強請り屋 静寂のイカロス

柚緒駆

文字の大きさ
19 / 37

事件の考察

しおりを挟む
 エレベーターホールで上昇ボタンを押す。しかし二階で誰か乗っているのか、止まったままなかなか動かない。扉の上の階数表示を見つめながら、オレは考えた。

 予言があった。そして人が殺された。犯人は誰だ。

 常識的に考えるなら、一番怪しいのは予言者だ。予言をし、その予言通りの結果を作り出す。典型的なマッチポンプだが、予言が当たる事に何らかの意味や価値があるのなら、一番確実で合理的とも言える。だが今回の殺人事件の場合、予言者にはアリバイがある。……いや、そうだろうか。

 和馬の死体が発見されたとき、典前朝陽は給孤独者会議の道士たちと揉み合っていた。それは事実なのだろう。だが和馬は、その場でその瞬間に殺された訳ではない。検視されていないから死亡時刻はわからないが、殺されてから発見されるまでに、タイムラグがあるはずだ。その時間差にアリバイをはめ込めば、殺す事は不可能じゃない。つまり和馬を殺して、あの場所に死体を逆さに吊り下げて、それから玄関に向かう事も理屈の上では可能だ。ただし。

「誰にも見つからなきゃ、の話だ」

 そうオレがつぶやいたとき、チャイム音が鳴った。エレベーターが到着したのだ。扉が開く。

「五味。こんなところで何してるんだ」

 中に居たのは築根と原樹。ああそうか、和馬の部屋は二階だったか。

「いや、ちょっと野暮用でね。そっちはもう終わったのか」
「一応な。部屋には乱闘した痕跡があった。あそこで殺された可能性は高い」

 築根にうなずきながら、乗り込んで振り返った。三人とも同じ階だから、オレがボタンを押す必要はない。扉が閉まり、エレベーターは上昇を始める。無言で階数表示を見つめながらこう思った。

 何で聞こえなかったんだ。

 二階の和馬の部屋から一階のあの場所に死体を下ろすには、エレベーターを使ったはずだ。大階段を使って下ろすなんて事は出来ない。ロビーには道士どもがウヨウヨしていたのだから。

 一階エレベーターの正面に、事務所入り口はある。奥まったエレベーターホールは、ロビーから見づらい。少なくとも玄関付近に居るヤツからは見えない。死体の移動には最適だ。だがエレベーターが到着すれば、チャイムが鳴る。誰も気付かないなんて事は……違うな。逆だ。

 チャイムが鳴った。五階に到着したのだ。築根が降りる。原樹が降りる。そして最後に降りて、オレは言った。

「話を整理しようぜ」


 築根と原樹の部屋にオレも入った。原樹は迷惑そうな顔をしたが、構いやしねえ。部屋に入ると真っ直ぐ窓に向かった。見える景色はオレの部屋と変わらないな。近隣に明かりはまったく見えない。街灯すらない。ずっと遠くに街の明かりが見えるだけだ。まさに陸の孤島。

「それで」その声に振り返ると、築根が部屋の真ん中で仁王立ちしていた。「何がわかった」

 ああ、タバコが吸いてえ。だが今夜はおあずけだ。話す事を話して、さっさと寝ちまおう。

「典前和馬が、二階の自室で殺されたと仮定する」

 オレは窓辺に座り込みながら話し始めた。

「その死体を、一階のあの現場まで運ばなきゃならん訳だが、どうやって運んだか」
「そりゃエレベーターだろう」

 あぐらをかいた原樹が、当たり前だという風に答えた。

「だがエレベーターが一階に到着すれば、チャイムが鳴る。普通なら、スキンヘッドの誰かが気付くはずだ。なのに誰も死体の移動を見ていない。何故だ」

 築根の表情がわずかに変わった。さすがに理解が早い。

「典前朝陽が玄関で揉めたというのは」

 オレはうなずく。

「そう、陽動だ。典前朝陽が玄関前で道士共の注目を集めていた、その瞬間を狙って、和馬の死体の移動は行われた」

 築根の顔が険しくなる。

「それはつまり、典前朝陽には共犯者が居たという事になる」

 やっぱりコイツも朝陽が怪しいと考えていたか。

「ああ、もしかすると、殺人の実行犯も朝陽じゃないかも知れない」
「充分にあり得るな」

 しかし原樹はキョトンとした顔で築根を見つめた。

「え、犯人はスキンヘッドじゃないんですか」

 一瞬の変な間を置いて、築根はたずねた。

「どうしてそう思う」

「いや、だって死体にあんな細工するのは腕力が必要ですし、一人じゃ無理だ。いまここにいる出家信者には、爺さん婆さんと若い女しか居ません。第一、あの連中が来てから事件は起きたんですよ。犯人は、あいつらしか居ないでしょう」

