案山子の帝王

柚緒駆

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55 三面六臂

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 脳と延髄を残し、それ以外を機械化する。戦闘用サイボーグには珍しくない構成。しかしその実、アシュラはサイボーグではなかった。脳はあくまでも人間的な所作を見せるための専用演算装置。そこに本当の意思などない。

 金星教団の教祖ヴェヌが思念波による遠隔操作を行う事で動くロボット。それがアシュラの正体だった。

 そのアシュラを連れ、ヴェヌがアジトに戻ったのは、もう夕闇の迫る頃。昨日から睡眠も取らずに小さな空間の揺らぎを探し続け、百数十の肉片を集めて回った。たぶん、これですべてのはず。

 イ=ルグ=ルは基本、完了の指示は出してくれない。ただ「やれ」と開始の指示を出すだけである。だが未完であれば催促する。催促がないという事は、おそらく終わったと見て間違いない。

「帰ったか」

 アジトではオーシャン・ターンが出迎えた。一日半会わなかっただけなのに、明らかに体が大きくなっている。

 オーシャンの前のテーブルに、パンパンに詰め込まれたリュックを下ろし、ヴェヌは倒れ込むように椅子に座った。

「疲れ……ました」
「どうやらそのようだ」

 そう微笑むとオーシャンはリュックを開けた。中からは肉片が勢いよくあふれ出す。

「何だ、これは」

 困惑するオーシャンに、ヴェヌは笑顔で首を振る。

「私にもわかりません。ただ、この状態で生きているという事しか」

 そこまで言いかけたとき。突然オーシャンが肉片を口に入れた。

「なっ、オーシャン、何をしているのです!」

 驚くヴェヌを尻目に、オーシャンは肉片を飲み込んだ。食べるというよりは丸呑みであった。そして息をつく間もなく、次の肉片を口に入れる。それを飲み込みながら、手は次の肉片に伸ばされている。

 唖然とするヴェヌ。その目には恐怖すら浮かぶ。だが、次々に肉片を飲み込んで行くオーシャンを見ていると、次第に食欲が湧いてくる。それはやがて渇望へと変わった。ヴェヌは震える手で肉片をつかむと、それを口元に運んだ。甘美な香り。心のどこかにはまだ拒絶感がある。なのに口は勝手に開き、肉片を頬張った。意識があったのはそこまで。そこから先は、まるで自動機械のように肉片を口に入れ、飲み込み続けた。

 オーシャンとヴェヌの足下に、液体が広がる。それが自身の肉体が溶けている事を意味していると、二人が気付く事はない。二人の身長が段々低くなる。それでも肉片を飲み込み続ける。やがてテーブルの上から肉片がなくなったとき、二人の胸から下はすべて溶けて液体になっていた。その液体は流れ、アシュラの足下に溜まる。

「どういう……事だ」

 ようやく意識が戻ったのか、オーシャンがかすれ声でつぶやく。

「神……よ……イ=ルグ=ル……様」

 ヴェヌが手を合わせ、目からは涙がこぼれる。その涙が胸の下の液体に落ちて波紋が生じた。

 アシュラが顔を上げる。黄金のマスクの表面に幾重にも波紋が浮かぶ。やがてマスクは変形した。女の顔に。その大きな目が開く。それがヌ=ルマナであるとは、二人は知らない。黄金のヌ=ルマナは言った。

「これまでのイ=ルグ=ルへの献身、見事です。これからはヌ=ルマナの一部として、献身を続けなさい」

 その言葉を聞き終わるやいなや、二人の体は完全に溶け去った。液体はすべてアシュラの足下に吸い込まれて行く。

 するとヌ=ルマナの左右の後頭部に、何かが盛り上がって来た。それは二つの顔になる。右後方には黄金のオーシャンの顔、左後方には黄金のヴェヌの顔。

「おお力を、湧き上がる力を感じる」

 オーシャンの顔が言う。

「これが神の見る世界、これが神の知る世界」

 ヴェヌの顔が言う。

 三面六臂ろっぴのアシュラのボディに降臨したヌ=ルマナは、天井を見上げた。

「来るか」

 その目は、天井の遙か向こう、宇宙空間を見つめている。


 エリア・エージャンの貧困地区の外れ。古い倉庫が並ぶ一角の廃屋に一瞬、赤い光が当たった。次の瞬間、雷鳴のような音と共に、家一軒がまるごと蒸発する。跡に残ったのは、丸くえぐれた地面。そして宙に浮かぶシルエット。茶色いマントは消え失せたが、その黄金に輝く体には傷一つない。

