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109 断片と分裂
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ジェイソン・クロンダイクの演説が終わった瞬間、世界は暴力に満ちた。すべてのエリアで、いやすべてのシェルターで、身に覚えのない者が殴られ、押さえつけられた。
「何をするんだ!」
押さえつけられた男は叫ぶ。取り囲む者たちは嗤った。
「おまえには見覚えがないからな」
「嘘をつくな、さっきからずっとここに居たじゃないか」
取り囲んでいた者たちの一人が、他の連中を見回した。
「誰か覚えてるか」
「さあ」
「知らねえなあ」
「やっぱりイ=ルグ=ルなんじゃねえの、コイツ」
押さえつけられたまま、男は哀願した。
「頼む、私は『Dの民』なんだ、セキュリティに確認してもらえれば、すぐにわかる」
だがそれは火に油を注いだだけだった。男の脇腹に蹴りが入れられる。痛みに声すら出せずに悶絶する男に、ツバが吐きかけられた。
「嘘ついてんじゃねえよ。ご立派な『Dの民』の皆さんが、こんな薄汚えシェルターになんぞ避難する訳がねえだろう」
「どうするよ、コレ」
と、嗤う声。
「とりあえず裸にひん剥くか」
「いや、もうブチ殺した方がいいんじゃない」
「まあまあ、そう言うなよ。『Dの民』なら使えるクレジットがたんまりあるはずだ。それ確認できたら本物だって認めてやろ……」
言葉は途切れた。それもそのはず、首がなかった。切り口から噴水のように噴き出す血は、けれど床を塗らさない。天井にまで伸び上がり、そこで塊を作った。
みな唖然とした。意味が理解出来ずにオロオロと周りに目をやると、少し離れた場所で別の誰かが押さえつけられている。特徴のない背格好で、特徴のない顔。ただ唯一特徴的なのは、髪の毛が蛇のように蠢いている事。
のしかかっていた大柄な男は、顔に後悔を浮かべた。だがそれも一瞬。蠢く髪が彼の胸元を静かになで、その首が音もなく斬り落とされたとき、ようやく人々は理解した。ここに居たのだ、と。
無数の悲鳴が上がる。人々は逃げ出した。もはや『Dの民』も何も関係ない。誰もが我先にシェルターの外に向かった。しかし、じきにその足は止まる。まだ騒ぎに気付いていない集団とぶつかるからだ。
イ=ルグ=ルの断片はゆっくりとした足取りで、なのに風のように進んだ。その髪が蠢くたび、幾つもの首が飛ぶ。血が噴き出し、天井に塊を作る。まるで海を割るモーゼの奇跡の如く、逃げようとする人々の真ん中を、首を飛ばしながら、倒れた死体を踏みしめつつ歩いた。人々の頭を飛び越えて、黒い塊が落ちてくるまでは。
それは全身を黒い毛に包まれた人型の、いや違う、クマだ。真っ黒い毛の大きなクマが、二本足で立っていた。イ=ルグ=ルの断片の髪が蠢く。だがクマにはかすり傷しか負わせられず、その傷も一瞬で治る。クマは人間の言葉で吼えた。
「我こそは獣王ガルアム配下、グリュー・ベア! ここは防いでやる、人間共はさっさと逃げろ!」
そこに、悲鳴を上げてシェルターの奥から別の集団が現われた。何かに追われて逃げている。その真ん中を割って、飛び出して来た人影。特徴のない姿、特徴のない顔、そして蛇のように蠢く髪。イ=ルグ=ルの断片がもう一人。そしてさらにもう一人が現われた。
「ここには三匹、か」
つぶやくグリューの背後に、茶色と灰色の塊が落ちる。
「隊長」
「俺たちも」
ほんの少し小柄な二頭の若いクマを横目で認めると、グリューは怒鳴るように声を上げた。
「他の連中は余所に回れ! ドン、ワーブ、一人一匹だ、欲をかくなよ」
「ワシらはダラニ・ダラ直属スカラベ・キングス! 人間は邪魔だ、退け退けい!」
カブトムシのような角に丸い短躯、小柄な人間ほどもある巨大なフンコロガシが、手に槍を持って立ちはだかった。背後に立つ仲間は五人。対するイ=ルグ=ルの断片は二体。
