだけ未来を予知できても回避しきれない圧倒的な力を持つこの私が。
我が国の最高指導者たる総統閣下の右腕にして研究所の責任者であるガレウォン博士が封印装置のスイッチを切り、私のガラスケースに近づいた。
「わかっているな、P型63号。おまえのなすべきことはT型4号の回収だ。それ以外のことは考えてはいけない。もし余計なことをしそうな気配が見えれば、おまえの体内に埋め込んだ爆破装置を作動させねばならんのだ」
「承知しております、博士」
さも同情していると言わんばかりのガレウォン博士に微笑みを返し、私はガラスケースの中で立ち上がる。
「P型63号、任務開始します」
その瞬間、私の体は研究所から消え去り、同時にT型4号の眼前に現れた。テレポーテーション。暗闇から叩きつけるような雨粒が顔に当たる。いかに神のごとき異能の力を発揮しようと、さすがに雨はよけきれないのだ。一方、目の前の相手は驚いていないようだった。
「T型4号、いやタクミ・カワヤ。私が来ることは知っていたな」
「ああボイジャー、知ってたよ」
そう答えながらも、どうにか逃げ出せないものかと隙をうかがっている。まったく油断のならない子供だ。
「ならば私がここに来た理由は理解しているな」
「理解はしても同意はできない。僕は研究所に戻るつもりはない」
「そう言うだろうとは思っていた」
微笑む私の顔を見て、タクミ・カワヤは当惑している。いや、違う。この子供が当惑している理由は別にあるのだ。
「未来が見えない。違うかね」
「何が言いたい」
「私とここで出会った後の時間の流れを読み込むことが出来ないのではないか」
タクミ・カワヤは口をつぐんだ。図星だったようだ。
「その理屈を説明してほしいかね」
「そりゃまあ、できるもんならね」
「意見の一致をみたな、幸いなことだ」
私は長年の研究所での仕打ちによって骨と皮だけになった腕を、震えながら広げた。
それだけ。それだけで世界の闇も、摩天楼の下の喧騒も、ありとあらゆる世界の反応が消え去った。雨も雲もなく、星空すらない。ただ薄明りに包まれた静寂が広がるのみ。
「おいこれ……何をしたんだよ」
さしものタイムウォッチャーもこれは想定外だったはずだ。何故ならこの場所はさっきまで我々のいた空間とも時間とも切り離されている。つまりここで流れるのはタイムウォッチャーですら経験したことのない時間。
「ここは俗に亜空間と呼ばれる世界だ」
「亜空……間?」
「ここには向こうの世界の電波信号も届かない。私の中の爆破装置も作動しない」
タクミ・カワヤは驚愕の表情を浮かべて私の顔を見つめている。これはまったく予想外の事態であったに違いない。
「あんた、こんなの隠してたのか」
「正確に言えば隠していた訳ではない。ただ実行するには足りない力があったのだ」
タクミ・カワヤはようやく状況が飲み込めたらしい。
「まさか俺の力を勝手に使ったんじゃないだろうな」
「この亜空間を開くためには私の空間構成能力だけでは足りず、おまえの時間を認識する能力が必要だった。今回の脱走は、私にとっても千載一遇のチャンスだったのだよ」
「なるほどね、時間の流れをたどろうとしても別の空間に放り込まれるのなら、流れが消滅するのも当然、先が読めなくても仕方ないか」
「そこで、だ」
私は本題に移った。
「タクミ・カワヤ、おまえはこの先どうしたい」
「どうしたい? どんな選択肢があるのか教えもせずにそれを聞くかね」
「私はこの亜空の果てにあるらしい、パラレルワールドに転移してみたいと考えているのだ。おまえはどうする」
「どうするって言われてもなあ。元の世界に戻ったら、また死ぬまで実験体だろ? さすがにそこまでマゾじゃない」
「私と共に来て、異世界で王になる気はないか」
この言葉に、タクミ・カワヤは一瞬顔を曇らせた。
「それはさすがに柄じゃないな」
「そうか、残念だ。だが何にせよ、パラレルワールドで新たな生活を開始せねばなるまい。食事を摂らなくても死なないほどの超人ではお互いになかろう。せめて次の世界を見つけるまでは協力してもらいたい」
タクミ・カワヤは、いったいどこまで信用したものかと考えた様子だったが、他に妥当な選択肢も見つからなかったのだろう。
「んじゃ、とりあえずそのパラレルワールドに到着するまでは共闘関係ってことでいいか」
「では善は急げだ、とにかく一番近い異世界に飛んでみる。私の手を握ってくれ」
「あいよ、これでいいかボイジャー」
タクミ・カワヤはあっという間に深い眠りに落ちてしまった。
おそらく次に彼が目を覚ました時には、森の中、全裸で立ち尽くしていることだろう。
研究所のセキュリティはヘリを駆使し、武装した回収部隊を先回りさせているものの、相手はタイムウォッチャー、すなわち過去を読み取り未来に起こる出来事を察知する能力を持っている。どれだけ先回りしたところで、どこに何人現れるのかがあらかじめわかっているなら回避することは可能だ。
