案山子の帝王

柚緒駆

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47 思わぬ援軍

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 ペントハウスの廊下は入り組んで迷路のようだ。だがその歩数や角度をオーシャンは脳に刻んでいる。彼の頭の中には正確な地図が描かれていた。廊下は左右に何度も折れ曲がり、網の目のように交差しながら、外周をグルリと大回りに走っている。しかし、間もなく中心に到着するはずだ。

 おそらく相手は立てこもるだろうが、ジージョが壁を抜けてアシュラとナイトウォーカーを中に放り込む。自分とミミは逃げ出したネズミを始末すれば良い。オーシャンはそう考えていた。

 もちろん、ギリギリまで追い詰められたジュピトル・ジュピトリスが、戦闘衛星を使う可能性はある。そうなればこちらも無傷とは行くまい。それでも、最終的にはジュピトルの首さえ上げればこちらの勝ちだ。そのために自分が死んでも問題はない。残った雑魚は遺志を継ぐ誰かに任せても構わない。ジュピトルさえ確実に始末できれば。それだけがオーシャンの望み。

 燃え上がる狂信と妄執、そして氷のように冷徹な意思。オーシャン・ターンとはそういう男だった。

 その足が止まった。

 目的地に着いた訳ではない。その手前で止まらざるを得なかった。不意に目の前に現われた人影のために。

 本当に不意に、音もなく突然に、その男は廊下の真ん中に現われた。左腕のないワイシャツにスラックス姿で白い息を吐く、青白い顔。

 オーシャンがトリガーを引くより先に、ナイトウォーカーが驚きの声を上げた。

「ドラクル!」

 ジージョも唖然とする。

「マジか」

 ミミは目を丸くした。

「本当にドラクルなの?」

 満面の笑みをたたえた夜の王は、静かにうなずいた。

「やあ、元気そうじゃないか、君たち」

 そして右腕を開いてみせた。

「見てくれよ、酷い格好だろ? こういう地味なのは似合わないんだけど」
「知り合いか」

 オーシャンの感情を押し殺したかのような問いに、ナイトウォーカーは困惑した顔を見せた。

「ああ、だが、これはいったいどういう事なのか」

 ジージョは疑問を素直に口に出した。

「アンタ、死んだんじゃなかったのか」
「そうよお、死んだってビッグボスが」

 ミミの表情は、驚きから恐怖に変わりつつある。ドラクルは首をかしげた。

「死ぬだって? このボクが?」

 そしてニッと歯を剥いた。

「どうやって?」

 ナイトウォーカーは一歩前に出る。

「用件を聞こう、ドラクル。私たちはいま急いでいる。そこを退いてもらいたい」

 するとドラクルは小さくため息をついた。

「君もあいかわらず真面目だねえ。それは長所でも短所でもあるのだけれど」
「ドラクル」

「用件は別にないよ。ボク自身の用件はね。ただ、言われたお使いをしなきゃならない」
「お使いだと。誰かの下で働いているのか」

「その言い方は不愉快だな。ボクは誰の下にもつかないよ。だってボクは夜の王だから。ただ、一宿一飯の恩義がある……いや、違うな」

 ドラクルは眉を寄せて口元に右手をやった。

「一宿一飯の恩義があるのは、リキキマに対してだ。アイツには何の恩義もない。ないどころか、酷い目に遭わされてるじゃないか。じゃあ、何でボクはここに居るんだ? んー?」

 小首をかしげたまま、冷たい笑顔でドラクルはナイトウォーカーを見つめた。

「……ま、敗北者の宿命ってヤツだな。悪いけど、死んでもらうよ」

 最後まで言葉を聞く事なく、オーシャンは小銃のトリガーを引いた。弾は見事に胸の辺りに集中する。だがオニクイカズラの繊維で織られた生地には穴が空かない。

「結構痛いんだよね、これ」

 ドラクルは笑顔で一歩前に出る。と同時に、アシュラの戦斧が六方向からドラクルに斬りかかった。しかし。ドラクルは、すうっとアシュラの後方に抜けた。まるでアシュラの体の中を通過したかのように。ナイトウォーカーが叫ぶ。