「三人で一匹仕留めるぞ、いいな」
「親分、それって卑怯なんじゃないっすか」
若いフンコロガシが言う。
「アホか。相手は神だぞ。卑怯とか言うとる場合か」
別の部下が天井を指す。
「あ、親分。アレ」
見れば黒い液体のような物が浮かんでいる。人間の血か。それが音もなく地下街の入り口の方に移動していた。
「どうします?」
「どうもこうもあるか! 目の前の化け物どもに集中せい!」
イ=ルグ=ルの断片の髪が、蛇のように蠢いた。しかし鈍い金属音を放っただけ。フンコロガシには傷もつかない。
「悪いな、ワシらは固さだけなら魔人級なのだ」
そして槍を構える。
「総員、かかれ!」
シェルターの入り口から、地下街の階段から、赤黒い液体の塊が空へと舞い上がる。上空には三枚の半透明の円盤が、三角形を描いていた。その内側に飲み込まれる血の塊。一箇所終われば、また別の所で血を飲み込む。シェルターからシェルターへ、そしてエリアからエリアへ、思念結晶はせわしなく世界中を動き回っていた。
「避難民の大量脱出が起こったシェルターないし地下街は、世界で二十四箇所になります」
世界政府大統領執務室のメインモニターには、監視衛星からの映像と無数の数字が表示されている。ナーギニーはジェイソン大統領の席に座り、データをまとめていた。双子のナーガはコーヒーを入れ、ジュピトルの前に置いた。
「死亡者数はどれくらいになる」
ジュピトルの声は落ち着いている。それはかえってナーギニーを動揺させた。
「はい、千、千五百人です。あ、現時点の推計ですが」
「まだ増える可能性はある、か」
ジュピトルは目を閉じ、深くため息をつく。そして顔を上げると3Jを見つめた。
「多いと思うかい」
「少ないな」
テーブルに一本足を乗せたまま、3Jは平然と答えた。足の隣にナーガがコーヒーを置いたが、気にかける様子はない。
「昆虫人と獣人の配置が想定以上に順調に進んだのかも知れん。数字は変わるだろうが、第一報としては多くない」
部屋の隅から、呆れたような声が聞こえた。
「まあ確かに、十億の人間が居れば、毎日事故や病気で千五百人くらいの人間は死ぬ」
ムサシは薄ら笑いを浮かべている。
「同じくらいの数が生まれるじゃろうし、人類の頭数に影響を与える程ではないのかも知れん。かも知れんが、その数は単なる数字ではない。死者には家族が居る。友人が居る。仲間が居る……恨まれるぞ?」
ムサシの言葉に、ジュピトルは正面から見つめた。表情は暗いが、腹は据わっているようだ。ムサシは3Jに目をやるが、当たり前のように何の変化もない。
「それで」
感情のこもらぬ、抑揚のない声で3Jは言う。
「死人の数がどれくらいなら、恨まれずに済む」
それは解答のない問いと言えた。一人の死が何千何万の怒りを買う事もあれば、その逆もあるのが人間である。ムサシは一つため息をついた。
「百万人くらいではないかの」
「俺は英雄になるつもりはない」
「じゃろうな」
それが良い事なのか悪い事なのかは別として、とムサシは思ったものの、口には出さなかった。
エリア・アマゾンの地下シェルターで、イ=ルグ=ルの断片三体に対し、立ちはだかるのは二本足で立つ野牛が一人。丸い毛むくじゃらの頭から二本角、こぶのように盛り上がった背中には筋肉が集まっている。
まるで特徴のないイ=ルグ=ルの断片は、蛇のように髪を蠢かせ、野牛に斬りつけた。しかし与えられるダメージはかすり傷。それも一瞬で治ってしまう。野牛は軽快なフットワークで敵に迫ると、三体を次々に角で跳ね上げた。
簡単な戦いだ、と最初は思っていた。こんな相手なら、まとめて一人で倒せると。だが何度角で突いても、何度胸を貫き、空中に跳ね上げ、地面に叩きつけても、イ=ルグ=ルの断片たちは平然と立ち上がる。
どうすれば勝てる。この延々と続く戦いは、どうすれば終わるのだ。野牛は混乱していた。落ち着け、もう少し待てば仲間が助けにやって来る、それまで耐えろ。そう自分に言い聞かせてはみたものの、休む間もなく不気味な敵は迫って来る。攻撃力ではこちらが圧倒しているのに、持久力が桁違いなのだ。いったいどうすればいい。
