転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~

浅海 景

文字の大きさ
8 / 60

マカロンの悲劇

(お姉様はもうマカロンを食べてくださったかな?)

本来であれば直接渡したいところだったが、口に入れる物なのでアネットからの贈り物となれば、義母やクロエ専属のメイドから警戒されてしまうかもしれない。クロエが喜んでくれればそれで良いと断腸の思いで料理長に託したのだ。
夕方にこっそり厨房に行って感想を聞けばいい。そう思いながらもそわそわと落ち着かないアネットに予期せぬ吉報をもたらしたのはシリルだった。



「本来なら私達と同じ席に着くことなど許されないのですから、弁えなさい」
席に着くなり義母であるデルフィーヌから刺々しい口調で告げられるが、そんなことはどうでもいい。

「はい、お義母様。本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました」
丁寧な口調で答えれば、デルフィーヌは面白くなさそうに眉をひそめる。

どこか瑕疵があればそれを理由に追い払うつもりなのだろうが、その手に乗るアネットではない。邪魔な義母付きではあるものの、クロエとのお茶会という貴重な機会を無駄にできないのだ。

(グッジョブ、シリル!腹黒だけど良いところもあるじゃない)

礼儀作法について一通りは基準を満たしたとしてジョアンヌから評価を得たことをシリルから聞かされたのは午前中のこと。家庭教師が認めても、侯爵家の女主人であるデルフィーヌにも一度見てもらう必要があるそうで、本日のお茶会に参加することになったのだ。
デルフィーヌ、クロエ、そしてアネットの順に紅茶が注がれていく。

だがアネットの番になった途端、乱雑に注がれた紅茶はソーサーにこぼれ、クロスにも飛沫が飛んでいる。表面上は困惑した表情で、内心「はぁ?」と思いながらもよくよく顔を見れば、アネットに嫌がらせをしたあのメイドだった。

(嫌がらせにしては品がないわ。お茶もまともに注げないと思われても仕方ないのに)

「どこか体調でも悪いのかしら?手が震えているわ」
心の声は出さずに気遣うような言葉を掛けると、不満そうな顔つきがますます深くなる。

「まあ、何を言っているのかしら。何も問題ないでしょう?メイドの仕事ぶりにケチをつけるなんて、偉そうなこと」
デルフィーヌの言葉に追従するようにメイド達がくすくすと笑い声を立てた。

アネットが素早く視線を走らせると、クロエは無表情のまま目の前の紅茶をひたすら見つめている。その光景に違和感を覚えたが、一方的にやられてばかりは性に合わない。

「まあ、お義母様はもしかして視力がよろしくないのでしょうか?大事に至る前にお医者様に一度看て頂いたほうが良いですわ。それから貴女も病を得ているかもしれないとシリルに伝えておくわね」
わざと紅茶をこぼした侍女は愉快そうな表情から一転、引きつった表情に変わった。

若いながらもその優秀さで家令を務めているシリルは使用人のまとめ役だ。当然賞罰もさることながら使用人の雇用に大きな影響力を持っている。勤務態度が悪くおまけに病気がちなメイドなど、合理主義のシリルに早々と解雇を言い渡されてもおかしくない。

(お義母様の命令とはいえ、少々やりすぎなのよ)

「勝手に決めつけないでちょうだい!まったく可愛げのない子」

さらにデルフィーヌが小言を続けようとしたが、キッチンメイドが運んできた菓子を目にするとぴたりと口を閉ざした。クロエの視線も初めて見る菓子に釘付けだ。

(うふふ、そうですよね。可愛いし、わくわくしますよね!)
第一印象は合格のようで、取り分けられたマカロンをまずはデルフィーヌが口にした。

「面白い風味ね。新しいしご夫人方の間でも評判になりそうだわ」
一方クロエは無言であるものの、瞳がきらきらと輝いていて僅かに口角が上がっている。

(きゃあああああああ!!今の笑顔よね?!お姉様のあんな顔初めてみるわ!マカロンを選んで良かったー!!!)

表情を必死に取り繕いながらも、アネットは飛び上がりたいほどの達成感と喜びを噛みしめる。

「料理長を呼びなさい。この菓子について聞きたいことがあるわ」
デルフィーヌは満足そうな笑みを浮かべてメイドに命じた。


「珍しいお菓子ね。これは何というの?」
「はい、これはマカロンという菓子です」

急いで駆けつけたせいか、額から流れる汗を拭いながら料理長が答える。

「どこの国のものなの?それともお前が考えたのかしら?」

料理長はちらりとアネットに視線を向けた。昨日マカロンづくりに関わった者には口止めをしていたが、アネットの前で自分が考案したものだと公言するのは気が引けるようだ。

(ちょっとこっち見ちゃ駄目でしょう!気づかれないうちに早く答えて!!)
アネットの祈りも空しく、デルフィーヌは二人の視線のやり取りに気づいてしまった。

「――まさか、その娘が用意したものだというの?!」
「いえ、違います!アネット様はレシピをご存知でしたが、実際に作ったのは――」

パシンと鋭い音を立てて、デルフィーヌは扇子を閉じた。

「平民の食べ物を私たちに食べさせるなど、何てこと!――クロエ、それを口にしてはいけません!!」

食べかけのマカロンを持ったクロエの手を、デルフィーヌは扇子で叩いた。その衝撃で桃色の綺麗なマカロンは芝生の上に転がり落ちる。

(なっ……!!)

「二度とこんな物を作らないでちょうだい!クロエ、それは下賤な者の食べ物です。行きますよ!」

席を立ち憤然とした足取りで屋敷に向かう母親をクロエは早足で追いかけていく。残されたアネットは衝撃的な光景に、ただ呆然とその後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
感想 73

あなたにおすすめの小説

[完結]私、物語りを改竄します。だって、女神様が全否定するんだもん

紅月
恋愛
病気で死んだけど、生まれ変わる前に号泣する女神様に会った。 何やらゲームのパッケージを見て泣きながら怒っている。 「こんなの私の世界で起こるなんて認めない」 あらすじを読んでいた私に向かって女神様は激おこです。 乙女ゲームはやった事ないけど、この悪役令嬢って書かれている女の子に対してのシナリオ、悲惨だ。 どのストーリーを辿っても処刑一択。 ならば私がこの子になってゲームのシナリオ、改ざんすると女神様に言うと号泣していた女神様が全属性の魔力と女神様の加護をくれる、と商談成立。 私は悪役令嬢、アデリーン・アドラー公爵令嬢としてサレイス王国で新しい家族と共に暮らす事になった。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。