強請り屋 静寂のイカロス

柚緒駆

文字の大きさ
15 / 37

作為

しおりを挟む
 エレベーターは五階で停止した。この建物は地上五階建て。という事は最上階のようにも思えるが、ここは最上階の一つ下だ。別にトリックがある訳じゃない。『四』は縁起が悪いので、三階の次を五階と表示している訳だ。くだらねえ。

 オレとジローには廊下の奥の一部屋があてがわれた。隣は築根と原樹の部屋だ。部屋に入るとき、原樹は何やらドギマギしていたが、そんな状況じゃねえだろ。まったく、とことん空気の読めない野郎だ。

 部屋の中には据え付けのダブルベッドがあるだけで、他には何もない。当たり前だが、冷蔵庫もテレビも撤去されている。隣の部屋も同じ状況なら、おそらく原樹は、いまごろ顔から火を噴いている事だろう。あ、ユニットバスとトイレもあるな。水も流れる。暖房も効いている。これなら食い物さえあれば、何日かは監禁されても大丈夫そうだ。

 さて、それでは。オレはベッドに座ると、ジローを目で探した。案の定、窓側の隅っこで膝を抱えて座っている。まるで置物のように動かない。その目は虚空をさまよっている。だが耳は聞こえているはずだ。

「ジロー、さっきの典前朝陽の『予言』を出せ」

 ジローは音もなく立ち上がり、オレの正面にまで歩いてきた。そして向かい合うと合掌して、やや前のめりに体重をかけ、つま先立ちで目を見開き天を仰いだ。あのときの典前朝陽と寸分違わぬその姿。これがジローの特技であり、コイツを飼う理由だ。オレはこれを『人間コピー機』と呼んでいる。

 しかし典前朝陽は、確かにあのホテルのフロントマンが言ってたように、いい女だった。多少天然と言うか、純粋培養されたような、ほわほわとした感じはあったが、顔の作りは整っているし、巫女服のような着物の上からでもスタイルの良さは見て取れたし、間違いなくいい女だ。もっともオレの好みかどうかは、また別の話ではある。

 そんな事を一瞬考えていると、ジローの口が大きく開かれた。

「おひーさま」
「ちょっと待て、ストップ!」

 声がデカい。確かにあのときの朝陽の声もデカかった。だがそれをそのまま出されたのでは、他の部屋にまで聞こえる。いらん邪魔が入るかも知れない。

「声だけは小さく、それ以外はそのままで出せ。いいな、小声でだぞ」

 ジローは数秒固まった後、急に解凍されたかのように再び動き出した。

「……のぼりや、おつきさまのぼりや」

 声が小さくなった。まあこんなもんだな。オレはタバコを一本咥えた。

「我は典前大覚であるぞ。日月をおろそかにする雛子ども、我が言葉を聞き知らしめよ。祟るぞ祟るぞ十文字、夜のチマタの十文字、哀れな雛子は逆さになって、赤く輝く十文字。哀れな雛子は逆さになって、赤く輝く十文字」

「よし止めろ」

 ジローはそのまま停止した。まるで動画のストップボタンをクリックしたかのようだ。

 予言の内容としては「哀れな雛子は逆さになって、赤く輝く十文字」この部分が一番重要なんだろう。繰り返してるからな。ただ「夜のチマタ」ってのは何だ。スマホの予測変換では「巷」「岐」「衢」が出て来るが、このうちのどれだ。まあどれにしたところで分かれ道の意味らしいが。今度夕月に会ったら聞いてみるか。アイツなら知ってるだろ。それにしても。

「予言かね、これは」

 思わず口に出た。これが予言なら、どうって事はない。そう、ただの予言なら。何故なら予言は所詮予言だ。当たるも八卦、当たらぬも八卦のレベルの話である。どちらかと言えば、当たらない確率の方が高い。そんなもんは無視して構わない。だが。

 もしこれが予言ではなく『予告』なら。それは何かを起こす宣言に等しい。

 咥えたタバコに火を点ける。ここはいま、外界から閉ざされている。いわゆるクローズドサークル、つまり推理小説に出て来る絶海の孤島や、嵐の中で孤立した山小屋と同じような状況って訳だ。単なる偶然か? 何か臭えんだよな。作為を感じると言ってもいい。ただでさえそうなのに、そこに予言まで出てきやがった。いくら何でも出来過ぎじゃねえか。