頭の中が堂々巡りをしていたためだろうか、それに気付かなかったのは。
野牛のすぐ隣に、人間の男が一人立っていた。上等なスーツを着て、髪もヒゲも綺麗に当たった、けれど虚ろな目をした気味の悪い男。これがマヤウェル・マルソの手駒、アルフレードだなどとは知る由もない。
「おいおまえ、下がれ!」
野牛は怒鳴ったが、そんな声など聞こえないという風に、アルフレードは大股で前進した。イ=ルグ=ルの断片は蛇のように髪を蠢かせる。アルフレードの首が飛んだ。言わんこっちゃない、そう思った野牛の目が、驚愕に見開かれる。
首を失ったアルフレードの胴体からは、一瞬で首が生えた。それだけではない。宙に飛んだアルフレードの首からは、胴体が生えたのだ。アルフレードは二人になった。服を着たアルフレードと、裸のアルフレードに。どちらも変わらず目が虚ろではあったが。
イ=ルグ=ルの断片は、さらに髪を蠢かせた。二人のアルフレードの首が飛んだ。そして、もう説明するまでもない。アルフレードは四人になった。次の瞬間には八人に、十六人にと倍々ゲームで増えて行く。さしものイ=ルグ=ルの断片たちも、相手が百人を超えた頃には攻撃をやめた。
アルフレードの群衆はイ=ルグ=ルの断片たちを取り囲み、捕まえようと両手を伸ばす。それはあたかも御神体に救いを求める宗教的行為のようにも見えた。
何の特徴もない顔が、腕が、脚が、無数のアルフレードの手につかまれ、握られ、蹂躙される。引っ張られ、引き裂かれ、引きちぎられる。イ=ルグ=ルの断片たちはバラバラにされ、さらなる断片へと姿を変えた。その瞬間。
閃光が走る。空中を炎が駆け、少し遅れて耳を割らんばかりの大きな音が聞こえた。
爆風の圧力に、野牛は吹き飛び背中を床に打ちつけた。痛みに堪えて体を起こし、一時的に眩んだ視力が回復すると、さっきまでイ=ルグ=ルの断片が居た場所にはクレーターが見える。その周囲のアフルレードたちの数は、半分以下に減っていた。
「何をするんだ!」
押さえつけられた男は叫ぶ。取り囲む者たちは嗤った。
「おまえには見覚えがないからな」
「嘘をつくな、さっきからずっとここに居たじゃないか」
取り囲んでいた者たちの一人が、他の連中を見回した。
「誰か覚えてるか」
「さあ」
「知らねえなあ」
「やっぱりイ=ルグ=ルなんじゃねえの、コイツ」
押さえつけられたまま、男は哀願した。
「頼む、私は『Dの民』なんだ、セキュリティに確認してもらえれば、すぐにわかる」
だがそれは火に油を注いだだけだった。男の脇腹に蹴りが入れられる。痛みに声すら出せずに悶絶する男に、ツバが吐きかけられた。
「嘘ついてんじゃねえよ。ご立派な『Dの民』の皆さんが、こんな薄汚えシェルターになんぞ避難する訳がねえだろう」
「どうするよ、コレ」
と、嗤う声。
「とりあえず裸にひん剥くか」
「いや、もうブチ殺した方がいいんじゃない」
「まあまあ、そう言うなよ。『Dの民』なら使えるクレジットがたんまりあるはずだ。それ確認できたら本物だって認めてやろ……」
言葉は途切れた。それもそのはず、首がなかった。切り口から噴水のように噴き出す血は、けれど床を塗らさない。天井にまで伸び上がり、そこで塊を作った。
みな唖然とした。意味が理解出来ずにオロオロと周りに目をやると、少し離れた場所で別の誰かが押さえつけられている。特徴のない背格好で、特徴のない顔。ただ唯一特徴的なのは、髪の毛が蛇のように蠢いている事。
のしかかっていた大柄な男は、顔に後悔を浮かべた。だがそれも一瞬。蠢く髪が彼の胸元を静かになで、その首が音もなく斬り落とされたとき、ようやく人々は理解した。ここに居たのだ、と。
無数の悲鳴が上がる。人々は逃げ出した。もはや『Dの民』も何も関係ない。誰もが我先にシェルターの外に向かった。しかし、じきにその足は止まる。まだ騒ぎに気付いていない集団とぶつかるからだ。
