暴君マフィアの愛玩人形

浅海 景

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鎖としるし

ぱちりと目が覚めたものの、次の瞬間また眠くなって朔空は目を閉じる。

…今、何時だろう?

ぼんやりと考えて室内が妙に明るかったと思い出す。寝過ごしてしまったのだろうかと考えながら、手探りでぬいぐるみを引き寄せる。
零に買ってもらったシャチのぬいぐるみは以前の抱き枕と違うのに、ぎゅっと抱きしめると何だか気持ちが落ち着くのだ。

………そういえば、昨日は猫になったんだっけ。

零の機嫌を損ねないようにと答えない代わりに猫になって、ちゃんと言いつけを守った結果なんとか許してもらったはずだ。

いつもは背中に感じる体温や拘束感がないことに気づいて、ごろりと仰向けに転がり目を開けると、隣に零の姿はなく天井の照明が点いている。どうりで明るいわけだと思いながら、身体を起こすと金属が擦れる音が聞こえた。
音の方向に顔を向けると、視線の先には鈍く光る銀色の足枷と鎖がある。

繋がれちゃったか……。でも、足を折られたり腱切られたりしなくて良かったな。

室内を見渡すとカーテンは引かれたままで、机の上にあったはずの時計もなく、現在何時なのか分からない状態だ。
いずれにせよパソコンを取り上げられているため、仕事が出来ないしすることはない。
だから朔空は再び横になって目を閉じた。何だかとても眠いのだ。
昨晩はなかなか気を抜けなかったので、疲れているのかもしれない。

うとうととまた眠りかけ、不意に下腹部に違和感を覚えた。

……しまった!

慌てて起き上がってベッドから下りると寝ていた辺りに視線を走らせる。若干皺になっているものの、シーツに汚れはない。
ほっとしながらも零が戻ってくるまでこのまま待つわけにはいかず、周りを見渡すとサイドテーブルの上にクラシックな呼び鈴が置いてあった。
チリンチリンと軽やかな音が響くとほぼ同時に扉が開く。

「何か御用ですか」

鋭い眼差しと大量のピアスで近づきにくい雰囲気だが、外見に反して静かで落ち着いた声だ。

「トイレに行きたいです」

ピアスさんは小さく頷くと、屈みこんでベッドを持ち上げる。キングサイズでマットレスもそれなりに厚いため、なかなか重量があるはずだがピアスさんは涼しい顔でベッドの脚から鎖の先にある手錠のような輪っかを外す。ほっそりした体型にもかかわらず、なかなか力持ちのようだ。

「どうぞ」

輪っかを手に扉へと向かうピアスさんに、リードの代わりなのだと納得して朔空は後に続いた。


あ、やっぱり……。

うっすらとショーツに経血が付いている。普段であれば生理用品はトイレに常備しているが、アパートに置いたままだ。運の悪いことに外出用のポーチの中のナプキンも前回使い切っていた。
応急処置としてトイレットペーパーをあてがいトイレから出ると、すぐさま背中を向けて部屋に戻ろうとするピアスさんを引き留める。

「待ってください。買い物に、欲しいものがあるんです」
「何ですか」

零がいない時は三上さんが世話係だと言われていたが、三上さんがどこにいるか分からないし、緊急を要することなのでピアスさんでもいいだろう。

「ナプキンです。………生理用の」

ピアスさんが僅かに首を傾げたため言葉を付け加えたものの、ピアスさんが納得した様子はない。

「それは今すぐ必要な物ですか」
「はい」

やはりよく分かっていないようだ。生理について上手く説明できる自信もなく、何よりそれどころではない。応急処置をしていても、自覚した途端に経血が滲んでいく感覚にそわそわしてしまう。

「用意してもらうまでトイレにいてもいいですか?」
「駄目です。社長がお戻りになるまで部屋で過ごしてください」

このまま戻ればカーペットを汚してしまうのは確実だ。どう言えば分かってもらえるものかと迷っていると、軽く鎖を引かれて歩くように促された拍子に経血がどろっと溢れる感覚があった。

「…………!」

太腿から膝裏までつたう感触に指先で拭えば、べったりとした暗赤色が付着した。今日着ている服は零が用意してくれたものだ。汚したくないなと思っていると、ピアスさんからがしりと腕を掴まれた。

「怪我、したんですか」

朔空の指先を見つめたまま訊ねる口調は固く、顔色も悪い。

「怪我じゃなくて――」

勘違いを訂正しようと口を開くが、ピアスさんは朔空を抱き上げたまま走り出した。

「医者を呼べ!」

ピアスに紛れて分からなかったものの、耳に触れて叫ぶ様子にインカムのような物を付けているようだ。そんなことを考えつつ説明しようとしたが、ソファーに下ろされそうになって慌ててしがみ付く。
この状態で下ろされたら確実にソファーを汚してしまう。

「待って、汚れる」
「大人しくしてろ。傷が残ったら社長に殺される」

先ほどまでの丁寧な言葉遣いをする余裕がないほど焦っているらしいが、それは朔空も同じこと。
生理についてはお医者さんから説明してもらえば済む話だが、血液の汚れは落ちにくいのだ。具体的な金額を知らないものの、朔空が弁償できるような物ではないだろう。

「大丈夫だから床に下ろして」
「駄目だ」

ソファーに下ろそうとするピアスさんと、それを拒んで腕にしがみ付く朔空との攻防は駆け付けたお医者さんによってようやく終結したのだった。


無事に生理用品を手に入れてようやく落ち着いた朔空は、まだ顔も洗っていないことを思い出す。

「うわ………」

冷たい水でばしゃばしゃと洗顔し顔を上げれば、鏡に映る自分の姿に思わず声が漏れる。首筋から鎖骨までびっしりと付けられた鬱血痕に驚いてしまったのだ。

行為の最中にやたらと首周りを舐められたり噛まれたりしていた気がするが、気のせいではなかったらしい。
カフェでの会話のとおり飼い主の存在を知らせるためなのだろうが、しばらく朔空に外出の許可など下りないだろう。

零はどうして抱かないんだろう……。

男性機能に問題はないようだし、あんなにたくさん時間をかけて朔空の身体を弄ぶのに、何故か最後までしない。
さっさと抱いて飽きてくれればいいなという朔空の密かな願望は叶わず、ただ拓斗兄さんたちを巻き込む確率だけが高くなっている。

零なら朔空にこだわらなくても、お眼鏡にかなう女性を用意出来そうなものなのに。

こんこんと遠慮がちなノックの音に朔空は思考を中断した。どうやら長居しすぎたようだ。
気まずそうなピアスさんの顔を思い浮かべながら扉へ向かうと、鎖がしゃらりと軽やかな音を立てる。
気にならなかったはずの足枷の存在が、重さを増したような気がした。
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