【R18/BL/完結】エンドライン/スタートライン

ちの

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第一部

エンドライン 7

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 ああそういえば。

 毎年意味のないはずの日を、待ち遠しいなんて感情ははるか昔に置いてきてしまった日を、教室のカレンダーに目をやったときに思い出してしまった。
 俺にとってはただ年をとる通過点であって、嬉しいものでも嫌いなものでもない。去年は過ぎてから気づいたくらいだ。今年もそうであったらよかったのに。なぜ気づいてしまったんだろう。
 父親に見限られたときから覚えた諦め。
 邪魔にならないようにと必死だった。認めてくれなくてもせめてそばにさえいられれば、家族として最低限の接点だけでもあればと、幻想の繋がりに執着していた。だから余計に辛かったのを覚えている。
 母が死に、俺が生まれたあの日だけは。
 学校でみんなに歌を歌われ祝福される裏側で、一人遺影の前で大泣きする父親。

 喜んではいけないと。
 母が死んだ日なんだと。

 言い聞かせて押し殺した。

 ただもう、あの父親の背中を見ることはないと思うと、ほんの少しだけほっとした。
 本当に、ほっとした。
      




 


『一緒に帰ろーぜトキ』

 放課後になって西川が机の前にやってきた。

『んでトキんちに寄っていく』

 どうせ嫌だと言っても聞く耳を持つはずはないだろうから、俺は頷いて教室をでた。塾のない日だった。西川は鼻歌をうたいながら後ろについてくる。
 校門をでて駅の方へ歩いている途中、西川がスーパーを指差して『2人鍋しよう』とか言い出したおかげで、俺たちは制服のまま買い出しに行くはめになった。たらたらとカートを押して店内を歩いているうちに必要な材料はカゴに揃い、気づいたら精算は西川が済ませていた。西川は普段ちゃらんぽらんに見えるくせに、こういうときだけ手際がいい。
 うまい鍋の裏技とやらを聞いているうちに家に着いた。

『じゃーまず、野菜切って』

 キッチンのテーブルに荷物を置いて西川は両腕の袖を捲り上げた。かなりの気合いの入れ様に、つい笑ってしまう。

『お前、いい女房になれんじゃないの、』

 それでエプロンつけたら完璧だな、と付け加えたとき西川も笑って『そうだな』と答えた。

『でもやっぱり、トキが先かな』

 言って西川は振り返り、前から抱きついてきた。体重をかけられてテーブルに乗り上げる。俺のシャツのボタンを外しながら、胸元に顔を埋めてくる。今日はやけに機嫌が良い。

『鍋つくんじゃねーのかよ』

『こっちやってからね』

 西川と一緒に帰るということは、俺の家でそういうことをするということだ。だから俺はすんなり受け入れた。テーブルの上で服を脱がされてキスをした後、自室のベッドでもつれあう。お互いを高める方法は、もう体に染み付いていた。数時間ほど情事にふけったあと、だるそうな顔で西川は起き上がった。

『作ってくるから、トキは待ってな。その前に風呂貸して』

 その驚くほど柔らかい物言いに、一瞬西川の顔をまじまじと見つめてしまった。そんな俺を見て西川がまた笑みを浮かべる。俺の頭を数回撫でてから、部屋を出ていく。奥でシャワーの音がするのを聞きながら、俺はベッドの上で寝返りをうった。
 なんだか西川の様子が変だと感じるのは気のせいだろうか。
 胸の内側がむずがゆい。本当に変な感じだ。これではまるで。

 まるで。
 恋人同士のような。

 そんなわけあるか。そう振り払って枕に顔をうずめた。そのうち息ができなくなって仰向けになる。顔が熱い。酸欠でくらくらした。しばらく一人で何度も寝返りを繰り返す。目を閉じると、今度はまな板を叩く音が聞こえる。それが心地よくて、いつしか意識が薄くなっていった。

 西川に肩を揺さぶられ眠りから起こされたときには、もう夜の九時を回っていた。俺は西川に連行されるまま風呂に入り、部屋着に着替えてからキッチンに向かった。
 テーブルにはできあがった鍋とご飯と飲み物が並んでいた。西川は得意げに蓋をあける。中身は二人じゃ食べきれないほどの具材でいっぱいで、くずれた豆腐の残骸が至るところに散らばっていた。

『豆腐は最後のほうに入れるもんじゃないのか?』

『え?でも最初にいれないと味染みないじゃん』

『しかもかき混ぜた?』

『鍋はかき混ぜるもんだろ?』

 どうやら料理はあまり得意ではなかったらしい。経験もないのにどんだけの自信なんだと、また笑ってしまう。
 かなり大食いな西川につられて、俺も食が進み、笑い声も絶えなかった。グラスに注がれた飲料はおそらくアルコールだったのだろう。『鍋にもやしは普通入れるのか?』という疑問をなげかけると、西川は大真面目に『もやしは一袋三十八円なんだぞ』と言う。答えになっていないんだが。西川は明らかに酔っていた。
 でも、うまいから、何でもいい。
 酒も今回は見逃してやろう。

 二人で向き合って、食べきれない鍋をつついて。
 いつも一人でする食事とは比べものにならないほど、満たされた気がした。

『残ったのは朝食えよー、かたづけは頼んだ』

『帰り事故るなよ、』

『トキみたいに酔っ払ってないから平気』

 嘘付け。かなり飲んだろお前だって。
 西川は俺の頭をゆっくり引き寄せて、目を見ながらキスをしてきた。上に触れるだけの簡単なやつだった。すぐ離れたかと思うと、今度は鼻の上に触れられる。西川は笑っていた。

『おやすみトキ』

『じゃーな』

 玄関のドアをしめて、鍵をかける手が少し動揺していた。
 まただ。
 おやすみ、と告げた西川の笑みはどきりとするほど柔らかかった。それにさっきのキスはなんだ。普段なにを考えているのかわからない西川が、ますますわからない。

 時間は零時を過ぎた。西川は終電に間に合っただろうか。
 廊下を歩く足がふらつく。西川のテンションに引きづられて、調子に乗って飲みすぎたかもしれない。二日酔いにはなにが効くんだろうと考えながら、とりあえず胃薬の閉まってある冷蔵庫を開けた。 
 そこに、見慣れないものがある。
 自炊は気が向いた時にしかやらないため普段の冷蔵庫の中はすかすかなのだが、今日は西川が買い込んで余った野菜が詰め込んである。そのちょうど真ん中の段に大きめの白い箱があった。なにか、西川が鍋に入れ忘れた具材かと思って箱を取り出し蓋を開けた。
 中にあったのは白くて上に赤い苺の乗った、一台のショートケーキだった。

 力が抜けて、箱を抱えたまま冷蔵庫の前に座り込んだ。箱の隙間からカラフルな小さい蝋燭が転がってくる。

 俺はしばらくそうして動けずにいた。
 同時に今日西川と過ごした時間を思い出す。
 いつ、こんなものを買ってきたんだろう。
 なんで、何も言わずに帰ったんだろう。

 俺が甘いものを食べれないことを、西川は知っているはずだった。

『誰が食うんだよ、』

 いつから知っていたんだろうか。
 どうして分かったんだろうか。
 俺でさえ諦めて、興味のなかった、この日を。





 HAPPY BIRTHDAY TOKI   






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