イ=ルグ=ルの断片はゆっくりとした足取りで、なのに風のように進んだ。その髪が蠢くたび、幾つもの首が飛ぶ。血が噴き出し、天井に塊を作る。まるで海を割るモーゼの奇跡の如く、逃げようとする人々の真ん中を、首を飛ばしながら、倒れた死体を踏みしめつつ歩いた。人々の頭を飛び越えて、黒い塊が落ちてくるまでは。
それは全身を黒い毛に包まれた人型の、いや違う、クマだ。真っ黒い毛の大きなクマが、二本足で立っていた。イ=ルグ=ルの断片の髪が蠢く。だがクマにはかすり傷しか負わせられず、その傷も一瞬で治る。クマは人間の言葉で吼えた。
「我こそは獣王ガルアム配下、グリュー・ベア! ここは防いでやる、人間共はさっさと逃げろ!」
そこに、悲鳴を上げてシェルターの奥から別の集団が現われた。何かに追われて逃げている。その真ん中を割って、飛び出して来た人影。特徴のない姿、特徴のない顔、そして蛇のように蠢く髪。イ=ルグ=ルの断片がもう一人。そしてさらにもう一人が現われた。
「ここには三匹、か」
つぶやくグリューの背後に、茶色と灰色の塊が落ちる。
「隊長」
「俺たちも」
ほんの少し小柄な二頭の若いクマを横目で認めると、グリューは怒鳴るように声を上げた。
「他の連中は余所に回れ! ドン、ワーブ、一人一匹だ、欲をかくなよ」
「ワシらはダラニ・ダラ直属スカラベ・キングス! 人間は邪魔だ、退け退けい!」
カブトムシのような角に丸い短躯、小柄な人間ほどもある巨大なフンコロガシが、手に槍を持って立ちはだかった。背後に立つ仲間は五人。対するイ=ルグ=ルの断片は二体。
「三人で一匹仕留めるぞ、いいな」
「親分、それって卑怯なんじゃないっすか」
若いフンコロガシが言う。
「アホか。相手は神だぞ。卑怯とか言うとる場合か」
別の部下が天井を指す。
「あ、親分。アレ」
見れば黒い液体のような物が浮かんでいる。人間の血か。それが音もなく地下街の入り口の方に移動していた。
「どうします?」
「どうもこうもあるか! 目の前の化け物どもに集中せい!」
イ=ルグ=ルの断片の髪が、蛇のように蠢いた。しかし鈍い金属音を放っただけ。フンコロガシには傷もつかない。
「悪いな、ワシらは固さだけなら魔人級なのだ」
そして槍を構える。
「総員、かかれ!」
シェルターの入り口から、地下街の階段から、赤黒い液体の塊が空へと舞い上がる。上空には三枚の半透明の円盤が、三角形を描いていた。その内側に飲み込まれる血の塊。一箇所終われば、また別の所で血を飲み込む。シェルターからシェルターへ、そしてエリアからエリアへ、思念結晶はせわしなく世界中を動き回っていた。
「避難民の大量脱出が起こったシェルターないし地下街は、世界で二十四箇所になります」
世界政府大統領執務室のメインモニターには、監視衛星からの映像と無数の数字が表示されている。ナーギニーはジェイソン大統領の席に座り、データをまとめていた。双子のナーガはコーヒーを入れ、ジュピトルの前に置いた。
「死亡者数はどれくらいになる」
ジュピトルの声は落ち着いている。それはかえってナーギニーを動揺させた。
「はい、千、千五百人です。あ、現時点の推計ですが」
「まだ増える可能性はある、か」
ジュピトルは目を閉じ、深くため息をつく。そして顔を上げると3Jを見つめた。
「多いと思うかい」
「少ないな」
テーブルに一本足を乗せたまま、3Jは平然と答えた。足の隣にナーガがコーヒーを置いたが、気にかける様子はない。
「昆虫人と獣人の配置が想定以上に順調に進んだのかも知れん。数字は変わるだろうが、第一報としては多くない」
部屋の隅から、呆れたような声が聞こえた。
「まあ確かに、十億の人間が居れば、毎日事故や病気で千五百人くらいの人間は死ぬ」
ムサシは薄ら笑いを浮かべている。
