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48 涙
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高度四百キロを西に向かって飛ぶ、白い巨大な直方体。推進出力は三割ほど。修理しながらの飛行では、エンジンにこれ以上の負担をかけられない。自律型空間機動要塞パンドラの管制室で世界中からの情報を浴びながら、3Jは椅子に一人佇んでいた。
「こんなに一度に見て、面白いか」
「面白くはない」
いつの間にやら隣に立っていたケレケレにそう答える。ケレケレは面白そうに3Jの顔をのぞき込んだ。
「不満そうだな」
「満足する理由がない」
「神を撃退したのだぞ。とんでもない快挙ではないか」
「敵を手負いで放逐しただけだ。ヤツらはまた来る」
「また来たら同じようにすればいい。今度は倒せるかも知れないぞ」
「無理だな」
3Jは抑揚のない感情のこもらぬ声で言い切った。
「あの戦い方は一発芸のようなものだ。人間如きには何も出来ない、向こうがそう思い込んでいる、つまりは舐めてかかっている、それ前提の戦法だ。二度は使えない」
「ふむ、つまり次は最初から全力でかかってくると」
「対するこちらは最初から全力だ。手の内はすべて見せた。別の戦力を用意しない限り、次は確実に負ける」
ケレケレは3Jをじーっと見つめた。
「……ちょっと焦ってるか?」
しかしそれには答えず、3Jはこう問う。
「ハルハンガイが回復するまでに、どれくらい時間がある」
「それはわからん。が、何せ本体だからな。そう何年もかかりはしないだろう」
「その前にイ=ルグ=ルを引きずり出して戦いに持ち込みたい」
「だいぶ焦っておるようだな」
何だか楽しげなケレケレを、3Jは横目でにらんだ。
「ヌ=ルマナとハルハンガイは、イ=ルグ=ルに比べれば小さな力だ」
「まあ、『宇宙の口』ケルケルルガ本体に比べたら、全員ゴミのような物だが」
「だが宇宙の目と耳を『装着』したイ=ルグ=ルは、それなりに厄介な存在のはずだ」
3Jの視線に、ケレケレは驚きの表情を返した。
「そんな事まで考えているのか。確かに、あの三体がつながれば面倒な存在にはなるが」
「そして世界は閉じる」
「そうだな。時間と空間を断絶させる事が出来る」
「そうはさせない」
3Jはつぶやいた。
「それをさせないための策と力が必要だ」
策はなんとか考えるしかない。力は四魔人を巻き込むしかない。そして人類をまとめるしかない。『しかない』ばかりだが、そのためにはまずジュピトル・ジュピトリスを世界のアイコンに据えねばならない。テロリスト如きに殺させている場合ではないのだ。
間もなく深夜。満天の星空の下、アシュラは飛んだ。純飛行タイプのサイボーグではないから、長時間は無理だが、数分なら飛び続けていられる。敵は頭上。六本の腕に握った戦斧を嵐のように振り回した。しかしドラクルは、テレポートで軽々とそれをかわす。
「残念だけど、そう長々と君一人の相手をしている訳にも行かなくてね」
「ぬおおおおっ!」
矢のように飛んでくるアシュラに向かって、ドラクルは微笑みをたたえながら右手を振るう。
「……ゴー」
小さな、しかし強いつぶやき。その瞬間、アシュラの頭部の内側から、何本もの氷の棘が突き出した。いかな戦闘用サイボーグとはいえ、頭脳は人間のままだ。それが凍結したのであれば、もはや結果は言うまでもない。なればこそ、ドラクルは一瞬気を緩めてしまった。
まさか加速するとは。
気付いたときにはもう遅い。ドラクルの首は撥ねられてしまった。
他の戦斧はドラクルの腕を断ち脚を断ち、最後に胸を突き刺して心臓をえぐった。バラバラになったドラクルの死体は、闇の底へと落ちて行く。
「いかに不死身の吸血鬼とは言え、首を撥ねられ心臓を破壊されれば終わり」
