16 / 73
16話 少しばかりの疑惑
しおりを挟む
今朝は晴天、腹が立つほど空は青く晴れ渡っている。本日はハースガルドの屋敷にまで出向かねばならない。もちろん家格では向こうは公爵、こちらは侯爵であり一段落ちるものの、財力兵力ではまったく相手になどならぬ。いまが戦時なら簡単に叩き潰せる貧乏貴族でしかない。
しかし困ったことにいまはまだ平時であり、そしてこの先にやって来るやも知れぬ戦時を可能な限り先延ばしにしたいのだ。できることなら余の寿命まで。そのために取り得る手段はすべて取らねば。
とは言え余にはリアマール領主としての立場もあれば誇りもある。ハースガルドが目論んでいるであろうリメレ村への謝罪などはもっての外だ。支配階級と被支配階級には厳然たる差がなくてはならない。それなくして国家の体制など維持できるはずはあるまい。
「ご領主様、お時間です」
文官頭のマルオスがやって来た。やれやれ、大儀ではあるが仕方ない。とにかくハースガルドが囲っているという占い師を見に行ってやろう。それ以外はついでだ。
馬車に揺られて一時間というところか。ハースガルドの屋敷が見えてきた。屋敷と言っても我が邸宅に比べれば小屋のように貧相で粗末な建物だ。こんなところで平民と顔を合わせねばならんなど、気が重くなる。
玄関前でマルオスを伴って馬車を降りると、すでにハースガルドが待っていた。
「ご領主殿、よくぞ参られた」
「これはこれは公爵閣下、お久しぶりです。ご健勝のようで何より」
心にもない言葉だと我ながら思うが、この辺はお互い様である。貴族の挨拶などこんなものだ。
ハースガルドの案内で向かったのは、おそらくは貴賓室なのだろうが、元々粗末な屋敷である、少々広めではあるものの豪奢さや荘厳さのカケラもない物置のような部屋だった。そこには先客がいた。言うまでもなく、あの平民である。名前を思い出すのも腹立たしい。
「ガナン村長は紹介するまでもありますまい」
そう言ってハースガルドは余をこの平民の向かいの席に座らせると、余から見て右手、ガナンから見て左手の席についた。その右隣に黒髪の子供が座っている。いや、子供というほど幼くもないが小柄であるし子供に見える。
ハースガルドは余の視線に気づいたようだ。
「この者がご要望のあった占い師のタクミ・カワヤです」
「ほう」
余の後ろに立つマルオスに目をやれば、笑みを浮かべてうなずいている。なるほど嘘ではないらしい。しかし正直なところ興覚めである。よく当たるというからもっと威厳のある者を想像していたのに。まあいい、とりあえずものの試しだ。
タクミ・カワヤの背後には小さな机があり、若い女が座っていた。書記か。なかなかいい女だ、こんな状況でもなければちょっかいを出したいところなのだが。
「それではご領主殿、始めさせていただいてもよろしいかな」
ハースガルドの言葉に余は鷹揚にうなずいた。こんな小物どもを相手に時間を浪費しても無意味だ、さっさと終わらせよう。
「結構です。始めてください」
「承知いたした。ならばまず単刀直入に、ガナン村長からの要望をお伝えする。村長は二十五年前の件について、ご領主からの謝罪と被害者の救済を求めている。いかがか」
「言語道断ですな」
余が言い放つと、ガナンの顔が歪んだ。ふん、いい気味だ。
「二十五年前に起きた不幸な事件について、当方グリムナントが送った徴税代官に粗相があったのは事実でありましょう。しかしその者に対する罰はリメレ村の暴徒たちによる私刑という形で果たされております。グリムナント家はこの暴徒に対し軍による鎮圧もできたにもかかわらず、実際にはこれを咎めだてておりません。こちらの謝罪の意思はこの行動により明らか。ここからさらに言葉と救済を求めるなど、あまりと言えばあまりな要望ではありませぬかな」
ハースガルドは余の言葉を最後まで聞くと難しい顔でガナンに目をやった。
「私はご領主の言葉にも一理あると思う。村長はどう考えるかね」
するとガナンは感情を抑えた口調でこう文句を垂れる。
「確かに代官が一つ罪を犯し、それに私どもが罪で報いたのは事実でありましょう。『数』を数えるならその時点で問題は解決したかに見えます。しかし行動には『重み』がございます。代官の罪の重みと我らリメレ村の罪の重みでは、釣り合いが取れておりません。私どもの要望はその釣り合いを取っていただきたいというだけの話」
