もーきん ずばばばばーん!

柚緒駆

文字の大きさ
7 / 27

石棺

しおりを挟む
 ゴトンゴトン、駅を離れた電車はモーター音を唸らせながら徐々に加速していく。通勤通学のラッシュが終ったばかりの車内は、まだほのかに熱気が残っているものの、少し開けた窓から入る風が心地良い。

 上りの電車に乗るときは、いつも山側の席に座る。そして海側の空を見ながら北上するのだ。今朝は頭の上の空は晴れ上がっているものの、海側の遠くの空には黒っぽい雲が見える。午後からは一雨来るかもしれないな、とハチクマ先生は思った。

 車内の席はほぼ埋まっているが、立っている者はいない。吊革にぶら下がっているのは頭のまん丸なボタンインコだ。天井の扇風機が回るのを追いかけて、吊革を飛び移っている。

 向かいの席ではセキセイインコと文鳥が並んで座っている。このくらいの体格の者には切符を持つのも大変なのに、二人とも両脚の下にしっかりと切符を抱えている様子が愛らしい。

 その座席の前を何か黄色いモコモコした物体が、転がるように通り過ぎた。良く見るとアヒルの子供だ。すみません、これ、待ちなさい、すみませんすみません、母さんアヒルは謝りつつ叱りつつ、子供を追いかけている。文鳥もセキセイもボタンも笑っている。にぎやかな乗客たちを乗せ、ゴトンゴトンとレールを踏みながら、電車は一路都心部へと向かって走った。



 その頃、圭一郎は珍しく余所の教室に足を運んでいた。

「珍しいねー、もーきんの方から来るなんて」
「ねー、珍しいねー」

 権太と徹のカラスコンビは嬉しそうに圭一郎を迎えた。

「おう、ちょっと聞きたい事があってな」

「何? 聞きたいことって」
「何? 何?」

「いや、アレだ、あの」

 上手く言葉が出てこない。圭一郎は普段、他人に頼み事などしないのだ。

「お前らなら知ってるかと思ってさ、あの、小国の家ってさ、どの辺にあるのかな、ってよ」

 するとカラスコンビは顔を見合わせ、真面目な顔でこう言った。

「それ良くないなー」
「うん、もーきん良くないよー」

「な、何が良くないんだよ」
「もーきん、また何かに首突っ込んでるでしょ」

 圭一郎はギクリとした。あの時、シャモに言われたことを思い出したのだ。

「もーきん、何か隠してるでしょ」
「隠してねえよ」

「いんや隠してるねー」
「隠してるよねー」

 油断していた、まさかこいつらがこんなに勘の良い奴らだったなんて。隠し事ができない自分の方に問題があるのだとは思わない圭一郎である。

「場所は教えるよー」
「友達だからねー」

 圭一郎の心の内を読んだかの様に、二人は答えた。

「だけど面白い事やるんなら教えて欲しいなー」
「できれば混ぜて欲しいなー」

 一瞬心が揺れた。人手は多い方が良いように感じたのだ。それにこいつら二人なら、頭も回るし行動力もあるし、仲間に入れて損は無いだろう。だがそれは自分一人で決めて良い事では無い。もしかすると今後のコロの一生に関わってくるかもしれないのだ。圭一郎でもそのくらいはわかる。

「まあ、アレだ、話せる時が来たら話すよ」

「しょうがないなー」
「しょうがないねー」

 そう言うと権太は鞄からバインダーを取り出し、ルーズリーフを一枚はずした。そこに徹が住所と簡単な地図を書き込んで行く。案外と近場らしかった。



 暑い。まだ春だと言うのに異様に暑い日が続いている。特に都心のビル街は猛烈に暑い。私鉄と地下鉄を乗り継いで再び地上に出たのは午前十一時過ぎ、晴れ上がった空に太陽は真上近くへと差し掛かり、不快指数は鰻登りであった。

 こんなとき哺乳類なら、例えば犬ならば口を開け、舌を垂らし、激しく息をする事で体温を下げようとするが、鳥類も同様で、舌こそ垂らさないものの口を開けて、そして種類によっては両翼を少し開いて脇に風が通るようにする。街を行き交う人々は皆一様に、口を開いたり脇を開いたりしていた。ハチクマ先生も上着を脱いで肩に掛け、口と脇を開けながら目的の出版社へと歩いていた。

