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第7話「誇りを捨てて群れるくらいなら」

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「ねえ、見沢みさわ君」
僕が返答に困っているのを見かねたのか、柳生やぎゅうさんの方から呼びかけてきた。
「な、なんですか?」
唐突に名前を呼ばれたせいで動揺してしまった。
タマエ・・・ちゃんのこと、疑ってるの?」
「それは……」

……『タマエちゃん』?
なんでそんな……友達みたいな呼び方で……
……え、まさか……二人は友達なのか?

「タマエちゃんは、そんな人じゃないよ」
柳生さんはハッキリとその呼び名を口にしている。
どうやら聞き間違いではなかったようだ。

━━━本当か?

本当に、蛇巻たまえ珠恵たまえにいじめられていないのか?
だとしたら、柳生さんは本心から、
『私と同盟を結んでください』と言ったことになる。
……そんなバカな。
おかしいじゃないか。
あの『同盟』は……僕や蛇巻珠恵のような存在にしか意味を成さない。
普通の人間が使ったところで……

「………」
「………」
……いや、何もおかしなことなんてなかった。
僕たちには、『共通の敵』がいるじゃないか。

「……君は僕に、何を期待しているの?」
「それは……」
「いじめられっ子が、同じいじめられっ子に助けを求めるなんて、
 そんなの間違ってるよ」
「………」
「自分のことさえどうすることもできない人間が、
 同じ境遇の他人を助けられるわけないじゃないか」
「……違うよ。
 私は……あなたに助けを求めているんじゃない」
「じゃあ、何が目的なの? 傷の舐め合い?」
「………」
「悪いけど、弱者同士の共依存なんて、絶対に御免ごめんだね。
 誇りを捨てて群れるくらいなら、孤独に死ぬべきだ」
「………」

僕は何をカッコつけているんだろう。
本当は、一人じゃ何もできないくせに……

しばしの沈黙の後、柳生さんは僕の目をしっかりと捉えて、口を開いた。
「安心して。私はそんなものを、あなたに求めない。
 だって、それは『同盟』とは言えないから」
柳生さん口調からは確固たる意志が伝わってくる。
「………」

な、なんだ……?
この子も『同盟』という言葉にこだわるのか?
……いや、蛇巻珠恵に洗脳されているという可能性も……

「私は、あなたがいじめられっ子だから選んだわけじゃない」
彼女の言葉には、迷いや躊躇ためらいが一切感じられない。
僕や蛇巻珠恵のような人間は、言葉の端々に嘘や演技、建前や含みといったものを織り交ぜる。
だけど柳生さんは素直に自分の思いや考えを口にしているように見えた。
「それは……今までの話の流れからすると、矛盾しない?」
「………」
「僕たちが『いじめられている者同士』だからこそ、
 『共通の敵』という概念が成立するわけで、
 その前提を崩してしまったら、
 もはや『同盟』なんて言葉は要らないじゃないか」
「………」
柳生さんは表情を変えることなく、黙ったまま僕を見ている。

「たとえ見沢君がいじめられっ子じゃなかったとしても、
 私は見沢君を選ぶしかなかった」
柳生さんは淡々とした口調でそう答えた。
「でも、私があなたを選ぶためには……
 ……あなたはいじめられっ子でなければいけない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「………」
なにそれ……意味が分からないんですけど……
「だから、『同盟』という言葉を使うのは必然なの」
「………」

なんか、柳生さんが蛇巻珠恵と同類に思えてきた。
『タマエちゃん』って呼んでたくらいだし、やっぱり友達同士なのかな。
性格はだいぶ違うけど、
二人とも案外、価値観が似ていて、気が合うのかもしれない。
「………」
……柳生さんに友達がいるとは思わなかった。
彼女も僕と同じで、誰とも相容れることなく、
孤高に生きているものだとばかり思っていた。

(……ん、待てよ。それなら……)

「柳生さんと蛇巻さんで、同盟を結べばいいんじゃないの?」
二人が本当に友達同士なら、その方が自然だ。
「無理だよ。蛇巻さんと私では、同盟にならない」

……あれ?
呼び名が『蛇巻さん』に戻ってる……なんで?

「いじめられっ子同士なんだから、問題ないでしょ」
蛇巻珠恵が本当にいじめられているかどうかは怪しいところだが。
「お互いの利益になる行動がとれないから」
「それは僕と柳生さんの関係でも同じじゃないかな」
「全然違うよ」
「だったら、僕たちが同盟を結ぶことに何のメリットがあるの?」
昨日、蛇巻珠恵にも同じ質問をしたけど、
納得のいく答えは返ってこなかった。
「見沢君は、明日からいじめられなくなる」
「………」
僕は一瞬、言葉が出てこなかった。
「……へぇ、それはすごいね」
それが本当なら、ね。
「どうやって、イジメを止めるの?」
「それは……今はまだ、教えられない。
 でも、私と一緒にいれば、いずれは知ることになる」

この子も秘密主義か。
蛇巻珠恵もそうだったけど、
自分から『同盟』を提案しておきながら、
相手に情報を出し惜しみするのは、どういうつもりなんだろう。

「どんな方法か見当もつかないけど、その方法を使って、
 自分に対するイジメをやめさせることはできないの?」
「できないよ」
柳生さんはあっさりそう答えた。

……そりゃそうだ。
自分の力だけで解決できるなら、わざわざ僕と同盟を結ぼうとするはずがない。
我ながら浅はかな質問をしたと思う。

「明日から本当にいじめられなくなるのなら、
 それはとてもありがたいけど……」
「うん、それは真実になる。約束する」
柳生さんは迷いなく断言した。
「でも、たとえ僕の問題が解決しても、
 僕の方から柳生さんに、それに見合うだけの利益を与えられるとは思えない」
「どうして?」
「どうして、って言われても……」

そもそも君らが一方的に同盟関係を求めてきているわけで……
何を基準にして僕を選んでいるのかが、さっぱり分からない。

「同盟相手としては、僕は釣り合わないんじゃないかな?」
「どうしたら釣り合うの?」
「それは……え~っと……」
僕はしばし考え込んだ。
「柳生さんが僕のイジメの問題を解決してくれるわけだから、
 僕も同じことができないとダメだよね」
「うん」
「つまり、柳生さんがいじめられなくなるようにすればいい」

━━━それができるくらいなら、そもそもいじめられてないっての!

やはり、この同盟は根本から矛盾を抱えているような気がする。

「うん。そうなる予定」
「え、何が?」
「見沢君は、明日からいじめられなくなる」
「うん」
「それからしばらくして、今度は私がいじめられなくなる」
柳生さんは真っ直ぐな瞳で僕の顔を見つめて、そう言った。
「………」

なんなの?
どこにそんな根拠があるの?
どうしたらそんなふうに考えられるの?

「同盟を結ぶ前に必要なことは、もう終わり」
それは柳生さんからの最後通牒つうちょうの合図。

━━━「あとは、見沢君が決断するだけ」

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