案山子の帝王

柚緒駆

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6 案山子の帝王

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 ヘリポートの真ん中には、ジュピトルたちが乗ってきたヘリがある。その隣に人影があった。照明の中に浮かぶその姿は、ただ異様であった。

 頭には汚れたターバンを巻き、顔は布で覆い、かろうじて左目だけが見えている。体はボロボロのマントで包み、左手に杖をついている。脚は右脚一本。左脚は見えない。

――何故おまえがここに

 イ=ルグ=ルは動揺して見えた。

「ここに居る事が確実なら、入り込む手段はいくらでもある」

 ややかすれたその声は、どうやら男であるらしい。

 ズマとジンライが神人から離れた。そしてターバンの男の前に立つと、護るように身構えた。

「兄者、こいつ結構強えぞ」

 ズマが言った。

「そうか」

 男は答えた。

「済まぬ、正直を申せば、手の打ちようがない」

 ジンライが言った。

「気にするな」男は答えた。「経験値稼ぎには、ちょうどいい」

 男は杖を前に出し、右足を一歩前に進ませた。

「ジュピトル・ジュピトリス」

 男は視線を動かさずに言った。

「伝言は聞いたな」

 ジュピトルは思い出した。


 自分の命は自分で守れ


「守れたか」

 男の言葉に、ジュピトルは沈黙するしかなかった。

「そうだ、いまのおまえは自分の命すら守れない。誰も何も守ることができない、ただのクズだ。だから偽物の神にすら後れを取る」
「偽物?」

 男はまた一歩前に出た。

「イ=ルグ=ルが何故街を破壊しなかったと思う。たとえ夢の断片であったとしても、これだけの力があるのなら、すべて破壊し尽くしてもいいはずだ。だがそうはしなかった。何故だ」

 ズマとジンライも合わせて前進する。これに対して、黄金の神人は一歩下がった。

「結局のところ、覚醒していないイ=ルグ=ルの精神では、複雑な情報処理が出来ないのだろう」
「複雑な処理……まさか」ジュピトルは、はっと神人を見上げた。「夢の断片って、そういう事なのか」

「黄金の神人は何故誰も殺さない。何故何も破壊しない」

 男はまた一歩前に出た。神人はまた一歩後退した。

「このイ=ルグ=ルは夢が実体化した存在じゃない」

 これはジュピトルの言葉。

「何じゃと」

 ムサシは声を上げ、ナーガとナーギニーは驚愕する。

「じゃあ、何だって言うのさ」

 ハーキイは困惑している。

 ジュピトルは、ターバンの男を見た。

「彼の言う事が正しいのなら」
「兄者が間違える訳ないだろ」

 ズマは口を尖らせた。ジュピトルはうなずく。

「そうだ。彼は正しい。彼はこう言っているんだ。イ=ルグ=ルの夢が僕らの世界に実体化したのではなく、この世界そのものがイ=ルグ=ルの夢なんだと」

 その言葉の意味を理解出来た者が、この場に何人居ただろう。沈黙こそが解答だった。

「……まさかと思うけど」プロミスが口を開いた。「私たちが夢の登場人物だって事?」
「そういう事だ」

 ターバンの男が答えた。

「そんなはずない。私には今朝からの記憶もずっとあるし、昨日の事だって覚えてる」

 プロミスはジュピトルを見た。ジュピトルは言った。

「ああ、僕らはイ=ルグ=ルに作り出された訳じゃない」
「それじゃ」

「おそらくイ=ルグ=ルは僕らの脳をつないでいる。いや、精神世界をつないでいると言った方がいいのかも知れない。いま僕らが見ているこれは、リンクした輪の中で同時に生じた、一瞬の白昼夢の可能性だってある。まさに神の奇跡だよ」

「何のためにそんな事を」
「テストだ」

 ジュピトルの言葉には、確信があった。

「人間が夢の中で敗北し、絶望したとき、どうなるのか。きっとそれを確認したかった」
「夢で人が殺せるのなら、それに越した事はない」

 ターバンの男はまた一歩前に出た。

「神魔大戦では百万人が発狂した。それはイ=ルグ=ルの能力によるものだ。だが、イ=ルグ=ルから見れば、たった百万人でしかない。何故すべての人類を発狂させる事が出来なかったのか、コイツなりに考えている。その過程で行われたのが、このテストだ」

