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57話 真相
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慌てて馬車を降りたチャンホとチャンタの二人に続いてリコットが降りると、アタイは改めて木の上の人影を指さした。
「今度は見えるよね」
二人の顔から血の気が引いた。どうやら見えたみたいだ。しかもアレが人間じゃないことは、説明しなくても理解したらしい。
「木がしなってない。あんな先っぽにいるのに」
つぶやくチャンホに、チャンタもうなずく。
「何なんだアレ。普通じゃないぞ」
「キーシャは神様だって言ってる」
リコットの言葉にチャンタは愕然とし、チャンホは目を大きく見開いた。
「あれがザハエの神だっていうの」
「ザハエ神ではないよ」
アタイがそう言わなきゃわからないんだねえ、まったくこれだから人間はもう。確かにいま王国や帝国で信奉されてるのはザハエ神だけど、ザハエだけが神じゃないんだよ。
「アレは創造神じゃない。もっと小さな、でもザハエよりもっと古い神々の末裔だと思う」
「古い神々……」
チャンタのまだ半信半疑なつぶやきに、アタイはこう補足した。
「そう。水の神、山の神、風の神とかそんな神々だよ。かつては人と暮らし、あるときは祝福を、あるときは呪いと罰を与えた存在。後にザハエ信仰が広がることで人間の心から消え去った、人でも妖精でもない存在」
そのときだ。木の上の人影がゆっくりと、頭の上で大きく手を叩いた。パン、パン、パン、まるですぐ目の前で叩いているかのようにハッキリと聞こえた。
「正解だってさ。アタイらのことがわかってるんだろう、妖精と魔法使いがいるってね」
「それはつまり、挑発されてるってことかな」
チャンホは軽くムッとした顔。
「いや待てよ。どうする気だよ」
チャンタは少し怖気づいているみたい。でも。
「どうするもこうするもないのです! ここはアイツをふん捕まえてギャフンと言わせて、このイタズラをやめさせるしかないではありませんか!」
「そうだそうだ!」
アタイの演説にチャンホは拳を突き上げる。しかしチャンタはドン引きだ。
「気が進まねえなあ」
そこにまた聞こえる、ゆっくりとした拍手。パン、パン、パン。こりゃ完全にアタイを舐めてるね。
「さっさとかかってこいってさ。行くよ、リコット」
「えっ、私も?」
驚きの声を上げたリコットに、馬車の中からステラが顔を出した。
「ちょっと三人とも、馬車に入ってなきゃ危ないよ」
しかしチャンホが天を指さしつつ、こう口にした。
「ステラはちょっと待ってて! 風舞え!」
するとリコットとチャンホとチャンタの周りを風が駆け抜け、三人の体がふわりと浮き上がった。
そしてチャンタが不服げに続ける。
「あー、もうどうなっても知らねえからな。風走れ!」
指の向かう先、木の上の人影へと三人の体とアタイは一瞬で到達した。はずだった。いや、その場所には間違いなく着いたんだ。何もいなかったけど。
「あれ」
そこに打ち付ける小石の雨あられ。
「痛たたたたた! 雲の壁!」
チャンタが叫ぶと言葉通り、真っ白な雲が湧き立ち壁を作る。ボスボスと小石が雲にめり込む音を聞きながら、チャンホはチャンタを叱った。
「雲の壁使ったら相手が見えなくなるでしょうが」
「他にどうすんだよ、こんな何もない場所で」
どちらの言い分にも一理あるけど、いまはケンカなんてしてる場合じゃない。
「はいはーい、そういうのは後にして。小石はじきに止むよ、そしたら壁を消して相手を見つけて一気にとびかかるの。いい?」
ボスボスという音が止んだ。
「いまだ!」
アタイの声と共にチャンタは雲の壁を消す。その向こうにいる人影に向かって……向かって、ええっ?
雲の壁が消え去った向こうには、人影が五つ立っていた。それぞれがまた頭の上で手を叩く。パン、パン、パン。
驚いたチャンホが後ずさる。
「何、どうなってんの」
「ただの目くらましに決まってるでしょうが!」
怒鳴ってみたけど、アタイの腹の虫は収まらない。クキーッ! 神か何か知らないけど馬鹿にしてーっ!
