案山子の帝王

柚緒駆

文字の大きさ
46 / 132

46 殺意の理由

しおりを挟む
 グレート・オリンポスの最上階は三百三階。そこから上のペントハウスは、総帥ウラノスのプライベートスペースである。階段は通じていない。三百三階の奥にある、特別保安区域から直通のエレベーターに乗らねばならないのだ。

 この特別保安区域に入るには、ウラノスの個人的承認が要る。別電源・別システムで稼働しているため、建物の全セキュリティシステムが解除されても、ここには入れない。しかしオーシャン・ターンには関係がなかった。入れないなら、無理矢理入るだけだ。

 だが、オーシャンたちは特別保安区域に入れないでいた。いや、それ以前に階段から三百三階のフロアに入れない。警備ドローンが居るために。

 もちろん、警備ドローン一体一体など物の数ではない。武装と言えば軽機関銃程度の内蔵銃と、スタンガンと催涙ガス。アシュラのスピードにはついて来れない機動力に、ライフル弾で貫通する装甲。そんな物が二体や三体あったところで、たいした脅威とは言えない。だがそれが数十体で廊下を埋め尽くしていれば、これはいささか厄介だ。

 おそらくジュピトル・ジュピトリスの仕業だろう。館内の使える警備ドローンを、すべてこのフロアに集結させたに違いない。軽機関銃でもマトモに当たれば人は死ぬ。スタンガンも催涙ガスも、この数が一斉に使えば相当な力となる。アシュラのスピードがあっても、すべてをかわせるとは限らない。真正面から突っ込むのは、ただの間抜けだ。

「ねえ」

 東洋人の女、ミミは腹立たしげにたずねた。

「こんな単純な戦法に手こずる訳え?」

 オーシャンは気を悪くした顔も見せずに、こう言った。

「地雷という兵器を知っているか」
「知ってるわよお、地雷くらい」

「戦争の勝敗とは、いかに単純な戦法を、どれだけ効果的に運用できるかで決まる。知謀の限りを尽くした計略など、運任せの博打に過ぎない。人間心理の裏をついた高度な作戦を電撃的に実行したところで、そこに地雷が一つ埋まっているだけで失敗するかも知れない。確実に爆発する一つの地雷は、百人の軍師に勝るのだ」

「……つまりい、どうしようもないって事お?」

 いまひとつ理解出来ないミミに、オーシャンはニヤリと笑った。

「それがそうでもない」

 そしてナイトウォーカーを見る。

「廊下の突き当たりにガラス窓がある。探知されずに破れるか」
「可能だ」

 ナイトウォーカーはうなずき、その身を闇に溶かした。廊下には照明が点いているが、床にはドローンたちの影がある。その影から影に移動すると、ナイトウォーカーは廊下の突き当たりに到達、強化ガラスの窓を拳の一撃で破った。廊下に風が吹き荒れる。

 ナイトウォーカーが戻ってくると、オーシャンはベストに引っかけてあった手榴弾を三つ手にした。

「これを投げたら非常扉を閉めろ。いいな」

 仲間の返事を待つ事なく、三つの手榴弾のピンを同時に抜き、三秒空けずにすぐ投げ入れた。非常扉が閉じられる。

「扉を押さえろ!」

 全員で扉を押さえると、中で轟《とどろ》く爆発音。扉を叩く衝撃。数秒待って、扉を開けると、廊下には数体の警備ドローンが倒れているのみ。他は爆風の圧力で、窓の外に飛び出してしまったようだ。

「行くぞ」

 先頭を切って進むオーシャンに、ミミは瞳を輝かせる。

「いやーん、カッコイイ」

 それを見てジージョがため息をついた。

「おいおい、ヴェヌを怒らせるんじゃねえぞ」
「うっさいガキ」

 ミミは、べーっと舌を出した。


 三百三階の奥、特別保安区域の入り口は、鋼鉄製の扉に守られていた。手榴弾くらいではビクともしそうにない。だが、オーシャンたちに問題はまったくなかった。彼らには『壁抜け』ジージョが居るからである。

 サスペンダーで半ズボンを吊る太っちょの男の子は、鋼鉄の扉などに臆する事はない。

「ほんじゃ、抜けるよ」

 と、まるでカーテンをくぐるかのように、簡単に扉の中に潜って行く。そして一度全身を潜らせてから、右手だけをこちら側に見せた。その手をアシュラがつかみ、その後ナイトウォーカー、ミミ、オーシャンの順に手をつないだ。そして四人は、一気に鋼鉄の扉を通り抜ける。


 エレベーターでペントハウスに上がった五人を待ち受けていたのは、静寂。物音一つしない、ほんのり明るい空間。

「……待ち伏せをしているかと思ったのだが」

 ナイトウォーカーは不審げに周囲を見回す。オーシャンは平然と進む。

「待ち伏せるなら、ここではない。背後からの攻撃を考慮しなくて済む、一番奥だ」
「わっかんねえなあ」

 それはジージョのつぶやき。オーシャンは振り返らずにたずねた。

「何がわからない」
「だってアイツら、攻撃衛星持ってんじゃん。直接攻撃して来りゃいいのに」

 ミミが笑う。

「へえ、アンタ攻撃されたいんだあ。変態ね」
「そういう意味じゃねえし」

「ジュピトル・ジュピトリスは、我々をレーザーで蒸発させたりはしない」

 オーシャンは淡々と話す。

「それどころか、あれは我々を殺そうとすらしないだろう。だからこそ、脅威なのだ」

 しかしジージョは納得しない。

「それもよくわかんねえ。結局、ちょっと頭がいいだけの根性なしだろ? 何が脅威なのさ」

 オーシャンは小さく口元を歪める。

「問題が起きたときに、相手を殺さず解決しようとする場合、必要な物は何かわかるか」
「何って……法律とか?」

「そう、ルールだ。ルールがあれば、理屈の上では人を殺さなくても問題が解決出来る。だがそのルールが機能するには、前提条件が必要だ。わかるか」
「うう……そういうの、わかんねえ」