アシュラの体から聞こえた、その声の主は誰であったか。
オーシャン・ターンの頭の中の地図が指し示している。この廊下を右に曲がった突き当たりが最終目的地であると。角の手前で立ち止まり、オーシャンは確認した。
「ジージョ、ナイトウォーカー、いいな」
二人は壁を抜けて室内に飛び込む役目だ。二人がうなずくのを見て、オーシャンはミミを見た。
「陽動と、逃げるヤツの始末よね。わかってまあす」
緊張の面持ちで、緊張感のない言葉。オーシャンは口元を小さく歪めると、手に持つ小銃を振った。
「行くぞ」
廊下を曲がって走り出す四人。奥の右手にドアが見える。ジージョは立ち止まり、壁にズブズブと潜った。そして右手だけを外に突き出す。ナイトウォーカーがその手を握り、壁の中に潜って行く。
オーシャンとミミは、ドアに向けて小銃を構えた。暗褐色の木製の両開きのドア。ここから逃げだそうとする者を撃ち殺すのだ。ドアの片側が少し開いた。
「撃て!」
オーシャンに迷いはない。ナイトウォーカーたちはドアからは出て来ない。ならばドアを開ける者はすべて敵である。確認など必要ないのだ。しかし板と板の間に合金を挟み込んだ特製のドアは、銃弾を貫通させない。
弾を撃ち尽くしたオーシャンたちが弾倉を交換したその瞬間、ドアの向こうから人影が飛びだした。そしてナイフ一本を手に、風のようにオーシャンたちに走り寄る。
飛びかかったナイフを銃で受け、オーシャンは初めて相手の顔を見た。さしものオーシャン・ターンも、その目を驚愕に見開く。
「プロミスだと」
小銃の台尻をプロミスの顔に打ち付けようとしたものの、相手はそれをかわした。だがそこで生じた僅かな距離は、銃口を向けるには充分。オーシャンは撃つ。躊躇いも迷いも一切ない。
けれどプロミスは下がらない。前へ前へ進む。強化装甲が銃弾を弾くとは言え、死を恐れる様子は毛の先程もない。ナイフを振りかざし、オーシャンに迫る。ミミには目もくれずに。
オーシャンはたまらず銃を投げ捨て、腰のナイフを抜いた。この距離で銃にこだわるのは自殺行為である。まして強化装甲を着た相手。首をかき切るのが一番早い。だがプロミスのナイフを自らのナイフで受けたオーシャンは、その強引な力押しに後ずさる事になる。いかに強化装甲を身につけているとは言え、あのプロミスが、何故。
「プロミス」
オーシャンは歯を食いしばりながらたずねた。
「どうしておまえが生きている」
「そのまま返します」
プロミスの冷たい声。
「どうして父さんが生きているの?」
「すべては人類と神の正義のためだ」
「私を生け贄にして?」
「おまえは選ばれた子供なのだぞ」
「……ふざけるなあっ!」
プロミスは腕力でオーシャンを圧倒し、跳ね飛ばした。怒りにまかせてナイフを振るう。
「私の記憶を! 体を! 時間を! 心を! 全部踏みにじっておいて何だ! 選ばれてなんかいない! ただ捨てたくせに!」
襲いかかるナイフの軌道は素直で単純だ。だがそのスピードとパワーにオーシャンは防戦で精一杯となった。プロミスは叫ぶ。
「おまえだけは、許さない!」
ジージョとナイトウォーカーが部屋に入ったとき、中は真っ暗だった。小さな明かり一つない。だが天窓から星明かりが入っている。ナイトウォーカーの目には、それで充分。相手の居場所も見える。誰がジュピトル・ジュピトリスかは判然としないが、全員殺せば問題はない。
と、そのときドアが開いた。銃声が響く。間抜けが一人蜂の巣になったのだろう。いや、ドアが破れた様子はない。防弾ドアか。銃声が止んだ瞬間、一人が出て行った。気にする事はない。どうせオーシャンたち二人を相手にして、一人では何も出来まい。
ナイトウォーカーはその身を闇に溶かした。そして闇を結晶化させ、細い刃を作る。あとは音もなく連中の首を斬り落とすだけ。ただそれだけだった。しかし。