「テレポーターだ! 注意しろ!」
「ええっ、何で」

 ミミが即座に信じられないのも無理はない。彼らの知っているドラクルには、テレポート能力などなかったからだ。

 アシュラの戦斧が背後からドラクルに襲いかかる。だがほんの一瞬姿を消したドラクルは、アシュラの背後に回り込む。耳元でささやく声。

「君、速いね」

 ふっと笑う。

「でも、もっと速いヤツを知ってるんだ」
「ぬああああっ!」

 怒り狂ったアシュラが、暴風の如く六本の腕と戦斧を振り回す。それがオーシャンたちの前進を阻んでいた。ドラクルの姿はすでにない。


 ウラノスの寝室、その真ん中に突然姿を現したドラクルに、ムサシは飛びかからんと身をかがめた。けれど。

「待て!」

 その声に動きを止める。ナーガもナーギニーも、思念攻撃をやめた。ドラクルは小さく笑ってジュピトルを見つめた。

「さすがに賢明だね」
「助けてくれるのか」

 すがるような、哀願するような、あるいは命乞いをするような、そんな響きは一切ない。実に素朴な疑問の言葉だった。

「君は別の意味でイヤなヤツだな」

 そう鼻先で笑って、夜の王は告げた。

「3Jからの伝言だ。『頭を使え、目を開け、腹を括れ』以上、終わり」

 そしてこう付け加えた。

「ついでにボクからの忠告。部屋を明るくするといい。ナイトウォーカーは暗闇に溶けるけど、暗闇に縛られるからね。あと最後に」

 ドラクルは、自分の足下の影に手を突っ込んだ。まるで穴でも空いているかのように、手首までスッポリ入ってしまう。と、何かを引っ張り出した。

 それはチーズのようにダラリと伸びたかと思うと、ゴムのように反動で持ち上がる。さらにはみるみる太くなり、そして見覚えのある形へと変化した。人間の形へ。頭には栗色の髪。大きなブラウンの瞳。首から肩にかけての華奢なラインは子供の頃から変わらない。強化装甲を身につけたその姿に、ジュピトルは息を呑んだ。

「……プロミス」
「援軍として彼女を置いていく。終わったら迎えに来るから、それまで昔話でも何でもするといいよ。ただし、もう人間じゃないからね、気をつけて」

 笑顔でそれだけ言い残すと、ドラクルは姿を消してしまった。

 ジュピトルはしばし言葉を探していた。自分の置かれている状況など忘れてしまったかのように。

「人間じゃないって、どういう」

 どうしてそんな言葉しか思いつかなかったのだろう。ジュピトルは自分の口を呪いたかった。しかしプロミスは、さばさばした顔でジュピトルに向き直る。

「そう、私はもう人間じゃない。闇の眷属。吸血鬼」

 愕然とするジュピトルの前を通り過ぎ、ドアの方へと向かった。

「父さんは私が殺すから安心して。父さんを殺したらデルファイに戻るから、それも安心して」
「そんな、何で君が」

「じゃあ、アンタが殺してくれるの」

 振り返ったその目の冷たさに、ジュピトルはまた言葉を失った。プロミスの目によぎる失望。

「3Jなら、黙って私に殺させてくれる」

 そう言って再びドアに向かう。

「何もできないくせに、優しさなんか見せるな」


 ドラクルはまたオーシャンたちと対峙していた。頭をくしゃくしゃとかき回しながら。

「さあて、どうしたものかな」
「な、なあドラクル。もうやめようぜ」

 ジージョは言う。

「また昔みたいにさ、一緒にやればいいじゃん。別に戦わなくていいじゃん」

 ミミも同意する。

「そうだよお、こっち側につけば良くない?」

 ドラクルは笑顔でうなずいた。

「君たちがビッグボスを殺してくれるんなら、それでもいいよ」
「そんな選択肢はない」

 ナイトウォーカーは小銃を掃射した。狙いはドラクルではない。廊下の照明だ。闇に包まれた空間が生まれる。ナイトウォーカーは闇に姿を溶かした。

「仕方ないなあ」

 ドラクルは走った。アシュラも走る。しかし六つの戦斧はまたテレポートでかわされた。ドラクルの姿が消えた瞬間、オーシャンは振り返って小銃を掃射した。ジージョの背後に現われたドラクルが、その勢いに仰け反る。闇の結晶した細い刃が斬りかかったが、またドラクルは姿を消す。現われたのはアシュラの眼前。ドラクルが右手をアシュラの頭に伸ばすと、二人とも姿を消した。

 直後、オーシャンは即断した。

「進め!」
「そんな、アシュラはどうするの」

 だがミミの抗議に聞く耳など持たない。

「任せておけばいい」

 それだけ言って、オーシャンは走り出した。戦力ダウンは痛いが、四人居ればまだ何とでもなる。ジュピトル・ジュピトリスの能力を過小評価している訳ではない。いかに遺伝子操作されたDの民であろうと、いや、だからこそ、越えられない壁は存在する。ヤツにはどうしても人が殺せないのだ。この戦い、勝利はすでに見えている。

 けれどオーシャンは見落としていた。相手方に、思わぬ援軍が加わっている可能性を。
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