暴君マフィアの愛玩人形

浅海 景

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迂闊な行動

仕事が終わって三上さんにメッセージを送ると、すぐに返信があった。今朝と同じ場所に車が停まっており、三上さんがドアを開けてくれたので急いで乗り込んだ。
明らかに高級そうな車のため、職場の人に見られたら不思議に思われてしまうだろう。

「このまま社長のところにお連れします」

何となく三上さんの声が固い気がしたが、あまり話したことがないので気の所為かもしれない。朔空に行先を決める権利もないので、動き出した車の外の景色をぼんやりと眺める。あと一ヶ月と少しでここに来ることもなくなるのだと思うと少し感慨深い。
残りの期間は基本的に在宅で、最終週に一度来れば良いことになっている。朔空が周囲から興味本位で色々と聞かれないように拓斗兄さんが配慮してくれた結果だ。

車が駐車場に到着して一分も経たないうちに、零が乗り込んで来た。
朔空を一瞥したものの無言で顔を逸らした零を不思議に思ったが、沈黙のまま車は進んでいく。
不穏な空気に満ちた車が速度を落とし、到着した場所を見て心臓が変な音を立てた。

どこから間違えたのだろう。
くらりと視界が歪んだが、それでも現実は変わらない。自分だけなら仕方がないと諦めることができた。
でも、きっとそうじゃない。

無言で手首を掴まれ、大人しく零の後について行く。普段は賑わっているはずの店内に人の姿はなく、見知った場所なのにまるで別の場所のようだ。
席に着いて何が失敗だったかと一日の行動を振り返っていると、青ざめた顔の店員が運んできた料理を無言で机に並べていく。
昼に食べた物と全く同じ料理が並び、朔空は理解した。

お弁当を持たせてくれにもかかわらず、朔空は拓斗兄さんと一緒に食事をしてしまった。作ってくれた相手に失礼だし、不愉快に思われただろう。
職場に戻り人目に付かない場所でお弁当も残さず食べたが、きっとそういう問題でもない。
無言でオムライスをすくって朔空に差し出す零は能面のような表情だが、それが却って苛立ちを物語っているようだ。

「お弁当、せっかく準備してくれたのにごめんなさい」

朔空の声には答えず、差し出したスプーンを引くことのない様子に朔空は口を開く。
同じオムライスのはずなのに、柔らかい卵とケチャップの味に苦みが混じる。

「放し飼いだった子猫をいきなり室内飼いにするのはストレスだろうと思っていたが、躾が足りていなかったようだ。いっそ勝手に外に出ないように鎖でつないでおくべきだったかな?小鳥は風切羽を切れば飛べなくなるらしいが、朔空はどうすればいいと思う?」

世間話のように軽い口調で訊ねられたが、その内容は重い。鎖でつなぐのは言葉通りとして、羽を切るというのは足の腱でも切られるのだろうか。
オムライスを呑み込んで謝罪を繰り返そうとしたが、スプーンを押し込まれて口の中が一杯になる。

「多少の我儘なら大目に見てやるつもりだったが、目を離した途端に自由に外出するわ、他の男に餌付けされるわ、挙句の果てに首輪すら外してやがる」

静かな口調だがその視線は鋭く朔空を見据えている。

『俺以外に餌付けされたらお仕置きだからな』

以前朔空が無意識に零からおにぎりを食べさせてもらった時、確かに零はそう言った。そして準備したお弁当より外食を優先したことではなく、隣のビルであっても勝手な外出と見做されたこと、指輪を嵌めていないことが零を怒らせた原因なのだと言われて初めて気づき、自分の迂闊さと愚行に茫然としてしまう。

「っ、指輪は持って――」

明らかに多すぎる量の食べ物を口に押し込まれて喋ることが出来ない。そもそも零は朔空と話をするつもりがないのだろう。
首元から紐に通した指輪を取り出すが、零の冷ややかな眼差しは変わらない。

「見えない場所に付けている首輪に何の意味がある」

正論過ぎて声が出せたとしても何も言えない。だが明らかに高級そうな指輪を嵌めていれば拓斗兄さんから事情を聞かれるのは間違いなく、巻き込まないためにも必要なことだったが、事前に零に伝えておくべきだった。

おもむろに指輪を引っ張らて首筋に痛みが走る。ラッピング用の麻紐はそれなりに耐久性があるおかげで千切れはしないが、粗い繊維がチクチクと肌を刺す。

「こんなことならもっと分かりやすい痕を付けておくべきだった」

零の指がシャツのボタンにかかり、一つずつ外していく。道路に面した席から離れているものの、大きなガラス窓から店内の様子は良く見える。朔空の座っている位置は観葉植物のおかげで見えにくいものの、絶対に見えない訳ではないのだ。

もしも拓斗兄さんに見られてしまったら……。

零の行動を妨げれば、確実に機嫌が悪くなるだろう。わざわざこの場所を選んだ理由も朔空の行動を把握していると示す以外に、拓斗兄さんを巻き込むためではないとどうして言えるだろうか。
上から三つ目のボタンを外した零の指が鎖骨から首筋をなぞる。

「ここまで隙間なく痕を付ければ、飼い主がいるのは一目瞭然だっただろうな。朔空、今何を、誰のことを考えている?」

弄うような口調から、ずしりと圧のこもったものに変わった。腕を噛まれた時と同じ気配に、呼吸が止まりそうになって、このまま止まってしまったほうがいいのだと気づく。以前拓斗兄さんからの電話を優先した時、零はとても不満そうだった。

咀嚼できず口の中いっぱいに入った料理を無理やり呑みこもうとすると、零の視線が不快げに尖る。朔空がしようとしていることに気づいているかのように。

「10秒以内に答えろ。食えないなら吐き出せ」

かつてないほどに急いで咀嚼するが、答えはまだ見つかっていない。
零の気を逸らすもの、零が望む答え。

「……ミャー」

子猫だと言われたのだから、それらしくしようと思った。たとえ今後鎖でつながれても、二度と歩けなくなっても、拓斗兄さんを巻き込まないで済むのなら猫でも人形にでもなってみせよう。

無言で取りだしたライターが近づき僅かな熱を感じたと同時に焦げ臭さが漂う。焼き切った紐を放り投げて、零は朔空の指に指輪を嵌める。

「二度と外すなよ」

返事の代わりに「ニャア」と鳴けば、零は渋面のまま朔空を抱き上げた。

「四つん這いで歩きたくなければ大人しくしてろ」

そう言われて朔空は大人しく零に抱かれたまま、店を出たのだった。
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