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第20話「無意識の刃」

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「ねえねえ、見沢みさわ君」
休み時間。
同じクラスの女子生徒に話しかけられた。
「……なに?」
「見沢君って、あの人とどういう関係なの?」
「あの人って、誰?」
「ほら、あの人だよ。最近、見沢君がいつも一緒にいる人」
「13組の、鎌頸かまくび霧子きりこさん」
別の女子生徒がご丁寧にフルネームで教えてくれた。
「ああ……鎌頸さんのことか」

下の名前で呼ぶと誤解されそうな気がしたので、
この場は無難に苗字で対応することにした。

「もしかして、付き合ってるの?」
(やれやれ……)
苗字で呼んでも、結局こうなるのか。
「あの人とは、そういう関係じゃないよ」
「じゃあ、どういう関係なの?」
どうしよう。本当のことを言うわけにはいかないしな。
「何か弱みを握られて、脅されているとか?」
ああ、僕がキリコと一緒にいることを、
そういうふうに解釈する人もいるのか。

そういえば、キリコが他の人間とつるんでいるところは一度も見たことがない。
彼女の口からも、他の人間との交友関係については一切話題に上らない。

キリコは勉強ができるし、スポーツも万能だ。
他人のことをよく見ていて、
相手の気持ちを理解する力に長けている。
僕のような口下手な人間に対しても、
きちんと会話を成立させてくれることから、
コミュニケーション能力は高い方だと思う。
性格がキツイように感じられるかもしれないが、
それは彼女が正直で、物事をハッキリ言う性分だからだ。
決して悪意があるわけではない。
むしろキリコは正義感が強い。
無闇に手を差し伸べることはしないけど、
相手の事情を考慮したうえで、必要な行動を取ることができる。

……そう、本来ならキリコは、周りから一目置かれ、
人気者になっていてもおかしくはない人間なのだ。

(なのに、どうして一人なんだろう?)

危険人物というレッテルを貼られているせいで、
みんなキリコを恐れて、彼女の周りには人が寄り付かない。
これでは友達ができないどころか、
普通の人間関係を築くことさえ困難だ。

……でも、それだけとは思えない。

キリコの場合、友達が『できない』のではなく、
作りたくない、あるいは、
作らないようにしている・・・・・・・・・・・のではないだろうか。

彼女の他者を寄せ付けない雰囲気は、
周囲の人間の思い込みだけで生み出されているものではない。
きっと、彼女自身が発している何らかのメッセージがあるのだ。


#################################


借りた本を返すため、僕は図書室に向かっていた。

「あ……」
「どうかした?」
「あの人って、確か……」
「ん……?」
「ああ、不良女の下僕げぼく君か」
「ちょっと! そんな言い方しちゃマズイでしょ」
「だって、実際そうでしょ。
 あんな気の弱そうな男が、
 あの不良女と対等なわけないじゃん」
「まあ、そうかも。あの鎌頸霧子って人、
 裏で色々とヤバいことやってるって噂だし」
「え~、見た目は確かに怖そうだけど、
 本当に危険な人なのかな?」
「人とか普通に殺してそうだよね」
「ハハッ、それはさすがにないでしょ。
 まあ、傷害事件は起こしてそうだけど」
「本当にそんなことしてたら、
 今頃、停学になってるんじゃないの?」
「口封じしてるんだよ、きっと。
 あと、教師の弱みを握って事実をもみ消したりとか」
「なにそれ~。極悪だなぁ」
「他校の不良グループとつるんでるって噂もあるよね。
 恐喝や強盗で、過去に何度も補導されたこともあるとか」
「やっぱり怖い人なんだ……」


「………」

どうして、自分の目で確かめたわけでもないのに、
他人から聞いただけの情報を信じられるのだろう。
僕から見れば、一部の情報だけを鵜呑みにして他人のことを悪く言う君たちの方が、よっぽど恐ろしい。
君たちはそうやって、簡単に他人の悪意に流されて、
無意識のうちに人を傷つける。
無意識だから、人を傷つけても罪悪感を感じない。
傷つけるくせに、決して裁かれず、挙句の果てに、
『自分はウソの情報に騙された』と嘆いて、
被害者のフリをするんだ。

(この際、それはどうでもいいか。
 今、重要なのは……)

僕を悪く言うのは構わない。だが……
キリコをおとしめる発言の数々。
とても許すわけにはいかないな。


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