 ジュピトルには、ターバンの男の目が笑ったかのように思えた。

「それで。何がわかった、イ=ルグ=ル」

 その場に居た者は見た。黄金の神人の顔の部分に、口のような切れ込みが現われたのを。それは笑顔。とてつもなく邪悪な。

――一つわかった

「ほう」

――ジュピトル・ジュピトリス以外にも、我らの脅威はある事が

「そうか」

――デルファイの3J、おまえを脅威と認めよう

 その言葉はハーキイの心臓を刺激した。デルファイの3J。こいつが。こいつがあの話に聞く『五人目の魔人』『案山子の帝王』なのか。

――おまえを我らが敵と知らしめ、怒りと呪いの軍勢を差し向けよう。もうおまえに平穏はない。永劫の恐怖と憎しみが、その身を焼くのだ。このイ=ルグ=ルの脅威となったがために

「確かに俺はおまえの敵だ」3Jと呼ばれた男は言った。「だがおまえは俺の脅威ではない」

 その瞬間、どこかで何かが小さな音を立てて破裂した。イ=ルグ=ルは姿を消した。それだけ。他には何も変わっていない。夜の闇が静かにヘリポートを包んでいる。

「アキレス」

 ジュピトルの呼び出しに、青い髪の青年は即応した。

「お呼びか、主」
「僕はいま眠っていたか」

「確かにいま、脳は睡眠時のパターンを示しておられた」
「どれくらいの時間」

「時間にして三秒」

 なんて三秒だ。ジュピトルは全身から、どっと汗が噴き出すのを感じた。

「セキュリティシステムは」
「順次回復中」

「原因は不明、かな」
「いかにも」

「じゃ、システムをセキュリティセンターに返して」
「了解した」

 ジュピトルは一つ大きな溜息をつくと、3Jと呼ばれた男の方を向いた。イ=ルグ=ルにはまだ謎が多い。知っている事があるなら教えてもらわねばならない。だが、そこには誰も居なかった。三人とも姿を消している。

「あああーっ!」

 突然大きな声を上げたプロミスを見ると、くるくる回って何かを探していた。

「どうした」

 たずねるハーキイにプロミスは涙目で訴えた。

「ボルケーノがない」

 確かに、あのリュックサックがなくなっている。

 ハーキイはしばし考えた。ジュピトルを見て、ムサシを見た。ムサシがニッと笑う。ハーキイは無言で突然プロミスを小脇に抱え上げると、ヘリポートの端にあるハングライダーへと一目散に走り出した。

「あ、こりゃ待たんか!」
「うちのお姫様は、おねむなんだよ!」

 そして片手でハングライダーのバーをつかんで持ち上げると、躊躇する事なく五十階から飛び降りた。そのまま見事な操作でビルの谷間を飛んで行く。

「あーあ、逃げられてしもうた」

 残念そうなムサシに、ジュピトルは「別にいいよ」と言った。

「いや、良くはないじゃろ、テロリストじゃぞ」
「それよりも」

 ジュピトルの真剣な眼差しに、今度はムサシが溜息をついた。

「……デルファイの3Jか」
「知っている事を教えてほしい」

「ジュピトリスの家の者が、デルファイなんぞに関わらん方が良いじゃろうに」
「そうも行かないさ。イ=ルグ=ルが目覚めるのなら、ね」

 そう言われては、話さない訳にも行かない。

「まあ、ワシとて噂しか知らんのじゃがな」

 夜の静けさを背に、ムサシは語り始めた。


「ネプトニス様」

 ジュピトリスの次兄は背後に立ったトライデントに目をやる。

「セキュリティは」
「全域回復致しました」

「よくやった。下がって構わん」
「はい」

 トライデントは煙のように姿を消した。ネプトニスはグラスのワインを飲み干す。パーティは続く。延々と、呪いのように。
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