案山子の帝王

柚緒駆

文字の大きさ
110 / 132

110 再会

しおりを挟む
 エリア・アマゾンの地下で野牛の獣人が見た事実は、すぐさま3Jのところにまで上がった。ジュピトル・ジュピトリスは首をひねる。

「どういう事だろう。人間型の姿がイ=ルグ=ルの体の最小単位とか……そんな訳はないよね」
「姿を変えれば状態も変わる」

 3Jは言う。

「理屈は不明だが、とりあえず現状においてイ=ルグ=ルは、物理的にバラバラにすれば消え去る。対処療法で構わない。ダラニ・ダラ」

 3Jの耳元に魔女の声が聞こえる。

「聞いてたよ。昆虫人インセクターと獣人を世界中にバラ撒くんだね」
「現段階でイ=ルグ=ルが見つかっていないシェルターにも投入しろ。ヤツの力を削れるだけ削る。ベル」

 ダラニ・ダラに代わって、パンドラのインターフェイスの鈴を転がすような声が聞こえた。

「はいはーい」
「思念結晶の動きは」

「いまここから見える範囲内にはないよ。地球の裏側に回ってんじゃないかな」
「見えたら撃て」

「ちょっと、そんな簡単に言わないでよね。動く標的を撃つのって大変なんだから」
「おまえに任せる」

「もう、しょうがないなあ」

 ベルの返答を聞くと、3Jは立ち上がってドアに向かう。キョトンとしているジュピトルにこう言って。

「俺だってトイレくらい行く」

 ドアの外に出て行く背中を見送って、ジュピトルは不思議そうな顔をムサシに向けた。

「気を遣うておるのじゃろう」

 ムサシの言葉に、ジュピトルは首をかしげる。

「いまさら?」
「ワシも双子もお主の部下じゃからな。いかにアレでも勝手に使うのは気が引けるのではないか」

 ナーギニーがくすりと笑う。ジュピトルは手の空いているナーガに命じた。

「とにかく周囲を警戒しておいて」
「承知致しました」

 ナーガは頭を下げた。しかしジュピトルはまだ納得の行かない顔をしている。


 納得が行かない、という顔でマヤウェル・マルソは正面のモニターを見つめていた。エリア・アマゾンのセキュリティセンター。椅子の隣には黒髪の少年カルロが立ち、背後には戻って来たアルフレードが控えている。

 カルロが苦笑した。

「まあ仕方ない。こういう事もあるさ」
「仕方なくはない。混乱させなきゃ意味がないじゃない」

 マヤウェルは、忌々しげに吐き捨てた。カルロは後ろを振り返る。

「アルフレードは敵意に反応するんだ。イ=ルグ=ルに近付ければ、そりゃ倒そうとしてしまうさ」
「だからって本当に倒す事ないでしょ」

「そんな加減はアルフレードには無理だよ」

 高い天井を見上げてマヤウェルは言った。

「ジュピトル・ジュピトリスはともかく、あの3Jがこのチャンスを逃すはずはない。一気に攻勢をかけてくる。少なくとも私ならそうする」
「じゃあどうするね。カオスのためには」

 マヤウェルは椅子をクルリと回し、アルフレードの方を向くと、靴のかかとで床を二度叩いた。足下の影の中から、軍服姿の男がスルリと抜け出すように現われる。男は帽子を取って頭を下げた。

