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第三章 黒い彼の話。

香りひとつで全てが違う。

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 喫茶店についてからは知っての通りである。
 店の前で待っていた目の前の彼を見つけた後輩が「先に入っていてくださいね!」と言って俺を車から放り出すとそのまま俺たちを放置して少し離れた場所にある喫茶店専用の駐車場に置きに行ってしまったのだ。
 残された俺たちの空気は気まずさを極めそうになっていたのである。
 
 ハーブの香りは心を落ち着かせるなんて言うがこちらから言わせてみればそんなの気休めでしかない。
 ハーブティの入ったカップをソーサーに置いた音を聞いて顔をあげれば翡翠色の瞳がこちらを射抜いて思わず姿勢が良くなる。

「それで、用件は」
 
 低めの声が、こちらの耳に届いた。
 不満を抱いたような、どことなく苛立っているようなそんな様子で厳しく睨んでくるその瞳はまるで獲物を見つけた獣のようなもので少しばかり恐ろしくも思えてしまい、思わず視線を逸らしてしまった。
 
「大方、葉の話だろ」

 少しため息を漏らしながら察してくれた彼に申し訳なくもう一度視線を逸らせば彼はまたそのハーブティに手をつけていた。

「……はい。漣さんと貴方の関係……
 いや、貴方がどうして漣さんに興味を抱いたのか教えていただきたくて」
 
 これが正解なのかはわからないが、こんな男がどうして普通の女子高生であった彼女とどう出会ったのか、どうして彼女の家に居候するに至ったのかが少し気になる。
 炯月さんの話を聞いた時の様子だと昔からの知り合いとか親戚の顔馴染みとかそう言うのではなく、本当に偶然。バッタリと、道端で出会ったような関係性のようにも思えたから、
 だがそれを直接聞いてしまえばきっと簡単にはぐらかされてしまうかもしれないから。こう聞けば、彼はきっと答えてくれるのかもしれないと思いながら彼の翡翠の瞳を目視した。
 
「なんで、それを聞きたい。
 俺は竜騎と一緒に彼奴の家に転がり込んだだけだ」
「……か、彼女の……
 我々は、捜査をする時点で彼女のことを、何一つ知りません。
 そのままでは、犯人に辿り着くことはおろか、今後彼女と同じ被害に遭う被害者を出しかねません。
 その為には、時間も、労力も惜しまないつもりです……」
 
 果たしてこんな言葉が彼の欲した答えになっているのかは分からないがそれでも、これが自分なりの考えであるのは理解してほしい。
 まぁ、的を射ることに長けている後輩あいつがなんとか言ってくれるとは思うけれども。後輩頼りなんて、上司としては情けない話だ。
 目の前の男は自分の言葉を聞くなり腕を組んで少し考え込んでからまた、カップを持ち上げて口に含んだ。
 
「……アイツは、いい匂い・・・・がする」
 
 その言葉に、思わず息を飲み込んだ。







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