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もう一人の代受苦者
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「了解しました、やってみます
でも本当に続けて大丈夫ですか
君の負担が心配です」
そんなメールを嬉しく思う
でも続けなければならない
プランB
次の作戦を実行し
最強の予言者を生み出す事で
あなたの望みが叶うのだから
どんな夜でも必ず明ける。眠るつもりなんてなかったのに、私は気がついたら部屋の椅子で眠っていた。目が覚めれば空はもう明るくて、外から聞こえる鳥の声。もしかしたら悪い夢だったのだろうか、和馬叔父様が殺されたなんて。そんな私のボンヤリとした希望を打ち砕くかのように――小さな音だったのに、私の胸には大砲の音のように響いた――部屋のドアがノックされた。
「はい」
返事をしてから気付いた。声を出すべきではなかったのではないか。知らずに済ませられた現実を、自ら招き入れてしまったのではないかと。
しかし無情にもドアは開けられ、向こうから碧さんの笑顔が現われた。鍵を閉め忘れていたのだ。
「夕月様、朝食はどうされますか。こちらにお持ちしましょうか」
「いえ、食堂で食べます。……あの」
「どうかされましたか」
たずねるべきなのだろうか。本当にそれは知るべき事なのだろうか。心は迷ったけれど、私はたずねた。たずねずには居られなかった。
「和馬叔父様は」
すると碧さんは少し目を伏せた。
「いまはお部屋です。今日お葬式をする予定だと羽瀬川さんが。教祖様もそれでいいと」
「そう、ですか」
夢じゃなかった。全身から力が抜けていく感覚。いけない。心の内側から声がする。暗闇に囚われてはいけない。そうだ。
「碧さん、ジロー君はどうしてます」
「ああ、あの子なら五味さんが起こしてました。あたしが声をかけてもピクリともしなかったのに、えらいものですね。もう食堂に行ってると思いますよ」
「そう、良かった」
私は椅子から立ち上がった。少し足下がふらつく気がするけど、大丈夫。きっと大丈夫。食堂に行こう。朝食を摂ろう。朝陽姉様や渡兄様と話そう。そうすれば、きっといつものように。
二階の食堂は、かつてここがホテルだった頃、レストランとして営業していたのではないかと思われた。結婚式場と同じフロアなだけあって、天井が高い。四、五メートルはあるだろうか。蛍光灯を取り替えるのは一苦労だな。朝食のトーストをかじりながらそんな事を考えているオレの隣で、ジローはカレーライスをむさぼり食っていた。厨房に無理を言って用意してもらったのだ。まったく世話の焼ける。と、そこに。
「聞いておりませんね」
責め立てるような響きの声が、一番奥のテーブルから聞こえた。殻橋邦命だ。日月教団の出家信者の婆さんを立たせて、自分は椅子でふんぞり返っている。
「ですが、このままというのは、あまりに酷い……」
婆さんは何やら相談をしていたらしいのだが、すっかり困惑した様子だ。それを殻橋はにらみつけた。
「勘違いなさっているのではありませんか」
「と、おっしゃいますと」
「私は葬儀がいけないと申し上げているのではありません。ただ、物事には順序というものがあるのです」
なるほど、婆さんは典前和馬の葬式をやろうとしていたのか。とりあえず給孤独者会議にも話を通しておこうとしたんだろう。そこに噛みつかれた訳だ。
「問題は二つあります。ご承知の通り、この天晴宮日月教団は給孤独者会議の傘下教団となりました。そしてこの場を預かっているのは、この私、殻橋邦命です。ならばまず第一に、私に話を通すべきでした」
「ですからこうやって」
「順序があると申しましたでしょう。あなたは教祖より先に、いやそれよりも葬儀の準備を始めるよりも前に、私のところに来るべきだったのです」
「そんな」
「第二に、葬儀は仏式でなければなりません。旧来のこの教団のやり方では許可できません。給孤独者会議の方式でのみ葬儀を認めましょう」
「私たちは、そんなやり方を知りません」
「だから最初に私のところまで話を通すべきだったのです。そうすれば、ちゃんと指示を出して差し上げましたものを」
殻橋はコーヒーを不味そうに飲んだ。立ち尽くす婆さんの体は小刻みに震えて見えた。あとちょっとした切っ掛けを与えれば導火線に火が点く、そんな空気が漂う中。
「こっちです」
食堂の扉を開けて、作務衣姿の出家信者が誰かを待っている。そこに現われたのは、電動車椅子の天成渡と、付き添う風見麻衣子だった。それに気付いたのか、殻橋の顔に苦々しさが浮かぶ。天成たちは真っ直ぐ殻橋の元に向かった。
「羽瀬川さん、大丈夫ですか」
風見が声をかけると、婆さんは声を出さずに首だけでうなずいた。
「殻橋さん、これはどういう……」
言いかけた風見を、天成が手を上げて止める。そして手話で話し始めた。
「……失礼があったのなら、私からお詫び致します。しかし、あくまでも善意から出た事です。ご理解ください」
通訳する風見の言葉に、殻橋は渋々という感じでうなずいた。
「それはもちろん、理解しております。ただ、こちらにも立場があるのです」
「お立場はわかります。ですから、ご指示をいただければ、それに従いましょう。大事なのは故人を悼む事です。自分たちのやり方に固執するつもりはありません」
風見麻衣子の口から出て来る天成渡の言葉に、殻橋邦命は毒気を抜かれたような顔で深い溜息をついた。
「わかりました。今回の事は、水に流しましょう。この後、教祖様とお話しできますか。葬儀の式次第について打ち合わせたいのですが」
そう言って殻橋は微笑んだ。その場に流れるのは、さっきまでと打って変わった和やかな空気。
