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72話 巨人召喚
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あれから二週間が経つ。何とか体を動かせるようになるまで三日、記憶の混乱から立ち直るのに五日、元通りの力が使えるようになるまで更に二日かかった。それでもまだ脳へのダメージは大きいと感じるが、敵にこれ以上の猶予を与える訳には行かない。
今度タクミ・カワヤに会ったときには即座に殺さねばなるまい。やはりアレは危険だ。私にとってはルン・ジラルドよりも。しかしいますぐタクミ・カワヤを殺しに行くのは、さすがに短絡的に過ぎる。相手は罠を張って待ち構えているだろう、自暴自棄になるのはまだ早い。それより先になすべきことがあるのだ。
私とレンズ、そしてガライ――レンズはギンガオーだと言い張るが――の三人はいま帝国の首都ギルマに潜伏している。狙うのは皇帝、ではない。カリアナ・レンバルトでもない。いま討つべきは、ハンデラ・ルベンヘッテだ。
ルベンヘッテを抹殺し、罪をカリアナ・レンバルトに着せる。そのために自動小銃も手に入れた。上手く運べば帝国内の最大権力者と皇帝の守護者が同時にいなくなる。権力の空白が生む混乱が私の新たな足場を築くはずだ。
もっけの幸い、と言っていいのか、いま巷ではルベンヘッテ一派の誅殺が立て続けに起こっている。おそらく実行しているのはルン・ジラルドに違いない。ならば本丸であるルベンヘッテ本人が自動小銃によって殺害されても、違和感を持つ者は多くないはずだ。カリアナ・レンバルトを確実に葬れるかどうかは賭けだが、事態が都合よく転ぶ蓋然性も低くはないだろう。試してみる価値はある。
◇ ◇ ◇
「坊や、可愛い私の坊や。いい子、いい子ね」
母さん。
「近寄らないで! 化け物! おまえなんか、おまえなんか!」
母さん。
「あの一家を皆殺しになさい。一人残らず、全員です」
母さん。
「いい子ね。元締めの言うことをよく聞いて、何でもするのですよ」
母さん。
母さんは、ボクを愛しているの? それとも。
「おーい、ギンガオー」
目を開けたボクの顔のすぐ近くで、あの笑顔が輝いていた。
「そろそろ起きろよ。出かけるぞ」
ねえ母さん。母さんはもしも僕が。
「ギンガオー、手伝えよ」
僕が、誰かを……。
◇ ◇ ◇
首都ギルマにあるルベンヘッテの本邸、竜牙堂。あれほど毎夜のように舞踏会が開催されていたこの要塞の如き邸宅も、昨今はひっそりとしているらしい。いま到着したのはハンデラ・ルベンヘッテの馬車。今夜もどこかで自派の貴族たちを集めて結束を確かめていたのではないか。
だが馬車を降りた時点で、ハンデラ・ルベンヘッテは不機嫌だった。思い通りに事が運ばなかったのかも知れない。それが帰宅してさらに怒りの火に油が注がれた。
「どういうつもりだ! 何故誰も迎えに出てこない! まったく馬鹿にしおって!」
護衛の騎士を二人従え、怒鳴りながら邸内に足を踏み入れた後、ようやくその異変に気が付いたようだ。何とも危機意識に欠けた呑気な話である。
邸内にはもう誰もいない。夕方やってきた自動小銃で武装した集団に移動を命じられ、すべての使用人や騎士が屋敷から遠くに追いやられていたからだ。無論、その自動小銃を持った集団の意識をコントロールしたのは私である。
使用人たちを皆殺しにしてもよかったのだが、「自動小銃を持った連中に脅された」という事実を広めてくれる人間は多いに越したことはない。それでこそカリアナ・レンバルトの犯行であるとの主張に説得力を持たせられる。
結果、血の匂いも火薬の匂いもさせぬままもぬけの殻となった竜牙堂を歩き回るハンデラ・ルベンヘッテたちは、最深部にある執務室にまでたどりついた。
そこで出迎えるのは煌々と灯ったランタンの明かり。
そしてこの邸宅の主が座るべき椅子に身をゆだねる私の姿。
「貴様……ボイディア・カンドラス。何故ここに!」