「同じくらいの数が生まれるじゃろうし、人類の頭数に影響を与える程ではないのかも知れん。かも知れんが、その数は単なる数字ではない。死者には家族が居る。友人が居る。仲間が居る……恨まれるぞ?」
ムサシの言葉に、ジュピトルは正面から見つめた。表情は暗いが、腹は据わっているようだ。ムサシは3Jに目をやるが、当たり前のように何の変化もない。
「それで」
感情のこもらぬ、抑揚のない声で3Jは言う。
「死人の数がどれくらいなら、恨まれずに済む」
それは解答のない問いと言えた。一人の死が何千何万の怒りを買う事もあれば、その逆もあるのが人間である。ムサシは一つため息をついた。
「百万人くらいではないかの」
「俺は英雄になるつもりはない」
「じゃろうな」
それが良い事なのか悪い事なのかは別として、とムサシは思ったものの、口には出さなかった。
エリア・アマゾンの地下シェルターで、イ=ルグ=ルの断片三体に対し、立ちはだかるのは二本足で立つ野牛が一人。丸い毛むくじゃらの頭から二本角、こぶのように盛り上がった背中には筋肉が集まっている。
まるで特徴のないイ=ルグ=ルの断片は、蛇のように髪を蠢かせ、野牛に斬りつけた。しかし与えられるダメージはかすり傷。それも一瞬で治ってしまう。野牛は軽快なフットワークで敵に迫ると、三体を次々に角で跳ね上げた。
簡単な戦いだ、と最初は思っていた。こんな相手なら、まとめて一人で倒せると。だが何度角で突いても、何度胸を貫き、空中に跳ね上げ、地面に叩きつけても、イ=ルグ=ルの断片たちは平然と立ち上がる。
どうすれば勝てる。この延々と続く戦いは、どうすれば終わるのだ。野牛は混乱していた。落ち着け、もう少し待てば仲間が助けにやって来る、それまで耐えろ。そう自分に言い聞かせてはみたものの、休む間もなく不気味な敵は迫って来る。攻撃力ではこちらが圧倒しているのに、持久力が桁違いなのだ。いったいどうすればいい。
頭の中が堂々巡りをしていたためだろうか、それに気付かなかったのは。
野牛のすぐ隣に、人間の男が一人立っていた。上等なスーツを着て、髪もヒゲも綺麗に当たった、けれど虚ろな目をした気味の悪い男。これがマヤウェル・マルソの手駒、アルフレードだなどとは知る由もない。
「おいおまえ、下がれ!」
野牛は怒鳴ったが、そんな声など聞こえないという風に、アルフレードは大股で前進した。イ=ルグ=ルの断片は蛇のように髪を蠢かせる。アルフレードの首が飛んだ。言わんこっちゃない、そう思った野牛の目が、驚愕に見開かれる。
首を失ったアルフレードの胴体からは、一瞬で首が生えた。それだけではない。宙に飛んだアルフレードの首からは、胴体が生えたのだ。アルフレードは二人になった。服を着たアルフレードと、裸のアルフレードに。どちらも変わらず目が虚ろではあったが。
イ=ルグ=ルの断片は、さらに髪を蠢かせた。二人のアルフレードの首が飛んだ。そして、もう説明するまでもない。アルフレードは四人になった。次の瞬間には八人に、十六人にと倍々ゲームで増えて行く。さしものイ=ルグ=ルの断片たちも、相手が百人を超えた頃には攻撃をやめた。
アルフレードの群衆はイ=ルグ=ルの断片たちを取り囲み、捕まえようと両手を伸ばす。それはあたかも御神体に救いを求める宗教的行為のようにも見えた。
何の特徴もない顔が、腕が、脚が、無数のアルフレードの手につかまれ、握られ、蹂躙される。引っ張られ、引き裂かれ、引きちぎられる。イ=ルグ=ルの断片たちはバラバラにされ、さらなる断片へと姿を変えた。その瞬間。
閃光が走る。空中を炎が駆け、少し遅れて耳を割らんばかりの大きな音が聞こえた。
爆風の圧力に、野牛は吹き飛び背中を床に打ちつけた。痛みに堪えて体を起こし、一時的に眩んだ視力が回復すると、さっきまでイ=ルグ=ルの断片が居た場所にはクレーターが見える。その周囲のアフルレードたちの数は、半分以下に減っていた。
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