突如部屋を照らす明かり。強烈な、太陽の日差しほどのまぶしい光が部屋を包んだ。いけない、闇に溶けたまま闇を奪われては、肉体が維持出来ない。ナイトウォーカーは焦った。どこかに、どこかに闇を探さねば。
ああ、あそこに闇がある。ここに一時身を隠して。
バタン。
音を立てて、衣装ケースは閉じられた。
……とくん
闇の中で小さな鼓動。
とくん とくん とくん とくん
心臓は破壊されたはずなのに。
とくんとくんとくんとくんとくん
だが腹の位置にある、普段は動かない『もう一つの心臓』が、眠りから覚めた。
切断された腕が、脚が、そして首が、胴体めがけて這い寄ってくる。そして傷口が合わさり、傷跡が消えた。その頃にはもう胸の傷も塞がり、破壊された心臓も復活していた。
ドラクルは目を開ける。そこに悲しみを映して。
「やっぱりボクを許してはくれないんだね、ローラ」
オーシャンのナイフが飛んだ。プロミスの力に耐えられずに持って行かれたのだ。しかしその瞬間、ミミの目が光った。プロミスの全身は炎に包まれ、動きが一瞬止まる。オーシャンは投げ捨てた銃に向かって走った。その体にプロミスは飛びつく。二人は倒れ込み、炎がオーシャンを焼いた。
「くっ!」
ミミは慌てて炎を消す。オーシャンは叫ぶ。
「この女の頭を撃て!」
「は、はい!」
しかしミミが向けた銃口は、赤い閃光の中に溶けて消えた。
「熱っつ!」
溶けた銃を放り出したミミは、廊下の奥から歩いてくる人影に気付いた。オーシャンも気付いた。そして歯をむき出して唸り声を上げる。
「……ジュピトル・ジュピトリス!」
再び天井を貫いて、赤い閃光が振ってきた。一瞬でオーシャンの銃を溶かす。戦闘衛星のレーザー砲である。
「おのれ」
吠えるオーシャンの首に、ナイフが押し当てられた。
「さようなら、お父さん」
プロミスの震える声。涙は出ない。ナイフが一気に引かれた。開く傷口と噴水のように吹き上がる血。だが、その血は床に落ちなかった。宙で一瞬回転したかと思うと、プロミスの背後に向かって飛んだ。そこに居たのはミミ。
「え? え?」
オーシャンの血液は、しばしミミの周囲の空間に漂った後、突然ミミの目から耳から鼻から口から体の中に流れ込んだ。
「あぐぶぶぶ、ぶが、ごばばばぶぶっ!」
立ったまま血液の中で溺れるミミ。あたかも頭をつかまれて宙吊りにでもなっているかの如く、全身を痙攣させながらも倒れない。愕然と見つめるプロミスとジュピトルの目の前で、ミミはすべての、そうオーシャン・ターンのすべての血液を飲み込まされた。
そのとき、背後からガラスの割れる音。天窓が破られたのだ。そしてウラノスの寝室から廊下に飛び出して来る影。茶色いマントに金色のマスク。アシュラが六本の戦斧を振りかざし、ジュピトルに突進して来た。
「アキレス!」
ジュピトルの声と共に幾条かの閃光が走る。アシュラの腕と戦斧は切断された。アシュラの体は身をかわしたジュピトルの横を通り過ぎたのだが、そこにミミが飛びつき、そのまま廊下を飛び去って行ってしまった。またガラス窓の割れる音。
プロミスはオーシャンの死体に目をやった。そこにあるのは、オーシャンの死体のはずだった。だがその場所に横たわっていたのは、干からびて土気色になったハーキイ・ハーキュリーズ。
顔を覆って身を震わせるプロミスは、声も出せない。ジュピトルは声をかけようとして、躊躇した。そのとき。
「正解だと思うよ」
不意に隣に現われたドラクルが、いきなりそう言った。
「いま優しい声をかけられても混乱するだけだからね。しばらく放っておくしかない」
そう言ってプロミスの首根っこをつかむと、まるでゴミ箱にでも突っ込むかのように、無造作に自分の影の中に押し込んだ。
そして爽やかな笑顔を見せてこう言う。
「今度会う頃までには元気になってると思うよ。会えればだけどね。それじゃ」
ドラクルは現われたときのように、また不意に姿を消した。
「アキレス」