愕然とするハンデラ・ルベンヘッテ。琥珀色の酒の入ったグラスを揺らしながら、立ち上がりもせず私は言った。
「ハンデラ卿、あなたには随分とお世話になりました。これまでのご厚意感謝いたします。私としてもこのギルミアス帝国におけるあなたの功績は高く評価しています。しかし」
手を離せば、グラスは床へと落ちる。
「あなたはもう必要のない人間だ。退場していただく」
「ボイディア! 貴様裏切る気か!」
「裏切った訳ではありませんよ。あなたは最初から私の切り捨てるべき手駒でしかなかった。いつ切ればもっとも効果的か、問題はそこにしかなかったのです」
「此奴を斬れ! 斬って捨て……」
護衛の騎士にそう言いかけたハンデラ・ルベンヘッテの視界の隅に、果たして背後から走り寄るレンズとガライの姿が映ったであろうか。
稲妻の速度で走る剣と、鉄をも砕く魔獣の一撃に、護衛の騎士二人は一瞬で沈黙した。悲鳴を上げてドタドタと逃げ去るルベンヘッテに、もはや大貴族の面影はない。私は自動小銃を手に立ち上がった。
レンズはちょっと不満顔だ。
「本当なら、うちがぶっ殺す役目だったはずだぜ」
「状況が変化したからな。悪く思うな」
微笑みを向けると、私は自動小銃を手にルベンヘッテの後を追った。後は玄関から出た辺りで射殺し、その骸を世間にさらせば、私の小さな作品は完結する。
名画や彫刻が壁面を埋め尽くすまっすぐな長い廊下は、死刑台へと続く道。帝国を裏から支配せんと欲した巨魁の最後の花道、盛大に送ってやるとしよう。
ハンデラ・ルベンヘッテの足が竜牙堂の玄関へと達した。あの背中が入口の門に至る手前で銃弾を浴びせるのが理想的だろう。私は自動小銃を構え、トリガーに指をかけた。だが。
「何だ」
玄関の向こう側が明るい。輝きはどんどん強くなってくる。いったい何だあの光は。私は足を速め、立ち尽くすルベンヘッテに続いて玄関より建物の外に出た。
炎。炎炎炎炎。居並ぶ無数の松明の向こうから、よく知る声が響いてくる。
「ギルミアス帝国貴族院議員の皆様、どうぞご照覧くださいませ! 彼こそが昨今巷を騒がす一連の事件の真犯人、ボイディア・カンドラス男爵その人でございます!」
数十の夜戦用の松明をかざす兵たちの向こう側には、自動小銃で武装した銃兵に護られた貴族院議員たちの姿がある。その並びの中央にはイエミールを伴ったサリーナリー帝の姿、そして隣にカリアナ・レンバルトが、ルン・ジラルドが、そのさらに隣で声を張り上げているのは、タクミ・カワヤだ。
なるほど、そういうことか。何のことはない、私が練ったルベンヘッテの襲撃策を逆手に取って、ルン・ジラルドが行ったすべての罪を私になすりつけたのだ。無論それは事実ではないと否定するのは可能だ、理屈の上では。だがこの状況で誰が信じる。この狡猾さ、まさに悪魔的な頭脳と言える。
這う這うの体で松明の向こう側に逃れたルベンヘッテを見下ろして、揺れる松明の光の中、タクミ・カワヤは口元を釣り上げた。
やはり殺すしかない。猶予など与えてはならない。
しかし私が額の中央に思念を集中したとき、タクミ・カワヤはまた大きな声を上げた。
「フェルンワルド女王との盟約に基づき、タクミ・カワヤが命ずる! 出でよヒルサル兄弟!」
そのとき私の目の前に出現したのは。
人間の三倍は身長があろうかという二人の巨人。共に巨大な鉄の棒を持つ、額に一本角を生やした青い巨人と、二本角の赤い巨人。何だ、この怪物は。
唖然とする私の視界の隅で、タクミ・カワヤが叫んだ。
「打ち砕け!」
二本の鉄棒が真上から叩きつけられる。かわす暇などありはしない。私は念動力で壁を作り受け止めたが、足下には放射状の亀裂が走った。何という破壊力。これはいったい。
タクミ・カワヤが動揺する貴族たちに向かって両手を振る。
「ご安心くださりませ、皆々様! これは幻術! この占い師による一世一代の大幻術にございます!」
幻術だと? そんな訳があるか。この頭上から押し付けられるプレッシャーは本物だ。震える膝や地面にめり込む足首までが幻だとでも言うのか、馬鹿な!
