案山子の帝王

柚緒駆

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54 清冽

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「ダラニ・ダラとウッドマン・ジャックをデルファイの外に連れ出したい」

 3Jの言葉に三秒ほど考えて、リキキマは眉を寄せた。

「……あぁ?」

 そして紅茶を一口飲むと、一つため息をついた。

「おまえ、誰に向かって物を言ってんのか、わかってんのか」
「プリンセス・リキキマだ」

「フルネームで呼ぶんじゃねえよ、馬鹿にしてんのか殺すぞガキ」

 聖域サンクチュアリの中心、迷宮ラビリンスの応接室でリキキマは3Jに対峙していた。3Jが倒れたという話は聞いている。まさに鬼の霍乱かくらんだな、と笑っていたのだが、そのすぐ後に起こった、思念波の大嵐。イ=ルグ=ルに間違いない。

 正直なところを言えば、リキキマは驚いた。戦慄したと言っていい。百年前より強烈な思念波を感じたからだ。自分が戦ったとき、イ=ルグ=ルはすでに傷ついていた。それが癒えたという事なのか。これが本当の力なのか。ならば完全回復して目覚めたとき、イ=ルグ=ルに対抗する手段はあるのだろうか。やや絶望的な気分になったのは事実だ。だが、それとこれとはまた話が違う。

「いいか、3J」

 説き伏せるようにリキキマは言う。

「外の世界の連中は、イ=ルグ=ルはもう死んだと思ってる。アレが目覚めるなんて言って、信じるヤツは居ない。同じように、魔人はデルファイから出られないと思ってる。どっちも外の世界じゃ常識だ。そんな連中の目の前に、魔人がデルファイから出られるなんて事実を晒してみろ。どうなると思う」

「パニックになるな」

「冷静に言ってんじゃねえよ、馬鹿野郎。それがどういう意味を持つと思う。デルファイを焼け野原にしろ、なんて強硬論が出て来るに決まってるだろ。ミサイルぶち込まれたらどうする気だ」

「ヌ=ルマナはミサイルよりタチが悪い」
「そーゆー問題じゃねーんだよー」

 リキキマのこめかみがピクピクと脈打っている。目の前のワカランチンに椅子を投げつけてやりたかったが、探すのに苦労した品だった事を思い出して、やめた。

「聖域の繁栄は、ひとえにこのリキキマ様が『港』を守っていればこそだ。資材も技術も情報も、それを前提に世界政府から得られている。それをアレか? 全部放り出せってか? 既得権益を捨てろと? ふざけんじゃねえぞこの野郎」

「それはわかっている」
「わかってねえよ。だいたいおまえが外に出るのを、さんざん見逃してやってるだろうが。それをどう理解してんだよ。ちょっとはありがたいと思えよ」

「そう思えばこそ、こうやって筋を通している」
「何が筋だ。出るつもりなら、いつでも出られるってか。ほとんど脅迫だろうがそれ」

 3Jはいつも通り、感情のこもらぬ抑揚のない声でこう言った。

「いま人類の首筋にはナイフの刃が触れている。あとは力を込めて引くだけで、首が落ちる状態だ。だがその事を理解している者は少ない」

 リキキマは、ぷいと顔をそむけているが、3Jは続けた。

「もう時間がない。無理矢理にでも現実を理解させる必要がある」
「だったら世界政府にアクセスするとかだな、何か方法がイロイロと」

「官僚システムは現状維持のための仕組みだ。急進的に変革させるためには圧力しかない」
「おまえ、革命家かよ」

「それが必要ならばそうしよう」

 リキキマはまたため息をついた。ほとほと困った、といった風に。

 そのとき、応接室のドアがノックされた。

「入れ」

 ドアが開き、紅茶ポットの乗ったワゴンを押して入って来たのは、左腕のないワイシャツにスラックス姿のドラクル。

「やあ、紅茶のおかわりはどうだい」
「おまえな、いい加減に言葉使いを何とかしろよ」

 呆れたようなリキキマの言葉に、ドラクルは笑顔でこう言い返した。

「ボクが働いているのは、居候がイヤなだけさ。召使いになった覚えはないよ」
「まったく、何でこう面倒臭いヤツばっかり集まって来るのかね、ここには」

 ゲンナリしているリキキマを余所に、ドラクルは3Jに向き直った。

「君は紅茶は?」
「いや、いい」

「そう」

 そして心底残念そうな顔で言う。

「君が死にかけたって聞いて、ワクワクしてたんだけどね。元気そうで何よりだよ」
「悪かったな」

 3Jは紅茶をガブガブ飲み干した。ティーカップを皿に戻すと、リキキマに視線を向ける。

「できれば、ドラクル『も』借りたい」

 リキキマは答える。

「ドラクル『なら』貸してもいい」
「君たち、ボクの意思はどうでもいい訳ね」

 ドラクルは肩をすくめて見せた。


 陽光の照りつける荒野を行く。ほぼ砂漠化した広大な空間を、僅かな思念波の呼び声を頼りに歩く。

 足下に揺れる感触。見た目には何もない。だが目を凝らすと、わずかな空間の揺らぎを感じる。手を近づけて、イ=ルグ=ルの名を唱える。すると精神回路を通じてイ=ルグ=ルの力が、手のひらからその揺らぎに干渉し、シャボン玉が割れるように音もなく肉片が姿を現す。