結局、私が出るしかないのだろう。たとえどれだけ未来を予知できても回避しきれない圧倒的な力を持つこの私が。
我が国の最高指導者たる総統閣下の右腕にして研究所の責任者であるガレウォン博士が封印装置のスイッチを切り、私のガラスケースに近づいた。
「わかっているな、P型63号。おまえのなすべきことはT型4号の回収だ。それ以外のことは考えてはいけない。もし余計なことをしそうな気配が見えれば、おまえの体内に埋め込んだ爆破装置を作動させねばならんのだ」
「承知しております、博士」
さも同情していると言わんばかりのガレウォン博士に微笑みを返し、私はガラスケースの中で立ち上がる。
「P型63号、任務開始します」
その瞬間、私の体は研究所から消え去り、同時にT型4号の眼前に現れた。テレポーテーション。暗闇から叩きつけるような雨粒が顔に当たる。いかに神のごとき異能の力を発揮しようと、さすがに雨はよけきれないのだ。一方、目の前の相手は驚いていないようだった。
「T型4号、いやタクミ・カワヤ。私が来ることは知っていたな」
「ああボイジャー、知ってたよ」
そう答えながらも、どうにか逃げ出せないものかと隙をうかがっている。まったく油断のならない子供だ。
「ならば私がここに来た理由は理解しているな」
「理解はしても同意はできない。僕は研究所に戻るつもりはない」
「そう言うだろうとは思っていた」
微笑む私の顔を見て、タクミ・カワヤは当惑している。いや、違う。この子供が当惑している理由は別にあるのだ。
「未来が見えない。違うかね」
「何が言いたい」
「私とここで出会った後の時間の流れを読み込むことが出来ないのではないか」
タクミ・カワヤは口をつぐんだ。図星だったようだ。
「その理屈を説明してほしいかね」
「そりゃまあ、できるもんならね」
「意見の一致をみたな、幸いなことだ」
私は長年の研究所での仕打ちによって骨と皮だけになった腕を、震えながら広げた。
それだけ。それだけで世界の闇も、摩天楼の下の喧騒も、ありとあらゆる世界の反応が消え去った。雨も雲もなく、星空すらない。ただ薄明りに包まれた静寂が広がるのみ。
「おいこれ……何をしたんだよ」
さしものタイムウォッチャーもこれは想定外だったはずだ。何故ならこの場所はさっきまで我々のいた空間とも時間とも切り離されている。つまりここで流れるのはタイムウォッチャーですら経験したことのない時間。
「ここは俗に亜空間と呼ばれる世界だ」
「亜空……間?」
「ここには向こうの世界の電波信号も届かない。私の中の爆破装置も作動しない」
タクミ・カワヤは驚愕の表情を浮かべて私の顔を見つめている。これはまったく予想外の事態であったに違いない。
「あんた、こんなの隠してたのか」
「正確に言えば隠していた訳ではない。ただ実行するには足りない力があったのだ」
タクミ・カワヤはようやく状況が飲み込めたらしい。
「まさか俺の力を勝手に使ったんじゃないだろうな」
「この亜空間を開くためには私の空間構成能力だけでは足りず、おまえの時間を認識する能力が必要だった。今回の脱走は、私にとっても千載一遇のチャンスだったのだよ」
「なるほどね、時間の流れをたどろうとしても別の空間に放り込まれるのなら、流れが消滅するのも当然、先が読めなくても仕方ないか」
「そこで、だ」
私は本題に移った。
「タクミ・カワヤ、おまえはこの先どうしたい」
「どうしたい? どんな選択肢があるのか教えもせずにそれを聞くかね」
「私はこの亜空の果てにあるらしい、パラレルワールドに転移してみたいと考えているのだ。おまえはどうする」
「どうするって言われてもなあ。元の世界に戻ったら、また死ぬまで実験体だろ? さすがにそこまでマゾじゃない」
「私と共に来て、異世界で王になる気はないか」
この言葉に、タクミ・カワヤは一瞬顔を曇らせた。
「それはさすがに柄じゃないな」
「そうか、残念だ。だが何にせよ、パラレルワールドで新たな生活を開始せねばなるまい。食事を摂らなくても死なないほどの超人ではお互いになかろう。せめて次の世界を見つけるまでは協力してもらいたい」
タクミ・カワヤは、いったいどこまで信用したものかと考えた様子だったが、他に妥当な選択肢も見つからなかったのだろう。
「んじゃ、とりあえずそのパラレルワールドに到着するまでは共闘関係ってことでいいか」
「では善は急げだ、とにかく一番近い異世界に飛んでみる。私の手を握ってくれ」
「あいよ、これでいいかボイジャー」
タクミ・カワヤはあっという間に深い眠りに落ちてしまった。
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