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第17話「一歩を踏み出す勇気」
しおりを挟む昼休みになった。
(行くしかないのか……)
今日の昼休み、僕はキリコと一緒に中庭で昼食を食べる……ことになっているらしい。
(でも、約束したわけじゃないしな……)
『強制はしない』と言っていた。
しかし、それは裏を返せば、
もし行かなかった場合、
僕の自由意思でキリコを拒絶したことになってしまう。
僕は同盟相手であるキリコを無下に扱うことはできない。
よって、『強制ではない提案』をされた時点で、
心理的な強制力が働き、提案を受け入れるしかないのだ。
(……とりあえず、購買で何か買ってこよう)
そして、購買の前までやって来たのだが……
……そこは一目で修羅場だと分かる空間だった。
(う……今まで購買で買い物したことが無かったから……)
一つ分かったのは、ここは昼休みに来るべき場所ではないということ。
(こんな人ごみの中で、どうやって買えばいいんだよ……)
列に並んで大人しく順番を待つ……
……そんな常識が通用するような甘い世界ではなかった。
5分ほどして人の波が去った後、
ようやく買えたのは袋入りの食パン(2枚入り)だけだった。
本当はコロッケパンや卵サンドなどを買いたかったのだが、
荒波が収まるまで待っていた結果、
総菜パンや菓子パンは売り場から全て消えていた。
(もう購買は二度と利用しないな……)
昼食を買うだけで心身のエネルギーをだいぶ消耗してしまった。
購買の攻略に手間取ったせいで、
昼休みが始まってから、だいぶ時間が経ってしまった。
2階の渡り廊下から中庭を見渡し、キリコの居場所を確認する。
(えぇーっと……あぁ、いたいた)
赤い靴下、そして……つるはし、のおかげで、遠くからでもすぐに分かる。
しかし、よく見ると凄い光景だな。
キリコの周りだけ、あからさまに人がいない。
まるでキリコを中心に半径5メートルほどのバリアが張られているみたいだ。
昔読んだ漫画に、そんな道具があったような……
(……っていうか、僕はこれから、
あのバリアの内側に入らなくちゃいけないのか)
他者を一切寄せ付けない空間の中で、
札付きの不良少女と一緒に昼食をとる。
それって、一人で食事をするよりもはるかに目立つのでは……
見られるというより、むしろ見世物扱いだ。
(行くのやめようかな……)
そんな考えが頭を過った時、あの言葉を思い出した。
━━━『オマエのやるべきことは、アタシから逃げないことだ』
「………」
(もしここで行かなかったら、逃げたことになるのかな)
逃げたら即、同盟終了なのかな。
……はたして、それだけで済むのだろうか。
『逃げる』=『裏切る』ってことになるから、
下手をすると、殴られ……いや、殺される!?
『約束を破る奴……他人の信頼を踏みにじる奴ってのは……
……悪人だと思わないか?
悪人は……死んでいいよな?』
「………」
いやいや、キリコはそんなこと言ってないから。
拡大解釈にもほどがある。
そうこうしているうちに、昼休みが残り半分を切っていた。
(あ……キリコ……)
キリコは両手を枕にして芝生の上に仰向けに寝転がり、目を閉じていた。
僕には絶対に真似できないけど、
キリコのような不良キャラがああいうポーズで寝てると絵になるな。
「………」
(僕たちは……どうして一人なんだろう……)
僕もキリコも、今までずっと一人で昼休みを過ごしてきたわけで、
別にこれからもそうであったって、何もおかしなことはない。
だけど、あっちがアプローチしてきて、
あとは自分が一歩を踏み出すだけで、
お互いに一人の時間を終わらせることができるのなら……
僕は勇気を出して、一歩を踏み出した。
「遅れてゴメン……隣に座っても、いいかな?」
目を閉じて芝生の上に横になっているキリコに声をかけた。
「………」
「………」
「オマエさぁ……」
「うん」
「……いや、やっぱいいや」
「そうなの?」
言いかけてやめるなんて、キリコにしては珍しい。
そういうのは僕の専売特許だったはず。
「………」
「………」
キリコは目を閉じたまま黙っている。
僕がなかなか来なかったこと対して、不機嫌になっているのかもしれない。
「もし、その気があるんなら……」
キリコが目を開けて、口を開いた。
「え……?」
「明日からは、もっと早く来いよな」
「あ……うん。わかった」
それは、今まで聞いた中で、一番優しい声だった。
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