暴君マフィアの愛玩人形

浅海 景

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子猫の躾

朔空の一日の報告を聞いて、落胆の溜息が漏れる。
事前に忠告をしたにもかかわらず、目を離した途端にいくつもの言いつけを破るのはまだ理解していない証拠だろうか。

わざわざ明かしてはいないものの、朔空とて零が平和な世界の住人ではないと理解しているはずなのだ。拉致同然に連れ去って、強引に手元に置いて行動を制限するような人間がまともであるはずがない。
よほど浮かれているのか、ばれないと楽観視しているのか。
どちらにせよもう少し厳しく躾ける必要があるのだろう。

甘やかして大事にしようと思っていたが、他の男を優先するなら話は別だ。
ましてやそれが朔空が唯一懐いている男なのだから。
朔空の好みを把握し当然のように料理を分け与えるのも、朔空が普段よりも肩の力を抜いている様子なのも、気に入らない。

無言で車に乗り込むと朔空は少し戸惑っていたようだが、訊ねることもなくただぼんやりと窓の外を見ていた。
従兄のことを考えているのだろうかと考えて、込み上げる苛立ちに内心舌打ちし、自分の思考にストップをかける。朔空の反応が薄いのはいつものことなのだから気にする必要はない。

それよりも一日の行動を監視されていたと知ったら、朔空はどんな反応をするのだろうか。
諦めてただ受け入れるのか、頑なに拒否するのか、いずれにしても愉快な気分にはならないだろう。

店に到着し、朔空は僅かに顔を強張らせていたが抵抗することもなく黙って付いてきた。並んだ料理を見て理解の色を浮かべたが、朔空の的外れな謝罪に苛立ちが増す。弁当など残そうが捨てようがどうでもいい。言いつけを破ったことが問題なのだ。

説明してようやく腑に落ちた表情になり故意ではないことは分かったが、だからと言って許す理由にはならない。
嫌がらせとしてシャツのボタンを外していけば、朔空は外を気にし始めた。
無意識に走らせた視線は特定の誰かを気にしているようで、不愉快で堪らない。

「――朔空、今何を、誰のことを考えている?」

その問いかけに動揺したのか、朔空は口いっぱいに含んだ料理をそのまま呑み込もうとしている。
喉詰まらせたらどうすんだ。
強引に食べさせたのは自分なのに、朔空の焦りが伝わってきて冷淡な声になる。

朔空は基本的に嘘を吐かないが、この状況で素直に従兄の名を口にするとは思えない。どうやって切り抜けるのかと答えを待っていると、「ミャー」と場違いなほど下手くそな猫の鳴き声が返ってきた。
まるで子供のように馬鹿馬鹿しい行動だが、それでも自分を見つめる朔空の表情は真剣で、ふざけているように見えない。

……子猫扱いしたからか。

それに応えたということは、子猫と同様の扱いをしても構わないという意思表示なのだろう。ならばさっさと連れて帰って躾けるほうがいい。
首輪代わりの指輪を嵌めると、朔空を抱えて店を出た。


「猫にこんな物はいらないな?」
「ニャア」

朔空の鞄からスマホを取りだして告げると、朔空は静かな表情で鳴いた。財布、手帳、ハンカチと一つずつ確認し、パソコンを取り出したところで朔空の顔が僅かに揺れる。

「猫の仕事にパソコンは不要だろう?」

瞳に諦めを滲ませて、それでも朔空は「ニャア」と鳴く。従順でお利口な子猫だが、それならこれはどうだろう。

「朔空の飼い主も俺だけでいいな?」

真意を探るような眼差しに、ようやく視線があったと感じた。こちらを見ているようで、意識を向けていなかった朔空は必死に最善の言葉を探すために零を見つめている。

「ミャーミャー」

訴えるように鳴くが、あいにく猫の言葉は分からない。通じないのは明白なのに、安易に猫の真似を止めないのは利口だと思う。

朔空が従兄を庇うような言葉を発したなら、殺しはしないものの多少痛めつけるなり、大事なものを奪うなりして憂さを晴らすつもりでいた。
生きていれば使いようはある。

ミャアミャアと鳴き続けていた朔空は、おもむろに身体を擦りつけると零の指に噛みついた。甘噛みよりも弱い、ただ歯を当てた程度のものだが、そうすることで抗議しているつもりらしい。

「何だ、遊んでほしいのか?」

指先で頬を撫でてやると、頭を振ってぺろりと零の手の甲を舐める。猫のように甘える振りをして媚びているのだろうか。
普段なら不快感しか覚えないが、真剣な表情に誘う色はない。

舐めるなら別のところにしろと思いつつ、ごっこ遊びも飽きてきた。
膝の上に載せ、その意味を考える朔空に口の端が上がる。もっと俺のことだけ考えていればいい。

「俺が良いと言うまでキスし続けたら、許してやる」

告げた言葉を反芻するように、ゆっくりと瞬きをした朔空は肩に手を乗せて唇を重ねる。触れるだけの拙いキスしかしないから、意地悪をしたくなるのは当然のことだった。

「んっ…………ふぅ…っ……」

苦しげな吐息が零れ、しがみつくように首に回された手に力が入る。快楽から逃げるために浮かせる腰を追いかけて、熱く濡れそぼった膣内で激しく手を動かせば、くぐもった嬌声と顔に生温かい水滴が落ちた。息苦しさと強すぎる快感に生理的な涙を流しているようだ。

これ以上は酸欠を起こすか……。

朔空の頭を撫でてから肩を掴んで引き剥がすと、朔空は息を切らしながらも焦点の定まらない様子で懸命に視線をあわせようとしている。
条件をクリアしたのか、何か別の要因があったのか読み取ろうとしているのが伝わってきて、ようやく満足感を覚えた。

「いい子だ」
「……ミャー」

本当に俺の朔空はとんでもなく頑固で従順だ。

「許してやるから人間に戻れ。獣に欲情する趣味はない」

しっかりと瞳を見つめて確認したあと、朔空はほっとしたように小さく頷いた。

「キスしている間は声が聞けなかったからな。思う存分声を出していいぞ」
「っ!りん、待って――」

呼吸を整える時間が欲しかったらしく、珍しく焦ったような声を出した朔空を押し倒す。もちろん待ってやるわけがなかった。

こんな風に余裕をなくして、目の前にいる俺だけのことをずっと考えていればいい。
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