 騒ぎに飛び出してきた近隣住民がアシュラを、いやヌ=ルマナを見上げる。

「なんだありゃ」
「あいつがやったのか」

「ぬほほほほっ、それは濡れ衣なのだね」

 奇妙な声に振り返ると、そこに居たのは。

 三頭身の、ずんぐりむっくりの人影。いや、人と言っていいのか。長靴にデニムのオーバーオールを着て麦わら帽子をかぶった、針葉樹の樹皮の如きシワシワの肌をもった者。身長二メートルほどの巨体を揺するように歩きながら、パイプを咥えている。

 何かの着ぐるみか? 人々は最初そう思った。デルファイの四魔人という言葉が浮かぶ者など誰も居ない。それが存在すると知ってはいても、そんなものは遠い世界のおとぎ話である。自分たちの身近に出現する可能性にまで思い至るはずもなかった。それでも。

「何してんだい、さっさと逃げな!」

 空から聞こえる老婆の声。振り仰げば、街の明かりが照らし出す影が天空にぶら下がっている。八本の足をもった巨大な黒いクモの体に、ケンタウロスのように身長五メートルほどの老婆の上半身がくっついた人ならざる者が、逆さまになって怒鳴っていた。

「逃げろってんだよ、死にたいのかい馬鹿者ども!」

 両手を振り回すその姿に、ようやく人々は理解した。本物だと。尋常ならざる事態が起こっているのだと。誰かが小さな悲鳴を上げた。それがきっかけ。パニックは伝染し、恐怖は拡散する。人々は雪崩を打つように我先に逃げ出した。

 その場に訪れる静寂。しかしヌ=ルマナは目を閉じ、腕を組んで動かない。そこに。

「俺を待っているのか」

 ウッドマン・ジャックの後方十メートルほどの距離に、不意に五つの人影が現われた。ジンライ、ズマ、ケレケレ、ドラクル、そして3J。ヌ=ルマナは目を開けた。

「排除せねばならない脅威が、揃ってのこのこ現われてくれたか」

 ダラニ・ダラが身構える。

「どういう事だい。こないだとは見てくれが違うよ」

 3Jは答えた。

「簡単に言うなら、もっと厄介になっている」
「簡単に言い過ぎなんだよ、おまえは」

 そう言ってダラニ・ダラは両手を広げた。空にドーム状の『網』が広がる。

「見える、見える」

 ヌ=ルマナは微笑んだ。

「そうか、おまえはこうやって空間を閉じるのか。でも時間は閉じられない。不完全だ」
「悪かったね!」

 ダラニ・ダラは左右の腕を振った。目には見えない空間の捻れが、無数の刃となって襲いかかる。だが。

 腕を振り終わったとき、すでにヌ=ルマナはダラニ・ダラの眼前に居た。六本の戦斧がきらめく。それを四本の超振動カッターが受け止めた。かに見えた。銀色のサイボーグは押される。ヌ=ルマナは笑った。

「やはり速いな。けれどヌ=ルマナはもっと速い」

 金色の姿が消えた。急降下したのだ。狙いは3J。稲妻の速度で地面すれすれまで降下し、直角に曲がって水平飛行に移る。その前に立ちはだかるのは、入道雲の湧き上がるような勢いで伸びる樹、樹、樹。

「邪魔!」

 戦斧の一撃で数本の樹をまとめて斬り倒す。しかし僅かに速度が緩まる。倒れた樹の向こう側で待ち受けていたのはズマ。きらめく六本の戦斧。

 二本はズマの首を狙った。それをズマは両腕で受ける。戦斧は腕の半ばまで食い込んだが切断は出来ない。

 四本は背中に回し、ジンライの超振動カッターを受け止めた。完璧な防御。ただ一瞬、動きが止まった事を除いては。

 ドラクルが不意に現われ、ヌ=ルマナの腕に触れた。テレポート。現われた場所は暗闇。星も街の明かりも見えない。ドラクルは姿を消す。

 ばくん。

 音を立ててケレケレの口が閉じられた。だが少しだけ遅かった。ヌ=ルマナは間一髪で逃げおおせ、もうもうと土煙を上げて地面へと降り立った。

「信じがたい」

 オーシャンの顔が言う。ヴェヌの顔がつぶやく。

「人の身で、ここまで見通すなど」
「驚きはしない」

 ヌ=ルマナが笑う。

「さすがにイ=ルグ=ルが脅威と認めた者。けれど、いかに優れていても人は人。限界がある」

 いつの間にか、周囲にはジャングルのように樹が生い茂り、敵の姿を覆い隠している。しかしこの程度で見通せなくなる『宇宙の目』ではないのだ。

「さて、では目的を果たすとしよう」

 ヌ=ルマナは空を見上げた。
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