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23話 意外な名前
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「こ、こら! 口の利き方に」
無礼千万な占い師の言葉に思わず振り返った私の背後から、ロンダリア王の声が響く。
「構わずとも良い! タクミ・カワヤ、そなたの話が聞きたい」
「そうですか、では失礼して」
失礼などと思ってもいないような顔で、占い師はコホンと小さく咳払いをした。
「国王陛下はおっしゃいました、王位にありながら実質的には何もできないと。それは現状を正確に把握し、すでに問題点を認識されている訳です。わかっておられないなんてとんでもない、陛下はちゃんとわかっておられます。ただ、その問題点を解消するために何をどこから始めればいいのか、その糸口がわからないだけでしょう。僕は占い師です、糸口を見つけるお手伝いならできますよ」
ロンダリア王はしばし呆然としておられたが、やがて目を輝かせた。
「本当か? 本当に糸口が見つかるのか?」
「見つかりますとも。それができなきゃ僕は占い師の看板を下ろします」
王国の命運と占い師の看板を同列に並べるヤツがあるか。そう言いたかったが、拳を握りしめ前のめりになられているロンダリア王を前にしては何も言えない。
一方の占い師は世間話でもするかのように続けた。
「まず現在の状況をなるべく正確に理解しましょう。王宮政府には王室擁護派と反王室派が存在するということになっています。でもこれは不正確な分け方ですよね。王室擁護派にも、王室は利用するために必要だけどロンダリア王は排除したいと考える、ドルード公爵のような人物もいるからです。なのでロンダリア王を中心に、敵・味方・中立の三種類に分けてみてください。どんな顔ぶれになりますか」
これにロンダリア王は難しい顔を見せる。
「どんな、と言われてもな。ザイメンが敵と考えるなら、ダニア、ザントワ、フコーテックといった反王室派は当然敵に回るだろう。朕を中心として考えた場合、味方となってくれる貴族は思いつかない」
と、そこにハーマン・ヘットルト議長が。
「内務大臣のサンザルド・ダナ殿は陛下のお味方と言えるでしょうな」
「キンゴル侯爵か。しかし朕はあれに迷惑をかけてばかりだからな」
ロンダリア王は気弱な顔をお見せになったが、ハーマン議長は首を強く振る。
「そんなことはございません。サンザルド殿は何があっても陛下のお味方をしてくださるはず。ご安心くださりませ」
「と言うか、ハーマン議長閣下も陛下の味方ですよね」
占い師にそう言われ、ハーマン議長はふいに赤面する。
「い、いやいや私などがお味方とは口幅ったい」
「何をおっしゃいますやら、ご謙遜ご謙遜。ああ、あとハースガルド公も陛下の味方ですから」
タクミ・カワヤの言葉に息が止まるかと思った。確かに我がハースガルド家は代々王室支持派であるし、現国王であらせられるロンダリア王の敵に回るような真似をするつもりなど毛頭ない。ないが、ないのだが。
「ハースガルド、朕の味方になってくれるか」
ロンダリア王直々にそう問われて、否と答えられるはずもない。
「不肖このエブンド・ハースガルド、微力ながら陛下のために全力を尽くす所存にございます」
「おお済まぬ、恩に着るぞ」
国王陛下に頭を下げられてしまった。もうこうなっては引き返せない。ああ、静かな田舎暮らしともおさらばか。
しかし占い師は不満げにこう言った。
「これで味方は三人。もう一人欲しいところですね」
「もう一人か。誰ぞ心当たりはあるか」
国王陛下はすっかり占い師に乗せられている。あまり良い傾向とは言えないのだが、いまは仕方あるまい。これにタクミ・カワヤは、やはりと言うべきか胸を張って自説を披露した。
「あと一人、現時点で味方とは言えないのですが、こちらの働きかけ次第で味方になってくれる人物に心当たりがあります」
「ほう、誰だ」
たずねるロンダリア王に、占い師は意外な名前を持ち出した。
◇ ◇ ◇
熱があるのだろうか。どうも先ほどから悪寒がする。ここしばらく精魂尽き果てるような日が続いたからな、体調が悪化しても不思議はないのだが。
