引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
8 / 56

贈り物と由来

しおりを挟む
「おはようございます、トーカ様」
「おはようございます」

顔を上げて挨拶をしたものの、しっかりと目を合わせることが出来ず透花はすぐに俯いてしまった。
フィルは透花の瞳を褒めてくれたが、これまで嫌がられることの方が圧倒的に多かったのだ。せっかく受け入れてくれたのに普通に接することが出来ない自分が情けない。

「今日はトーカ様に贈り物をお持ちしました」

そんな透花にフィルはいつもと変わらない穏やかな声で話しかけてくれる。

「少しだけお顔の近くを触れますが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です……?」

耳の上あたりに何かを差し込まれる感覚があり、顔の前に何かが揺れた。

「トーカ様、お顔を上げてみてください」

レースのカーテンが掛かったように少し不鮮明だが、見えないわけではない。フィルを見ると、少し残念そうな表情で透花を見つめている。

「私からはトーカ様の美しい瞳が見えませんが、トーカ様のご視界に問題ございませんか?」
「え、そうなんですか?」

試しにと鏡を覗き込んでみれば、眉から鼻尖あたりまでベールで顔を覆った姿が映る。髪留めのようなもので固定しているため、簡単に付け外しができるしベールがずれることもない。

「もしまだ慣れないようであればそちらをお使いください。トーカ様のご負担の少ない形でお過ごしいただければと思います」

頑なに顔を上げようとしない透花が少しでも過ごしやすいようにと考え、用意してくれたものなのだろう。叱ったり呆れたりするのではなく、寄り添ってくれたことに心の奥がほかほかと温かくなる。

「――フィル様、ありがとうございます!」
「トーカ様に喜んでいただけて何よりです」

優しい表情で口元を綻ばせたフィルを見て、嬉しくなった透花は先ほどまでの嫌な気持ちをすっかり忘れてしまった。


「まずは魔力についてご説明いたします」

淡々としたジョナスの声に透花は居住まいを正した。貴重な時間を割いてもらって教えてもらうのだから、しっかり学ばなければならない。

「魔力には水、火、土、風の四属性があり、それぞれ使える魔法が異なります。ただし御子様はいずれの属性でもなく、それゆえに女神の愛し子と呼ばれているとも言われています」

フィルは風属性、ジョナスは水属性の魔法を使うことが出来る。先日ジョナスが一瞬で壁の方に移動したのは、透花から引き剥がすためにフィルが風魔法を使って吹き飛ばしたからだ。

「魔力を制御できず、本人の意思に反して魔法が発動されることがあります。これは魔力暴走と呼ばれていて非常に危険な状態のため、魔力持ちは国に登録して教育を受けるよう義務付けられています。御子様の場合は魔法のない世界にいたため、魔力があっても発動することはなかったのでしょう。代々の御子様もこちらに来て魔法が使えるようになったと記録されています」

ジョナスの説明に少し気になることがあり、透花はそろりと手を上げた。

「ジョナス先生、質問しても良いですか?」
「どうぞ」

最初はジョナス様と呼ぼうとしたが、本人は平民だからと言って嫌がられてしまった。呼び捨てにするのは抵抗があり、ジョナスさんと呼べばフィルからも同じように呼んでほしいと言われて困ったのは透花だ。
結局教えてもらうのだから先生と呼ぶことで落ち着いたのだった。

「魔力が発動しなかったのに、どうして私の魔力は足りない状態なんですか?」

使わなければ減らないのではないだろうか。そんな透花の疑問にジョナスは僅かに顔を顰める。

「それは私も気に掛かっておりました。欠乏状態になったのは何らかの原因があったものと思われますが、今の段階では何とも言えません」

特に困っているわけでもなかったので、透花は気にしないことにした。
集中しているとあっという間に時間が過ぎ、区切りの良いところでお茶の時間となった。

「御子様の国の文字は随分と複雑ですね」

透花のメモを見てジョナスはぽつりとつぶやいた。そう言われて透花は今更ながらに不思議なことに気づく。言葉は通じるし文字も読めるのだが、書くことは出来ないのだ。
すぐに困ることはないが、今後のことを考えると覚えたほうが良いだろう。

「えっと、ひらがなとカタカナ、漢字の三種類の文字を使い分けないといけないので、難しいと聞いたことがあります」
「トーカ様のお名前はどのように書かれるのですか?」

ノートの端っこに小さく書くと、フィルは真剣な表情で見つめている。

「曲線が多く優美な形ですが、覚えるのは難しそうですね」
「ご署名にはそちらを使って頂いた方が偽造防止になりそうです」

興味津々といった様子の二人がいつもより幼く見えて、透花は余計な一言を口にしてしまった。

「漢字には一文字ずつに意味があるんですよ」
「それは面白いですね。御子様のお名前に使われている文字にはどのような意味があるのですか?」

そんな質問が返ってくるのは当然のことだった。

「とうは透明とか透き通っているという意味で、かはお花を意味しています。ジョナス先生やフィル様のお名前には何か由来や意味がありますか?」

なるべくさりげなく話題を逸らしたつもりだったが、フィルが一瞬気遣うような目で透花を見た気がした。

「あまり気にしたことがなかったので、今度両親に訊ねてみようと思います。トーカ様、お茶のお代わりはいかがですか?」

穏やかな声で尋ねるフィルに、透花はベールを被っていて良かったと心から思った。きっと顔を見ればフィルには気づかれてしまう。

(――透明な花なんて存在しないから)

小学校の時、透明だから幽霊だと揶揄われたことがあった。母も生まれてきて欲しくなかったと思ったから、こんな名前を付けたのだろうか。
そう考えたものの、肯定されるのが怖くて訊ねたことはなかったため、本当のところは分からない。

『トーカの名前の響きが好きなんだ』

大切な友人の声が頭をよぎり、トーカは無意識に首を振った。
これ以上思い出してはいけないと自分に強く言い聞かせながら、透花は温かいお茶に口を付けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる
恋愛
ミモザは結婚している。だが夫のライオスには愛人がいてミモザは見向きもされない。それなのに義理母は跡取りを待ち望んでいる。だが息子のライオスはミモザと初夜の一度っきり相手をして後は一切接触して来ない。  義理母はどうにかして跡取りをと考えとんでもないことを思いつく。  それは自分の夫クリスト。ミモザに取ったら義理父を受け入れさせることだった。  こんなの悪夢としか思えない。そんな状況で階段から落ちそうになって前世を思い出す。その時助けてくれた男が前世の夫セルカークだったなんて…  セルカークもとんでもない夫だった。ミモザはとうとうこんな悪夢に立ち向かうことにする。  短編スタートでしたが、思ったより文字数が増えそうです。もうしばらくお付き合い痛手蹴るとすごくうれしいです。最後目でよろしくお願いします。

処理中です...