ジュピトルはつぶやいた。
「ダイアン捜査官に連絡して。ブラック・ゴッズの工作員を二人引き渡すからって」
言い終わって、ジュピトルは気付いた。自分の頬が濡れている事に。だがわからなかった。これはいったい、誰に対する何の涙なんだろう。
「こんなに一度に見て、面白いか」
「面白くはない」
いつの間にやら隣に立っていたケレケレにそう答える。ケレケレは面白そうに3Jの顔をのぞき込んだ。
「不満そうだな」
「満足する理由がない」
「神を撃退したのだぞ。とんでもない快挙ではないか」
「敵を手負いで放逐しただけだ。ヤツらはまた来る」
「また来たら同じようにすればいい。今度は倒せるかも知れないぞ」
「無理だな」
3Jは抑揚のない感情のこもらぬ声で言い切った。
「あの戦い方は一発芸のようなものだ。人間如きには何も出来ない、向こうがそう思い込んでいる、つまりは舐めてかかっている、それ前提の戦法だ。二度は使えない」
「ふむ、つまり次は最初から全力でかかってくると」
「対するこちらは最初から全力だ。手の内はすべて見せた。別の戦力を用意しない限り、次は確実に負ける」
ケレケレは3Jをじーっと見つめた。
「……ちょっと焦ってるか?」
しかしそれには答えず、3Jはこう問う。
「ハルハンガイが回復するまでに、どれくらい時間がある」
「それはわからん。が、何せ本体だからな。そう何年もかかりはしないだろう」
「その前にイ=ルグ=ルを引きずり出して戦いに持ち込みたい」
「だいぶ焦っておるようだな」
何だか楽しげなケレケレを、3Jは横目でにらんだ。
「ヌ=ルマナとハルハンガイは、イ=ルグ=ルに比べれば小さな力だ」
「まあ、『宇宙の口』ケルケルルガ本体に比べたら、全員ゴミのような物だが」
「だが宇宙の目と耳を『装着』したイ=ルグ=ルは、それなりに厄介な存在のはずだ」
3Jの視線に、ケレケレは驚きの表情を返した。
「そんな事まで考えているのか。確かに、あの三体がつながれば面倒な存在にはなるが」
「そして世界は閉じる」
「そうだな。時間と空間を断絶させる事が出来る」
「そうはさせない」
3Jはつぶやいた。
「それをさせないための策と力が必要だ」
策はなんとか考えるしかない。力は四魔人を巻き込むしかない。そして人類をまとめるしかない。『しかない』ばかりだが、そのためにはまずジュピトル・ジュピトリスを世界のアイコンに据えねばならない。テロリスト如きに殺させている場合ではないのだ。
間もなく深夜。満天の星空の下、アシュラは飛んだ。純飛行タイプのサイボーグではないから、長時間は無理だが、数分なら飛び続けていられる。敵は頭上。六本の腕に握った戦斧を嵐のように振り回した。しかしドラクルは、テレポートで軽々とそれをかわす。
「残念だけど、そう長々と君一人の相手をしている訳にも行かなくてね」
「ぬおおおおっ!」
矢のように飛んでくるアシュラに向かって、ドラクルは微笑みをたたえながら右手を振るう。
「……ゴー」
小さな、しかし強いつぶやき。その瞬間、アシュラの頭部の内側から、何本もの氷の棘が突き出した。いかな戦闘用サイボーグとはいえ、頭脳は人間のままだ。それが凍結したのであれば、もはや結果は言うまでもない。なればこそ、ドラクルは一瞬気を緩めてしまった。
まさか加速するとは。
気付いたときにはもう遅い。ドラクルの首は撥ねられてしまった。
他の戦斧はドラクルの腕を断ち脚を断ち、最後に胸を突き刺して心臓をえぐった。バラバラになったドラクルの死体は、闇の底へと落ちて行く。
「いかに不死身の吸血鬼とは言え、首を撥ねられ心臓を破壊されれば終わり」
アシュラの体から聞こえた、その声の主は誰であったか。
オーシャン・ターンの頭の中の地図が指し示している。この廊下を右に曲がった突き当たりが最終目的地であると。角の手前で立ち止まり、オーシャンは確認した。