何を生意気な、そんな屁理屈が通るとでも思っているのか。領主の判断の重みが貴様らごときにわかるはずあるまい。しかしハースガルドは真面目な顔でうなずくのだ。
「なるほど、それもまた一理ある話だな」
何が一理あるだ。一理のカケラもあるはずなかろうが。何が目的か知らんが平民などに日和りおって、貴族の風上にも置けぬクズめ。まずは一撃食らわせてやろう。
「ハースガルド公爵閣下におたずねする。御貴殿は何を正しさの基準とされているのですかな。広大な領地を国王陛下よりお預かりする領主の総合的な判断と、平民の感情に任せた行動を同じ秤に乗せようとするのでしょうか。それは余に対する侮辱であるだけでなく、貴族制度、ひいては国王陛下の治世を否定する行為ですぞ」
どうだ、ぐうの音も出まい。王政支持がハースガルド家代々の家訓であることは知っている。どれだけ平民に優しげな顔を見せたところで、王室を中心とした貴族制度に絶対の信頼を寄せているのがこの公爵なのだ。
ハースガルドは沈黙してしまった。いまだ、たたみかけてやる。
「そもそも余が本日ここに参ったのは、少しばかりの疑惑が生じたればこそ。いったい何の疑惑かとおっしゃいますかな。それは先般このリアマール領内にて隣国ギルミアスの使節が盗賊に襲撃を受けたこと。余はあれにリメレ村が関わっているのではないかと疑っておるのです」
「何と。まさかそのような」
ハースガルドは動揺している。想定通りだ、ここでもう一押し。
「もしそんなことなどあり得ないとお考えなら、どうでしょうか。そのお隣に座る占い師にあの襲撃事件の真実を占わせては」
ここまで行けば目的は果たしたも同然。もしこの占い師が本当に事件の真実を言い当てることができるのなら、それはそれで我らに資するであろうし、もし感情的に平民をかばって適当なことを言うのであれば、ハースガルドに恥をかかせられる。どちらに転んでも余に損はないのだ。
ハースガルドは困惑した表情のまま隣の占い師を見つめている。さあ、どう出るか。
しかし困ったことにいまはまだ平時であり、そしてこの先にやって来るやも知れぬ戦時を可能な限り先延ばしにしたいのだ。できることなら余の寿命まで。そのために取り得る手段はすべて取らねば。
とは言え余にはリアマール領主としての立場もあれば誇りもある。ハースガルドが目論んでいるであろうリメレ村への謝罪などはもっての外だ。支配階級と被支配階級には厳然たる差がなくてはならない。それなくして国家の体制など維持できるはずはあるまい。
「ご領主様、お時間です」
文官頭のマルオスがやって来た。やれやれ、大儀ではあるが仕方ない。とにかくハースガルドが囲っているという占い師を見に行ってやろう。それ以外はついでだ。
馬車に揺られて一時間というところか。ハースガルドの屋敷が見えてきた。屋敷と言っても我が邸宅に比べれば小屋のように貧相で粗末な建物だ。こんなところで平民と顔を合わせねばならんなど、気が重くなる。
玄関前でマルオスを伴って馬車を降りると、すでにハースガルドが待っていた。
「ご領主殿、よくぞ参られた」
「これはこれは公爵閣下、お久しぶりです。ご健勝のようで何より」
心にもない言葉だと我ながら思うが、この辺はお互い様である。貴族の挨拶などこんなものだ。
ハースガルドの案内で向かったのは、おそらくは貴賓室なのだろうが、元々粗末な屋敷である、少々広めではあるものの豪奢さや荘厳さのカケラもない物置のような部屋だった。そこには先客がいた。言うまでもなく、あの平民である。名前を思い出すのも腹立たしい。
「ガナン村長は紹介するまでもありますまい」
そう言ってハースガルドは余をこの平民の向かいの席に座らせると、余から見て右手、ガナンから見て左手の席についた。その右隣に黒髪の子供が座っている。いや、子供というほど幼くもないが小柄であるし子供に見える。
ハースガルドは余の視線に気づいたようだ。
「この者がご要望のあった占い師のタクミ・カワヤです」
「ほう」
余の後ろに立つマルオスに目をやれば、笑みを浮かべてうなずいている。なるほど嘘ではないらしい。しかし正直なところ興覚めである。よく当たるというからもっと威厳のある者を想像していたのに。まあいい、とりあえずものの試しだ。
タクミ・カワヤの背後には小さな机があり、若い女が座っていた。書記か。なかなかいい女だ、こんな状況でもなければちょっかいを出したいところなのだが。