「しょうがない、いっぺんにやるぞ。雷打て!」
チャンタが叫ぶその手の先から放たれた稲妻が五つの影を一斉に打てば、真ん中の一つだけ残って他は消えた。
残った一つの影は木のてっぺんからてっぺんに、枝の先から枝の先へとピョーンピョーンと飛んで逃げて行く。
「んもおおぉっ! 追っかけるよ!」
アタイは怒り心頭、弾丸みたいに飛び出した。
「あ、キーシャ待って!」
リコットの声が後ろから聞こえるけど、もう我慢できない勘弁ならない。相手が誰だろうと馬鹿にされるのは大っ嫌い! ぶっ飛ばしてやんなきゃ収まらない! どありゃあああっ! アタイは全速力で追っかけた。
なのに。
ピョーンピョーン。どありゃあああっ! ピョーンピョーン。どありゃあああっ! ピョーンピョーン。
ハアハア、ゼエゼエ。おかしい。何で追いつけないの。どう考えてもアタイの飛ぶ速度の方が速いはず。それなのに相手との距離が縮まらない。
相手は相変わらず枝先から枝先にピョーンピョーンと飛び渡り、だんだん地面に近づいて行く。こん畜生、逃がさないからね!
正体不明の神らしき影は、ガラガラガラと笑い声を上げながら藪の中を突っ切り地面に降りたと思ったら、そこから下へとまだ飛んだ。どうやら崖になっているらしい岩場を、ピョーンピョーンと降りて行く。
「待ぁてぇええええっ!」
アタイは落雷のように真下に飛ぶ。捕まえられる、もう少し、あとちょっとで届く! そう思った瞬間、目の前から影は消えた。ほんの一秒、たった一秒急停止するのが遅かったら、アタイは地面にぶつかっていたはずだ。
「どこ! どこに行った!」
薄暗い森の中、谷の底から周りを見てもあの影は見つからない。
「キーシャ、大丈夫?」
上から降りてくるリコットたちの声に、アタイはハッとした。いけない、こんなところに集まっていたら上から攻撃されても逃げられない。
「待って、いま来たら」
「え?」
リコットとチャンホとチャンタが底に降り立った。何事もなく。小石の雨は降って来ないし、笑い声も手を叩く音も聞こえない。森の中はしんとしていた。
「アイツ、どこに行ったんだ」
チャンタにたずねられても答に困る。
「どっかに消えた」
「消えちゃったの? 何で」
「アタイにもわかんないよ」
チャンホにそう返したとき。
「待って」
リコットが耳を澄ませている。
「……何か聞こえる」
つぶやいたかと思うと駆け出した。谷の奥、陽の陰った暗い場所。そこから確かに何かが聞こえる。これは、まさか。
リコットが加速した。
「赤ちゃんだ!」
つい最近落ちて来たらしい大きな岩を乗り超えて草むらの中に分け入れば、まるで誰かがいまさっきそこに置いたかのように、布にくるまれた人間の赤ん坊が。その向こう側には倒れている人影が一つ。
思わず立ち止まったリコットを追い越して、アタイは倒れてる人影に近付いた。さっきの神とは違う。ただの人間だ。いや、女の人間の死体だ。
「死んでるよ。まだ何日も経ってないみたいだけど」
「アイツに殺されたのか?」
チャンタの思いつきも無理はないのかも知れない。でもリコットは赤ん坊を抱き上げて首を振った。
「違うと思う」
リコットの腕の中で元気な泣き声を上げる赤ん坊を、チャンホがあやしている。ああ、そういうことか。アタイはしっくり来た、リコットのつぶやいた言葉が。
「あの神様は助けてほしかったんじゃないかな、私たちに、この子を」
「……てなことがあった訳よ、ここに来るまで」
でも右肩にアタイを乗せたタクミ・カワヤは驚きもしない。
「そりゃあ大変だったね」
「何よ、信用してないの」
「信用はしてるさ、疑う理由もない。どっちかっていうと、うらやましい限りだよ。神様には僕も会ってみたかったな」
いったいどこまで本気で言ってるんだろう、コイツ。
王宮に到着して乗り換えた馬車は黒塗りで、あちこちに金銀の模様が散りばめられてキラキラしてる。ハースガルドの馬車とは大違いだ。乗っているのはチャンタにチャンホ、向かいにリコットとタクミ・カワヤが並んでいる。ステラは後ろのもう一台の馬車にハースガルド公たちと一緒だ。
「それで、その赤ちゃんはどうしたの」
「街役人に渡したわよ。まさか連れて来いっての?」
「いいや、それで正解だよ。そこまで運が強い子なんだから、これからも何とかなるさ」