「ジージョ、ナイトウォーカー、いいな」
二人は壁を抜けて室内に飛び込む役目だ。二人がうなずくのを見て、オーシャンはミミを見た。
「陽動と、逃げるヤツの始末よね。わかってまあす」
緊張の面持ちで、緊張感のない言葉。オーシャンは口元を小さく歪めると、手に持つ小銃を振った。
「行くぞ」
廊下を曲がって走り出す四人。奥の右手にドアが見える。ジージョは立ち止まり、壁にズブズブと潜った。そして右手だけを外に突き出す。ナイトウォーカーがその手を握り、壁の中に潜って行く。
オーシャンとミミは、ドアに向けて小銃を構えた。暗褐色の木製の両開きのドア。ここから逃げだそうとする者を撃ち殺すのだ。ドアの片側が少し開いた。
「撃て!」
オーシャンに迷いはない。ナイトウォーカーたちはドアからは出て来ない。ならばドアを開ける者はすべて敵である。確認など必要ないのだ。しかし板と板の間に合金を挟み込んだ特製のドアは、銃弾を貫通させない。
弾を撃ち尽くしたオーシャンたちが弾倉を交換したその瞬間、ドアの向こうから人影が飛びだした。そしてナイフ一本を手に、風のようにオーシャンたちに走り寄る。
飛びかかったナイフを銃で受け、オーシャンは初めて相手の顔を見た。さしものオーシャン・ターンも、その目を驚愕に見開く。
「プロミスだと」
小銃の台尻をプロミスの顔に打ち付けようとしたものの、相手はそれをかわした。だがそこで生じた僅かな距離は、銃口を向けるには充分。オーシャンは撃つ。躊躇いも迷いも一切ない。
けれどプロミスは下がらない。前へ前へ進む。強化装甲が銃弾を弾くとは言え、死を恐れる様子は毛の先程もない。ナイフを振りかざし、オーシャンに迫る。ミミには目もくれずに。
オーシャンはたまらず銃を投げ捨て、腰のナイフを抜いた。この距離で銃にこだわるのは自殺行為である。まして強化装甲を着た相手。首をかき切るのが一番早い。だがプロミスのナイフを自らのナイフで受けたオーシャンは、その強引な力押しに後ずさる事になる。いかに強化装甲を身につけているとは言え、あのプロミスが、何故。
「プロミス」
オーシャンは歯を食いしばりながらたずねた。
「どうしておまえが生きている」
「そのまま返します」
プロミスの冷たい声。
「どうして父さんが生きているの?」
「すべては人類と神の正義のためだ」
「私を生け贄にして?」
「おまえは選ばれた子供なのだぞ」
「……ふざけるなあっ!」
プロミスは腕力でオーシャンを圧倒し、跳ね飛ばした。怒りにまかせてナイフを振るう。
「私の記憶を! 体を! 時間を! 心を! 全部踏みにじっておいて何だ! 選ばれてなんかいない! ただ捨てたくせに!」
襲いかかるナイフの軌道は素直で単純だ。だがそのスピードとパワーにオーシャンは防戦で精一杯となった。プロミスは叫ぶ。
「おまえだけは、許さない!」
ジージョとナイトウォーカーが部屋に入ったとき、中は真っ暗だった。小さな明かり一つない。だが天窓から星明かりが入っている。ナイトウォーカーの目には、それで充分。相手の居場所も見える。誰がジュピトル・ジュピトリスかは判然としないが、全員殺せば問題はない。
と、そのときドアが開いた。銃声が響く。間抜けが一人蜂の巣になったのだろう。いや、ドアが破れた様子はない。防弾ドアか。銃声が止んだ瞬間、一人が出て行った。気にする事はない。どうせオーシャンたち二人を相手にして、一人では何も出来まい。
ナイトウォーカーはその身を闇に溶かした。そして闇を結晶化させ、細い刃を作る。あとは音もなく連中の首を斬り落とすだけ。ただそれだけだった。しかし。
突如部屋を照らす明かり。強烈な、太陽の日差しほどのまぶしい光が部屋を包んだ。いけない、闇に溶けたまま闇を奪われては、肉体が維持出来ない。ナイトウォーカーは焦った。どこかに、どこかに闇を探さねば。
ああ、あそこに闇がある。ここに一時身を隠して。
バタン。
