【R18/BL/完結】エンドライン/スタートライン

ちの

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第二部

スタートライン 1

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 キッチンにある無駄にでかいテーブルの上のほこりはなくなり、棚の中の食器は二倍になった。おもしろいように二組づつ。どこで買ってきたのか、ケーキ型の楊枝入れが醤油と七味の間に鎮座している。知らぬ間に冷蔵庫内に置かれていた、いつかのショートケーキを思い出した。手にとってぐるりと一周させて眺めると、端の下に数字が書いてある。
 苦笑いがでてしまう。ちゃんと覚えて意識しろと言われてはいたけれど、こんなところにわざわざ書く必要はないと思う。元の位置に戻して立ち上がろうとしたとき、玄関の鍵を回す音がした。 

「ただいまー」

 閉まる音とともにだるそうな声が中に入ってくる。真っすぐにキッチンにやってきた。もとから肌の色が濃い男だ。この夏の猛暑で更に黒くなっている。額と首筋に大量の汗をかいていた。

「トキ、風呂お湯張ってる?」

「ああ、追い焚きして」

「おっけ」

 うなづいて、そのままバスルームへ行こうとするのを俺は呼び止めた。

「夕飯は、」

「ん?まだだけど、トキはもう食べただろ」

「俺もまだ。お前も食べるなら用意しとく」  

「まじで。よっしゃ、よろしく」

 声のトーンを上げて日焼けした顔が満面の笑みを浮かべるものだから、俺は思わず目を逸らしてしまった。

「タオル、置いておくから、早くはいってこいよ」

「なんなら、トキも一緒に入る?」

「馬鹿言ってんじゃねえよ、早くいけ」

 はーい、と間延びした返事をして、でかい体はキッチンから出て行った。
 俺はタオルを取りに奥の部屋に入る。

 大学に入学してもうすぐ半年になろうとしている。
 西川と同居するようになってからは三ヶ月くらいだ。
 あいつの家は裕福ではない。だから学費のかかる大学には、そもそも行く気がないと思っていた。高校を卒業したらずっと家を出たいとも言っており、アルバイトも細々としていた。大学に近くて交通の便利なところにするんだと部屋探しをしている西川を見て、ふと思いついたのがこの家の部屋を折半することだった。家を借りるのにも契約金や家電代でお金がかかる。折半といっても家賃や光熱費は俺の親が払っているから、お金は一切かからない。父親の誇示と硬い意志の現れとして買い与えられたこの部屋は、ひとりで暮らすには広すぎた。西川はあっさりその案に乗っかった。入学してひと段落したらこちらに来るという話にまとまり、今に至る。
 手を伸ばせば届くところに西川がいる。その状態を望んだのは俺の方だった。
 西川が好きだと認めたあの時から。
 少しずつ。でも確かに。俺のなかで抱きとめきれない感情が育っているのがわかる。もうすでに目の前にいるのに、そばに、近くにいたいなんて。覚悟はしていたつもりだったのに。曖昧な予想を超えて胸の奥をちりちり焦がしている。

 焼いておいた鮭をレンジで温めて、冷蔵庫から漬物とサラダを取り出す。インスタントの味噌汁をお湯で溶かしていると、風呂からあがった西川が上半身裸のままやってきた。パンツ一枚でどっかと椅子に腰をおろす。

「なんだ、それ。服着ろよ」

「えー、だってあっちいじゃん」 

「もうオヤジか」

「なに言ってんの。俺の腹筋まだ現役だから全然だいじょーぶ」

 注意するのもばかばかしくて、俺は茶碗片手に炊飯器を開けた。中を見つめて、茫然とする。

「やべ、米ねぇ」

「おい、」

 まじかよーと西川が近寄ってくる。覗き込んだ先には、茶碗半分にも満たない白米。しかも長時間保温のせいか水分がとんで硬くなっている。

「これいつ炊いた?」

「昨日ラーメンだったから、おとといだ」

 うかつだった。おかずばかりあって肝心の白米があきらかに足りない。ははは、と笑ってはいるが、西川の腹の音は正直だった。

「悪い。今から炊くと時間かかるから、あるもんで我慢してくれ。それか、コンビニに、」

 行くか、と聞こうとしたら後ろから抱きすくめられた。手が滑って流しに炊飯器の釜が転がる。

「俺、どっちかというと、トキがほしい」

 耳元に西川の息がかかる。一気に体温が上がるのが自分でもわかった。

「おい、やめろ、」

「せっかく一緒に暮らすようになったのに、まだニ回しかしてないんよ?いいじゃん、腹も減ってるけど、俺、トキ不足だから、充電させて」

 どうやら西川は本気のようだ。Tシャツの裾から手が入ってきて、俺の体をいいように撫でまわす。それを拒絶するように掴むと、もう一方の手に顎を掴まれた。

「トキ、いいだろ」

 強引に体を反転させられて、目の前に西川の顔が降ってくる。
 キスを、される。
 そして、されたら、たぶん。抱かれる。

「う…………」

 顔の間に腕をねじ込んで、思い切り西川の口に手のひらを押しあてた。

「そんな、気分じゃない」

 絞り出した声はかすかにふるえているようで、みっともなかった。
 やがて西川の体が引き、口を覆う手を静かに下ろされた。

「そう、じゃ、しょうがないか」

 残念そうな表情を見せて、背中を向ける。テーブルに着き、いただきます、と言って料理を食べ始めた。俺はなんとか味噌汁の椀を運んで西川の前に差し出したが、それ以降会話を交わすことはなかった。
 深夜零時頃のことだった。
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