暴君マフィアの愛玩人形

浅海 景

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感情の振れ幅

「くくっ、そうきたか。さすが朔空だな」

後部座席でスマホを弄っていた社長の楽しそうな声に俺は密かに胸を撫で下ろした。昨日はどうなることかと肝を冷やしたものだ。正直なところあの従兄も半殺し程度の目には遭うだろうと予測していたのに、社長からの指示が下りないことを意外に思っているぐらいだ。

瀬戸朔空にしてもあれだけ釘を刺したのにあっさりと従兄と昼食に出掛けるなんて、危機意識が低すぎる。隣のビルで行き慣れた場所だから外出の認識が薄かったのかもしれないが、社長相手にそんな言い訳が通じるはずがないのだ。
社長も無自覚だが、そもそも瀬戸朔空のほうも執着されていることに気づいていないらしい。

三上に言わせると「あり得ない」の一言だが、瀬戸朔空自身どこか投げやりというか自分を蔑ろにする癖のようなものがあり、物事に頓着しないからこそ他人が自分に執着するという発想がないのではないだろうか。
思えば最初に紹介された時から、『身体で返す』という爆弾発言をして三上の命を危険に晒した女だ。あのタイミングで腹を鳴らさなければ、社長がそちらに気を取らなければどうなっていたことか、考えるだけでぞっとする。

「三上、足枷を見た朔空がどんな反応をしたと思う?」

なかなか難しい質問が飛んできて、俺は必死で頭を回転させる。
社長の機嫌を損ねず、かつ正解でない答えが必要なのだ。デートプランに水族館を提案したことについて褒められはしたものの、その後に「俺より朔空を理解しているみたいで、むかつくけどな」とぼそりと呟かれて生きた心地がしなかった。

「困惑されていたのでは……?」

普通は嫌がるし恐怖で怯えていてもおかしくはないのだが、社長の様子を見るかぎりそうではないのだろう。ぎりぎりネガティブではなく、当たり障りのない回答を返せば社長が口角を上げた。

「何の反応も示さずそのまま二度寝した」

社長だけじゃなく瀬戸朔空も大概ヤバいと思う。これまでも軟禁状態ではあったが、物理的に拘束されて平然としているなんて並大抵の神経じゃない。
まあ、社長の機嫌が良いなら俺としてはどうでもいいんだけど。

今日は重要な四半期の定例報告会議であるのに、社長は外出を渋った。その結果、急遽寝室に高性能の監視カメラを設置することでようやく重い腰を上げたのだ。
半数がリモート参加とはいえ、香港からわざわざ足を運ぶ上層部の人間もいる。彼らは合理的で能力主義な半面、面子をとても大切にするので直接顔を合わせることで歓待の意思を示す必要があった。
業績は好調でも一定の敬意を払うべき相手を蔑ろにするような奴は、この世界で生き残れない。

仕事に個人的な感情を持ち越すような人ではないが、社長の機嫌が良いに越したことはない。
そんな風に油断していたのが悪かったのだろうか。

どすんと鈍い衝撃に身体が前につんのめり、後方から追突されたのだと一瞬勘違いした。咄嗟にルームミラーに目を走らせたものの異常は見つからない。再度衝撃を受けてその原因を理解したが、振り向くのにかなりの労力を要することになった。

「玖珂が朔空を押し倒そうとしているんだが、どういうことだ?」

俺に聞かれても知りませんよ!!!
低い声と剣呑な表情にそう口走りたくなるのを堪えて、向けられたスマホの画面を確認すると朔空を抱きかかえた玖珂とすがりつくように腕を首に回した朔空の姿がしっかりと映っている。

なあ、お前ら馬鹿なの?!何やらかしてくれてんだよ!?

「至急確認いたします!」

そう答えたタイミングで着信があった。マンションに待機させている部下からで、良い知らせなのか悪い知らせなのかと祈るような気持ちでスマホを操作する。

「状況は?」

端的に問えば、優秀な部下は状況を簡潔に説明し始めた。
結論的には悪い知らせと良い知らせの両方で、すぐさま電話を切り報告する。

「お嬢様が怪我をされたため玖珂がお嬢様を寝室に運んだそうです。医者は手配済みでまもなく到着するかと」
「何で朔空が怪我をするんだ。拘束しているからと油断して目を離したのなら怠慢だし、そんな風には見えないんだがな」

苛々とした口調で吐き捨てる社長の視線はずっとスマホに向けられている。
そっと映像を覗き見ると、どちらかと言えば瀬戸朔空のほうが積極的に玖珂と密着しているように見える。色仕掛けでもしようとしているのか。

社長に心酔している玖珂がそんな物に引っ掛かるとは思えないが、本人の意向とは関係なく命の危機にあることを教えてやりたい。
真面目な性格で地頭も悪くないのに、童顔だからと印象を変えるためだけに大量のピアスを開けたりと、たまに斜め上なことをやらかす奴なのだ。

それから数分後、掛かってきた電話の内容に三上は心の底から怒鳴りたくなる気持ちを抑えながら口を開いた。

「お嬢様の月経を、玖珂の知識不足により怪我と誤認されたとのことです。安静にしていただくためソファーに運びましたが、お嬢様はソファーを汚すことを気にしてそれを拒んだため、あのような状況になったそうです」
「そんな下らない理由で朔空に触れたのか」

社長の言葉に三上は内心激しく同意していた。
そんな下らない理由で俺の命を危険に晒すとかマジで勘弁してほしい!瀬戸朔空もいい加減社長の逆鱗に気づけ!ソファーなんかどうでもいいんだよ!

「玖珂を外して猪俣を付けろ」
「承知しました」

理由が分かっても社長の機嫌が直ることはなく、胃が痛くなりそうだ。次に何かあれば会議を欠席するとか言い出しかねない。
頼むから今後は大人しくしてくれ、という三上の真剣な願いが通じたのかその後は大きな問題はなく、定例会議は概ね無事に終了したのだった。
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