そう答えるタクミ・カワヤを、チャンホとチャンタは感心したように見つめている。
「ん、どうかした」
「いや、凄いなあって。鼻噛まれなくてもキーシャと話せてるから」
チャンホの言葉に、タクミ・カワヤは意外そうな顔を見せた。
「あれ、君たちなら右肩に乗せるだけでキーシャと話せると思うんだけど」
「えっ」
馬車の中に満ちる気まずい沈黙。だってしょうがないじゃない、面倒くさかったんだから。
そうこうしているうちに馬車は目的地に着いた。都のハースガルド家本邸。何よこれ、リアマールの屋敷よりデカいんだ。
「今度は見えるよね」
二人の顔から血の気が引いた。どうやら見えたみたいだ。しかもアレが人間じゃないことは、説明しなくても理解したらしい。
「木がしなってない。あんな先っぽにいるのに」
つぶやくチャンホに、チャンタもうなずく。
「何なんだアレ。普通じゃないぞ」
「キーシャは神様だって言ってる」
リコットの言葉にチャンタは愕然とし、チャンホは目を大きく見開いた。
「あれがザハエの神だっていうの」
「ザハエ神ではないよ」
アタイがそう言わなきゃわからないんだねえ、まったくこれだから人間はもう。確かにいま王国や帝国で信奉されてるのはザハエ神だけど、ザハエだけが神じゃないんだよ。
「アレは創造神じゃない。もっと小さな、でもザハエよりもっと古い神々の末裔だと思う」
「古い神々……」
チャンタのまだ半信半疑なつぶやきに、アタイはこう補足した。
「そう。水の神、山の神、風の神とかそんな神々だよ。かつては人と暮らし、あるときは祝福を、あるときは呪いと罰を与えた存在。後にザハエ信仰が広がることで人間の心から消え去った、人でも妖精でもない存在」
そのときだ。木の上の人影がゆっくりと、頭の上で大きく手を叩いた。パン、パン、パン、まるですぐ目の前で叩いているかのようにハッキリと聞こえた。
「正解だってさ。アタイらのことがわかってるんだろう、妖精と魔法使いがいるってね」
「それはつまり、挑発されてるってことかな」
チャンホは軽くムッとした顔。
「いや待てよ。どうする気だよ」
チャンタは少し怖気づいているみたい。でも。
「どうするもこうするもないのです! ここはアイツをふん捕まえてギャフンと言わせて、このイタズラをやめさせるしかないではありませんか!」
「そうだそうだ!」
アタイの演説にチャンホは拳を突き上げる。しかしチャンタはドン引きだ。
「気が進まねえなあ」
そこにまた聞こえる、ゆっくりとした拍手。パン、パン、パン。こりゃ完全にアタイを舐めてるね。
「さっさとかかってこいってさ。行くよ、リコット」
「えっ、私も?」
驚きの声を上げたリコットに、馬車の中からステラが顔を出した。
「ちょっと三人とも、馬車に入ってなきゃ危ないよ」
しかしチャンホが天を指さしつつ、こう口にした。
「ステラはちょっと待ってて! 風舞え!」
するとリコットとチャンホとチャンタの周りを風が駆け抜け、三人の体がふわりと浮き上がった。
そしてチャンタが不服げに続ける。
「あー、もうどうなっても知らねえからな。風走れ!」
指の向かう先、木の上の人影へと三人の体とアタイは一瞬で到達した。はずだった。いや、その場所には間違いなく着いたんだ。何もいなかったけど。
「あれ」
そこに打ち付ける小石の雨あられ。
「痛たたたたた! 雲の壁!」
チャンタが叫ぶと言葉通り、真っ白な雲が湧き立ち壁を作る。ボスボスと小石が雲にめり込む音を聞きながら、チャンホはチャンタを叱った。
「雲の壁使ったら相手が見えなくなるでしょうが」
「他にどうすんだよ、こんな何もない場所で」
どちらの言い分にも一理あるけど、いまはケンカなんてしてる場合じゃない。
「はいはーい、そういうのは後にして。小石はじきに止むよ、そしたら壁を消して相手を見つけて一気にとびかかるの。いい?」
ボスボスという音が止んだ。
「いまだ!」
アタイの声と共にチャンタは雲の壁を消す。その向こうにいる人影に向かって……向かって、ええっ?
雲の壁が消え去った向こうには、人影が五つ立っていた。それぞれがまた頭の上で手を叩く。パン、パン、パン。
驚いたチャンホが後ずさる。
「何、どうなってんの」
「ただの目くらましに決まってるでしょうが!」
怒鳴ってみたけど、アタイの腹の虫は収まらない。クキーッ! 神か何か知らないけど馬鹿にしてーっ!