先般ギルミアスの使節団を襲撃した盗賊は見事捕縛し、無事に王宮から派遣された役人に引き渡すことができた。しかしこれについて王宮政府からの評価はまだ聞こえてこない。あのハースガルド屋敷に住み着いている占い師によれば、王宮内部に我がグリムナントを邪魔に思う勢力が跳梁跋扈しているとのこと。もしそれが事実ならば、盗賊を捕らえた功績は無視されるのかも知れない。
はあ、まさか我が身が陰謀の只中に放り出されるとは思わなかった。そういう話は噂には聞いていたものの、ほとんどおとぎ話と同等の感覚でいたのだ。それが。
ハースガルドが中央の政争から逃げ出してリアマールに引きこもったのを、ほんのついこの間まで馬鹿にしていたというのに、いざこの場に立つと逃げ出したくて仕方ない。何ともはや。
だが峠は一つ越えたのだ。この後、ギルミアス帝国との折衝があるとはいえ、とりあえず背中から撃たれることは当分ない、のではないかという期待をしているところではあるが、どうなのだろう。
と、そこに執務室の扉をノックする音が。衛士が扉を開け、こちらに振り返る。
「文官頭のマルオス様です」
「うむ、通せ」
相変わらず巻き毛のカツラに赤い服でやってきたマルオスは、やけに神妙な顔つきをしていた。
「どうしたマルオス、何かあったか」
「はい、ご領主様。実はその、急な来客がございまして」
「来客だと? おまえにか」
「いえそれが、あの占い師のタクミ・カワヤ殿がご領主様に是非お目通り願いたいと」
その名を聞いたとき、何やら嫌な予感がした。
「あやつがいまさら何用だ。まさか占いの代金を払えとか言いに来たのではあるまい」
「ご領主様の将来に関わる重大事なので、至急お目にかかりたいとだけ申されまして」
マルオスも困惑している様子。しかしあの占い師は盗賊の居場所を言い当てたのだ、実力があるのは間違いない。余の将来に関わる、か。うーむ、話を聞くだけは聞いておいた方がいいのだろうか。
「まあいい、一応通すだけは通せ。飲み物は出さんで良いぞ、すぐ帰るからな」
「はい、ではしばしお待ちを」
まったく、いったい何だというのか。余はまだ忙しいのだ、たいした用事でなかったらつまみ出してやる。
そしてしばらく待った後、マルオスが三人を連れてきた。三人? 一人は占い師だとして、あとの二人は何者なのだ。フードをかぶっていて顔が見えぬ。怪しげな。
「いやあ、どうもご領主様。お元気そうで何よりです」
タクミ・カワヤは相変わらず品位に欠ける無礼な物言いである。ただの平民なら許されんところだ。
「余にとっての重大事とは何事だ。つまらぬ話であれば、ただでは置かぬぞ」
「ああ大丈夫です、つまらない話ではありませんから。じゃあまず、こちらのお二人を紹介させてください」
占い師がそう言うと、二人はフードを取って顔を見せた。その片方には見覚えがある。
「久しいですな、リアマール候」
そう言ったのは貴族会議議長のハーマン・ヘットルトではないか。
「ハーマン卿、どういうことです。何故ここに」
驚いている余に対し、ハーマンは隣の若い男を手で指し示した。
「こちらがどなたか、おわかりになりましょうや」
どなたか? どこかの貴族の息子だろうか、若い男。と言うかほぼ子供だな。ん? はて、どこかで見た記憶が。どこかで。どこだ。
するとハーマンは静かに、そして少々厳めしく、その名を口にした。
「シャナン王国国王、ロンダリア・ガナホーム三世陛下にあらせられます」
「……こ、こ、ここここここここ国王陛下ぁっ?」
そんな馬鹿なと理性が叫び、しかしこれは現実だと本能が告げる。言われてみればその姿、間違いなくロンダリア王である。だが王が自分の屋敷にいることが受け入れられない。何だ、この状況はいったい何だ。
あまりと言えばあまりな展開に、余は臣下の礼を取ることすら忘れていた。
「いやあご領主様がいてくれて助かったあ。ハースガルド公のお屋敷には国王陛下にお泊りいただける部屋なんてありませんからねえ、どうしたものかと思ったんですよ。でもここなら大丈夫でしょう。そんな訳で陛下と議長閣下のお世話をよろしくお願いしますね、ご領主様」
そんな訳がどんな訳なのかは知らないが、占い師はまた満面の笑顔。国王陛下のお世話だと? ここで、こんな田舎でか? 何をどうせよと言うのか。そもそも陰謀に巻き込まれているこのグリムナント家で、国王陛下のお世話などしていいのだろうか。それは自殺行為なのではないのか。