 金星教団の教祖ヴェヌは、これを昨日から延々と続け、百に達せんとする数を集めていた。この肉片が何なのかはわからない。思念波を発している以上、生きているのだという事はわかるが、それ以上何も知らされていない。だがイ=ルグ=ルの指示である。何を置いても優先せねばならないのだ。

 肉片の詰まったリュックを背負って日傘を差し掛けるアシュラを引き連れ、ヴェヌはひたすらに荒野を歩き続けた。


 獣人は強靱な肉体を持つ。人間の基準で考えれば不死身に近いレベルの。だがその反動という訳でもないのだろうが、精神はデリケートである。特に思念波には敏感だ。先般の思念波の大嵐は、獣人の街ウルフェンにパニックをもたらした。あれ以来、夜中でも遠吠えや咆吼が止まない。訳もなく闇に怯える子供や老人、自暴自棄になる若者たち。街の治安は一気に乱れた。

 そんなとき、獣人たちは見た。街の奥の石造りの館にある、巨大な扉が開くのを。高さ十メートルになんなんとする――『港』の鉄扉のミニチュア版にも見える――それが開き、重い足音が響いた。中から表われたのは、巨人。

 獣人たちは唖然と見上げた。その存在は知っていた。だが実物を目にするのは、いまウルフェンに暮らすほとんどの獣人にとって、初めての経験だった。

 外の空気を吸うのは何十年ぶりだろう。獣王ガルアムは陽光のまぶしさに少し目を細めると、無言で周囲に思念波を放った。

 その強烈で清冽せいれつな、悪意のない静かな思念波は、獣人たちの心から恐怖を消し去った。ウルフェンに戻る一瞬の静寂。しかしそれはすぐに破られた。湧き上がった歓喜の声によって。


「あ」

 ズマは視線を窓の外に向けた。

「どうかした?」

 モニターから聞こえるのはジュピトル・ジュピトリスの声。地上四百キロを飛行する自律型空間機動要塞パンドラの管制室で、ズマは地球を見下ろしながら、一人待機任務をこなしていた。

「いや、別に何でもない」
「そう。それで3Jの体は大丈夫なの」

 ジュピトルの問いに、ズマは首をかしげた。

「兄者が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なんじゃねえかな。おいらはそれを信じるしかない」
「そうか。とにかく魔人が外に出る件は了解した。情報を流せるだけ流してみる。そう簡単に影響が吸収出来るとは思わないけど、やらないよりはマシだろうから」

「あいよ。兄者にはそう伝える」
「それじゃ」

 モニターの通信ランプが消えた。ズマはもう一度窓の外を見た。青い地球。そこから聞こえたのは間違いない、ガルアムの思念波。動いている。いま世界が動いている。


 モニターを切ってジュピトルは小さくため息をつく。さて、どんなストーリーをネットワークに投じようか。そう考え始めた首元に、小さな震動。

「ネットワークブースター接続」

 ジュピトルの視界に、青い髪の青年が現われる。

「どうした、アキレス」

 巨大並列コンピューター群ミュルミドネスのインターフェイス、アキレスはこう告げた。

「主よ。かねてよりご所望の書き込みが、とうとう見つかったぞ」
「見せてくれ」

 それはジュピトルもストーリーを投じている、巨大匿名掲示板のオカルト板。イ=ルグ=ル関連のスレッドの中に、その言葉があった。

――スケアクロウの正体はジュピトル・ジュピトリス

 とうとう来たか。ジュピトルは背筋に冷たい物を感じた。

「どうする主。削除要請を出すか」

 アキレスの言葉に首を振る。

「いや、観察を継続してくれ。これからここ以外にも増えるはずだから、追えるだけ追って」
うけたまわった」

 いまはまだ動かない。不信、疑心、恐慌、すべて必要な段階なのだ。たとえ自分に端を発するものであっても。頭を使え、目を開け、腹を括れ。たとえ誰を犠牲にしたとしても。なすべき事をなす。それが与えられた使命なのだ。


 リキキマは頭を抱えていた。ガルアムが目覚めやがった。まさか3Jの話に自分も乗せろとか言い出さないだろうな。あのデカブツが外に出たりしたら、最悪だぞ。

 3Jを見つめる。

「外に出すのは、ダラニ・ダラとウッドマン・ジャックだけか?」
「ズマとジンライとケレケレもだ」

「いや、その辺はわかってるが」
「ドラクルもだ」

「……さっき『できれば』って言ってなかったか」
「ドラクルもだ」

「お、おまえ汚いぞ!」

 この野郎、気付いてやがる。そうは思ったが、いまさらである。ガルアムだけは外に出せない。リキキマは言い訳を考えながら、渋々うなずいた。
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