「ヨナルデパズトリ全員に伝えなさい」

 マヤウェルはこう命じた。

「イ=ルグ=ルを見つけたら、一体でいいから確保する事。いかなる犠牲も問いません」

 目を丸くするカルロ。

「まさか、イ=ルグ=ルを保護しようというのか」
「ええ。ギャンブルってワクワクしない?」

 そう言ってマヤウェルは微笑んだ。


 デルファイの北の街、ダランガンの外れにある教会の前に、隊商のトラックが停まった。荷台の扉が開いて下りて来たのは、大きなリュックを背負った女が三人と男が一人。

「ありがとう、助かったわ」

 女たちは教会へと入って行った。中で迎えたクリアは笑顔でたずねる。

「教会に何か御用ですか」

 するとクリアの背後から、リキキマの声が聞こえた。

「お、マダムじゃねえか。どうした」

 リュックを肩に担いだマダムがそちらに微笑みかける。

「あらリキキマ様。ご無事で何より」
「無事じゃねえよ。宿無しになっちまったから、ここで間借りだ」

「うちも同じですよ。こちらで人手が足りないって聞いたもので、何か手伝えるかなって思いまして」
「店の潰れた文句なら、ジャックのアホに言ってくれ」

 そして不思議そうな顔をしているクリアにうなずいた。

「怪しいヤツらじゃねえよ。このリキキマ様が保証する。ここで使ってやって……」

 その目はマダムの背後に止まった。ドレッドヘアーの肌の黒い男。

「誰だコイツ」

 マダムは声を出して笑った。

「大丈夫ですよ、うちのお客さんですから。悪い人じゃないんで、連れてきました」

 と、そこへ。突然リキキマの背後に人影が立った。どこからともなく現われたのは、栗色の髪のプロミス。

「ただいま帰りました! はあーっ、疲れましたー」
「あ、おかえりなさい」

 クリアが微笑みかけ、リキキマもねぎらうように声をかけた。

「おう、戻ったか。マダム来てんぞ」
「え。あ、ホントだ。どうしたんですか、マダ……」

「ボスーッ!」

 ドレッドヘアーの男はプロミスに抱きつこうと飛び込んだものの、顔面をリキキマにつかまれて空中に停止した。

「何だおまえぶっ殺すぞこのスケベ野郎」
「いががががっ、ぢがう、ぢがいまず」

「あれ、あんた、リザード?」

 プロミスの言葉に、リキキマは振り返った。

「知り合いか」
「はい、私の部下でした」

「ふうん」

 まだ少し疑わしい目をしてはいたものの、リキキマはリザードを放り出した。プロミスはその顔をのぞき込む。

「あんた、こんなところで何してるの」
「何じゃないっすよ。ボスを捜してたんすよ。ああ、本当に生きてた。良かった」

 泣き出すリザードに、プロミスは困ったような顔で笑った。

「ああ、いや、吸血鬼だから生きてはいないんだけど、まあいいや。あんたも生きてて良かったよ。会えて嬉しい」

 すると、リザードはキッと顔を上げた。

「何すか、それ」
「え?」

「何かもうお別れみたいなセリフじゃないっすか。嫌ですからね。オレはもう外の世界は捨ててここに来たんすから、後は死ぬまでボスと一緒っすよ」
「……ええーっ!」

 プロミスは慌てて首を振った。

「いやいや、困るから! そういうの絶対困るから!」
「何が困るんすか、可愛い部下のささやかなお願いじゃないっすか!」

「全然ささやかじゃなーい!」

 頭を抱えるプロミスに、クリアとリキキマはキョトンとし、ウズメとローラは苦笑を浮かべた。マダムは一人、声を上げて笑い、ハイムは紅茶を入れている。


 ジェイソン・クロンダイクは寝室に閉じ籠もっていた。もう終わりだ、自分は世界政府大統領として許されざる過ちを犯した、と。いまは世界そのものが消えてなくなる瀬戸際だというのに。

 激しく落ち込んでいたが故に、ジェイソンはなかなか気付かなかった。左手首の腕時計型の端末に、着信の表示が出ている事に。バイブレーションもあったはずだが、慣れてしまって無意識に無視していたのだ。何度目かの深いため息の後、それに気付いたジェイソンが慌てて端末を開くと、その向こうから聞こえたのは妻の声。