 築根は困った顔で、こめかみを押さえている。

「動機は」
「へ?」

「なぜ給孤独者会議が和馬を殺さなきゃならない。理由は。意味は」
「それは、その、逮捕して白状させれば」

「話にならん」

 築根ににらまれて、原樹はデカイ体を小さくした。そして何故か恨めしそうにオレを見つめる。知るか。とは思うものの。

「確かに、起きた現象だけ見れば、給孤独者会議は有力な容疑者だ」
「そ、そうだろ、なあ」

 原樹の顔が明るくなった。

「おい、五味」

 困惑する築根を手で制して、オレは言葉を続けた。

「だが、それとまったく同じ理由で、有力な容疑者になり得る連中が他にも居るだろ」

 原樹は再びキョトン。築根も思い当たらないらしい。

「他に? 誰だそれは」

 まったく、コイツらはおめでてえな。

「決まってんだろ。オレたちだよ」
「あっ」

 築根は納得したようだ。だが原樹は首を振る。

「いやいやいや、待て待て。おまえはともかく俺たちは刑事だぞ、そんな」
「いまどき刑事が無辜の善人だとか思ってるヤツはいねえよ。警官が起こした事件がどれだけ新聞に載ってるか、知らん訳じゃあるまい」

 原樹もようやく理解したのか、苦々しい顔で押し黙った。

「それに、だ」

 ああ、タバコが吸いてえ。いや、残りの本数を思い出せ。ここは我慢だ、我慢。

「今回の事件は、給孤独者会議の連中が起こしたにしちゃ、おかし過ぎるんだ」
「どこがおかしい」

 築根の挑むような視線。せっかくの美人なのに、このクソ真面目なところは何とかならんもんかね。

「予言があった。で、それをなぞるように殺人が行われた。これっていわゆる『見立て殺人』の類いだよな」
「確かにそうだ」

「だが実際問題、見立て殺人の意味って何だ。ただ殺すだけでもリスクがあるのに、それに加えて、死体をわざわざ飾り付けてるんだぞ。何で死体を壁に吊るす必要がある。しかも逆さまに。常識的に考えれば馬鹿げてる。給孤独者会議に、あるいは日月教団に、死体を飾り立てる宗教的な意味でもあるんなら理解出来るが、現場の連中の反応を見る限り、そんな教義も習慣もないはずだ」

 静まりかえったロビー、葬式を忘れていた信者たち、そこにあったのは拒絶だ。築根はうなずいた。

「自分たちに理解出来るものなら、あんな反応はしない、か」

「もしあの見立てに意味があるとするなら、それでいて宗教に関係がないのなら、逆さに吊るした事には重要じゃない。考えられるのは一つ。それは見る事、誰かにあの死体を見せる事それ自体だ」

 オレのその言葉に、築根はハッと気付いた。

「メッセージって、そういう事か」

「犯人は、おそらくあの死体を誰かに見せたかった。それに成功したのかはわからん。給孤独者会議にせよ、日月教団の信者にせよ、全員が見た訳じゃないだろうからな。だが見せたいという意思はそこにある。ならばいったい、和馬の死体の何を見せたいのか。それは当然、予言が実現した事実だろう。典前朝陽の予言は当たる。それを見せつけたかったに違いない。だとすれば、給孤独者会議は容疑者から外れる。連中は予言を否定する立場だ。予言の実現をサポートするはずがない。それどころか、給孤独者会議に見せつけたかった、と考えれば一応話は通じる」

「なるほど、教団買収への抵抗として、典前朝陽が予言をして……いや待てよ」
「ああそうだ。それもちょっとおかしい。どうせ殺すんなら身内じゃなく、殻橋邦命を殺した方が話が早いんだからな」

「身内を殺さなければならなかった理由があるという事か」

 築根は腕を組んで考え込んだ。オレは一つ溜息をついた。

「とりあえず、いまオレに言えるのは、この程度で限界だな。もう頭がスッカラカンだ」

 原樹が不満げに鼻を鳴らす。

「何だよおい、結局犯人はわからないのか」
「当たり前だろ。ホームズじゃあるまいし、こんな少ない情報で真相なんかわかってたまるか」

 築根は唸っている。頭がフル回転しているのだろう。その目がオレを見た。

「そもそも典前朝陽は、この事件の首謀者なのか」
「わからんよ。無関係じゃないのだけは確かなんだが」

 オレは立ち上がった。今夜はもう部屋で眠りたい。

「殻橋にどこまで話すかは、アンタらに任せる。何にせよ明日だ。今日は寝ようぜ」

 すると突然、原樹が立ち上がり、猛然とオレに近づいて来た。

「よし、俺も一緒に行こう」
「な、何だよいきなり。アンタの部屋はこっちだろうが」

 だが原樹はオレの腕をつかむと、聞こえるか聞こえないかの小さな声でこう言った。

「眠れる訳ないだろうが!」

 まったくコイツだけは面倒臭えな。それをオレが口にする前に、「では警部補、おやすみなさい」と言いながら、原樹はオレを小脇に抱えて部屋を出た。ポカンとした顔の築根を残して。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...