ああ、なるほどね。天成渡も代受苦者って訳か。
でも本当に続けて大丈夫ですか
君の負担が心配です」
そんなメールを嬉しく思う
でも続けなければならない
プランB
次の作戦を実行し
最強の予言者を生み出す事で
あなたの望みが叶うのだから
どんな夜でも必ず明ける。眠るつもりなんてなかったのに、私は気がついたら部屋の椅子で眠っていた。目が覚めれば空はもう明るくて、外から聞こえる鳥の声。もしかしたら悪い夢だったのだろうか、和馬叔父様が殺されたなんて。そんな私のボンヤリとした希望を打ち砕くかのように――小さな音だったのに、私の胸には大砲の音のように響いた――部屋のドアがノックされた。
「はい」
返事をしてから気付いた。声を出すべきではなかったのではないか。知らずに済ませられた現実を、自ら招き入れてしまったのではないかと。
しかし無情にもドアは開けられ、向こうから碧さんの笑顔が現われた。鍵を閉め忘れていたのだ。
「夕月様、朝食はどうされますか。こちらにお持ちしましょうか」
「いえ、食堂で食べます。……あの」
「どうかされましたか」
たずねるべきなのだろうか。本当にそれは知るべき事なのだろうか。心は迷ったけれど、私はたずねた。たずねずには居られなかった。
「和馬叔父様は」
すると碧さんは少し目を伏せた。
「いまはお部屋です。今日お葬式をする予定だと羽瀬川さんが。教祖様もそれでいいと」
「そう、ですか」
夢じゃなかった。全身から力が抜けていく感覚。いけない。心の内側から声がする。暗闇に囚われてはいけない。そうだ。
「碧さん、ジロー君はどうしてます」
「ああ、あの子なら五味さんが起こしてました。あたしが声をかけてもピクリともしなかったのに、えらいものですね。もう食堂に行ってると思いますよ」
「そう、良かった」
私は椅子から立ち上がった。少し足下がふらつく気がするけど、大丈夫。きっと大丈夫。食堂に行こう。朝食を摂ろう。朝陽姉様や渡兄様と話そう。そうすれば、きっといつものように。
二階の食堂は、かつてここがホテルだった頃、レストランとして営業していたのではないかと思われた。結婚式場と同じフロアなだけあって、天井が高い。四、五メートルはあるだろうか。蛍光灯を取り替えるのは一苦労だな。朝食のトーストをかじりながらそんな事を考えているオレの隣で、ジローはカレーライスをむさぼり食っていた。厨房に無理を言って用意してもらったのだ。まったく世話の焼ける。と、そこに。
「聞いておりませんね」
責め立てるような響きの声が、一番奥のテーブルから聞こえた。殻橋邦命だ。日月教団の出家信者の婆さんを立たせて、自分は椅子でふんぞり返っている。
「ですが、このままというのは、あまりに酷い……」
婆さんは何やら相談をしていたらしいのだが、すっかり困惑した様子だ。それを殻橋はにらみつけた。
「勘違いなさっているのではありませんか」
「と、おっしゃいますと」
「私は葬儀がいけないと申し上げているのではありません。ただ、物事には順序というものがあるのです」
なるほど、婆さんは典前和馬の葬式をやろうとしていたのか。とりあえず給孤独者会議にも話を通しておこうとしたんだろう。そこに噛みつかれた訳だ。
「問題は二つあります。ご承知の通り、この天晴宮日月教団は給孤独者会議の傘下教団となりました。そしてこの場を預かっているのは、この私、殻橋邦命です。ならばまず第一に、私に話を通すべきでした」
「ですからこうやって」
「順序があると申しましたでしょう。あなたは教祖より先に、いやそれよりも葬儀の準備を始めるよりも前に、私のところに来るべきだったのです」
「そんな」
「第二に、葬儀は仏式でなければなりません。旧来のこの教団のやり方では許可できません。給孤独者会議の方式でのみ葬儀を認めましょう」
「私たちは、そんなやり方を知りません」
「だから最初に私のところまで話を通すべきだったのです。そうすれば、ちゃんと指示を出して差し上げましたものを」
殻橋はコーヒーを不味そうに飲んだ。立ち尽くす婆さんの体は小刻みに震えて見えた。あとちょっとした切っ掛けを与えれば導火線に火が点く、そんな空気が漂う中。
「こっちです」
食堂の扉を開けて、作務衣姿の出家信者が誰かを待っている。そこに現われたのは、電動車椅子の天成渡と、付き添う風見麻衣子だった。それに気付いたのか、殻橋の顔に苦々しさが浮かぶ。天成たちは真っ直ぐ殻橋の元に向かった。
「羽瀬川さん、大丈夫ですか」
風見が声をかけると、婆さんは声を出さずに首だけでうなずいた。
「殻橋さん、これはどういう……」
言いかけた風見を、天成が手を上げて止める。そして手話で話し始めた。
「……失礼があったのなら、私からお詫び致します。しかし、あくまでも善意から出た事です。ご理解ください」
通訳する風見の言葉に、殻橋は渋々という感じでうなずいた。
「それはもちろん、理解しております。ただ、こちらにも立場があるのです」
「お立場はわかります。ですから、ご指示をいただければ、それに従いましょう。大事なのは故人を悼む事です。自分たちのやり方に固執するつもりはありません」
風見麻衣子の口から出て来る天成渡の言葉に、殻橋邦命は毒気を抜かれたような顔で深い溜息をついた。
「わかりました。今回の事は、水に流しましょう。この後、教祖様とお話しできますか。葬儀の式次第について打ち合わせたいのですが」
そう言って殻橋は微笑んだ。その場に流れるのは、さっきまでと打って変わった和やかな空気。
ああ、なるほどね。天成渡も代受苦者って訳か。
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