「しょうがない、いっぺんにやるぞ。雷打て!」
チャンタが叫ぶその手の先から放たれた稲妻が五つの影を一斉に打てば、真ん中の一つだけ残って他は消えた。
残った一つの影は木のてっぺんからてっぺんに、枝の先から枝の先へとピョーンピョーンと飛んで逃げて行く。
「んもおおぉっ! 追っかけるよ!」
アタイは怒り心頭、弾丸みたいに飛び出した。
「あ、キーシャ待って!」
リコットの声が後ろから聞こえるけど、もう我慢できない勘弁ならない。相手が誰だろうと馬鹿にされるのは大っ嫌い! ぶっ飛ばしてやんなきゃ収まらない! どありゃあああっ! アタイは全速力で追っかけた。
なのに。
ピョーンピョーン。どありゃあああっ! ピョーンピョーン。どありゃあああっ! ピョーンピョーン。
ハアハア、ゼエゼエ。おかしい。何で追いつけないの。どう考えてもアタイの飛ぶ速度の方が速いはず。それなのに相手との距離が縮まらない。
相手は相変わらず枝先から枝先にピョーンピョーンと飛び渡り、だんだん地面に近づいて行く。こん畜生、逃がさないからね!
正体不明の神らしき影は、ガラガラガラと笑い声を上げながら藪の中を突っ切り地面に降りたと思ったら、そこから下へとまだ飛んだ。どうやら崖になっているらしい岩場を、ピョーンピョーンと降りて行く。
「待ぁてぇええええっ!」
アタイは落雷のように真下に飛ぶ。捕まえられる、もう少し、あとちょっとで届く! そう思った瞬間、目の前から影は消えた。ほんの一秒、たった一秒急停止するのが遅かったら、アタイは地面にぶつかっていたはずだ。
「どこ! どこに行った!」
薄暗い森の中、谷の底から周りを見てもあの影は見つからない。
「キーシャ、大丈夫?」
上から降りてくるリコットたちの声に、アタイはハッとした。いけない、こんなところに集まっていたら上から攻撃されても逃げられない。
「待って、いま来たら」
「え?」
リコットとチャンホとチャンタが底に降り立った。何事もなく。小石の雨は降って来ないし、笑い声も手を叩く音も聞こえない。森の中はしんとしていた。
「アイツ、どこに行ったんだ」
チャンタにたずねられても答に困る。
「どっかに消えた」
「消えちゃったの? 何で」
「アタイにもわかんないよ」
チャンホにそう返したとき。
「待って」
リコットが耳を澄ませている。
「……何か聞こえる」
つぶやいたかと思うと駆け出した。谷の奥、陽の陰った暗い場所。そこから確かに何かが聞こえる。これは、まさか。
リコットが加速した。
「赤ちゃんだ!」
つい最近落ちて来たらしい大きな岩を乗り超えて草むらの中に分け入れば、まるで誰かがいまさっきそこに置いたかのように、布にくるまれた人間の赤ん坊が。その向こう側には倒れている人影が一つ。
思わず立ち止まったリコットを追い越して、アタイは倒れてる人影に近付いた。さっきの神とは違う。ただの人間だ。いや、女の人間の死体だ。
「死んでるよ。まだ何日も経ってないみたいだけど」
「アイツに殺されたのか?」
チャンタの思いつきも無理はないのかも知れない。でもリコットは赤ん坊を抱き上げて首を振った。
「違うと思う」
リコットの腕の中で元気な泣き声を上げる赤ん坊を、チャンホがあやしている。ああ、そういうことか。アタイはしっくり来た、リコットのつぶやいた言葉が。
「あの神様は助けてほしかったんじゃないかな、私たちに、この子を」
「……てなことがあった訳よ、ここに来るまで」
でも右肩にアタイを乗せたタクミ・カワヤは驚きもしない。
「そりゃあ大変だったね」
「何よ、信用してないの」
「信用はしてるさ、疑う理由もない。どっちかっていうと、うらやましい限りだよ。神様には僕も会ってみたかったな」
いったいどこまで本気で言ってるんだろう、コイツ。
王宮に到着して乗り換えた馬車は黒塗りで、あちこちに金銀の模様が散りばめられてキラキラしてる。ハースガルドの馬車とは大違いだ。乗っているのはチャンタにチャンホ、向かいにリコットとタクミ・カワヤが並んでいる。ステラは後ろのもう一台の馬車にハースガルド公たちと一緒だ。
「それで、その赤ちゃんはどうしたの」
「街役人に渡したわよ。まさか連れて来いっての?」
「いいや、それで正解だよ。そこまで運が強い子なんだから、これからも何とかなるさ」
そう答えるタクミ・カワヤを、チャンホとチャンタは感心したように見つめている。
「ん、どうかした」
「いや、凄いなあって。鼻噛まれなくてもキーシャと話せてるから」
チャンホの言葉に、タクミ・カワヤは意外そうな顔を見せた。
「あれ、君たちなら右肩に乗せるだけでキーシャと話せると思うんだけど」
「えっ」
馬車の中に満ちる気まずい沈黙。だってしょうがないじゃない、面倒くさかったんだから。
そうこうしているうちに馬車は目的地に着いた。都のハースガルド家本邸。何よこれ、リアマールの屋敷よりデカいんだ。
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