案山子の帝王

柚緒駆

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76 銃声

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 盆地を東西に横断する大通りは、片道四車線、往復八車線の道路。エリア・ヤマトの大動脈はいま、警備ドローンで埋め尽くされている。サイボーグや強化人間相手であれば数の力で圧倒出来るところだが、いかんせん、いまドローンたちの目の前に居るのは身の丈十メートルに達する巨大な鬼だった。全身痩せ細り、腹だけが丸く膨らんだ、餓鬼の如き容姿の長い二本角の鬼。その半径五十メートル域内に入ったドローンは、すべて見えない何かに叩きつけられ、押し潰される。足止めにすらならない。

「手も足も出ないのか」

 セキュリティ企業のビル内に設けられた指揮司令所で、指揮官はただただ潰されて行くだけの、警備ドローンのカメラ映像を見つめていた。やはり最大戦力が戦闘ドローン三機というのは、話にならないのではないか。いま、エリア・ヤマトはイ=ルグ=ルとの戦いに向けて武器弾薬をフル回転で増産しているが、それを適切に運用する、つまりちゃんと使えるシステムが構築出来ないのでは意味があるまい。

 だがドローンを増やすにも金が要る。いかに自律型ドローンが主流とはいえ、最低限度の数のオペレーターは必要だ。人を雇うにも育てるにも金が要る。いまエリア・ヤマトには金がない。産業が技術開発と特許の切り売りくらいしかないのだ。上の連中にやる気がないために、新しい産業が育たない。よくこれでクーデターが起きないものだ。まあ、起こすべき下の階層の者たちにも、やる気がないので仕方ないのだけれど。

 そんな事を考えていた指揮官の元に、副長が慌てて駆け寄って来た。

「大変です」

 この状況で、これ以上大変な事など起こるのか。そんな顔で指揮官はたずねた。

「何があった」
「警備ドローンのコントロールが、何者かに奪われました」

「……な、何ぃっ!」

 正面の大型モニターを見る。警備ドローンの映像は相変わらずだ。いや待て。よく見ると潰されるドローンがない。

「後退しているのか」
「どうします」

 指揮官は困った顔で副長を見た。どうと言われても、いま出来る事など何もあるまい。そもそも誰かは知らないが、こんなタイミングで警備ドローンのコントロールを奪って、いったい何がしたいのだ。

「しばらく様子を……」

 そう言いかけた指揮官の視界の中で、一台の警備ドローンが鬼に突っ込んでいった。当然のように、見えない何かに潰される。三秒ほど間を空けて、次の一台が突っ込んでいく。潰される。そしてまた三秒ほど空けて突っ込んで潰された。

「何をやっとるんだ、こいつは」

 指揮官には、その目的が理解出来なかった。画面の向こうで鬼が吼えている。


 鬼が吼えている。そこに警備ドローンが突っ込む。だが潰される。目に見えない力によって。鬼は前進する。ドローンの群れは後退する。そのドローンたちの背後には、二つの人影が立っていた。一本足の大きい影が言う。

「いまのを見たな」

 おかっぱ頭の小さい影が答える。

「ん? 何を」
「ドローンが潰された位置だ」

「そんなところまで見ておらんぞ」
「仮定として」

 3Jはつぶやく。感情のこもらぬ、抑揚のない声で。

「あれが重力を操るとするなら」
「ほう、念動力ではなく重力コントロールだと言うのか」

 ケレケレは面白そうにたずねた。3Jは独り言のように続ける。

「高重力環境をずっと作り出し続けている訳ではあるまい。ほんの一瞬の高重力を、連続して発生させているに違いない」
「何でそんな事がわかる」

「地面の陥没の深さがほぼ一定だ。重力をかけ続けているなら、陥没は徐々に深くなるはず」
「それは気付かんかったな」

「それに、だ」
「それに?」

「突っ込んだドローンが潰されるのは、ほぼ五十メートルの距離。しかしさっきヤツが吼えたとき、ドローンが潰されたのは三十メートルほどの位置」
「ふむ、それはつまり」

「吼える瞬間には重力をかけられない」

 ケレケレは呆れたような顔で3Jを見上げている。

「……言いたい事はだいたいわかったが」
「ならば任せる」

「いやいやいや、何かもうちょっと作戦らしい事はないのか。万全を期してだな」
「心配するな」

 3Jは横目でケレケレを見つめて言った。

「おまえが失敗するとは思っていない」
「そういうのはプレッシャーになるからやめろ」

 ケレケレは一つため息をついた。


 魔人のニオイ。いや、魔人の中にあるイ=ルグ=ルのニオイ。ズマはそれを感じ取っていた。ニオイは二つある。一つは濃いニオイ。あのデカブツのニオイだ。そしてもう一つ、ごくごく薄いニオイがある。おそらくは、それが探すべき相手。

