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22話 王と銃口
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フオトはリメレ村一番の長老だ。もう杖をつかなければ歩けないほど足腰は弱っているものの、いまだに頭と口は冴えている。そんなフオトが孫のナズンにおぶさって、畑仕事をしているわしの元へとやってきた。
「のう、ガナン村長よ。忙しいところ済まんが、聞きたいことがある」
「どうしたフオト、そんなに慌てて」
「今日は森でキツネ狩りでもあるのかね」
「キツネ狩り? そんな話は聞いておらんが。どういうことだ」
するとフオトは険しい顔を見せてこう言うのだった。
「うちのひ孫、このナズンの息子のカズンだが、今朝ほど森に鉄砲を持った連中が何人か入って行くのを見たという。格好は百姓のようだったが、まったく見知らぬ顔だったそうだ。先般の領主との件があるからのう、嫌な予感がしてならん」
確かに領主は年に何度かキツネ狩りを行う。たいていは近隣の貴族連中との懇親のためであり、リメレ村に隣接する森で行われたことも過去にはある。
もしかしたらそのキツネ狩りを村にあえて知らせず、嫌がらせまがいのバカ騒ぎを目と鼻の先でやるつもりなのではないか、フオトはそう言いたいのだ。言うまでもなくキツネ狩りには銃を使う。知らずに村人が森に入れば撃たれないとも限らない。
なるほど、あの領主ならやりかねないところだ。ただし、いま領主は王国の王宮政府と隣国であるギルミアス帝国との間で外交上の板挟み状態となっており、果たしてリメレ村に嫌がらせをする余裕があるかといえば、少々疑問が湧かないでもない。
だが理由はどうあれ銃を持った連中が森にいるのであれば、村長として無視はできまい。
「ナズン、フオトを家まで送ったら若い衆を集めてくれるか。とりあえず森の様子を確認せねばならん。銃を使える者には用意させてほしい」
「わかりました」
ナズンがフオトを背負ったまま駆けて行く。さて厄介な。面倒な問題にならなければいいのだが。
時刻は昼を過ぎた頃、ナズンが集めた若い衆は十人、銃は火縄銃が三丁だった。まあ戦争をしに行く訳ではないのだ、こんなものだろう。
森は静かだった。キツネ狩りが行われているなら銅鑼や鐘がジャンジャンうるさいものだが、そんな気配はまったくない。やはりキツネ狩りは考えすぎだったか。とは言え、銃を持った連中が潜んでいる可能性はまだある。流れ者の猟師かも知れないが、勝手に森に入らぬよう注意をしてやらねばなるまい。
などと考えていたときだった。
森の奥から響く雷鳴のような音。
「銃声だ!」
一つ目が聞こえた途端、二つ三つと音が続く。何かが藪をかき分け走って来る気配。
「何か来るぞ! 一か所に集まるな、全員散れ!」
散開して待ち受けるわしらの前に飛び出してきたのは、キツネでもなければシカでもイノシシでもない、人間が二人だった。その片方はわしらの姿を目にすると絶望的な声を上げた。
「ああ神様お助けぇ!」
もう一人の若者は毅然とこちらをにらみつけている。
わしは両手を挙げて声をかけた。
「落ち着け、わしらは村の者だ。アンタらはいったい何者かね」
だがそれに答える間もなく、二人の背後から現れたのは火縄銃を持った男が五人。
「ちっ、見られたぞ」
男の一人がそうつぶやくと、五本の銃は銃口をこちらに向けた。こちら側の火縄銃も慌てて銃口を上げる。にらみ合いは随分と長く続いたような、あるいはほんの数秒だったかも知れん。
と、向かって右側の藪の中から突然人影が一つ飛び出し、その手元に銀光がきらめいた。銃を持った男が銃を落とし手を押さえる。それが五回。地味な狩猟服を着た若者が剣を右手にかざし、五人の前に立ちはだかっていた。
「ハイ、終了」
そう言って剣を持つ若者の後ろから出てきた小柄な影は、わしの見知った人物だった。ハースガルド公爵家の離れに暮らす占い師は、五人の男に向かってこう言う。
「リッテン伯爵家の皆様、ご苦労様でした。お帰りは後ろです」
五人の男たちはギョッとした顔を見せると、落とした銃を拾いもせずに森の奥へと逃げ去ってしまった。それを追う様子も見せず、占い師はこちらを振り返る。
「やあガナン村長、変なところでお会いしましたね」
「占い師殿、これはいったい何事かね」
思わず放ったわしの言葉に、追われていた二人のうち若い方が目を丸くする。
「占い師……」
タクミ・カワヤは笑顔でうなずいた。
「はい、僕がハースガルド公爵家に間借りする占い師、タクミ・カワヤです。初めまして、国王陛下」
今度はわしらが目を丸くする番だった。
「こ、国王、陛下ぁ?」
間抜けな声を出してしまったわしらに向かい、若者は小さく微笑んだ。
「朕がシャナン王国国王、ロンダリア・ガナホーム三世である」
◇ ◇ ◇
占い師が今日の仕事を取りやめ、護衛のタルドマンを連れてどこかに出かけたことは知っていた。また何か面倒ごとを持って帰って来るのではないかと心配していたのだが、まさかここまでとんでもない大事件を伴って戻って来るとは。
私は頭を抱えたくなる気持ちを抑え、片膝をついて臣下の礼を取った。
「ロンダリア王におかれましてはこの度のお越し、ハースガルド公爵家といたしましては、まことに大いなる喜びであるとともに……」
「形式通りの挨拶はせずともよい。迷惑であることは朕も理解している」
豪華な調度品など何もない名前だけの貴賓室で、ロンダリア王は小さなため息をついた。
「迷惑は理解しているのだが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」
そうつぶやき、私の背後で両ひざをつき頭を下げている占い師を見やった。
「タクミ・カワヤと申したな」
「はい国王陛下」
「面を上げてよいぞ」
「ありがとうございます」
笑顔で顔を上げる占い師に、ロンダリア王はたずねられる。
「先ほどの連中がリッテン伯爵の手の者であるというのは事実か」
「ええ、そうです。もっとも襲撃を画策したのがリッテン伯爵という訳ではありませんが」
「まだ他に誰か黒幕がいるという意味かな」
「そうですね、おそらくドルード公爵ではないかと」
私は飛び上がりそうになった。ドルード公爵だと? この馬鹿者が、国王陛下の前でその名前を出す意味がわからんのか。ドルード公爵のザイメン家は王宮政府を支える重鎮であり大貴族だ。それが国王に銃を向けたとなれば、最悪の場合内戦にも繋がりかねない。陛下の手前であり怒鳴りつける訳にも行かないため肩越しに振り返ってにらみつけたのだが、占い師は平然としている。
ロンダリア王はしばし考え込むと、自身の後ろに立つ連れにたずねられた。
「ハーマンはどう思う」
するとその連れ、すなわち貴族議会議長ハーマン・ヘットルトは困惑を見せた。まあ貴族として、そして王宮政府に関わる者としては当然の反応だろう。
「ドルード公爵アイメン・ザイメン殿は積極的な王室擁護派であり、これまで王室と対立したという話は聞き及んでおりません。何かの間違いではございませんでしょうか」
「そうだ、確かにザイメン家は常に朕の味方だった。それは紛れもない事実だ。だがな、ハーマン。朕はアイメン・ザイメンに心を許せたことが一度たりともないのだよ」
「なんと……」
ハーマン議長は絶句している。私はいたたまれなくなった。もしこの話が外部に漏洩すれば、王宮政府はハチの巣をつついたかのような大騒ぎになるだろう。そのとき我がハースガルド公爵家が知らぬ顔を決めていられるとは思えない。必ずや様々な方面から圧力がかかるに違いない。これでは王都を捨てて引きこもった意味がないではないか。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか――まず間違いなく知っているのだろうが――タクミ・カワヤが身の程知らずにもロンダリア王に話しかける。
「国王陛下が僕に占わせたいとお考えなのは、そのことについてでしょうか」
「それもある」
ロンダリア王は嫌な顔一つされずにうなずかれた。
「いや、それも含めてと言うべきか。ともかく朕はもうよくわからぬのだ、いったい何をどうすれば良いのだろう。朕は国王の座にはあるが、実質的には何もできぬ。それを受け入れて何もせずにただ死ぬまで鎖につながれ、毎日笑顔を見せていれば良いのか。そういう生き方しか選びようがないのか、朕にはもうわからぬ」
その悲痛と言っていい心から漏れる声は、私の胸を突き刺した。権力者の孤独と簡単に言ってしまえば済む話なのかも知れないが、ロンダリア王はまだ十五歳の少年である。その少年に、我々はいったい何を背負わせているのだろう。貴族として、大人として、人として、私の生き方は卑怯なのではあるまいか。そんな思いが頭を巡る。