「それではご領主殿、始めさせていただいてもよろしいかな」
ハースガルドの言葉に余は鷹揚にうなずいた。こんな小物どもを相手に時間を浪費しても無意味だ、さっさと終わらせよう。
「結構です。始めてください」
「承知いたした。ならばまず単刀直入に、ガナン村長からの要望をお伝えする。村長は二十五年前の件について、ご領主からの謝罪と被害者の救済を求めている。いかがか」
「言語道断ですな」
余が言い放つと、ガナンの顔が歪んだ。ふん、いい気味だ。
「二十五年前に起きた不幸な事件について、当方グリムナントが送った徴税代官に粗相があったのは事実でありましょう。しかしその者に対する罰はリメレ村の暴徒たちによる私刑という形で果たされております。グリムナント家はこの暴徒に対し軍による鎮圧もできたにもかかわらず、実際にはこれを咎めだてておりません。こちらの謝罪の意思はこの行動により明らか。ここからさらに言葉と救済を求めるなど、あまりと言えばあまりな要望ではありませぬかな」
ハースガルドは余の言葉を最後まで聞くと難しい顔でガナンに目をやった。
「私はご領主の言葉にも一理あると思う。村長はどう考えるかね」
するとガナンは感情を抑えた口調でこう文句を垂れる。
「確かに代官が一つ罪を犯し、それに私どもが罪で報いたのは事実でありましょう。『数』を数えるならその時点で問題は解決したかに見えます。しかし行動には『重み』がございます。代官の罪の重みと我らリメレ村の罪の重みでは、釣り合いが取れておりません。私どもの要望はその釣り合いを取っていただきたいというだけの話」
何を生意気な、そんな屁理屈が通るとでも思っているのか。領主の判断の重みが貴様らごときにわかるはずあるまい。しかしハースガルドは真面目な顔でうなずくのだ。
「なるほど、それもまた一理ある話だな」
何が一理あるだ。一理のカケラもあるはずなかろうが。何が目的か知らんが平民などに日和りおって、貴族の風上にも置けぬクズめ。まずは一撃食らわせてやろう。
「ハースガルド公爵閣下におたずねする。御貴殿は何を正しさの基準とされているのですかな。広大な領地を国王陛下よりお預かりする領主の総合的な判断と、平民の感情に任せた行動を同じ秤に乗せようとするのでしょうか。それは余に対する侮辱であるだけでなく、貴族制度、ひいては国王陛下の治世を否定する行為ですぞ」
どうだ、ぐうの音も出まい。王政支持がハースガルド家代々の家訓であることは知っている。どれだけ平民に優しげな顔を見せたところで、王室を中心とした貴族制度に絶対の信頼を寄せているのがこの公爵なのだ。
ハースガルドは沈黙してしまった。いまだ、たたみかけてやる。
「そもそも余が本日ここに参ったのは、少しばかりの疑惑が生じたればこそ。いったい何の疑惑かとおっしゃいますかな。それは先般このリアマール領内にて隣国ギルミアスの使節が盗賊に襲撃を受けたこと。余はあれにリメレ村が関わっているのではないかと疑っておるのです」
「何と。まさかそのような」
ハースガルドは動揺している。想定通りだ、ここでもう一押し。
「もしそんなことなどあり得ないとお考えなら、どうでしょうか。そのお隣に座る占い師にあの襲撃事件の真実を占わせては」
ここまで行けば目的は果たしたも同然。もしこの占い師が本当に事件の真実を言い当てることができるのなら、それはそれで我らに資するであろうし、もし感情的に平民をかばって適当なことを言うのであれば、ハースガルドに恥をかかせられる。どちらに転んでも余に損はないのだ。
ハースガルドは困惑した表情のまま隣の占い師を見つめている。さあ、どう出るか。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
裏スキルで最強異世界攻略~異世界召喚されたのだが、勇者じゃないと追い出されたので新しい国を造りました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
いつものようにヤンキーに絡まれて逃げていたら、いつの間にか異世界召喚されてました。でも、スキルが『農民』しかなかったから、いらないと追放されました。
エブリスタ、カクヨム、ノベリズム、ノベルアップ、小説家になろうにも掲載しています。
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる