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前提条件
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廊下で立ち話って雰囲気でもなかったので、オレたちは部屋に戻った。部屋の真ん中に四人で車座に座ると――ジローはいつもの通り部屋の隅で膝を抱えている――夕月の話を待った。言いにくい事なのか、しばらくモジモジしていた夕月だが、やがて思い切ったかのように口を開いた。
「私、この事件の犯人はわかりません。でも、父様が誰のために予言をしたのか、わかった気がします」
「ふうん、誰だ」
「朝陽姉様です」
「何でそう思った」
「一と一と三」夕月は確認するように声に出した。「下臼さんは姉様と婚約していました。姉様のいろんな事を知っていたはずです。和馬叔父様は当然、姉様が子供の頃から知っています。小梅さんは姉様が中学生の頃からの古参信者ですし、碧さんは姉様が中学生のときの友達でした。殺された人はみんな姉様の事をよく知っている人たちばかりです。これは偶然とは思えません」
「確かに、偶然ではないだろうな」
オレがそう言うと、夕月の顔が少し明るくなった。オレは続けた。
「特に下臼以外の三人は、全員朝陽が中学生の頃を知っている。この共通項には何か意味があると考えるべきだろう」
夕月はそれを聞くと、興奮してきたのか、息を荒くした。
「だから、私、思うんです。これは姉様にみんなの危険を伝えようとして、父様が精霊界から送ったメッセージが、予言として現われたんじゃないかと!」
「それはねえな」
にべもなく即答で否定されて、夕月はしばし唖然としていた。
「……あ、あの、でも現に予言があって、人が死んでますし」
「もしおまえの言う通りなら、予言がなくても殺人事件は起きたって事になる。朝陽に関係が深い人間が殺される事を知らせようとして、警告を発したってんならな」
「は、はい」
「だが予言で名指しはされていない。そんな予言で、朝陽はどうやって、何に注意をすれば良かったんだと思う」
「それは」
「そもそも何で予言が二回に分かれたんだ。一回でいいだろう。被害者の名前入りの予言を一回でまとめてやれば、かなりの高確率で犯行を防げたはずだ。おまえの親父は何故そうしなかった」
「それは、精霊界から人間世界に干渉するにはイロイロと困難があって」
「そりゃいくら何でも、ご都合主義が過ぎるってもんじゃねえか。だいたいそれじゃ、予言をした意味がない。殺人を止められない事が前提の予言なんぞ警告になるかよ。おまけに祟りって何だ。一と一と三って何だ。ふざけてんのか」
「五味、もういいだろう」
築根が助け船を出したが、オレはそれを無視した。とりあえず言うべき事は言っとかなきゃ、後々面倒臭い。
「いいか夕月、おまえは馬鹿じゃない。考える力はある。だが考えるための根本が間違ってる。前提条件が狂ってるから、どれだけ考えても正しい答が見つからねえんだよ」
その言葉が何か琴線に触れたらしい。夕月は不意に泣きそうな顔を浮かべた。
「私、狂ってますか」
「ああ狂ってるね。マトモとは、とてもじゃないが言えない」
「でも私、これ以外の考え方を知りません」
「本を読んだ事はあるよな」
「……」
「本を読んで、自分とは考え方が違うと感じた事があるはずだ。ないとは言わせない。おまえは自分以外の人間の考え方を知っている。たくさん知っている。だが、自分を変える必要をこれまで感じてこなかった。だから変えなかった。親父も姉貴も周りの大人も関係ない。自分の意思で変えなかったんだ。もうそれは通じない。真実が見たいなら考え方を変えろ。変えたくないなら真実を見るな。選ぶのはおまえだ」
夕月は立ち上がった。感情の高ぶった赤い顔をうつむけたまま、震える声で「失礼します」とだけ言うと、部屋を出て行った。
ドアの向こうに夕月の背中が消えるのを見送って、築根は困ったような顔でオレをにらんだ。
「やり過ぎだ」
「そうかね」
「まあ、彼女の事を考えての言葉だというのはわかるが」
オレにとって面倒臭かっただけだ。別に夕月の事を考えた訳じゃない。そう言おうとして、オレは気付いた。
そうか、そうだよな。何でいままで考えなかったんだ。
すべての殺人は、夕月のために行われたという可能性を。
「私、この事件の犯人はわかりません。でも、父様が誰のために予言をしたのか、わかった気がします」
「ふうん、誰だ」
「朝陽姉様です」
「何でそう思った」
「一と一と三」夕月は確認するように声に出した。「下臼さんは姉様と婚約していました。姉様のいろんな事を知っていたはずです。和馬叔父様は当然、姉様が子供の頃から知っています。小梅さんは姉様が中学生の頃からの古参信者ですし、碧さんは姉様が中学生のときの友達でした。殺された人はみんな姉様の事をよく知っている人たちばかりです。これは偶然とは思えません」
「確かに、偶然ではないだろうな」
オレがそう言うと、夕月の顔が少し明るくなった。オレは続けた。
「特に下臼以外の三人は、全員朝陽が中学生の頃を知っている。この共通項には何か意味があると考えるべきだろう」
夕月はそれを聞くと、興奮してきたのか、息を荒くした。
「だから、私、思うんです。これは姉様にみんなの危険を伝えようとして、父様が精霊界から送ったメッセージが、予言として現われたんじゃないかと!」
「それはねえな」
にべもなく即答で否定されて、夕月はしばし唖然としていた。
「……あ、あの、でも現に予言があって、人が死んでますし」
「もしおまえの言う通りなら、予言がなくても殺人事件は起きたって事になる。朝陽に関係が深い人間が殺される事を知らせようとして、警告を発したってんならな」
「は、はい」
「だが予言で名指しはされていない。そんな予言で、朝陽はどうやって、何に注意をすれば良かったんだと思う」
「それは」
「そもそも何で予言が二回に分かれたんだ。一回でいいだろう。被害者の名前入りの予言を一回でまとめてやれば、かなりの高確率で犯行を防げたはずだ。おまえの親父は何故そうしなかった」
「それは、精霊界から人間世界に干渉するにはイロイロと困難があって」
「そりゃいくら何でも、ご都合主義が過ぎるってもんじゃねえか。だいたいそれじゃ、予言をした意味がない。殺人を止められない事が前提の予言なんぞ警告になるかよ。おまけに祟りって何だ。一と一と三って何だ。ふざけてんのか」
「五味、もういいだろう」
築根が助け船を出したが、オレはそれを無視した。とりあえず言うべき事は言っとかなきゃ、後々面倒臭い。
「いいか夕月、おまえは馬鹿じゃない。考える力はある。だが考えるための根本が間違ってる。前提条件が狂ってるから、どれだけ考えても正しい答が見つからねえんだよ」
その言葉が何か琴線に触れたらしい。夕月は不意に泣きそうな顔を浮かべた。
「私、狂ってますか」
「ああ狂ってるね。マトモとは、とてもじゃないが言えない」
「でも私、これ以外の考え方を知りません」
「本を読んだ事はあるよな」
「……」
「本を読んで、自分とは考え方が違うと感じた事があるはずだ。ないとは言わせない。おまえは自分以外の人間の考え方を知っている。たくさん知っている。だが、自分を変える必要をこれまで感じてこなかった。だから変えなかった。親父も姉貴も周りの大人も関係ない。自分の意思で変えなかったんだ。もうそれは通じない。真実が見たいなら考え方を変えろ。変えたくないなら真実を見るな。選ぶのはおまえだ」
夕月は立ち上がった。感情の高ぶった赤い顔をうつむけたまま、震える声で「失礼します」とだけ言うと、部屋を出て行った。
ドアの向こうに夕月の背中が消えるのを見送って、築根は困ったような顔でオレをにらんだ。
「やり過ぎだ」
「そうかね」
「まあ、彼女の事を考えての言葉だというのはわかるが」
オレにとって面倒臭かっただけだ。別に夕月の事を考えた訳じゃない。そう言おうとして、オレは気付いた。
そうか、そうだよな。何でいままで考えなかったんだ。
すべての殺人は、夕月のために行われたという可能性を。
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