案山子の帝王

柚緒駆

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30 流星

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 体を切り刻むメス
 麻酔などない

 血を抜かれ
 血を飲まされた

 呪い、祝福、悪魔、奇跡
 生と死、虚像と実像

 揺れ動き
 翻弄され

 理由も目的もなく
 意味も価値もなく

 ただ生きてきた
 ただ生かされてきた

 あの日まで
 金星に邪神が現われたときまで

 ああ、ローラ、ローラ、ローラ
 それでもボクは良かったんだ

 君さえ居れば
 君の笑顔さえあれば

 けれど君はもう居ない
 笑顔も歌声も香りも温もりも

 すべて失われた
 この体内の小さな鼓動だけを残して

 あの男は言った
「おまえは不死のまま死ぬ」

 そうは行くものか
 ボクは必ずや死を手に入れる

 死者として、永遠の時を手に入れるのだ
 ローラ、いつか君と共に


 セキュリティの戦闘班は全員がサイボーグ。しかし出動した十人中、三人が死亡、五人が負傷。アシュラ一人を抑える事が出来なかった。『プロメテウスの火』の死者は二名。六人が行方不明、五人が逮捕された。結局、死んだのは合計で五人だけ。

 グレート・オリンポス上空で、ドラクルはため息をついた。一応五人分の血は回収したが、この巨大な建物が崩落していれば、数百人規模の死者が出ていたはずだ。それを思えば、ほぼ無駄足と言える。

 ドラクルが直接手を下すというやり方もあるのだろうが、3Jが絡むと疲れるばかりで得る物が少ない。いかな夜の王とて、二の足を踏もうというものである。

「今日はもういいかな」

 ドラクルがそうつぶやくと、心の中に「勝手になさい」と少女の声が響く。闇に苦笑を残し、真っ赤なセーターと黄色いマフラーは、姿を消した。


 檻?

 プロミスが目を覚ましたとき、最初に思った事。彼女は大きな鳥籠のような物の中に居た。しかし不思議な材質だ。鉄のような硬さがあり、それでいて痛さも冷たさも感じない。

「目が覚めたかい」

 隣にはハーキイが膝を抱えていた。

「……ここは」

 その問いにハーキイは困ったような顔を浮かべ、アゴで前方をクイッと指し示した。その方向には。

 椅子に座る少女。黒いフリルのドレスを着て、頭に大きなリボンをつけた、ピンクの髪の。見るからに可憐だが、そのあからさまに不満げな、こちらを見下す表情が、すべてをぶち壊している。

 少女はプロミスの背後に視線をやった。

「ケガはしてないみたいだぞ」
「そのようだな」

 背後から聞こえる、抑揚のない声。振り返ると、ターバンとマントで身を包んだ、一本足の男が椅子に腰掛けていた。少女は言う。

「面倒臭いから、もう片付けていいか」
「おまえがいいのなら、俺は構わん」

 その言葉が聞こえるやいなや、プロミスを取り囲む鳥籠は溶けて上に流れ、一本の紐状となったかと思うと、少女のドレスの中に吸い込まれた。

 唖然とするプロミスに、いつの間に隣に立っていたのか、燕尾服を着た老人が、固く絞った温かい濡れタオルを手渡す。

「どうぞ、お使いください」
「ここは、いったい」

 受け取りながら問うプロミスに、老人は笑顔で答えた。

「ここはデルファイの聖域サンクチュアリ、リキキマ様の迷宮ラビリンスでございます」

 一瞬呆気に取られ、そしてプロミスの目は見開かれる。

「デルファイ……! そんな!」
「そんな馬鹿な? それともそんな酷い、か?」

 少女、魔人リキキマは面倒臭そうに言う。

「まあどっちにせよ、おまえらが二度と外の世界に出られないのは決定事項だ。あきらめろ」

 そんなリキキマを横目に見ながら、ハーキイは考えていた。ここから逃げるにはどうしたらいい。武器はない。だが自分の腕力がある。この少女が魔人リキキマなら、さすがに太刀打ち出来ないだろうが、3Jならどうだ。幸いここにはジンライもズマも姿が見えない。3J一人なら人質にするくらいは。ハーキイの目が3Jを一瞬見つめた。