「ああ、やっとつながった。ジェイソン、聞こえる?」

 悪い予感がする。早鐘を打つ心臓をなだめるように、ゆっくりとした口調でジェイソンはたずねた。

「どうしたんだ。何があった」
「トビーが戻らないの」

 息子の名前が出た事に、ジェイソンは目眩がした。思わず顔を押さえる。

「戻らない? いまシェルターの中じゃないのか」

 腐っても鯛、曲がりなりにも世界政府の大統領である。クロンダイク家には地下シェルターがあった。わざわざエリア・レイクスの建造したシェルターになど入らなくても、即座に安全に避難する事が出来るのだ。しかし、妻は否定した。

「いいえ、いまリビングで話しているの」
「どうして。すぐに避難しなきゃ」

「だからトビーが戻らないのよ。マーク、知ってるでしょ、トビーのクラスメイトの。彼の家がシェルターに避難してなかったの。それで、さっきのあなたの演説を聴いて、もうシェルターには避難できないって。どうせ危険なら家族で家に居るって。その話を聞いてトビーが飛び出しちゃったの。うちに連れて来るって言って。でも、トビーと連絡が取れなくなって」

 妻は混乱していた。声が段々大きく、甲高くなる。

「私、止めたのよ。止めたのに。トビーが戻って来ない。どうしたらいいの!」
「エリー、落ち着け。とにかく君はシェルターに入りなさい。いまそこに居るのは危険だ」

「でもトビーが」
「トビーは大丈夫だ。私に当てがある。信用しなさい」

「……お願い、約束して」
「ああ、約束しよう。だから任せなさい」

 妻はすすり泣きながら通信を切った。ジェイソンはしばし目を閉じた後、決然と顔を上げ、そしてベッドの隣にあるサイドテーブルの引き出しを開けた。


 寝室のドアを閉じ、廊下を歩き出したジェイソン・クロンダイクの前に、立ちはだかる一本足の影。

「どこへ行く」

 しかしジェイソンに臆した様子はない。

「私の職場に戻るのだ」
「いまおまえに用はない。寝ておけ」

「君に指図される筋合いはない。退きたまえ」
「おまえ如きでは俺を退かせられない」

 少し考えて、ジェイソンはようやく理解した。

「そうか、盗聴していたのか」
「だとしたら、どうする」

「私は息子を助けなければならない」
「世界を滅ぼしてもか」

「ああ、そうだ」
「ヌ=ルマナが願いを叶えてくれると思っているのか」

「そうだ!」

 言うが早いか、ジェイソンは胸のホルスターから自動拳銃を抜き撃つ。迷いはない。腕に自信もある。ただ一つ残念なのは、踏んだ場数が違い過ぎる事。

 銃声は一発。だが弾丸の軌道にはもう3Jは居ない。ジェイソンの指が二度トリガーを引くより速く、3Jの杖が下から銃を跳ね上げた。自動拳銃が宙を舞う。しかしジェイソンはそれに目もくれずにしゃがみ込む。足首に隠したリボルバー。それを引き抜こうとした右手を、3Jの仕込み杖が貫いた。

「がぁっ!」

 痛みに言葉も出ないジェイソン。3Jは仕込み杖に全体重をかけると、身軽に一本足を浮かせた。そのままジェイソンの立派なあごに膝蹴りを食らわす。ジェイソンは声もなく崩れ落ちた。

 手に刺さった仕込み杖の刀身を抜き、その先を器用にリボルバーのトリガーガードに突っ込んで拾い上げる。同様にして自動拳銃も拾い上げた。

「なあるほどのう」

 3Jの背後から声がする。

「えらい長いションベンじゃと思ったら、こういう事か」

 3Jは振り返りざまに、二丁の拳銃をムサシに投げ渡した。

「どうするんじゃ、こんな物」
「双子にでも持たせておけ。気休めにはなる」

 ムサシは倒れているジェイソンをのぞき込んで言う。

「殺さんのか」
「殺すメリットがあるのか」

「存外に甘いヤツじゃの」
「セオリーに縛られるのは年寄りだけでいい」

 3Jは仕込み杖をさやに戻し、元来た道を戻って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...