 ジージョは頭をグシャグシャとかき回した。オーシャンは続ける。

「簡単な話だ。人間がルールを守る事が前提になる。人間はルールを守れるものだ、そういう前提が成り立たなければ、法律も契約も条約も存在意義を失う。だが現実にはどうだ。人間はルールを完璧に守れているか。いや、守れていない。人はルールを守れないのだ」

 オーシャンの言葉に怒気が含まれたように思えた。

「ならばどうする。人がルールを守る社会を作るためには何が必要だ。そこで二つの道が考え出された。一つは人間よりも公正で強大な力の存在によって、進むべき道から外れないように矯正する方法」

 ナイトウォーカーがつぶやく。

「それが神、か」

 オーシャンは小さくうなずく。

「そしてもう一つが、人間を変質させ、ルールを守る存在へと作り替える方法。それをかつて担っていたのが教育だ。しかし人は気付いてしまった。教育には限界がある事に。そこでこう考えるようになった。生まれた後に教育出来ないのなら、生まれる前にルールを守る存在として完成させられないだろうか、と」

「Dの民」

 ミミの言葉に、オーシャンはまたうなずく。

「Dの民が生まれた直接的な原因は神魔大戦だ。だがそこに至るまでの間に、そういう考え方があったのは間違いない。そしてその方法論の究極的な解答が、ジュピトル・ジュピトリスであると言える。すなわち、常にルールを守り品行方正、巨大な権力を与えても間違った使い方をしない、しようともしない。そんな人間が創り出せる技術力を人類は手に入れたのだという主張を証明する……象徴的なアイコンなのだ!」

 激情を面に表わし、廊下の壁を殴りつけるオーシャンに、他の四人は息を呑んだ。

「ヤツが、ジュピトル・ジュピトリスが生きている限り、人間はジュピトルのようにあらねばならないという妄想が世を支配する。神の領域に土足で踏み込み、遺伝子を改造する事こそが人類の幸福であると喧伝する者たちが人々の上に立つ。遺伝子改造を受けていない、多くの人々を虐げながら」

 オーシャンは一つため息をついた。

「……人類がみなジュピトル・ジュピトリスにはなれない。ジュピトルよりも優れた知能は創り出せるかも知れない。だが、いまのジュピトルがあるのは、ただの偶然だ。結果的にそうなったに過ぎない。なのに人は成功体験にすがろうとする。必ず第二、第三のジュピトルが創り出せると信じ込み、そこにこそ価値があると主張するのだ。ヤツが生きている限り」

 そしてオーシャンは振り返ると、小さく笑った。

「ジュピトル・ジュピトリスは善良な存在だ。だからこそ危険なのだ。殺さねばならない」


 ペントハウスの一番奥、ウラノスの寝室にジュピトルは居た。

「申し訳ありません、お祖父様」
「おまえが謝る事ではない」

 ベッドに横たわるウラノスには、動揺はないように見える。この寝室はシェルターになっており、仮に万が一、グレート・オリンポスが崩壊しても、この寝室だけは潰れない――中に居る人間がどうなるかは別として――構造となっていた。立てこもるには最適な場所だ。

「ナーギニー、いまどうなってる」

 ジュピトルの声に、千里眼を持つ褐色の肌の少女は、緊張した面持ちを見せた。

「まっすぐこちらに近付いています。もう五分とかからないかも」

 双子の兄は悔しそうに歯を食いしばる。

「すみません、我らにもう少し力があれば」
「それこそ、君が謝る事じゃないよ」

 ジュピトルは微笑むと、床でストレッチをする老人へ目を向けた。

「頼むね、ムサシ」
「さあ、頼まれても今回ばかりはどうなるか」

「難しそう?」
「とりあえず、あの戦闘用サイボーグだけでイロイロお釣りが来る。捕まえるなんて事は、まず無理じゃ。殺す覚悟はせねばならんぞ」

「でも」

 顔を曇らせるジュピトルにムサシは言う。

「おまえさんに覚悟がなければ、『血の日曜日』の二の舞じゃよ。ナーガもナーギニーも無駄死にする。それをあえて選ぶというのなら、もう仕方ないが」

「……僕はやっぱり、間抜けで迂闊なんだろうか」
「3Jならそう言うじゃろう。現段階ではな」

 そう言って歯を見せると、「さてと」と立ち上がった。

「それでは派手にぶちかますかのう」

 だがそこに、ナーギニーの声が。

「待ってください」
「どうした?」

 一同の目がナーギニーに集まる。

「……何か変な感じになってます」
「変な感じ?」

 いまこの状況でなり得る、変な感じってどんな感じだろう。そんな間抜けな事をジュピトルは考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...