 みな避難したのだろう、人の気配がまったくないビル街をズマは駆けた。デカブツの歩く足音とドローンの潰れる音が聞こえる。急がないとな。ズマはスピードを上げた。

 雑多なニオイの中にある、ほんの僅かな痕跡を追う。本屋の二階のファストフード店、非常階段を上って一番上のレストラン。厨房の窓が破られている。そこからのぞけば、隣のビルのガラス窓が割れているのが見える。フィットネスジムのようだ。ニオイはそっちに続いているように思える。ズマは迷わず飛んだ。

 転がりながら室内に入り込む。ガラスの破片が体に触れたが、ズマの体には傷一つつかない。立ち上がり、そして困惑した。ニオイがしないのだ。どういう事だ、と一歩踏み出したとき、ピンと張り詰めた細い糸が、足に当たった感触。

「やべっ!」

 慌てて背を向けたが、時すでに遅し。フィットネスジムは爆発の轟音と共に吹き飛んだ。


 レストランの入っているビルの屋上、真っ赤なミニのチャイナドレスを着た女が下をのぞき込んでいる。

「念には念を入れておいて良かった」

 楽しそうに笑う。が、次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。女の真下に、人間がつかまっていたからだ。いや、人間ではない、獣人だ。コンクリートの壁に爪を突き刺し、腕の力のみで垂直な壁面を、それも物凄い勢いで上って来る。

「えーっ、なに何ナニ、なんなのよ!」

 あっという間に屋上までたどり着いた獣人ズマは、フェンスを軽々と乗り越え屋上に立った。

「結構痛かったぞ、この野郎」

 顔を手でゴシゴシとこするズマに、しかし女は顔を赤らめてこう言った。

「あら、可愛い」
「あぁ?」

 眉を寄せるズマに、女は恥ずかしそうな顔でミニのチャイナドレスをたくし上げた。

「ねえ、ここ……見たい?」
「いや、そんなんいいから、持ってるもん出せ」

「特別に見せてあげてもいいよ?」
「いらねえっつってんだろうがよ。さっさと持ってるもん出しやがれ」

 女は信じられないという顔で悲しげに言う。

「ええ、この脚に挟まれたいっていうオジサン結構居るんだよ」
「知るかそんなの。さっさと出すもん出せよ」

 ズマが毛むくじゃらの手を突き出す。その指先に痛みが走った。

 女は後ろに飛んだ。その手に握られているのは、青竜刀。ズマが傷をペロリと舐めた。

「そんなもん、どっから出しやがった」

 女がニッコリ微笑んだ。

「女の子は収納が大好きなの。覚えておきなさいね、ボク」
「ごまかしてんじゃねえよ……この」

 ズマは一瞬体を小さく縮めると、バネが弾けるように飛び出した。

「オバサン!」
「うっさいわガキ!」

 女は青竜刀を振り下ろす。ズマは滑るように真横に移動すると、そのまま女の背後に回ろうとする。が、女も下段に構えたまま体を回転させる。三周してズマは立ち止まった。

「ただの刀じゃねえな。超振動カッターか」

 女は笑顔でうなずく。

「そ、型は古いけど切れ味はバツグン」
「オバサンみてえじゃねえか」

「そういう褒め方はやめてくれる。腹立つから」

 女は青竜刀を上段に構えた。ズマはニッと笑う。

「さっさと渡すもん渡してくんねえかな」

 女も微笑む。

「ここで死ぬ相手に渡す物なんかないの」
「おいらが死ぬ訳ねえだろ」

「獣人だって不死身じゃないのよ、知らないの」
「不死身じゃなくたって、おまえにおいらは殺せない」

「あら、どうして」

 ズマは一歩踏み出した。重心が前に移動したとき。

「おまえより強いヤツと」

 女はズマの頭を狙う。電光石火の一撃。

「おまえより速いヤツと」

 だがズマは上半身を左にスライドさせて紙一重でかわす。

「戦ってきたからな!」

 その態勢のまま、大きく一歩踏み込んで、すれ違いざまに左手で心臓への一撃。女の体は宙に高く浮いた。そして叩きつけられるように落ちる。

「……う」

 肋骨が砕けて心臓に刺さっていてもおかしくない一撃である。しかし女は青竜刀を放さず、小さなうめき声を上げながら起き上がろうとした。けれど途中で力尽き、声もなく倒れ伏す。ズマが一歩近付いた。そのとき。

「なんてね!」

 突如女が顔を上げ、青竜刀でズマの胸元を突いた。かに見えた。でもその青竜刀の背には、ズマの両足が乗っている。青竜刀が女の手から落ちた。

「言ったろ、おまえ程度の化け物なんて、デルファイじゃ珍しくないんだよ。さっさと出すもん出さなきゃ、頭潰して心臓えぐり出すぞ」

 すると、それを聞いた女が悲しそうな笑顔を見せた。

「心臓なんて物があれば、ね」
「何言ってんだ、おまえ」

 女はチャイナドレスの胸元を開けると、中に手を入れた。取り出したのは、黄色い錠剤の一つ入った、小さなガラスの小瓶。

「これ、あげる」

 それをズマは、不用心なほど簡単に受け取った。女がニヤリと笑う。ズマの耳はたくさんの音を捉えていた。巨大な鬼の歩く音、ドローンの潰される音、そして、銃声。
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