上 下
24 / 31

第24話「望んでいた環境」

しおりを挟む

「……以上が、『箱庭』について、私が知っている情報よ」

放課後の屋上で、僕は蛇巻たまき珠恵たまえから講義を受けていた。

「そんなものが、本当にあるなんて……」

それはまさに、超能力や超常現象が具現化した世界。
虚構の物語の中ならいざ知らず、
現実の世界、それも、自分の身の周りの出来事となると、
にわかには信じがたい話だ。

「でも、あなたは実際にその目で、
 鎌頸かまくび霧子きりこが『箱庭』を発動するところを見たんでしょ?」
「………」
目の前で、人間の身体が煙のように消えてしまった。
おそらくあれが、『生気を吸い取る』ということなんだろう。
彼女のやった行動が、人間わざでないことだけは理解できる。

「彼女は自分に特殊な能力があることだけは分かっていたの。
 でも、この世に『箱庭』という特殊な概念が存在することや、
 自分が継承した箱庭の名前、詳しい特徴などは、全然知らなかった」
「………」
「そう、さっきまでのあなたとまったく同じ。
 だから私は、彼女に真実を教えたの」
「……なるほど。
 でも、それがどうして、僕と同盟を結ぶことにつながるの?」
「え?」
蛇巻さんは素っ頓狂な顔で訊き返してきた。
「え?」
僕もオウム返しのように同じ反応をしてしまう。
「………」
蛇巻さんは顎に手を当て、真剣な表情で考え込んだ。

「鎌頸霧子から聞いてないの?」
「……君と同じで、同盟の本当の目的は教えてくれなかった」
「そう……まだ教えてなかったんだ……」
「……まだ?」

つまり、初期段階では教えるつもりはなかったけど、
今の段階では教えていなければおかしい、ということか。

「私は鎌頸霧子に、彼女が抱えている問題の解決策を提示したわ」
「キリコが抱えている問題って、定期的に生気を摂取する……
 ……つまり、人を殺す必要がある、ってことだよね」
「そうよ」
「……そっか、良かった」
僕は胸を撫で下ろした。
「なんのこと?」
蛇巻さんは疑問の表情を浮かべて訊いてきた。
「それで悩んでたってことは、
 キリコは本当は、人を殺したくないってことだよね」
「………」
蛇巻さんは目を閉じて、何やら嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……?」
「ふふっ、さすがね、見沢君」
「何のこと?」
「やっぱり、ただのバカじゃなかったんだね、ってこと」
「あ、そういうことね……」
素直に誉め言葉として受け取っておこうかな。

「……それで、僕には一体、何ができるの?」
「………」
蛇巻さんは何かを迷っているような素振りを見せた。
「人殺しをやめるために、キリコは僕と同盟を結んだんでしょ?
 それが君の言う、『解決策』ってことなんだよね?」
「……私の口からは何も言えないわ」
「なっ……どうして!?
 君はキリコを助けたいんじゃないのか?」
「あなたにどうしてほしいのか。
 それは彼女が自分の口からあなたに伝えるべきことであって、
 私が勝手に言うべきことじゃないわ」
真面目な顔で、そうハッキリと断言する蛇巻さん。
「………」

なるほど。そういう理念で行動しているのか。
キリコと対等な関係を築くだけのことはある。

これ以上の言及は無意味と判断し、僕は屋上を後にした。


#################################


「………」
屋上に一人取り残された私は、思案に耽っていた。

まだキリコは、見沢君に同盟の真の意味を教えていない。

(失いたくないのね……)

彼女のその切なる気持ちを考えると、
まるで自分のことのように、胸が締めつけられるような痛みを感じた。


#################################


いつの間にか、いじめられなくなっていることに気付いた。

誰もが関わりを恐れる少女。
その少女と一緒にいるせいで、
僕まで危険人物として見なされるようになったらしい。

いじめられなくなったというより、
今では誰も、僕に関わろうとしない。
一人で過ごすことをおおやけに認められた気分だ。
僕が一人でいても、それについて異議を唱える者がいない。
孤独という名の自由。
もう誰にも、一人の時間を邪魔されない。
そうだ。これは僕が切に望んでいた環境じゃないか。

「………」

その一方で、僕はキリコと行動を共にしている。
つまり、一人になることができていない。
なぜ、僕たちは一緒にいるのだろうか?

(孤立している者同士だから、気が合うのかな……)

浅はかな結論だと思った。
僕とキリコでは、孤立の意味が違いすぎるというのに……

でも、皮肉だな。
いくら気が合ったところで、
僕もキリコも孤独の中でしか生きられない。
孤独に生きる者は、決して誰とも交わらないのだから……

(そして、今となっては、また『独り』か……)

あの日以来、僕とキリコは顔を合わせていない。
だから僕は本当に一人になった。
いや、元の状態に戻ったと言うべきか。
でも以前のような一人とは違う。
誰からも干渉されることの無い、真の一人。
孤高の存在になることができたんだ。

「………」

あれ……おかしいな。
一人でいることには慣れているはずなのに……
……どうして、こんなに……
どうして、こんな気分に……
どうして僕は、寂しい・・・と、感じてしまうんだろう。

(一人、か……)

そうか、短い間だったとはいえ、
ここ最近は毎日のように、
他人と一緒にいることが当たり前になっていた。
そして、人と一緒にいる温かさを知ってしまった。
だから……こんなにも、一人でいることに弱くなったんだ。

(ダメじゃないか、それじゃ……)

弱くなってどうする。
僕は強くならなきゃいけないのに。
一人でも強く生きていけるくらいに……
そうでなければ、他人を求める資格は無い。
弱いままの状態で他人にすがることは、ただの依存でしかない。

(キリコ……)

そうだ、僕はあの日に決意したんだ。

━━━このまま終わるわけにはいかない。


しおりを挟む

処理中です...