だが形勢を逆転するチャンスはまだ残っている。私は歯を食いしばりながらレンズに命じた。
「タクミ・カワヤを斬れ!」
今度タクミ・カワヤに会ったときには即座に殺さねばなるまい。やはりアレは危険だ。私にとってはルン・ジラルドよりも。しかしいますぐタクミ・カワヤを殺しに行くのは、さすがに短絡的に過ぎる。相手は罠を張って待ち構えているだろう、自暴自棄になるのはまだ早い。それより先になすべきことがあるのだ。
私とレンズ、そしてガライ――レンズはギンガオーだと言い張るが――の三人はいま帝国の首都ギルマに潜伏している。狙うのは皇帝、ではない。カリアナ・レンバルトでもない。いま討つべきは、ハンデラ・ルベンヘッテだ。
ルベンヘッテを抹殺し、罪をカリアナ・レンバルトに着せる。そのために自動小銃も手に入れた。上手く運べば帝国内の最大権力者と皇帝の守護者が同時にいなくなる。権力の空白が生む混乱が私の新たな足場を築くはずだ。
もっけの幸い、と言っていいのか、いま巷ではルベンヘッテ一派の誅殺が立て続けに起こっている。おそらく実行しているのはルン・ジラルドに違いない。ならば本丸であるルベンヘッテ本人が自動小銃によって殺害されても、違和感を持つ者は多くないはずだ。カリアナ・レンバルトを確実に葬れるかどうかは賭けだが、事態が都合よく転ぶ蓋然性も低くはないだろう。試してみる価値はある。
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「坊や、可愛い私の坊や。いい子、いい子ね」
母さん。
「近寄らないで! 化け物! おまえなんか、おまえなんか!」
母さん。
「あの一家を皆殺しになさい。一人残らず、全員です」
母さん。
「いい子ね。元締めの言うことをよく聞いて、何でもするのですよ」
母さん。
母さんは、ボクを愛しているの? それとも。
「おーい、ギンガオー」
目を開けたボクの顔のすぐ近くで、あの笑顔が輝いていた。
「そろそろ起きろよ。出かけるぞ」
ねえ母さん。母さんはもしも僕が。
「ギンガオー、手伝えよ」
僕が、誰かを……。
◇ ◇ ◇
首都ギルマにあるルベンヘッテの本邸、竜牙堂。あれほど毎夜のように舞踏会が開催されていたこの要塞の如き邸宅も、昨今はひっそりとしているらしい。いま到着したのはハンデラ・ルベンヘッテの馬車。今夜もどこかで自派の貴族たちを集めて結束を確かめていたのではないか。
だが馬車を降りた時点で、ハンデラ・ルベンヘッテは不機嫌だった。思い通りに事が運ばなかったのかも知れない。それが帰宅してさらに怒りの火に油が注がれた。
「どういうつもりだ! 何故誰も迎えに出てこない! まったく馬鹿にしおって!」
護衛の騎士を二人従え、怒鳴りながら邸内に足を踏み入れた後、ようやくその異変に気が付いたようだ。何とも危機意識に欠けた呑気な話である。
邸内にはもう誰もいない。夕方やってきた自動小銃で武装した集団に移動を命じられ、すべての使用人や騎士が屋敷から遠くに追いやられていたからだ。無論、その自動小銃を持った集団の意識をコントロールしたのは私である。
使用人たちを皆殺しにしてもよかったのだが、「自動小銃を持った連中に脅された」という事実を広めてくれる人間は多いに越したことはない。それでこそカリアナ・レンバルトの犯行であるとの主張に説得力を持たせられる。
結果、血の匂いも火薬の匂いもさせぬままもぬけの殻となった竜牙堂を歩き回るハンデラ・ルベンヘッテたちは、最深部にある執務室にまでたどりついた。
そこで出迎えるのは煌々と灯ったランタンの明かり。
そしてこの邸宅の主が座るべき椅子に身をゆだねる私の姿。
「貴様……ボイディア・カンドラス。何故ここに!」
愕然とするハンデラ・ルベンヘッテ。琥珀色の酒の入ったグラスを揺らしながら、立ち上がりもせず私は言った。
「ハンデラ卿、あなたには随分とお世話になりました。これまでのご厚意感謝いたします。私としてもこのギルミアス帝国におけるあなたの功績は高く評価しています。しかし」