 ……いや、考え過ぎか。そもそもオレが考える必要のある事なのか。だいたい宗教団体の中に居るってだけで、充分非日常的に過ぎる。連中にとっては、こういうのもよくある事なのかも知れん。よしんば何らかの作為があったにせよ、オレに関係なきゃ、それはそれで構わないはずだ。

 柴野碧の件は、早めに依頼者へ連絡する必要がある。何とか半額の三千万円で納得させなければならない。碧の気が変わる可能性もあるし、こういうのは勢いが大事だ。何日もこんな田舎でチンタラやってる訳には行かない。

「面倒な騒ぎは起こさんでくれよ。頼むぜ」

 そのとき、ドアがノックされる音がした。ジローはまだストップしたままだ。

「やめだ。今日はもういい」

 ジローが再び動き出し、部屋の隅に向かうのを確認してから、オレはタバコをもみ消してドアに向かった。その向こうで待っていたのは。

「遅いよ。何やってんの。寝てたの」

 作務衣姿の柴野碧が立っていた。右手に茶色いコンビニの袋、左手に白い大きめのレジ袋を持って。

「ああ、スマン。ちょっとな。何か用か」
「これ。頭ツルツルの人が、あの子に持って行けって」

 と、茶色い袋を差し出す。ジローのカレーライスだな。コンビニまで買いに行ってたのか。クソ遠いのに。

「それと、こっちはあんたの分」

 と、白い袋も差し出した。中にはミネラルウォーターと、丸い缶に入ったビスケット。そして紙コップ。

「……非常食か?」
「そ。信者用の食堂はあるけど、今日はもう閉まってるし。晩ご飯はこれで我慢して」

「食堂があるのか。カレーライスは食えるか」
「レトルトでいいならあるんじゃない。何よ、あんた毎日カレー食べさせてんの」

「他に食わねえから、しゃあないんだよ」
「へえ、お父さんは大変だ」

 そう言うと、碧はケラケラ笑った。

「随分と楽しそうだな」
「ふっふーん。天罰覿面」碧はニイッと歯を見せた。「やっぱり神様はいるんだね。あたし、訴えられても勝てるような気がしてきたよ」

「もし神様がいても、アンタの味方はしねえと思うが」
「そうかな、『罪なき者だけが石を投げよ』って言うじゃん。神様は案外あたしみたいな者の味方かもよ」

「おいおい」
「まあとりあえず、あんたら四人の世話係は、あたしがやる事に決まったみたいだから、何かあったらお姉さんに相談しなさい。そいじゃ、また明日の朝ね」

 上機嫌で背を向けて去って行く碧を見送って、オレはドアを静かに閉めた。ジローの前に行き、カレーを置く。

「食え」

 その言葉にバネが弾けたかの如くジローは反応し、もどかしげにカレーライスを袋から取り出すと、中身をぶちまけるんじゃないかという勢いで蓋を外して、プラスチックのスプーンを握り、犬のようにむさぼり食った。地獄の餓鬼もかくや、という感じである。

 それを見ながら、オレは胸ポケットからタバコを出した。残り三本だ。だがまだ内ポケットに一箱入ってる。駐車場のクラウンの中にも二、三箱入れてるんだが、取りに出られるのはいつになるやら。大事に吸わないとな、と思いつつ、脳裏に浮かぶのは楽しげな柴野碧の様子。アレはマジで気が変わるかも。

「マズいぞ、こりゃ」

 女の笑顔が脳裏から離れないのは高校時代以来か。まったくときめかないのが腹立たしい。いや、別の意味でドキドキはしているのだが、嬉しくも切なくも何ともない。

 オレは一つ溜息をついた。くだらん事を考えてる場合じゃない。何か対策を考えないとな。予言の事は、もうどうでもいい。どうせ何も起きないだろう。非常食の缶をパカンと開けながら、オレは女心に頭を巡らせていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...