しかし、これを断る勇気が余にあるはずもない。
こいつは、やはりこの占い師は悪魔に違いない。
無礼千万な占い師の言葉に思わず振り返った私の背後から、ロンダリア王の声が響く。
「構わずとも良い! タクミ・カワヤ、そなたの話が聞きたい」
「そうですか、では失礼して」
失礼などと思ってもいないような顔で、占い師はコホンと小さく咳払いをした。
「国王陛下はおっしゃいました、王位にありながら実質的には何もできないと。それは現状を正確に把握し、すでに問題点を認識されている訳です。わかっておられないなんてとんでもない、陛下はちゃんとわかっておられます。ただ、その問題点を解消するために何をどこから始めればいいのか、その糸口がわからないだけでしょう。僕は占い師です、糸口を見つけるお手伝いならできますよ」
ロンダリア王はしばし呆然としておられたが、やがて目を輝かせた。
「本当か? 本当に糸口が見つかるのか?」
「見つかりますとも。それができなきゃ僕は占い師の看板を下ろします」
王国の命運と占い師の看板を同列に並べるヤツがあるか。そう言いたかったが、拳を握りしめ前のめりになられているロンダリア王を前にしては何も言えない。
一方の占い師は世間話でもするかのように続けた。
「まず現在の状況をなるべく正確に理解しましょう。王宮政府には王室擁護派と反王室派が存在するということになっています。でもこれは不正確な分け方ですよね。王室擁護派にも、王室は利用するために必要だけどロンダリア王は排除したいと考える、ドルード公爵のような人物もいるからです。なのでロンダリア王を中心に、敵・味方・中立の三種類に分けてみてください。どんな顔ぶれになりますか」
これにロンダリア王は難しい顔を見せる。
「どんな、と言われてもな。ザイメンが敵と考えるなら、ダニア、ザントワ、フコーテックといった反王室派は当然敵に回るだろう。朕を中心として考えた場合、味方となってくれる貴族は思いつかない」
と、そこにハーマン・ヘットルト議長が。
「内務大臣のサンザルド・ダナ殿は陛下のお味方と言えるでしょうな」
「キンゴル侯爵か。しかし朕はあれに迷惑をかけてばかりだからな」
ロンダリア王は気弱な顔をお見せになったが、ハーマン議長は首を強く振る。
「そんなことはございません。サンザルド殿は何があっても陛下のお味方をしてくださるはず。ご安心くださりませ」
「と言うか、ハーマン議長閣下も陛下の味方ですよね」
占い師にそう言われ、ハーマン議長はふいに赤面する。
「い、いやいや私などがお味方とは口幅ったい」
「何をおっしゃいますやら、ご謙遜ご謙遜。ああ、あとハースガルド公も陛下の味方ですから」
タクミ・カワヤの言葉に息が止まるかと思った。確かに我がハースガルド家は代々王室支持派であるし、現国王であらせられるロンダリア王の敵に回るような真似をするつもりなど毛頭ない。ないが、ないのだが。
「ハースガルド、朕の味方になってくれるか」
ロンダリア王直々にそう問われて、否と答えられるはずもない。
「不肖このエブンド・ハースガルド、微力ながら陛下のために全力を尽くす所存にございます」
「おお済まぬ、恩に着るぞ」
国王陛下に頭を下げられてしまった。もうこうなっては引き返せない。ああ、静かな田舎暮らしともおさらばか。
しかし占い師は不満げにこう言った。
「これで味方は三人。もう一人欲しいところですね」
「もう一人か。誰ぞ心当たりはあるか」
国王陛下はすっかり占い師に乗せられている。あまり良い傾向とは言えないのだが、いまは仕方あるまい。これにタクミ・カワヤは、やはりと言うべきか胸を張って自説を披露した。
「あと一人、現時点で味方とは言えないのですが、こちらの働きかけ次第で味方になってくれる人物に心当たりがあります」
「ほう、誰だ」
たずねるロンダリア王に、占い師は意外な名前を持ち出した。
◇ ◇ ◇
熱があるのだろうか。どうも先ほどから悪寒がする。ここしばらく精魂尽き果てるような日が続いたからな、体調が悪化しても不思議はないのだが。
先般ギルミアスの使節団を襲撃した盗賊は見事捕縛し、無事に王宮から派遣された役人に引き渡すことができた。しかしこれについて王宮政府からの評価はまだ聞こえてこない。あのハースガルド屋敷に住み着いている占い師によれば、王宮内部に我がグリムナントを邪魔に思う勢力が跳梁跋扈しているとのこと。もしそれが事実ならば、盗賊を捕らえた功績は無視されるのかも知れない。
