喚ばれてないのに異世界召喚されました~不器用な魔王と身代わり少女~

浅海 景

文字の大きさ
12 / 47
第1章

問題しかありません

しおりを挟む
ミアがいなくなってしばらくソファーに突っ伏していたが、気を取り直して今日借りてきたばかりの本を読み始める。魔王が何を考えていようが出来ることをするしかないのだ。

今のところ、救世主の伝承に該当するような本に辿り着いていない。救世主が魔王と相対したのかは定かではないが、何かしらの影響を与えたことは間違いないのだから記録が残っていてもおかしくないと思う。

(もし、元の世界に戻る方法がなかったらどうしよう……)

それはこの世界に来てずっと抱いていた不安だった。ウィルにもグレイスにも聞けなかったし、彼らも佑那に告げなかったから、その可能性は高いことに佑那はもう気づいている。帰れないと思うと心細くてたまらなくなるから考えないようにしているだけだ。

こんなに長期間連絡が取れていないのだから、家族はきっと心配しているだろう。
幸いにもこの世界にきてから不自由のない暮らしを送れているが、常に綱渡りのような不安定な立場に置かれている。

(いや、自由がないから不自由な状況なのかも?)

言葉遊びのような考えに思わず笑いがこぼれた。笑える余裕があるならまだ大丈夫だ。そう思って頬をペチペチと叩いて自分を鼓舞する。

「大丈夫、大丈夫」
「何がだ?」

背後から急に声が聞こえて、びくりと身体を強張らせた。振り向くといつものように感情の読めない顔をした魔王が背後に立っている。いつの間に部屋に入ってきたのか、全く気付かなかった。

「……いつの間にいらっしゃったのですか?」
「そんなに経っていない」

(せめて声掛けてくださいよ、本気で驚くから!)

文句を言う訳にもいかずに言葉を飲み込む。ここは魔王の部屋なのだから、佑那が文句を言える立場ではない。
魔王は黙って佑那の隣に腰を下ろす。お茶の時間でもないのに部屋に戻ってきたということは何かあるのだろうか。

「あの、何か御用ですか?」
「何が大丈夫なのだ?」

(あ、そういえばさっきも聞かれてたっけ)

「いえ、たいしたことではありません」

言っても仕方のないことだ。帰りたいと願ったところで彼がどうにかしてくれるわけもないし、口にすることでむしろ辛さが増す気がする。

おもむろに魔王が手を伸ばし、佑那の首筋をなぞった。

「っ!」
冷たい感触に思わず身を竦めた佑那に魔王は淡々とした口調で尋ねる。

「装飾品は好まぬか」
「えっ、…いえ、そういうわけではないのですが、普段あまり身に着ける習慣がないので」

ドレスは初日のうちに大量にワードローブに並べられたが、ここ数日はネックレスやイアリング、ブローチなどのアクセサリーを手渡されていた。見る分には綺麗だが、明らかに高級だと分かるためうっかり傷つけてしまうのが怖くてそのままにしている。

魔王が僅かに目を眇めたことで、佑那は自分の失言に気づいた。
王女だったら普段の生活で装飾品の一つや二つ身につけているはずだ。うっかり素で答えてしまった自分が恨めしい。

「他に必要なものは」
「ありません」

内心焦っていたため間をおかず、不自然なほどに即答してしまった。取り繕うとすればするほど、ボロが出そうな気がする。

二人の間に沈黙が落ち、その気まずさを誤魔化すため佑那は何事もなかったかのように、そのまま本の続きを読むことにした。魔王と会話するとどうしても色々と考えることが多くなるし神経を使う。何か言われるかと内心ドキドキしていたが、ページをめくる音や衣擦れの音以外何も聞こえない。

(どうしよう……ちょっと眠いかも)

だいぶ読めるようになったとはいえ、佑那の語学力はまだまだ低い。とはいえ辞書を使えば、不審に思われるだろうし、偽物だとバレてしまう危険性がある。慢性的な寝不足も手伝って、文字を追うのが辛くなってきた。

(1日でいいからゆっくり寝たいな)
そんな願望を抱いてしまうのは、攫われて以来ずっと魔王に抱きしめられた状態で眠っているからだ。



もちろん佑那とて結婚していないことを理由に断固拒否の姿勢を示したが、逃亡防止のためだと魔王に却下されてしまった。

(そんなことしなくても逃げられるわけないじゃない……)
魔術も使えなければ、ピンチを切り抜けるための機転も利かないのに、自力で逃げおおせる自信なんて皆無だ。

「……陛下自らがそのようなことされなくてもーーっ」

いっそ縄か何かで縛ってもらったほうが精神的に楽かもしれない、そう考えて提案する前に魔王は目を細めてこちらを睨んでくる。

(ひぃっ!なんか怒ってる?!不機嫌になったのは口答えしたから?!)

「――姫、今何か言いかけただろうか?」
「いえ、何でもありません!」

そう答える以外、佑那に選択肢はなかった。例えその後どんなに後悔するとしても、あれ以上怒らせてしまうわけにはいかなかったと断言できる。

「では問題ないな」

(問題しかありませんけど!!!)
内心どれだけ絶叫したとしても、それが魔王に伝わることはなかった。



こちらの世界の女性に比べて圧倒的に身体の凹凸が乏しいとはいえ、流石に同じベッドで眠ると言われれば、そういう想像をしてしまうのは当然だろう。
佑那にできる唯一の抵抗策は、寝たふりをすることだけだった。結果からいえば腰に両腕を回して拘束する以上のことを魔王がすることはなく、ただ一緒に寝ているだけである。

そうは言ってもそんな状況で熟睡できるはずがなかった。
夜中にこっそり距離を取ろうとすると、逆に強く抱きしめられることになるということを学習してからは大人しくしているのだが、寝心地の悪さは変わらない。

(暖を取れる抱き枕みたいに思ってるのかな)
埒もないことを考えながら欠伸をかみ殺すと、ぐいと肩を引き寄せられる。

「っ、陛下?」
「少し休め」

何をされるのかと一瞬身構えたが、どうやら佑那の眠気を察して肩を貸してくれたようだ。

(寝不足なのはあなたが原因なんですけどね……)

その気遣いを別のことに回して欲しいし、人に寄りかかるよりはベッドで大の字で寝たい。それでも無下にするのは躊躇われたし、これまでの経験上どのみち聞いてはくれない気がした。
それならば眠れなくとも目を休ませようと判断して佑那はそのまま目を閉じた。頭にそっと触れる感触があり、ぎこちないながらも丁寧に髪を撫でられる。

(あ、気持ちいいかも)

こういう風に撫でられるのは、やっぱりペット扱いなのかもしれない。そんなことを考えながら佑那は眠りへと落ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...