【R18/BL/完結】エンドライン/スタートライン

ちの

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第一部

エンドライン 10

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 時間の問題だとは思っていたけれど、こんなに早いなんて意外だった。染谷は俺が考える数倍、西川のことに敏感だった。そういえば、その片鱗は出会ったときからあった。

「なんで?どうしてですか?」

 玄関のドアをあけるなり、胸ぐらを掴まれて壁に強く押しつけられた。眼前に迫る染谷の目は怒りを宿してゆらめいて見える。こんなに俺に苛立つ染谷は初めてだった。
 俺が西川に抱かれに行ったことが、どうやら染谷にバレたらしい。話す人物なんてひとりしかいない。そうして俺の家の場所も教えたのか。勝手に。

「それで?あいつはなんて言ってた?」

「ここに、来たって。先輩の家に。俺は一度だって来たことないのに。教えても、くれなかったのに……」

「余計な詮索されたくなかっただけだ。こんなバカ広い部屋に一人暮らしなんて、知られたくなかった」

 本当だ。別に西川だから特別とかじゃない。だから正直に答えた。
 けれど染谷は手を離してはくれない。むしろ余計に力が加わったのがわかった。

「余計って、なんですか」

 唇を強く噛んだ染谷は、泣きそうな。
 泣きそうな目で、俺を見た。
 西川のことがバレて問い詰められている状況に、少しの動揺も見せない俺を。
 謝りもしない俺を。
 弁解をしない俺を。

 染谷を好きではない俺を。

 全てわかっているんだ、という目で。

「どんなに好きでも、大切にしたくても、先輩は俺のことなんか、まるで興味ないんだ……」

 震えているのは胸ぐらを掴む手だけじゃなかった。身体を寄せて俺に覆い被さった染谷は、ぎこちなく唇を近づけてくる。重なった染谷の唇から伝わる振動と冷たさに少し驚く。
 染谷はいつも熱かった。こっちが戸惑うくらい熱くて、いつもその熱さをわけてもらっていた。
 だからこんなに冷えたをキスを、俺は知らない。染谷の肌が冷たいのは我慢がならない。どうにか温めてやりたくて、重なるだけの唇に舌を入れようとした。
 とたん、急に体が離れて顎を掴まれる。痛いくらい、強く。

「そうやって、いつも……いつも……優しくしていれば俺が満足してるって思ってた?……気持ちがないキスなんて、すぐに分かるよ」

「……じゃあどうやったら、お前は満足するんだよ、」

「先輩が、俺を好きになればいいんですよ!俺だけを好きでいればいい。俺を好きだって言えよ!」

 かかる息までが不安定で、染谷が足場のない場所でふらついているんだってことがわかった。

 言うだけなら、簡単なんだ。
 染谷だってそんな一言で解決するなんて思っていないはずだ。
 
 それでも俺の言葉がほしいのか?
 好きになんかならないのに。
 特別になんかならないのに。
 ほしいものは手に入らないのに。
 ずっと求め続けたって、無駄なのに。

 項垂れる染谷の手の指を握る。やはり冷たくて、俺に伝わってくる熱が感じられない。

「なんで……」

 他の誰かに望めばいいのに。
 こんな最低で最悪のやつなんかではなく。
 もっとまともな、染谷を大事にしてくれる人に望めばいいのに。

「なんで俺なの、」

 呟いた言葉は、ずっと胸にあった。閉まっていた。怖かったからだ。

「そんなの、」

 触れた俺の指に染谷の指が絡まってくる。そして大きな腕を背中に感じた。
 強く強く抱きしめられて、思わず目頭が熱くなる。

「先輩が好きだから……、先輩じゃないと俺が嫌だからだよ……」

 はっきりと、形にしてくれることを求めていた。ずっと求めていた。
 切実に。泣きわめいてすがりたいくらい。俺の叫びを聞いてくれる親の腕はなかったから。
 あったのは拒絶と無視だったから。

「西川に逃げるなんて、許さないから、」

 込み上げてきた感情は喉元で留まった。
 心地よかったのは嘘じゃない。
 染谷が俺を求めてくれるたびに心が震えるのは本当だった。

 でも俺は染谷を抱き返せなかった。









 あの日。
 染谷の隣でひとしきり泣き、眠り、早朝に帰宅したあの日から数日経った頃。

 いつものようにいつものペースで西川と肌を合わせて微睡んでいたときだった。
 気付け薬のように頭上に落下してきた言葉。

『別れよっか』

 潮時だと、俺が感じたすぐあとに。
 タイミング良く、心配ごとを解決する方法をあいつはあっさり言い放った。

 俺はたぶん、悲しかったんだ。

 少しずつ、少しずつ築き上げてきたと思っていたものをあっさり切断されて。
 無かったもののように言われて。
 なんで?と聞けなかったのは、またか、という諦めの気持ちに支配されてしまっていたから。

 でもそれを認められなくて、すぐ染谷と付き合った。利用するために付き合ったんだ。埋め合わせのためだけに。慰めてほしかった。染谷の言葉が欲しかった。染谷はいつも、俺のほしい言葉をくれるから。ほしい気持ちをくれるから。あの熱が欲しくて欲しくてたまらない。そのほうが安心でいられたから。乳を欲しがる赤ん坊のように泣いて欲しがった。

 でも、俺はそれを裏切った。

 もっとほしいものがあったから、裏切ったんだ。




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