はあ、まさか我が身が陰謀の只中に放り出されるとは思わなかった。そういう話は噂には聞いていたものの、ほとんどおとぎ話と同等の感覚でいたのだ。それが。
ハースガルドが中央の政争から逃げ出してリアマールに引きこもったのを、ほんのついこの間まで馬鹿にしていたというのに、いざこの場に立つと逃げ出したくて仕方ない。何ともはや。
だが峠は一つ越えたのだ。この後、ギルミアス帝国との折衝があるとはいえ、とりあえず背中から撃たれることは当分ない、のではないかという期待をしているところではあるが、どうなのだろう。
と、そこに執務室の扉をノックする音が。衛士が扉を開け、こちらに振り返る。
「文官頭のマルオス様です」
「うむ、通せ」
相変わらず巻き毛のカツラに赤い服でやってきたマルオスは、やけに神妙な顔つきをしていた。
「どうしたマルオス、何かあったか」
「はい、ご領主様。実はその、急な来客がございまして」
「来客だと? おまえにか」
「いえそれが、あの占い師のタクミ・カワヤ殿がご領主様に是非お目通り願いたいと」
その名を聞いたとき、何やら嫌な予感がした。
「あやつがいまさら何用だ。まさか占いの代金を払えとか言いに来たのではあるまい」
「ご領主様の将来に関わる重大事なので、至急お目にかかりたいとだけ申されまして」
マルオスも困惑している様子。しかしあの占い師は盗賊の居場所を言い当てたのだ、実力があるのは間違いない。余の将来に関わる、か。うーむ、話を聞くだけは聞いておいた方がいいのだろうか。
「まあいい、一応通すだけは通せ。飲み物は出さんで良いぞ、すぐ帰るからな」
「はい、ではしばしお待ちを」
まったく、いったい何だというのか。余はまだ忙しいのだ、たいした用事でなかったらつまみ出してやる。
そしてしばらく待った後、マルオスが三人を連れてきた。三人? 一人は占い師だとして、あとの二人は何者なのだ。フードをかぶっていて顔が見えぬ。怪しげな。
「いやあ、どうもご領主様。お元気そうで何よりです」
タクミ・カワヤは相変わらず品位に欠ける無礼な物言いである。ただの平民なら許されんところだ。
「余にとっての重大事とは何事だ。つまらぬ話であれば、ただでは置かぬぞ」
「ああ大丈夫です、つまらない話ではありませんから。じゃあまず、こちらのお二人を紹介させてください」
占い師がそう言うと、二人はフードを取って顔を見せた。その片方には見覚えがある。
「久しいですな、リアマール候」
そう言ったのは貴族会議議長のハーマン・ヘットルトではないか。
「ハーマン卿、どういうことです。何故ここに」
驚いている余に対し、ハーマンは隣の若い男を手で指し示した。
「こちらがどなたか、おわかりになりましょうや」
どなたか? どこかの貴族の息子だろうか、若い男。と言うかほぼ子供だな。ん? はて、どこかで見た記憶が。どこかで。どこだ。
するとハーマンは静かに、そして少々厳めしく、その名を口にした。
「シャナン王国国王、ロンダリア・ガナホーム三世陛下にあらせられます」
「……こ、こ、ここここここここ国王陛下ぁっ?」
そんな馬鹿なと理性が叫び、しかしこれは現実だと本能が告げる。言われてみればその姿、間違いなくロンダリア王である。だが王が自分の屋敷にいることが受け入れられない。何だ、この状況はいったい何だ。
あまりと言えばあまりな展開に、余は臣下の礼を取ることすら忘れていた。
「いやあご領主様がいてくれて助かったあ。ハースガルド公のお屋敷には国王陛下にお泊りいただける部屋なんてありませんからねえ、どうしたものかと思ったんですよ。でもここなら大丈夫でしょう。そんな訳で陛下と議長閣下のお世話をよろしくお願いしますね、ご領主様」
そんな訳がどんな訳なのかは知らないが、占い師はまた満面の笑顔。国王陛下のお世話だと? ここで、こんな田舎でか? 何をどうせよと言うのか。そもそも陰謀に巻き込まれているこのグリムナント家で、国王陛下のお世話などしていいのだろうか。それは自殺行為なのではないのか。
しかし、これを断る勇気が余にあるはずもない。
こいつは、やはりこの占い師は悪魔に違いない。
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