 どうせ炎天下を行くならば、いっそ飛んで行こうかと思ったりもするが、若い盛りの飛び回りたい年代でもあるまいに、他人様の頭の上を飛んで行くなどというのは、人としていささか恥ずかしい。だから皆、暑さに茹だりながらも飛ばずに歩いているのだ。文明は便利を追及する中から生まれ、文化は痩せ我慢の中から生まれる、のかもしれない。などとハチクマ先生は考えたりした。

 目的の出版社は駅から徒歩十分弱、九階建ての年季の入ったビルだった。一歩入ると中には冷房が効いており、ハチクマ先生は思わず深呼吸をした。気嚢きのうから肺へと冷たい空気が流れ込み、一気に体温が下がる。生き返る思いだ。約束の時間までまだ三十分ほどあるので何処かで時間を潰そうかとも思ったが、とりあえず来た事だけでも伝えておこうと受付に向かった。

 受付で約束の旨を伝えると、受付嬢が八階の編集部へと確認の連絡を入れる。ハチクマ先生は八階に足を運ぶつもりだったのだが、どうやら編集者の方から来てくれるらしい。そのまま五、六分待っていると、エレベーターからでっぷりとした大きな影が降りてきた。体重で言えば十キロを超える巨体である。目的の編集者、モモイロペリカンだった。ペリカン氏はハチクマ先生を見ると翼を広げて声を掛けて来た。

「やあこれはハチクマ先生お久しぶりです」

 ハチクマ先生は固まった。え、会った事あったっけ。

「三年前の年末のパーティ以来ですなあ、お元気そうで何よりです」

 そのパーティの事はうっすら覚えている。だがあの時はたらふく酒を飲んでいたので、誰に会ったのかは記憶に無かった。

「ああ、その節は、どうも」

 危ない危ない、もう少しで初めましてと言う所だった。迂闊に人前で酒など飲むものではない。ハチクマ先生は変な所で反省してしまった。

「お時間は大丈夫でしょうか、いや実はまだ仕事の途中でして、地下に喫茶店がありますので、あと三十分ほどお待ちいただけると有難いのですが」

 申し訳無さそうなペリカン氏にハチクマ先生は慌てて翼を振った。

「いやいやこちらの方こそ早く来すぎてしまって申し訳ない。時間は大丈夫です、先に仕事を片付けてください」
「そうですか、すみません。では後程」

 ペリカン氏がエレベーターに戻って行くのを見届けてから、ハチクマ先生は地下へと向かった。



 六枚の岩の表面はごつごつと劣化の痕を晒してはいたが、サイズの揃い方だけを見ても明らかに人工物であった。大きな四枚はおよそ二十センチ×三十センチ、厚さは五センチ程度、小さな二枚は十センチ×二十センチで厚さは二センチ程、組み合わせれば小振りな石の棺が出来上がる。

 その六枚の石板の周りを何人もの白衣のキジ達が取り囲んでいる。室内に居る人影は全てキジだった。その外、ガラスの壁一枚隔てた廊下にも、幾人かのキジの姿があった。

「どのくらい昔の物ですか」

 石板の様子を分厚いガラス越しに見ていた雉野真雉の問いに、隣に立つ白衣の初老のキジは、若干緊張の面持ちで答えた。

「現段階ではまだ正確な年代測定はできておりませんが、おそらくは一万年から一万五千年程度であろうと思われます」
「それは我々の暦で、という事ですか」

「左様です、一年をおよそ三十日と考えて一万年から一万五千年前の物です」
「では十二年三百六十五日を一周期と考えれば」

「ざっと八百から千二百周期といった所でしょうか」
「なるほど」

 雉野真雉は満足げにうなずくと、続けざまに問うた。

「それで、中には何が入っていましたか」
「それはまだ不明です。ただ」

「ただ?」
「石棺内の数か所に、繊維の断片が落ちているのが見つかっております」

「ほう」
「繊維の様子から、何かが石棺内を動いた結果、こすり付けられた衣服などから落ちた、と現時点では考えられます」

「ほほう、動いた。動きましたか。それは良い話かもしれない」

 雉野真雉は嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、初老のキジへと向き直った。

「この石棺にはまだまだいろんな秘密があるはずです、大発見を期待していますよ」

 そう言い残して歩き去って行く雉野真雉の背を、他のキジ達は最敬礼で見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

処理中です...