「やめておけ」

 すべてを見通しているかのように、3Jはつぶやいた。

「この部屋の中では、おまえたちの常識は通じない」
「何だ、3Jを人質にでもするつもりか。面白いじゃねえか、やってみろ」

 リキキマは、けしかけるように言う。

「お嬢様、それは少々無責任に過ぎるのではございませんか」

 老執事が苦言を呈する。と、そのとき。ハーキイは電光石火の速度で立ち上がった。そして執事の首に手を回す。

「動くな! こいつの首をへし折るよ!」

 しかし、リキキマはニヤニヤ笑っている。3Jからは、ため息が漏れた。

「常識は通じんと言ったはずだ」

 執事は静かにハーキイの腕に片手をかける。

「お客様」

 ハーキイの豪腕が悲鳴を上げた。握る執事の指が食い込んでいるのだ。

「大変に申し訳ございませんが、私めにも仕事がございますので、お相手を致す事はご勘弁願います」

 老執事は、まるで肩の埃でも払うかのように楽々とハーキイの腕を外すと、壊れ物を扱うかの如く丁寧に放した。ハーキイは腕を押さえてしゃがみ込んでしまう。

「何だよ、この程度でショック受けるのかよ。そんなんじゃ聖域で生きてけねえぞ」

 リキキマの言葉にハーキイは絶望的な顔を上げる。魔人は困ったように頭を抱えた。

「おい3J、どうすんだこいつら」
「おまえに任せる」

「はあ? 任せるって、どういうこったよ」
「聖域はおまえの支配領域だ。煮て食おうと焼いて食おうと、好きにすればいい。俺は口出しをするつもりはない」

「わざわざここまで連れて来て、それはねえだろ」
「外の世界で死なれては困る。だからここに連れてきた。後の事はおまえの領分だ。自由にしろ」

 リキキマは困惑した顔で3Jをにらみつける。

「おめえは本当にイヤな野郎だな」
「そうか」

 3Jはそう言って、しばし何かを考えると、こう付け加えた。

「『銀貨一枚』のマダムに頼んでもらえると助かる」

 その一言に、どっと疲れたという顔でリキキマはため息をついた。

「おめえは本当にどうしようもねえなあ」
「そうか」

「そうだよ。おいハイム」

 リキキマは老執事に命じた。

「こいつらを『銀貨一枚』に連れて行ってやれ。何かあったら3Jが責任取るって言ってな」
「かしこまりました」

 ハイムは一礼すると、プロミスとハーキイの二人を促した。

「では、早速参りましょうか」

 二人は顔を見合わせた。しかし、反抗も抵抗も出来る様子はない。いまは黙って従うしかないだろう。


「我が神にして我が主、そして我が夫たるイ=ルグ=ルよ」

 白い髪の少女、ヴェヌは祈る。闇の中で目を閉じて祈る。

「感じます。あなたの力が満ちるのを。目覚めの刻が近付いているのを。もっと血をお望みですね。すぐに次の策を講じましょう」

 だがその目が見開かれた。暗闇の中で顔を上げる。そこによぎる不安。

「いかがなされました」

 ヴェヌは感じていた。暗黒の波動の揺らぎを。動揺している。イ=ルグ=ルが震えている。

「どうなさったのです、わが主よ。いったい何が……」

 その脳裏によぎった言葉。ヴェヌは困惑の表情を浮かべた。

「口、ですか」


 星が流れた。それは一瞬の輝きを放ち……いや、その輝きは消えなかった。流星ではない、火球か。だが、『それ』は成層圏を突破し、地上へと到達、エリア・エージャンにほど近い荒野の真ん中に、小規模なクレーターを作ってようやく停止した。

 オゾン臭が立ちこめる穴の中心部、何かが動く。闇を見通す視力があれば、驚愕したかも知れない。そこに立っていたのは子供。五、六歳の、おかっぱ頭の全裸の子供。それ以外に外見的特徴を探すなら、やや口が大きいという事くらいか。

 その口が、つぶやいた。

「ここが、地球か」


 デルファイの聖域。繁華街の外れに、その店はあった。バー『銀貨一枚』。今夜も酒を求めて常連客がやって来る。

「あら、いらっしゃい」

 皆が『マダム』と呼ぶ女主人は、豊満な肉体のラインを隠すどころか強調する、薄手のドレスに長い髪、大粒の真珠のネックレス、手の指には大きな宝石の指輪をいくつもはめ、派手な化粧に香水を振りまいて、そしていつものようにヘビを思わせる目で客を迎えた。

 しかし今夜は様子が違う。マダムの様子はいつも通りだが、店の空気が少し違う。何故ならカウンターの中に、若い女が二人立っているからだ。戸惑う客に、マダムは笑う。

「ああこの子たち? 今日からここで働く事になったの。よろしくね。あ、でもいじめちゃダメ。ナンパもダメ。リキキマ様と3Jの肝いりだから。殺されちゃうわよ」

 岩のような巨体をした、全身入れ墨だらけ生傷だらけのサイボーグや強化人間たちが、マダムの笑い声に顔を引きつらせる。それを見ながらプロミスとハーキイは痛感した。とんでもない場所に連れて来られてしまったと。
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