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第24話「望んでいた環境」
しおりを挟む「……以上が、『箱庭』について、私が知っている情報よ」
放課後の屋上で、僕は蛇巻珠恵から講義を受けていた。
「そんなものが、本当にあるなんて……」
それはまさに、超能力や超常現象が具現化した世界。
虚構の物語の中ならいざ知らず、
現実の世界、それも、自分の身の周りの出来事となると、
にわかには信じがたい話だ。
「でも、あなたは実際にその目で、
鎌頸霧子が『箱庭』を発動するところを見たんでしょ?」
「………」
目の前で、人間の身体が煙のように消えてしまった。
おそらくあれが、『生気を吸い取る』ということなんだろう。
彼女のやった行動が、人間業でないことだけは理解できる。
「彼女は自分に特殊な能力があることだけは分かっていたの。
でも、この世に『箱庭』という特殊な概念が存在することや、
自分が継承した箱庭の名前、詳しい特徴などは、全然知らなかった」
「………」
「そう、さっきまでのあなたとまったく同じ。
だから私は、彼女に真実を教えたの」
「……なるほど。
でも、それがどうして、僕と同盟を結ぶことにつながるの?」
「え?」
蛇巻さんは素っ頓狂な顔で訊き返してきた。
「え?」
僕もオウム返しのように同じ反応をしてしまう。
「………」
蛇巻さんは顎に手を当て、真剣な表情で考え込んだ。
「鎌頸霧子から聞いてないの?」
「……君と同じで、同盟の本当の目的は教えてくれなかった」
「そう……まだ教えてなかったんだ……」
「……まだ?」
つまり、初期段階では教えるつもりはなかったけど、
今の段階では教えていなければおかしい、ということか。
「私は鎌頸霧子に、彼女が抱えている問題の解決策を提示したわ」
「キリコが抱えている問題って、定期的に生気を摂取する……
……つまり、人を殺す必要がある、ってことだよね」
「そうよ」
「……そっか、良かった」
僕は胸を撫で下ろした。
「なんのこと?」
蛇巻さんは疑問の表情を浮かべて訊いてきた。
「それで悩んでたってことは、
キリコは本当は、人を殺したくないってことだよね」
「………」
蛇巻さんは目を閉じて、何やら嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……?」
「ふふっ、さすがね、見沢君」
「何のこと?」
「やっぱり、ただのバカじゃなかったんだね、ってこと」
「あ、そういうことね……」
素直に誉め言葉として受け取っておこうかな。
「……それで、僕には一体、何ができるの?」
「………」
蛇巻さんは何かを迷っているような素振りを見せた。
「人殺しをやめるために、キリコは僕と同盟を結んだんでしょ?
それが君の言う、『解決策』ってことなんだよね?」
「……私の口からは何も言えないわ」
「なっ……どうして!?
君はキリコを助けたいんじゃないのか?」
「あなたにどうしてほしいのか。
それは彼女が自分の口からあなたに伝えるべきことであって、
私が勝手に言うべきことじゃないわ」
真面目な顔で、そうハッキリと断言する蛇巻さん。
「………」
なるほど。そういう理念で行動しているのか。
キリコと対等な関係を築くだけのことはある。
これ以上の言及は無意味と判断し、僕は屋上を後にした。
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「………」
屋上に一人取り残された私は、思案に耽っていた。
まだキリコは、見沢君に同盟の真の意味を教えていない。
(失いたくないのね……)
彼女のその切なる気持ちを考えると、
まるで自分のことのように、胸が締めつけられるような痛みを感じた。
#################################
いつの間にか、いじめられなくなっていることに気付いた。
誰もが関わりを恐れる少女。
その少女と一緒にいるせいで、
僕まで危険人物として見なされるようになったらしい。
いじめられなくなったというより、
今では誰も、僕に関わろうとしない。
一人で過ごすことを公に認められた気分だ。
僕が一人でいても、それについて異議を唱える者がいない。
孤独という名の自由。
もう誰にも、一人の時間を邪魔されない。
そうだ。これは僕が切に望んでいた環境じゃないか。
「………」
その一方で、僕はキリコと行動を共にしている。
つまり、一人になることができていない。
なぜ、僕たちは一緒にいるのだろうか?
(孤立している者同士だから、気が合うのかな……)
浅はかな結論だと思った。
僕とキリコでは、孤立の意味が違いすぎるというのに……
でも、皮肉だな。
いくら気が合ったところで、
僕もキリコも孤独の中でしか生きられない。
孤独に生きる者は、決して誰とも交わらないのだから……
(そして、今となっては、また『独り』か……)
あの日以来、僕とキリコは顔を合わせていない。
だから僕は本当に一人になった。
いや、元の状態に戻ったと言うべきか。
でも以前のような一人とは違う。
誰からも干渉されることの無い、真の一人。
孤高の存在になることができたんだ。
「………」
あれ……おかしいな。
一人でいることには慣れているはずなのに……
……どうして、こんなに……
どうして、こんな気分に……
どうして僕は、寂しいと、感じてしまうんだろう。
(一人、か……)
そうか、短い間だったとはいえ、
ここ最近は毎日のように、
他人と一緒にいることが当たり前になっていた。
そして、人と一緒にいる温かさを知ってしまった。
だから……こんなにも、一人でいることに弱くなったんだ。
(ダメじゃないか、それじゃ……)
弱くなってどうする。
僕は強くならなきゃいけないのに。
一人でも強く生きていけるくらいに……
そうでなければ、他人を求める資格は無い。
弱いままの状態で他人にすがることは、ただの依存でしかない。
(キリコ……)
そうだ、僕はあの日に決意したんだ。
━━━このまま終わるわけにはいかない。
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