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第二部
スタートライン 3
しおりを挟むなんだか寝苦しい、と感じて目を開けると男がいた。そして混乱した。
「なに、して、」
西川が俺の上に乗りあがって首筋に顔をうずめている。舌の感触が生々しくて思い切り身をよじったが抜け出せなかった。逆に手首をとられ押さえつけられる。片方の手がベルトにかかり強引に抜き取った。
「やめろって。おい、聞いてんのかお前」
返事もなくただ煽り立てる西川からは酒の匂いがした。酔っ払いの沙汰かと思ったらよけいに不快だ。まだ頭がぼんやりする中、がむしゃらにソファから逃げようとする。しかし西川は強情だった。
「どけよ。やめろって言ってんだろーが」
幾分声を荒げると、西川の顔が近づいた。表情を見る間もなく口を塞がれる。容赦なく入り込んでくる舌先に息する隙間を奪われる。匂いがきつくなった。気持ち悪くてくらくらする。
間近に迫る西川の瞼はかすかにあがり、焦点があっていないように見えた。自分が何をしているかもわからないくらい泥酔しているのか。
考えている間抵抗することを忘れてしまった。不意に下を刺激されて不甲斐ない声が漏れる。
「あ、やめろ…って。にし、かわっ」
「トキ……」
下着の中に入ってきた手が、強弱をつけて触り始める。足を閉じようとしたが、それも阻止された。
こういうときに自分が嫌になる。気持ちがついていかないのに身体は感じる。力の差で押されつけられる。同じ男でも優劣がつく。こちらの胸中など無視される。
今まで断りつづけてきたから西川の欲求不満にも限界がきたのか。それでもこんな形で抱かれるなんて冗談じゃない。酒臭い。気持ちが悪い。西川じゃないみたいだ。
「くそっ」
押さえつける手を無理やり抜け出して繰り出した拳は、西川の左頬にもろに入った。にぶい音とともに動きが止まる。指の付け根がじんじんした。西川の体が起き上がる。何度か頭を振り殴られた頬をさすった。
「トキ……」
「正気に戻れよ馬鹿野郎」
「痛いよ」
「ふざけんな、早くどけ」
馬のりなのは変わらない。俺は肘をついて足を抜こうと力をいれたが、先に西川が動いた。胸倉をつかまれて無理やり上体を引っ張られる。
「やらせてよ」
今度は正気で、目ははっきりと俺を見ていた。力のこもり方も先ほどとは比べ物にならない。顎を掴んでくる。この前とは違い、指が皮膚に食い込むように痛かった。指がゆっくり上がってきて唇をなぞる。
「口、開けて」
西川の息が触れる。俺は酒の匂いに顔をしかめたが、彼は違う意味にとったようだった。
「そんなにいや?俺とするの」
「気分じゃないって、言ってんだろ」
「いつもそうだよね、トキはいつもそうやって逃げる」
だらしなく晒している下半身に、西川の手がいく。うしろから尻を撫で始めた。
「もう一回殴られたいのかよ」
「痛いのはいやだけどさ、でも俺時々、トキをめちゃくちゃにしたいって思うよ」
「うっ、お、まっ、やめろっ……」
なんの準備もなく冷たい指が中に入ってくる。口にも、下にも。ひきつる痛みにきつく眼を閉じる。噛んでやろうと思ったが顎が動かない。
こんな西川を見るのは初めてだった。出かける前に感じた違和感に似ている。俺はそんなに追い詰めただろうか。身体の関係がないことぐらいで暴走するような男だっただろうか。飲めない酒を泥酔するまで飲んで、寝込みを襲いにくるような、そんな人間だった?
高校を卒業して一緒に暮らすようになって、ますますわからないことが増えた。
西川は何も言わない。俺には強く求めない。求めないくせに、こんなことしなかったくせに。なぜこんな時に。困る俺が楽しいみたいに、力ずくで、敵わないのをわからせるみたいに。
無理やり中を犯されたまま背中から倒れこむ。衝撃でさらに深くなり、裂けたような痛みが下半身に広がった。口から抜かれた指がまくりあげたシャツの中で刺激を与えてくる。足の付け根が否が応でも反応し、西川はそれを見て嬉しそうに口角をあげる。
なんで笑ってる?やれればなんでもいいのかよ。
急激に虚しさに襲われる。抵抗するのもばかばかしくなってきた。
耳元で好きだと囁かれるたび、吐きそうになるくらいの拒絶感が生まれる。
ここで「俺も」と返せばいいのだろうか。そうしたら優しくしてくれるんだろうか。
ふざけるな。こっちから願い下げだ。
「いっぺん死ね」
もう一度、決意と一緒に拳に力を込めた。
西川の顔がくもる。二発目はまだなのに、突然口元を押さえて起き上がった。一瞬にして蒼白になりながらあぶなげな足取りで離れていく。
「おい、」
聞こえていないのかそのままふらりとリビングを出る。倒れるように出て入ったのが変に気になり、慌てて下を穿いてあとを追う。入っていったのはトイレで、ドアの前に立つと苦しそうに呻いている声が聞こえた。吐瀉物のはき出る音がいやにリアルに聞こえる。やはり酔っていたんじゃないか。
「西川、」
大丈夫か、とドアを叩こうとしたが、内側から開いて目の色の死んだ西川がでてきた。一度視線が合ったが向こうからそらし、なにも言わないまま横を抜けていく。反射的に腕を掴んでしまった。
「なに、」
「なにって。お前……」
無理やり抱こうとしたのはなんだったのか。俺は思わず、この顔面蒼白男に殴りかかってしまいそうになった。あれだけみじめな思いをさせられたんだから、それくらいの権利はあるはずだった。
「ごめん」
本当に殴ろうとしたのに、先に謝られてその気が削げてしまう。俺がなにが言う前に、西川は背をむけて部屋に行ってしまった。
勝手に。完結しやがって。
むしゃくしゃしてるのは、俺だって同じだ。なのにぶつける相手はさっさと戦線離脱してしまった。残されて、放置されて、どうしろと。
なにがなんだか、わからない。
あいつの考えてることが、わからない。
無理に突き入れられたせいで、まだ尻が痺れている。酒の匂いが体にうつってしまった。俺は風呂に向かい、投げ捨てるように服を脱いでシャワーを全開にした。少しだけ足もとに血がにじんだ。思い出すとどうしようもない。
反応して収まらない自身を早急に処理して、洗い流した。俺はしばらく風呂から出て行けなかった。
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