手を離せば、グラスは床へと落ちる。
「あなたはもう必要のない人間だ。退場していただく」
「ボイディア! 貴様裏切る気か!」
「裏切った訳ではありませんよ。あなたは最初から私の切り捨てるべき手駒でしかなかった。いつ切ればもっとも効果的か、問題はそこにしかなかったのです」
「此奴を斬れ! 斬って捨て……」
護衛の騎士にそう言いかけたハンデラ・ルベンヘッテの視界の隅に、果たして背後から走り寄るレンズとガライの姿が映ったであろうか。
稲妻の速度で走る剣と、鉄をも砕く魔獣の一撃に、護衛の騎士二人は一瞬で沈黙した。悲鳴を上げてドタドタと逃げ去るルベンヘッテに、もはや大貴族の面影はない。私は自動小銃を手に立ち上がった。
レンズはちょっと不満顔だ。
「本当なら、うちがぶっ殺す役目だったはずだぜ」
「状況が変化したからな。悪く思うな」
微笑みを向けると、私は自動小銃を手にルベンヘッテの後を追った。後は玄関から出た辺りで射殺し、その骸を世間にさらせば、私の小さな作品は完結する。
名画や彫刻が壁面を埋め尽くすまっすぐな長い廊下は、死刑台へと続く道。帝国を裏から支配せんと欲した巨魁の最後の花道、盛大に送ってやるとしよう。
ハンデラ・ルベンヘッテの足が竜牙堂の玄関へと達した。あの背中が入口の門に至る手前で銃弾を浴びせるのが理想的だろう。私は自動小銃を構え、トリガーに指をかけた。だが。
「何だ」
玄関の向こう側が明るい。輝きはどんどん強くなってくる。いったい何だあの光は。私は足を速め、立ち尽くすルベンヘッテに続いて玄関より建物の外に出た。
炎。炎炎炎炎。居並ぶ無数の松明の向こうから、よく知る声が響いてくる。
「ギルミアス帝国貴族院議員の皆様、どうぞご照覧くださいませ! 彼こそが昨今巷を騒がす一連の事件の真犯人、ボイディア・カンドラス男爵その人でございます!」
数十の夜戦用の松明をかざす兵たちの向こう側には、自動小銃で武装した銃兵に護られた貴族院議員たちの姿がある。その並びの中央にはイエミールを伴ったサリーナリー帝の姿、そして隣にカリアナ・レンバルトが、ルン・ジラルドが、そのさらに隣で声を張り上げているのは、タクミ・カワヤだ。
なるほど、そういうことか。何のことはない、私が練ったルベンヘッテの襲撃策を逆手に取って、ルン・ジラルドが行ったすべての罪を私になすりつけたのだ。無論それは事実ではないと否定するのは可能だ、理屈の上では。だがこの状況で誰が信じる。この狡猾さ、まさに悪魔的な頭脳と言える。
這う這うの体で松明の向こう側に逃れたルベンヘッテを見下ろして、揺れる松明の光の中、タクミ・カワヤは口元を釣り上げた。
やはり殺すしかない。猶予など与えてはならない。
しかし私が額の中央に思念を集中したとき、タクミ・カワヤはまた大きな声を上げた。
「フェルンワルド女王との盟約に基づき、タクミ・カワヤが命ずる! 出でよヒルサル兄弟!」
そのとき私の目の前に出現したのは。
人間の三倍は身長があろうかという二人の巨人。共に巨大な鉄の棒を持つ、額に一本角を生やした青い巨人と、二本角の赤い巨人。何だ、この怪物は。
唖然とする私の視界の隅で、タクミ・カワヤが叫んだ。
「打ち砕け!」
二本の鉄棒が真上から叩きつけられる。かわす暇などありはしない。私は念動力で壁を作り受け止めたが、足下には放射状の亀裂が走った。何という破壊力。これはいったい。
タクミ・カワヤが動揺する貴族たちに向かって両手を振る。
「ご安心くださりませ、皆々様! これは幻術! この占い師による一世一代の大幻術にございます!」
幻術だと? そんな訳があるか。この頭上から押し付けられるプレッシャーは本物だ。震える膝や地面にめり込む足首までが幻だとでも言うのか、馬鹿な!
だが形勢を逆転するチャンスはまだ残っている。私は歯を食いしばりながらレンズに命じた。
「タクミ・カワヤを斬れ!」
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