強請り屋 静寂のイカロス

柚緒駆

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事件の原点

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 彼は思い悩んでいた
 答が見つからず苦しんでいた
 けれどそれも計画の一部
 僕はこう言った

 この次は、あなたたちの中から死人が出ますよ

 彼は驚いていた
 動揺していた
 けれどそれも計画の一部
 僕はこう言った

 夕月派の和馬が死に
 朝陽派の小梅が死に
 どちらでもない碧が死に
 ここに残っているグループは
 あなた方と、刑事と探偵
 ならば次に殺されるのは、あなた方だ

 彼はまた驚いた
 そして僕にこうたずねた

 何故刑事と探偵は殺されないと言えるのですか

 僕は答えた

 だって彼らが犯人ですからね

 彼は歓喜した
 考えていた通りだったと
 自分は間違えていなかったと
 そして僕の手を取り笑った
 そんな彼を見て、僕は思った

 ああ、人殺しの目をしている



 結局あれから五味さんは、不機嫌な顔で考え込んだまま。私はどうする事もできずに部屋に戻った。

 予言は誰のため? 五味さんの言ってた事を考える。父様の霊は朝陽姉様を通じて予言をした。それは何故。何のため。誰のため。それがわかれば、朝陽姉様にかけられた嫌疑も晴れるかも知れない。

 朝陽姉様のため? でも姉様は予言のせいで疑われている。せっかく教祖になれたのに、いまは苦しい立場に追いやられている。そんな事を父様が望んでいたのだろうか。

 渡兄様のため? でも渡兄様は朝陽姉様が怪しいと主張して、大松さんたちと雰囲気が悪くなっただけで何も得られてはいない。父様は兄様を随分と気にかけていたけど、死んだ後まで心配するのだろうか。

 教団のため? でも教団は売られてしまった。もっと早く予言があれば。人が死ぬ予言じゃなくて、みんなを幸せにする予言があったなら。

 私のため? そんなはずは絶対にない。父様は私を可愛がってはくれたけれど、和馬叔父様を殺して、小梅さんを殺して、碧さんを殺して、私が幸せになるはずがない。なれるはずがない。

 じゃあ誰のため? 何のため? 結果には原因がある。行動には理由がある。父様が予言をしたのにも、姉様の口を借りたのにも、必ず何らかの理由があるに違いない。違いないのだけれど。

 ……ダメだ、思い浮かばない。五味さんのようには行かない。私には推理なんて無理なのかも知れない。でも。

「あらゆる不可能を排除したとき、最後に残ったものがいかに有り得なくとも、それが真実である」

 ホームズはそう言う。私はあらゆる不可能を排除しただろうか。考えよう。もう一度、ううん、何度でも考えよう。いま私に出来る事は他にないのだから。



 午後三時を過ぎた。当たり前のように何も起こらない。やれやれ、こっちの不安も動揺も計算のうちってか。まったく嫌になる。さっさと解放してくんねえかな。千二百万のネタも駄目になったし、これ以上こんな所に居ても、何の得もない。犯人が誰とか知るか。あと何人殺されるとか、どうでもいい。オレは事務所のソファの上で、好きなだけタバコが吸いてえんだ。

「五味、どう思う」

 築根が話しかけてくる。どうも思わねえよ、と言ってやりたかったが、一応聞いてみる。

「何が」
「三時を過ぎたが何も起こらない」

「四時まではあと四十分くらいあるんじゃねえの」
「その間に何かあると思うか」

「思わんね」

 何で真面目に答えてんだ、オレは。どんだけ律儀なんだよ。築根はなおも問いかける。

「柴野碧が三階から落とされて殺された以上、犯人は三へのこだわりを捨ててはいないと見るべきだ。なのに何故三時に動かない」
「今日の分はもう終わったって事だろう」

 築根はじっとオレを見つめる。美人なんだが、まったく色っぽくない。

「昨日は小梅が殺されて、今日は碧が殺された。だったら明日また殺せば、三日連続三人殺しだ。三尽くしじゃねえか」
「最初から三日で三人殺す計画だったという事か」

「そりゃそうだろ。無計画にここまで出来る訳がない。どんだけ天才的犯罪者だよ」

 原樹は壁にもたれて居眠りをしている。ジローはいつも通り膝を抱えて虚空を見つめていた。外からは何も聞こえて来ず、築根は沈黙して何かを考えている。静寂の中、オレは一つ溜息をついた。ああ、タバコが吸いてえ。

「一と一と三」

 不意に築根がつぶやいた。

「あ?」
「予言では一と一と三を強調した。これを、この順番で人を殺すという事だと私たちは受け取った。実際、その順番通りに人が死のうとしている。だが、これが正解なのか」

 築根の考えている事が理解できなかった。しかしコイツは元来優秀な刑事だ。優秀過ぎて煙たがられる事はあるにせよ、原樹とは頭の出来が違う。

「何が言いたいんだよ」

「下臼聡一郎のストーカー殺人は、本当に最初の殺人なのか。他に事件は起きていないのか。予言があえて一と一と三を強調したのは、それだけを見て欲しかったから、つまり他の何かを隠したかったからじゃないのか。そんな可能性を考えていた」

 この野郎。まあ野郎じゃねえが、こんな事考えてやがったのか。オレは一呼吸置いて答えた。

「他に何かあるとするなら、先代の典前大覚が死んだ事か」

 いかんな、ちょっと面白くなってる自分が居る。

「アレは病死って事になってるが、もし殺人なら……いや、だがそんな事をして何になる。大覚は病気で何ヶ月か伏せっていた。その時点で教団の実権は朝陽が握ってたんじゃないのか。確かに殺せば権力は確固たるものになる。しかしリスクが大きい。たとえば継続的に食事に毒を混ぜていた、なんて考えるのは簡単だが、実行するのは難しい。どこに人の目があるかわからない。教団内には夕月に教祖を継がせたがっていた派閥もある。迂闊な事は出来ないだろうし、現状ここまで計画的に事を進めている犯人にしちゃ、らしくない気もする」

「そうか。ちょっと考えすぎたかな。疲れてるんだな、たぶん」

 築根は照れたような困ったような笑い顔を浮かべた。

「ただし」

 オレは続けた。

「典前大覚の死が、本当に病死だったらどうだ」

 築根は眉を寄せて首をかしげた。まるで意味不明という顔だった。

「病死だったら? それは別に何も隠す事はないんじゃないのか」

「そう、病死なら隠す必要はない。ないはずなのに、隠したい何かがそこにあるなら。何をだ。何かをした。何かがあった。それを隠すためなら人を殺しても構わない何かが、この一連の事件の原点が、典前大覚の死にはあるのだとしたら」

 そこまで喋って、オレはもう一度溜息をついた。

「何か何かばっかりじゃ、わかんねえな。無駄に可能性が広がるだけだ」

 しかし築根は呆気に取られている。

「おまえ……本当にすごいな」
「何が」

「いや、イロイロとさ」

 と、何故か築根が吹き出したそのとき。突然館内放送が流れた。

「殻橋邦命様よりのお達しです。三階と六階の封鎖については解除します。繰り返します。三階と六階の封鎖については解除します」

 オレと築根は顔を見合わせた。

「どういうつもりだろう」

 困惑している築根に、オレは手をひらひらさせた。

「さあ。馬鹿の考え休むに似たりってな。封鎖なんかしても意味がない事に、いまさら気付いたんじゃねえの」
「おまえ、外に聞こえるぞ」

「知ったこっちゃねえよ」

 ああ、クソッ。タバコが吸いてえ。どうする、一本だけ吸うか。一本だけなら大丈夫か。一本だけなら。
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