だがそんな私の思いを蹴り飛ばすかのように占い師は笑った。
「いやだなあ国王陛下、ちゃんとわかってるじゃないですか」
「のう、ガナン村長よ。忙しいところ済まんが、聞きたいことがある」
「どうしたフオト、そんなに慌てて」
「今日は森でキツネ狩りでもあるのかね」
「キツネ狩り? そんな話は聞いておらんが。どういうことだ」
するとフオトは険しい顔を見せてこう言うのだった。
「うちのひ孫、このナズンの息子のカズンだが、今朝ほど森に鉄砲を持った連中が何人か入って行くのを見たという。格好は百姓のようだったが、まったく見知らぬ顔だったそうだ。先般の領主との件があるからのう、嫌な予感がしてならん」
確かに領主は年に何度かキツネ狩りを行う。たいていは近隣の貴族連中との懇親のためであり、リメレ村に隣接する森で行われたことも過去にはある。
もしかしたらそのキツネ狩りを村にあえて知らせず、嫌がらせまがいのバカ騒ぎを目と鼻の先でやるつもりなのではないか、フオトはそう言いたいのだ。言うまでもなくキツネ狩りには銃を使う。知らずに村人が森に入れば撃たれないとも限らない。
なるほど、あの領主ならやりかねないところだ。ただし、いま領主は王国の王宮政府と隣国であるギルミアス帝国との間で外交上の板挟み状態となっており、果たしてリメレ村に嫌がらせをする余裕があるかといえば、少々疑問が湧かないでもない。
だが理由はどうあれ銃を持った連中が森にいるのであれば、村長として無視はできまい。
「ナズン、フオトを家まで送ったら若い衆を集めてくれるか。とりあえず森の様子を確認せねばならん。銃を使える者には用意させてほしい」
「わかりました」
ナズンがフオトを背負ったまま駆けて行く。さて厄介な。面倒な問題にならなければいいのだが。
時刻は昼を過ぎた頃、ナズンが集めた若い衆は十人、銃は火縄銃が三丁だった。まあ戦争をしに行く訳ではないのだ、こんなものだろう。
森は静かだった。キツネ狩りが行われているなら銅鑼や鐘がジャンジャンうるさいものだが、そんな気配はまったくない。やはりキツネ狩りは考えすぎだったか。とは言え、銃を持った連中が潜んでいる可能性はまだある。流れ者の猟師かも知れないが、勝手に森に入らぬよう注意をしてやらねばなるまい。
などと考えていたときだった。
森の奥から響く雷鳴のような音。
「銃声だ!」
一つ目が聞こえた途端、二つ三つと音が続く。何かが藪をかき分け走って来る気配。
「何か来るぞ! 一か所に集まるな、全員散れ!」
散開して待ち受けるわしらの前に飛び出してきたのは、キツネでもなければシカでもイノシシでもない、人間が二人だった。その片方はわしらの姿を目にすると絶望的な声を上げた。
「ああ神様お助けぇ!」
もう一人の若者は毅然とこちらをにらみつけている。
わしは両手を挙げて声をかけた。
「落ち着け、わしらは村の者だ。アンタらはいったい何者かね」
だがそれに答える間もなく、二人の背後から現れたのは火縄銃を持った男が五人。
「ちっ、見られたぞ」
男の一人がそうつぶやくと、五本の銃は銃口をこちらに向けた。こちら側の火縄銃も慌てて銃口を上げる。にらみ合いは随分と長く続いたような、あるいはほんの数秒だったかも知れん。
と、向かって右側の藪の中から突然人影が一つ飛び出し、その手元に銀光がきらめいた。銃を持った男が銃を落とし手を押さえる。それが五回。地味な狩猟服を着た若者が剣を右手にかざし、五人の前に立ちはだかっていた。
「ハイ、終了」
そう言って剣を持つ若者の後ろから出てきた小柄な影は、わしの見知った人物だった。ハースガルド公爵家の離れに暮らす占い師は、五人の男に向かってこう言う。
「リッテン伯爵家の皆様、ご苦労様でした。お帰りは後ろです」
五人の男たちはギョッとした顔を見せると、落とした銃を拾いもせずに森の奥へと逃げ去ってしまった。それを追う様子も見せず、占い師はこちらを振り返る。
「やあガナン村長、変なところでお会いしましたね」
「占い師殿、これはいったい何事かね」
思わず放ったわしの言葉に、追われていた二人のうち若い方が目を丸くする。
「占い師……」
タクミ・カワヤは笑顔でうなずいた。
「はい、僕がハースガルド公爵家に間借りする占い師、タクミ・カワヤです。初めまして、国王陛下」