音を立てて、衣装ケースは閉じられた。
……とくん
闇の中で小さな鼓動。
とくん とくん とくん とくん
心臓は破壊されたはずなのに。
とくんとくんとくんとくんとくん
だが腹の位置にある、普段は動かない『もう一つの心臓』が、眠りから覚めた。
切断された腕が、脚が、そして首が、胴体めがけて這い寄ってくる。そして傷口が合わさり、傷跡が消えた。その頃にはもう胸の傷も塞がり、破壊された心臓も復活していた。
ドラクルは目を開ける。そこに悲しみを映して。
「やっぱりボクを許してはくれないんだね、ローラ」
オーシャンのナイフが飛んだ。プロミスの力に耐えられずに持って行かれたのだ。しかしその瞬間、ミミの目が光った。プロミスの全身は炎に包まれ、動きが一瞬止まる。オーシャンは投げ捨てた銃に向かって走った。その体にプロミスは飛びつく。二人は倒れ込み、炎がオーシャンを焼いた。
「くっ!」
ミミは慌てて炎を消す。オーシャンは叫ぶ。
「この女の頭を撃て!」
「は、はい!」
しかしミミが向けた銃口は、赤い閃光の中に溶けて消えた。
「熱っつ!」
溶けた銃を放り出したミミは、廊下の奥から歩いてくる人影に気付いた。オーシャンも気付いた。そして歯をむき出して唸り声を上げる。
「……ジュピトル・ジュピトリス!」
再び天井を貫いて、赤い閃光が振ってきた。一瞬でオーシャンの銃を溶かす。戦闘衛星のレーザー砲である。
「おのれ」
吠えるオーシャンの首に、ナイフが押し当てられた。
「さようなら、お父さん」
プロミスの震える声。涙は出ない。ナイフが一気に引かれた。開く傷口と噴水のように吹き上がる血。だが、その血は床に落ちなかった。宙で一瞬回転したかと思うと、プロミスの背後に向かって飛んだ。そこに居たのはミミ。
「え? え?」
オーシャンの血液は、しばしミミの周囲の空間に漂った後、突然ミミの目から耳から鼻から口から体の中に流れ込んだ。
「あぐぶぶぶ、ぶが、ごばばばぶぶっ!」
立ったまま血液の中で溺れるミミ。あたかも頭をつかまれて宙吊りにでもなっているかの如く、全身を痙攣させながらも倒れない。愕然と見つめるプロミスとジュピトルの目の前で、ミミはすべての、そうオーシャン・ターンのすべての血液を飲み込まされた。
そのとき、背後からガラスの割れる音。天窓が破られたのだ。そしてウラノスの寝室から廊下に飛び出して来る影。茶色いマントに金色のマスク。アシュラが六本の戦斧を振りかざし、ジュピトルに突進して来た。
「アキレス!」
ジュピトルの声と共に幾条かの閃光が走る。アシュラの腕と戦斧は切断された。アシュラの体は身をかわしたジュピトルの横を通り過ぎたのだが、そこにミミが飛びつき、そのまま廊下を飛び去って行ってしまった。またガラス窓の割れる音。
プロミスはオーシャンの死体に目をやった。そこにあるのは、オーシャンの死体のはずだった。だがその場所に横たわっていたのは、干からびて土気色になったハーキイ・ハーキュリーズ。
顔を覆って身を震わせるプロミスは、声も出せない。ジュピトルは声をかけようとして、躊躇した。そのとき。
「正解だと思うよ」
不意に隣に現われたドラクルが、いきなりそう言った。
「いま優しい声をかけられても混乱するだけだからね。しばらく放っておくしかない」
そう言ってプロミスの首根っこをつかむと、まるでゴミ箱にでも突っ込むかのように、無造作に自分の影の中に押し込んだ。
そして爽やかな笑顔を見せてこう言う。
「今度会う頃までには元気になってると思うよ。会えればだけどね。それじゃ」
ドラクルは現われたときのように、また不意に姿を消した。
「アキレス」
ジュピトルはつぶやいた。
「ダイアン捜査官に連絡して。ブラック・ゴッズの工作員を二人引き渡すからって」
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