今度はわしらが目を丸くする番だった。
「こ、国王、陛下ぁ?」
間抜けな声を出してしまったわしらに向かい、若者は小さく微笑んだ。
「朕がシャナン王国国王、ロンダリア・ガナホーム三世である」
◇ ◇ ◇
占い師が今日の仕事を取りやめ、護衛のタルドマンを連れてどこかに出かけたことは知っていた。また何か面倒ごとを持って帰って来るのではないかと心配していたのだが、まさかここまでとんでもない大事件を伴って戻って来るとは。
私は頭を抱えたくなる気持ちを抑え、片膝をついて臣下の礼を取った。
「ロンダリア王におかれましてはこの度のお越し、ハースガルド公爵家といたしましては、まことに大いなる喜びであるとともに……」
「形式通りの挨拶はせずともよい。迷惑であることは朕も理解している」
豪華な調度品など何もない名前だけの貴賓室で、ロンダリア王は小さなため息をついた。
「迷惑は理解しているのだが、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった」
そうつぶやき、私の背後で両ひざをつき頭を下げている占い師を見やった。
「タクミ・カワヤと申したな」
「はい国王陛下」
「面を上げてよいぞ」
「ありがとうございます」
笑顔で顔を上げる占い師に、ロンダリア王はたずねられる。
「先ほどの連中がリッテン伯爵の手の者であるというのは事実か」
「ええ、そうです。もっとも襲撃を画策したのがリッテン伯爵という訳ではありませんが」
「まだ他に誰か黒幕がいるという意味かな」
「そうですね、おそらくドルード公爵ではないかと」
私は飛び上がりそうになった。ドルード公爵だと? この馬鹿者が、国王陛下の前でその名前を出す意味がわからんのか。ドルード公爵のザイメン家は王宮政府を支える重鎮であり大貴族だ。それが国王に銃を向けたとなれば、最悪の場合内戦にも繋がりかねない。陛下の手前であり怒鳴りつける訳にも行かないため肩越しに振り返ってにらみつけたのだが、占い師は平然としている。
ロンダリア王はしばし考え込むと、自身の後ろに立つ連れにたずねられた。
「ハーマンはどう思う」
するとその連れ、すなわち貴族議会議長ハーマン・ヘットルトは困惑を見せた。まあ貴族として、そして王宮政府に関わる者としては当然の反応だろう。
「ドルード公爵アイメン・ザイメン殿は積極的な王室擁護派であり、これまで王室と対立したという話は聞き及んでおりません。何かの間違いではございませんでしょうか」
「そうだ、確かにザイメン家は常に朕の味方だった。それは紛れもない事実だ。だがな、ハーマン。朕はアイメン・ザイメンに心を許せたことが一度たりともないのだよ」
「なんと……」
ハーマン議長は絶句している。私はいたたまれなくなった。もしこの話が外部に漏洩すれば、王宮政府はハチの巣をつついたかのような大騒ぎになるだろう。そのとき我がハースガルド公爵家が知らぬ顔を決めていられるとは思えない。必ずや様々な方面から圧力がかかるに違いない。これでは王都を捨てて引きこもった意味がないではないか。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか――まず間違いなく知っているのだろうが――タクミ・カワヤが身の程知らずにもロンダリア王に話しかける。
「国王陛下が僕に占わせたいとお考えなのは、そのことについてでしょうか」
「それもある」
ロンダリア王は嫌な顔一つされずにうなずかれた。
「いや、それも含めてと言うべきか。ともかく朕はもうよくわからぬのだ、いったい何をどうすれば良いのだろう。朕は国王の座にはあるが、実質的には何もできぬ。それを受け入れて何もせずにただ死ぬまで鎖につながれ、毎日笑顔を見せていれば良いのか。そういう生き方しか選びようがないのか、朕にはもうわからぬ」
その悲痛と言っていい心から漏れる声は、私の胸を突き刺した。権力者の孤独と簡単に言ってしまえば済む話なのかも知れないが、ロンダリア王はまだ十五歳の少年である。その少年に、我々はいったい何を背負わせているのだろう。貴族として、大人として、人として、私の生き方は卑怯なのではあるまいか。そんな思いが頭を巡る。
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